いしいのりえ、岩田光央 インタビュー|カナタ presentsトライアングル~秘密~

イラストレーターのいしいのりえと声優の岩田光央によるユニット「カナタ」の最新公演「カナタ presentsトライアングル~秘密~」が9月、京都と神奈川にて上演される。大人の恋愛を、いしいの絵本と多彩な声優らによる朗読劇で描き、今回はゲストに小野大輔、日野聡、菅沼久義という同い年3人が登場する。さらに11年目を迎える今回は、今までには無かった新たな試みがたくさんあるという。新たな挑戦を前にした、いしいと岩田のふたりに話を聞いた。


――カナタのプロジェクトも11周年を迎えて、新しい形での公演になるとお聞きしました。今回はどのように企画が動き始めたのでしょうか。

いしい とりあえず「あぶな絵、あぶり声」シリーズは10周年でひとまず終えて、次はどうしようかと考えた時に…、、、自分の中で足枷ではないんですけど、この10年やっていくうちに性描写を必ず入れるというのがちょっとしんどくなってきたんです。この10年で私も10歳年を重ねて、優先したいものに少しずつ変化が出てきたんですね。愛の表現という「愛交物語」は変わらないんですが、愛の形の幅を広げたいと思ったんです。男女関係に限らず、友情や家族愛も愛ですから。そういう広い意味での「愛」にしたいと、岩田さんとも相談して、今回のような形になりました。

岩田 一番最初に立ち上げた時は、愛すること、交わることの「愛交物語」というのが僕らのキーワードでした。日常にある、普通の大人の恋愛を描こうとしたときにはセックスはあるものだし、それを避けることなく表現していきたい。そこにコンセプトがありました。もちろんそこがメインではなく、しっかり大人の女性の愛を描いたもので、18歳以上の大人の女性限定で舞台を届けてきました。それを続けていく中で、のりえちゃんの表現したいものが少しずつ変わってきていることは肌感で感じていて、それが如実に現れたのが2019年に僕と蒼井翔太くんとでやった兄弟愛の物語でした。蒼井翔太くんが演じる弟の作中では、一切性描写が出てこなくて、そんなことは初めてでしたから。キャラクターも中性的な印象で、時代の変化も、のりえちゃんの変化も感じた作品でしたね。その後の10周年で過去の作品を一気に振り返った時に、いろいろな確認ができました。我々がどういうものを作り、どう時代とともに変化してきたか。まさに集大成となるものでした。10年の一区切りをしっかりつけられたと思います。そしてカナタは、のりえちゃんがコアで、彼女の作る作品を僕がどう舞台上で演出するか。だから、相談があった時にも、彼女が新しく作っていこうとするのであれば大賛成でした。


――10周年の手ごたえや感想は?

岩田 正直に申し上げて……疲れました(笑)。コロナ禍が無ければ、2020年4月に公演を終えていたはずなんです。その前年の夏から準備をしていたものですから、延期になった9月まで丸一年以上、10周年のことをずーっとやっていたんです。負債も抱えてクラウドファンディングでみなさんのお力をいただいたり、本当にずっと10周年漬けでした。それが長すぎて、本当にやっと終えることができた、という気持ちでした。ですが、ある種、強制的に長く10周年のことを考えたおかげで、先ほど言ったような確認ができたという部分もあります。延期があったことで、「あぶな絵、あぶり声」シリーズにしっかりと「。」を打つことができたように思います。

いしい 岩田さんがおっしゃったように、本当に「あぶな絵、あぶり声」に向き合う期間が非常に長かったですから、ひとつひとつの作品をじっくり振り返ることができました。だからこそ、次の10年に何をやりたいか考える機会になりました。


――ストーリーについて

いしい いつも、ゲストの方とお会いしてディスカッションをしているんですけど、今回も同じようにしてストーリーは作っていきました。アイデア出しをした時に、3人が同い年で同じユニットもやっていて仲が良いということもあって、その関係性は外せないだろうというのが1つ。そして、いろいろな愛の形があるということも1つ。今のようなご時世ですから、コロナ禍のことは外せないと思いました。ストーリーを考える段階では、公演のときにコロナ禍がどのようになっているか分かりませんでしたが、きっとリモート飲み会は続いているんじゃないか、と。そこを切り離してしまうと、ちょっとわざとらしくなってしまうんじゃないかと思ったんです。


――まさに今の”愛”を描こうとしたときに、避けられない部分だったと。ディスカッションの場での3人の印象はいかがでしたか?

岩田 そもそも、今回のキャスティングの経緯として、小野大輔くんが「本当にカナタが好きで、本当にいい舞台。またすぐに出たい」って、出演後に言ってくれたんです。もう僕はすぐに「ホントに!?」って前のめりで(笑)。そしたら小野くんから、日野聡くん、菅沼久義くんと3人でやれたら、すごく素敵だと思うんです、と提案を受けたんです。直感的に、それは実現したいと思いました。すぐ「本当にいいんだよね? 動いちゃうよ?」って念押しして(笑)、実現することができました。この3人に共通して本当に嬉しかったことは、ゲストとしてお客さんではなく、同じカナタの仲間としてモノづくりをしたいという姿勢でいてくれたこと。いろんなアイデアを積極的に出してくれて、ありがたかったですね。のりえちゃんの作家的な発想にどんどん火をつけてくれて、本当に感謝してますね。

いしい とにかく3人の仲がいいんですよね。ライバルでもあり、モノづくりをともにして、苦楽をともにしている仲間でもある。その関係性に、何か新しいものを生み出せそうな感覚になりました。ほかのゲストではできないことができそうだと予感しましたね。同じ気質なんだけど、それぞれ個性が違っていて、不思議な3人だと思いました。


――今回のゲスト3人は出版社に勤めている設定ですが、現時点の脚本を拝見すると、すごくリアリティのある人物像のような気がしました。どなたかモデルとなった方などがいらっしゃるんでしょうか?

いしい 具体的にモデルがいるわけではないんですが、私自身が出版社の人と関わることが多いので、自然とリアリティが出せたのかもしれません。ただ、先日私が通っているお料理教室の先生が本を出版されるということで、その撮影に立ち会うことができたんです。たまたま執筆の前後だったので、自然に取材ができたような感じでした。料理の撮影を終えて、食べる時間が幸せだったり、その和やかな感じだったりとかを取材できたのは良かったと思います。あとはゲスト3人とディスカッションした時に、それぞれの想いとか気持ちとかをすごく伝えてくださったので、すごくスムーズに書き進めることができました。私が抱いた彼らのイメージが、キャラクターになっていると思います。


――出版社の現場を知っている身としては、すごくリアルでした。岩田さんは、上がってきた本を読んでとう感じられましたか?

岩田 僕は正直、驚きました。今までは、悲恋とか、猫とか、縦軸が同じながらも、それぞれが別のストーリーでした。それが今回、3本で1つのストーリーになっていて、3本すべてを読まないと、答えが見えてこない。1本のストーリーになっている喜び、こう来たか!という気持ちになりましたね。まったく今までとは違う、新しいものになりました。そして今回は、ゲスト3人と女性1人の会話が幾重にも重ねられていきます。もちろん、「カナタ」らしく、今回であればcase1、case2、case3とそれぞれのシーンはゲストが1人で担当します。それでも、今までのような演出とは違う、変わっていかなければならないと思いましたね。そして、物語は最後に「えっ、マジ!?」ってなるんですよ。最後を知った上で、もう一度見返したくなるようなストーリーになっているんです。内輪で褒めるのもナンですが、うちの作家、やるな!と思いました(笑)。それに、これまでにない形になっても「カナタ」らしい心のやりとり、心理描写が描かれている。これは「カナタ」の作品だとも感じることができました。


――今回は、ゲスト3人のほか、「カナタ」では初めて、沢城みゆきさんが声で出演されます。ここも大きな変化のひとつですよね。

岩田 はい、朗読の部分のゲストとは別に、今回初めて女性、沢城みゆきさんを起用しました。声のみの登場で、すでに収録も済ませて、編集の途中です。「カナタ」のステージに初めて女性が関わるということについて、沢城さんは「カナタ」についてもすごく研究してくださっていて、女性である私が関わっていいのかなど、事前にすごく考えてくれていました。僕と電話をしてその部分についてもしっかりと話を聞いて、のりえちゃんともリモートで彼女の気持ち、のりえちゃんの気持ちを交換して……そういう意味では、一番時間がかかったかもしれません。


――なぜ、女性の声が必要になったんでしょうか。

岩田 最初は女性を起用する予定はありませんでした。ですが、流れを組み立てていく段階で、必要だなと感じたんです。これまで「カナタ」は、人のセリフ…例えば彼女のセリフもすべて、演者が1人で朗読していました。ただ、今回に関しては3つのストーリーで1本になりますから、括弧の部分、つまり自分じゃない人のセリフはその担当の人にしゃべってもらった方が良い。そうなると、女性のセリフはどうすればいいのか?という問題が出てきたんです。やっぱり、女性のセリフの所だけ朗読者がやるととてつもない違和感じゃないですか。でも、女性を起用することはリスキーでもあるとも思いました。女性をステージに上げるのか?それはどうなんだ?と、ぐちゃぐちゃと考えていたんですが、作品のクオリティを高め、違和感をなくすためには、女性が読むべきだと結論を出したんです。正直、今でも若干の迷いはあります。


――それでも、物語の伝えるべき部分を伝えるため、手段を選ばすに考えた結果が沢城さんの起用ということですね。

岩田 そうですね。やっぱり、今までの「カナタ」の固定概念を崩さなければならない。それができるのは、この11年目のタイミングだ、という気持ちもありました。ゲスト3人に相談したときも、異口同音に女性が必要ですよね、ってなりました。やはり、同一の女性を3人がそれぞれにやるとなったら、3人が照準をしっかり合わせ、口調も揃えないと違和感がでてしまう。それは演じる側の危惧でしたし、お客さんにとっても良くない。だから、女性キャストの声でやったほうがいいという結論になったんです。

いしい 女性を起用するかどうかについては、岩田さんとゲストの3人とですごく悩んでいて相談していたと聞いていました。相談してるんだ、よかったな、と思っていたんですけど……。女性を起用することになりました、沢城みゆきさんです、って聞いたのが、収録の2週間前。正直、早くしろ!早く決めろや!って思いました(笑)。3人の男性に関しては当て書きなんですけど、女性に関しては私の頭の中の架空の人物だったんです。なので、急に決まったことにもびっくりしたというか、ちょっと怒りました(笑)

岩田 ちょっとどころじゃなかったね(笑)。確かに、のりえちゃんの物語なのに、確認してない!って思いました……

いしい でもまぁ、演出に関しては、岩田さんに一任しているので!

岩田 僕の中では、女性の声優を起用しようと決めた時に浮かんでいた顔は、みゆきちゃんでした。非常にナチュラルな芝居、心のザラつきまで表現できるような大人のナチュラルな芝居ができる人を求めていました。みゆきちゃんとは、「トップをねらえ!2」という作品で一緒になったことがあって、彼女はその時のキャラクターの作り方にすごく悩んでいたんです。ナチュラルな芝居を求めていて、あがいて、もがいて、考えすぎて、怒られる。それを横で見ていて、なんて真面目で、やろうとしていることに非常に共感が持てた。生きた芝居を作りたいよね、って。その後の彼女の作品もいろいろ見ていて、やっぱり彼女しかいない、と思いましたね。


――ストーリー構成、女性の起用と、新しい要素がたくさんあって新鮮な驚きにあふれたものになりそうですが、そんな中でも「カナタ」として変わらないもの、芯のような部分はどこにあると考えていらっしゃいますか。

いしい うーん、何だろう…

岩田 僕はすごくシンプル。”いしいのりえが醸し出す作品”ですね。彼女の絵と文章、作家の感性で作り出す作品が「カナタ」だと思っています。それを、いかに舞台で表現することですね。あとキーワードとして「愛交物語」がすごく大きいですね。愛が交わる――どれだけリアルに日常の恋愛を描き出すか。その3点が、僕にとっての「カナタ」だと思います。

いしい それを軸にしつつ、いろいろ変化していければいいのかな。

岩田 それはいっぱい話したね。

いしい こうだからダメ、と決めつけるのではなく、いろいろな表現をしていけたらと思います。

岩田 カナタのスタッフを含め、今後を考えたことに、いろいろなことに縛りをつけないで行こう、と決めたんです。なので、今回は3本で1つのストーリーになりますが、次回はまた全然違うスタイルになるかも知れない。今回は性描写は無いけれど、次回はあるかも知れないし、女性が登場しないかもしれない。のりえちゃんの描きたいことであれば、変な縛りをつけずに描いてもらおうと思っています。例えば、絵本の版型もこれまではすべて同じできれいに並べられるサイズでしたが、装丁やサイズを変えてもいいじゃないか、とか。それくらい自由な発想でいいじゃないか、ってね。


――生み出す側としては、自由って逆に難しい部分もありそうです。

いしい 100%自由だと困っちゃいますけど、ゲストはこの人、などのお題はありますし、ディスカッションしていく中で意見も出てくるので、そんなに難しくはないですよ。ガラッと変えろ、と言われても、書いているのは私なので思いっきり変えることはできない。「あぶな絵、あぶり声」は、性描写があるからこそ、男女の恋愛しか書けないところがあったんです。老人の恋愛も描きにくいとか。それを外したら、いろんな表現ができるんじゃないかと思っています。

岩田 今回、音楽もピアノだけじゃなく弦の響き、ギターを入れたいなと思ったんです。音楽はずっとK’sukeさんにお願いしてピアノを演奏していただいていたので、K’sukeさんにも相談しなきゃな、とプロデューサーに言ったら「K’sukeさんはギタリストだから、大丈夫!」って言われて。僕、10年間ピアニストだと思ってたんですよ…早く言ってよ!って感じ(笑)。K’sukeさんも快諾してくださったので、今回はピアノだけじゃなくギターの音色も楽しんでいただけるようになっています。そこにも注目していただきたいですね。


――10年見つめ続け、作り上げたものがありつつ、11年目の今回でいろいろなものをそぎ落として自由になることで「カナタ」らしい表現の幅がどんどん膨らんでいるのかもしれませんね。

岩田 そうですね。今回「カナタ」の舞台で初めての女性の声が聞こえてきます。それをみなさんがどう受け止めるのか、不安が無いわけではないですが…それでも僕自身は、作品のクオリティをよくするために必要なことだったし、それをどう演出して、違和感なくみなさんにお届けできるか。しっかり演出していきたいと思いますので、いろいろなところが変わった「カナタ」、でも愛交物語という本質は変わっていない「カナタ」を観に来ていただけたらと思います。

いしい これまで、今回の作品を読んで下さったみなさんから感想をいただいてきましたが、共通していることに「もう一度見返したい」とおっしゃっていただけるんですね。おさらいしたくなる、と。本当にすごくありがたいんです。今回は、2回観るとより楽しめるお話ですので、ぜひ配信などでも観ていただけると嬉しいです。

岩田 明らかに2度おいしいですからね。

いしい 答え合わせしたくなるようなお話になっていますから、ぜひ楽しんでいただければと思います!

 

インタビュー・文/宮崎新之