ローレンス・オリヴィエ賞「BEST PLAY」を受賞した超話題作「ハングマン ~HANGMEN~」稽古場レポート

2018.05.01

5月12日・13日の彩の国さいたま芸術劇場での上演を皮切りに、同16日から27日まで世田谷パブリックシアターでの東京公演へと続く「ハングマン」の熱気あふれる稽古場の様子をお届け!

 

【ハングマン あらすじ】
1963年。イングランドの刑務所。ハングマン=絞首刑執行人のハリー(田中哲司)は、連続婦女殺人犯ヘネシー(村上航)の刑を執行しようとしていた。しかし、ヘネシーは冤罪を訴えベッドにしがみつき叫ぶ。「せめてピアポイント(三上市朗)を呼べ!」。ピアポイントに次いで「二番目に有名」なハングマンであることを刺激され、乱暴に刑を執行するのだった。
2年後。1965年。イングランド北西部の町・オールダムにある小さなパブ。死刑制度が廃止になった日、ハングマン・ハリーと妻アリス(秋山菜津子)が切り盛りする店では、常連客(羽場裕一・大森博史・市川しんぺー・谷川昭一朗)がいつもと変わらずビールを飲んでいた。新聞記者のクレッグ(長塚圭史)は最後のハングマンであるハリーからコメントを引き出そうと躍起になっている。そこに、見慣れない若いロンドン訛りの男、ムーニー(大東駿介)が入ってくる。不穏な空気を纏い、不思議な存在感を放ちながら。
翌朝、ムーニーは再び店に現れる。ハリーの娘シャーリー(富田望生)に近づいて一緒に出かける約束をとりつけるが、その後姿を消すムーニーと、夜になっても帰って来ないシャーリー。そんな中、ハリーのかつての助手シド(宮崎吐夢)が店を訪れ、「ロンドン訛りのあやしい男が『ヘネシー事件』の真犯人であることを匂わせて、オールダムに向かった」と告げる。娘と男が 接触していたことを知ったハリーは・・・!
謎の男ムーニーと消えたシャーリーを巡り、事態はスリリングに加速する。

 

切れ味は変わらないものの、過去の舞台作品と比べて “大人になったマクドナー“の視点で描かれる、ユーモアと毒が満載の本作「ハングマン」は、北イングランドのパブを舞台にしたブラックコメディです。野卑で下品な男たちが集うパブに都会っぽい雰囲気の若い男が登場し、ありふれた田舎の日常に変化が生じていきます。粗野な元ハングマン(絞首刑執行人)ハリ―を演じる田中哲司には、当初演出の長塚圭史から「あえて外国人らしさを盛って演じてみてほしい」とのオーダーがありました。
また、マクドナーの戯曲では北イングランドとロンドンのなまりの差が、偏見や差別を表現をする上で効果的に使われており、そのニュアンスを日本語版の中でどのように表現するか、歴史的・文化的背景を踏まえた台詞をどう伝えるか、その部分を共有するため、稽古の立ち上がりは、台詞の解釈や「言葉作り」から始まりました。

 

4月30日現在、熱の入った稽古が繰り広げられていたのは、一幕の4場と5場。共にハリーと妻のアリスが営むパブ店内のシーンです。4場はある朝のパブの出来事。5場はその日の午後の店内で、かつてのハリーの助手だったシドの登場シーン。本作の一幕終盤でした。

英国で死刑が廃止された日に、新聞記者に乗せられて取材を受けてしまった最後のハングマン・ハリーの記事が、この日の朝刊にデカデカと掲載されている。妻のアリスが起床してそれを読んでいるところに、娘のシャーリーがやってきて母娘の言い争いが始まり、そこに昨夜初めてパブに現れたムーニーという若い男が部屋を借りたいと訪ねてきます。ここでのやりとりの中で、シャーリーとムーニーが心理的距離を詰めていく、というのが4場。

 

続く5場は、その日の午後、既に飲んだくれでにぎわう店内で、シャーリーの姿が見えないことを母のアリスは心配しています。そんな中、かつてのハリーの助手・シドが久しぶりに来店し、何やらハリーに話があると不安げな様子で切り出す。その内容に、ハリーたちはさらに不安を増幅させて。。。この5場を以て一幕が終了です。

粗野な口調で店内の酔っ払いたちを仕切るパブのオーナーにして最後のハングマン・ハリーを演じる田中哲司。その夫とパブを支える妻、アリス役の秋山奈津子。この夫婦と、昼から飲んだくれている常連客たち(羽場裕一・大森博史・市川しんぺー・谷川昭一朗)のバカバカしく軽薄なやりとりは、「1960年代のイギリスのパブ」という私たちに馴染みの薄い設定や環境を飛び越えて、笑いを誘います。イントネーションがややおかしなところは狙いのよう。下品な言葉も飛び交う中、最年少・初舞台の富田望生が先輩達の軽快なやりとりを見学しながらずっと笑っているのが印象的でした。おどおどとした挙動で頼りなさを醸し出す吃音のシド役・宮崎吐夢にも笑わされますが、彼もまた、物語のカギを握る一人。

本作のキーマンはロンドンから来た若い男、大東駿介が演じるムーニー。ハリーやアリス、パブの常連客にとってはつかみ所のない、謎めいた男である一方で、ハリーの娘・シャーリーの心を惹き付ける不思議と魅力を持つ人物でもあります。この難しい役柄を演出の長塚圭史とディスカッションも交えながら練り上げていきます。そして富田望生演じる15歳の少女・シャーリーは、物語の展開の動機となる存在。初舞台ながら、堂々と、瑞々しい演技で印象を残していきます。

コメディであり、サスペンスでもある本作の両面が繰り広げられ、物語のうねりを予感させる一幕のラスト。それぞれの台詞の中から何をクリアに聞かせていくか、細かく演出が加えられ、スリリングな展開をより際立たせています。

マクドナーの毒と向き合うのは11年ぶりとなる長塚圭史が、以前演出した作品より余白が多い作品(ゆえに大人びた)と語る本作をどのように料理してくれるでしょうか。