演出:森新太郎×吉田羊インタビュー | パルコ・プロデュース2021「ジュリアス・シーザー」

写真左より 吉田 羊・森新太郎

ローマ史に基づきシェイクスピアが書いた壮大な政治劇として知られる名作『ジュリアス・シーザー』。この骨太な政治闘争劇が、森新太郎の演出でPARCO劇場に登場する。まず驚くのが、男性の登場人物が圧倒的に多いこの作品が今回はすべて女性キャストによって演じられるオールフィメールスタイルでの上演となること。新鮮かつ刺激的な演劇体験が味わえそうだ。主人公のブルータスを演じるのは、なんとこれが初シェイクスピアになるという吉田羊。そのほか、松井玲奈、松本紀保、シルビア・グラブら実力と華やかさを兼ね備えた女優陣が顔を揃える。森と吉田が初対面だったという8月某日、すっかり意気投合した様子の二人に作品への熱い想いを語ってもらった。

 

――この『ジュリアス・シーザー』という作品を今、女性だけで上演したいと思った理由は。

 今、という答えにはならないかもしれないですが、僕はかねがねシェイクスピア作品というものは虚構性が立つほうがより面白いと思っていまして。そもそも野外のグローブ座で上演されていたものだから、明るい中でも夜を表現しなければいけなかったわけですし、女性役も少年俳優が演じていたわけですしね。これはお芝居ですよ、ということが明確にされているからこそお客さん側には想像力をフル稼働させて自分の中でフィクションを構築していく面白味があったと思うんです。日常の約束事とか規範から自由になれるという喜びもあったでしょうね。そうした考えでいくと、シェイクスピア作品の中でもほとんど男性しか出てこない『ジュリアス・シーザー』というこの政治劇は、女性だけで演じることが一番の虚構性につながるのではないかと思ったんです。企画としては、そういう理由から「オールフィメールでやりたい」と提案いたしました。

 

――吉田さんは、これが初シェイクスピアだとのことですが。

吉田 シェイクスピア自体に苦手意識を持っていましてどちらかといえば避けていましたし、シェイクスピアとは一生縁がないんだろうなと思っていたんです。でも、来年芸歴25周年で節目となるこのタイミングで、古典戯曲の、しかも自分が敬遠してきたシェイクスピアが向こうからやって来てくれたというのはきっと「もう一度原点に帰りなさい」という演劇の神様からのメッセージかなと思って挑戦することにしました(笑)。しかも女性だけで演じるという、この試みに魅かれたのも理由のひとつです。だって大変な挑戦だと思うんですね。有名な物語なので、観客の固定観念を取り払うのは簡単ではないし。私自身も原作のまま「俺」という一人称でしゃべることに最初は違和感があったんですが、でも今作は上演にあたって森さんが原作から取捨選択をして、女性と男性のそれぞれの役割を固定するようなセリフはほぼカットされているんです。それによって人間同士の会話として響くようになっていますから、性別を超えた、「人間という生き物の物語」として見せるのが今回の狙いなのかなと思っています。とにかくまだ稽古前なので、具体的にどのような構想を森さんがお持ちなのかというのがわからない状態ではありますが今、大変ワクワクしています。

 

――具体的にはどういう演出プランをお考えですか。たとえば男装をするわけではないんですよね。

 なるほど、衣裳についての話は羊さんとも今日初めて話しますね。ここは僕も悩み抜いた点です。よくあるのはたぶん、男性のフォーマルな衣裳を着せるというスタイルだと思いますが、その場合、戦場であれば鎧だったりするわけですよね。でもシェイクスピア劇に関しては、徹底的に言葉を鎧にしたほうがいいんじゃないかなと考えたんです。攻めるほうも言葉なら守るのも言葉で、言葉以外のものはなるべく削ぎ取っていきたくて。だから今、考えているのはコンテンポラリーダンスで着るような、極めて簡素な衣裳ですね。男装にするとなると胸を潰して男の服を着たりしますけれど、今回はそれをやる必要もない気がしていて。女性の持っている身体のままで男性の役を演じてほしいなと思うんです。

吉田 賛成! それ、大賛成です! 私も、抽象的な衣裳がいいなと思っていたので。というのは人間の認識って視覚から入る情報が8割と言われていて、そこで決まってしまうようなところがあるから、男装した時点でみんな、男って思っちゃうじゃないですか。でも、演じている中味は女性なわけだから、その視覚は邪魔になると思うんです。なので、私は布を巻いたような抽象的な衣裳かなと、勝手に想像しておりました。

 おおー、すごいな。羊さんがそういう風に言うとは思わなかった。この衣裳プランは僕にとっても初めての試みなので、いささか緊張しています。

 

――吉田さんは現時点では、ブルータスはどういう役回りで、どう演じたいと思われていますか。

吉田 ブルータスって、私利私欲一切なしのミスター正義漢なんですよね。でも、彼の本当の魅力はその強さではなくてむしろ人間的な弱さにあるのではないかなと私は思っているんです。友人にそそのかされてくすぶっていた炎を燃え立たせる、その一大決心をするまでに彼は自問自答、逡巡を繰り返して、自らを鼓舞しまくるわけです。はた目から見ればそれって煮え切らないし、優柔不断だし、ちっとも男らしくない。けれどもそのカッコ悪さこそが彼の人間臭さであって、観ている側が「決心しろ、ブルータス!」と応援したくなる魅力になるのかなと思っています。また彼はその優しさゆえに自分で自分の首を絞めているところがありまして。だからこそ、物語が展開していくんですけどね。彼のそうした憎しみだけではない、愛情の部分も併せ持っているという人間性であるがゆえに、観客がこの物語を受け入れることができるのではないかなと思います。ですから政治劇ではありますけれども、それに至るまでの感情にもアプローチし、どういう思いの流れで彼がこういうことを成したのかという人間的な部分にもできるだけフォーカスして演じていきたいなと思っています。

 

――シェイクスピア作品もいろいろある中、今回どうして『ジュリアス・シーザー』を上演しようと思われたのでしょうか。

 この作品の場合、主役は誰だという話にまずなると思うんですね。だってタイトルはジュリアス・シーザーなんだけれども、シーザーは中盤で殺されて退場してしまうし。ではブルータスなのかというとそうとも言いきれず、一種群像劇みたいなところがあって。つきつめて考えていくと、この作品の影の主役は実は民衆のような気がするんです。姿こそ見えなくても、シーザーに王冠をと叫ぶ民衆のお祭り騒ぎからブルータスとキャシアスって人生を狂わされていくんですよね。ブルータスが恐れているのも、シーザーの圧政がどうというよりもそこにひきつけられていく民衆の熱狂のほうなんじゃないかと。結局、ブルータス始め政治家たちはみんな、民衆の熱狂の間を右往左往しているだけで、やはり民衆が大きな力を持っている芝居だなと僕は思うんですね。そして今、この時代にわれわれも情報としてそんなのを見てばかりの毎日じゃないですか。移り気な民衆たち、誰も責任は取らずに、ただ鬱憤のはけ口に人の人生を潰していくところとか。政治家だけじゃなく民衆の狂気にも焦点があてられた政治劇なので、それがこの作品をやりたいなと思ったひとつの動機ではありますね。

 

――そして、その作品をオールフィメールでやろうと思ったのは。

 今回、「オールフィメールでやることをどう思う?」と僕の周りの女性の友人たちに聞いてみたのですが、みなさん「すごく面白そう!」と本当に目を輝かせて言ってくれるんですよ。だけど、これほど女性をウキウキさせるということの背景にあるのは、やはり日本の現状、女性が政治から遠ざけられていることの反映なんじゃないかなとも感じていて。最新のジェンダーギャップ指数とかも日本って相変わらず低くて、政治参画の項目なんてほとんどビリに近いですよね。そういう、日本の女性が政治に平等に参加できていないという事実が、この政治劇を女性だけでやるということに対する女性のワクワクにつながっているような気がしているんです。ふだん、そうした抑圧を感じているからこそオールフィメールのような倒錯性に魅かれるのかもしれない、と。そんな意義みたいなものを、僕の中では感じています。だから願わくばこのオールフィメールでやるということが、別にそれほど珍しいことではなくて当たり前になるような、そんな世の中になればいいなとも思っています。

 

――そして今回、ブルータス役を吉田さんにオファーした狙いとは。

 ブルータスを吉田羊でというのは、最初にパッとひらめいたんですよ。ただ、羊さんのことを僕はまだあまり詳しくは知らないなと思って。もちろん俳優さんとして本当に腕があるなと思っていましたし、それも抑える芝居が特に巧いイメージがあったんですけれども。でも改めて羊さんにオファーする前に勉強しようと思っていろいろな作品を見させてもらうと、そもそもこの人はきっとすごくアツい人だなと感じたんです。抑えた芝居が効いているのは内側にすごく激しいものを持っているからこそ、それが成立しているんだと。だからこんなにも激しいものを持っている人ならシェイクスピア劇に出てもらわないといけない、むしろ出てないことがおかしいとまで思いました。この機会にぜひ別のフィールドに引っ張り出したいですし、ここまで心のありったけを叫ぶ吉田羊は見たことがないとお客さんを驚かせたいですね。さらに羊さんの場合、叫んでも叫んでもなお叫び足りないところすら作ってくれるんじゃないか、と。つまりこれだけ胸の内を語っても、彼の本当の気持ちは誰にもわからなかったのかもなと思わせてくれるような、そこまで深くブルータスの心情を作ってくれるんじゃないかなと思って、それで僕は羊さんにお願いしたわけなんですが。だけど正直に言うと本当に引き受けてくださるとは思っていませんでした、羊さんがやると言っていると聞いた時、のけぞりましたからね。

吉田 アハハ。

 今日初めて僕は直接、羊さんと話したんですが……ああ、これは受けてくださる人だと腑に落ちました(笑)。

吉田 アハハハハ。

 舞台出身の方だというのも大きいですね、僕とワクワクするところが似ているんです。やっぱり羊さんにお願いして大正解でした(笑)。これがあまり舞台をやったことがないような方だったら、特にこういうオールフィメールでのシェイクスピアの面白みってもしかしたらここまではわかってもらえなかったかもしれないですし。さっき、衣裳の話で盛り上がっている羊さんを見て、本当に羊さんで良かった、楽しみ方をわかってらっしゃると確信しました。

 

――吉田さんはこの作品に参加する意気込みとしては、いかがですか。

吉田 意気込みは、とにかく一生懸命にやりますとしか言えないんですけれども(笑)。実際に今回、原作を読ませていただいた時、本を一回開いて、そのセリフの多さを見て一回閉じましたから。これはヤバイぞと思いました(笑)。でもシェイクスピア作品って、俳優が一度は挑戦すべき、胆力を試される作品だとは思っていて。饒舌なセリフの応酬をいかに観客に飽きさせずに魅せるかは完全に役者の鍛錬と演出家の想像力にかかっている。それがうまくいけば、舞台上の物凄い熱量が劇場中を包み込んで、見る側も気づけば夢中になっている、そんな、怖いけれど理想的な舞台を死ぬまでに経験できたら最高ですよね。そしてそこに挑戦できるかどうかというのは、ある意味作品に選ばれないと挑戦させてもらえないという感覚があったので。これを機会に挑戦して、自分を更新していきたいなという思いでおります。

 ふふふ。

吉田 私、森さんの作品を観たことがないと思っていたら、鈴木梨央ちゃんの『奇跡の人』で観ていたことがわかって。舞台空間の使い方がお上手な方で、足し算も引き算もできる演出家さんだなという印象を持っていました。また、百本ノックの演出家さんだという風に伺っていて。それを教えてくれた方々は私を脅かそうと思って言ったんでしょうけど、いかんせんシェイクスピア初挑戦ですので、むしろ私にとってはそれってとてもありがたいことなんです。本当に言葉と身体が連動するくらいになるまで、ノックを受けて立ちたいと思っております!(笑)

 

――このカンパニーの顔ぶれについても、森さんにキャスティングの狙いをお聞きしたいのですが。

 まず、すごくないですか今回のキャスト!って、僕は思っちゃっているんですけど。

 

――すごいです!(笑)

 ですよね!(笑) いつも、ひとりひとり力ある俳優さんを集めたいと思って、それを目標にしてかなりキャスティングは粘るんですけど。今回は、特にいい顔ぶれになったかもしれないです。オールフィメールということで個性ある俳優さんばかりを選びました。だってまず、暗殺者グループに三田和代さんがいること自体がとんでもないですよ。仲間と策謀をめぐらす三田さんを想像しただけでほくそえんじゃう(笑)。あと、アントニーに松井玲奈さんと言うのもすごくフレッシュですよね。ブルータスにはちょっと理解できないところを持ったしたたかな新世代という感じで、松井さんなら怖いくらい自然体にトリッキーな人物を演じてくれると思います。あとは、キャシアスに松本紀保さん。僕は以前ご一緒していますから、あの方のパッションが尋常でないことをよく知っていますので。キャシアスとブルータスのやりとりは、時に夫婦げんかのような諍いもあって、今からとても楽しみです。タイトルロールのジュリアス・シーザー役はシルビア・グラブさんですが、『メアリー・スチュアート』の時にはエリザベス女王を演じていただいたので、なんだかシルビアさんの世界の覇者シリーズみたいになっちゃいますね。次はもう、チンギス・ハーン役しかないんじゃないかと思いますが(笑)。やっぱりブルータスって、シーザーのことを憎んでいるんだけれど同時にそれ以上に愛してもいるんです。この二人の関係性が実に複雑で。タイトルが『ジュリアス・シーザー』だというのもわかるんです、亡くなったあともブルータスは彼の姿を二度も夢に見ますし。最後の最後までジュリアス・シーザーの呪縛から逃れられないんですね。そのあたりも、もしかしたら女性ならではの精神の結びつきが見せられるんじゃないかなと期待しているところです。他にもたくさん、次から次へと魅力的な人物が出てくるので最後の最後まで、きっとあっという間の上演時間だと思いますよ。

 

――吉田さんにとって、この顔ぶれはいかがですか。

吉田 共演経験のあるシルビアさんが宿敵シーザーというのはものすごい安心感です。彼女自身はクレバーで優しくて本当に愛の塊のような人なんですけど。そんな彼女が権力の座を前に揺れ動く、実は臆病で純粋でもあるシーザーをどう演じられるのかというのは私もすごく楽しみです。その彼女への私の信頼がブルータスとシーザーのそれにリンクして、友情の先にある正義の暗殺という構図がうまく見せられたらいいなと思っています。松本さんと松井さんとは初めてなんですが数々の大舞台を経験されたお二方ですので、この作品を盤石にする絶対的存在だろうなと思っています。松本さんとはぜひ固い友情を育み、松井さんとは陰影の濃いブルータスとアントニーとのコントラストを一緒に作れたらいいなという風に思っています。またほかの共演者のみなさんも本当にバラエティに富んだ方ばかりで、一緒にそれぞれの個性を存分に生かした明確なキャラクターづくりができたらいいですよね。あと個人的には、映画『ソロモンの偽証』でそのお芝居に度肝を抜かれた藤野涼子さんとの“夫婦芝居”がとても楽しみです。

 そうですね、あそこはなかなか面白いことになりそうですよね(笑)。

 

――藤野さんが、吉田さんの奥さん役なんですか。

吉田 そうなんです。

 妻の役もやりますが、今回彼女は二役で。終盤に出てくるオクタヴィアスという、シーザー亡き後初代の皇帝になる19歳の若者も演じてもらいます。アントニーが新世代だとしたら、さらにもうひとつ若い世代の役として出てくるわけです。そういった点でも厚みのある政治闘争劇になると思いますよ、どうぞお楽しみに。

 

取材・文/田中里津子

吉田羊 ヘアメイク/paku☆chan(Three PEACE) スタイリスト/井阪恵
シャツ27,500円(アンドエルシー/クレヨン☎️03-3709-1811)、ピアス134,200 円(カスカ/カスカ 表参道本店☎️03-5778-9168)、ネックレス44,000円(リューク/リューク☎️info@rieuk.com)