実在した医師・見川鯛山による人気エッセイ「田舎医者」シリーズを下敷きにした新作喜劇『本日も休診』が、11月12日(金)に東京・明治座にて開幕する。
昭和40年代の那須を舞台に、“山医者”鯛山先生と妻・テル子、そして個性豊かな村人たちの交流をユーモラスに描き、人が人を癒やすこと、人がすこやかに生きることの意味を人情たっぷりに問いかける本作は、脚本を水谷龍二、演出をラサール石井が手掛ける。
稽古が始まったばかりのタイミングで、鯛山先生を演じる柄本明、テル子を演じる花總まりに話を聞いた。
「やれば何かは生まれる。そこを大事にしてやっていけたら」(柄本)
――この舞台は柄本さんの発案だそうですが、なぜ見川鯛山先生のエッセイを舞台化したいと思われたのでしょうか?
柄本 僕が見川先生のエッセイが面白いということを、事務所なんかで言ったのかなあ。よく覚えてないんですけどね(笑)。そしたらこういう話が動き出して。それが明治座さんというね。大看板の劇場ですから、そこに自分が立つということにはプレッシャーを感じています。大体いつもプレッシャーを感じますけど、今回は特にそうですね。でもいいお話ですし、この役をやらせていただけることは非常に光栄です。
――見川先生のエッセイはどのようなところに魅力がありますか?
柄本 今は社会というものが、なんだか忙しくなっているので。情報がすごい勢いで入ってきたりね、通信手段もスマホだなんだって忙しいし。そういう社会で生きている我々にとってこの作品は、その忙しさとは無縁の離れた場所になるんじゃないかという感じはしますね。
――花總さんはこの作品にどんな感想を持っていらっしゃいますか?
花總 まずチラシを見て、私の中ではこういう雰囲気の作品はあまりなかったように感じました。すごくゆったりしていて、でも温かみがある。作品に関しては、鯛山先生もそうですが、先生を囲む那須の人たちも面白く、そして温かみがある。ある時代を一生懸命生きていた人たちの物語なんだなということをすごく感じました。
――できた脚本をお読みになってどう思われましたか?
柄本 いい本が出来たんじゃないかと思っています。それぞれのキャラクターが立っていて。
花總 村の人々の、
柄本 群像劇だよね。
花總 そうですね。
――水谷龍二さんが脚本を書かれるにあたって柄本さんからオーダーはなさいましたか?
柄本 いや、それはないです。ただ、見川先生のエッセイは短くてたくさんありますからね。水谷さんは(それをひとつの作品にするために)苦労なさったと思います。しかもエッセイは見川先生の目線で書かれている分、先生はそんなに出てこないですし、妻のテル子さんも出てこないんですよね。だから大変だったと思いますね。
――お稽古ではどんなふうにお芝居をつくっていかれていますか?
柄本 まだ始まったばかりですけど、まあとにかく、ね?(笑)。
花總 はい。
柄本 必死です。いつもそうなんですけどね。いつも必死です。
花總 私は、周りがベテランの方ばかりなので、どこか「自分、大丈夫なのかな」という不安は大きいです。とにかく必死にやっていくしかないんですけどね。でも本当にお稽古場で皆さんが面白くて(笑)。その中で笑いながら、変に焦ることなく、自分もつくっていけることにすごく感謝しています。
――花總さんはストレートプレイも2作目ですし、普段は海外の作品を演じられることが多いので、開けたことのない引き出しも開きそうですか?
花總 今回、私はそうですね。新たな引き出しができたらいいなと思っています。その辺は自分でもすごく楽しみにしていることです。
――普段はミュージカルを主戦場にされている分、歌とダンスを封じられているような感覚になることはないですか?
花總 全然ないです。逆にストレートプレイだからこそのやりやすさもたくさんありますしね。
――柄本さん、花總さんはどんな印象ですか?
柄本 やっぱりね、宝塚の方。宝塚(歌劇団出身)の方とは、映像ではちょこっと共演したこともありますが、舞台ではなかったので。なんだろうな、違いますね。
花總 なにが違いますか?
柄本 う~ん、なんとなく。だって僕でしょ、(佐藤)B作でしょ、笹野(高史)でしょ、ベンガルでしょ?そういう小劇場のドロドロとした……。底辺の僕らから見たら、(すごく上を見上げる仕草で)こうですよね(笑)。だから降りてきていただいて……。
花總 そんなこと!!!
柄本 わっはっはっ。だから僕ら二人はどう見えるんでしょうね?お客さんからどんな風に見えるのか。花總さんのファンなんかね、「あれが夫じゃ嫌だ」って人もたくさんいるんじゃないかと思いますけど。
花總 そんなことないです!
柄本 まあしょうがないね(笑)。
――花總さん、柄本さんはどんな印象ですか?
花總 私はやっぱり、自分のお芝居がどう映るのかなって。もちろん一生懸命やるしかないですけど、どう映るのかなとか、どんな感じなのかなっていうのはすごく気になるところですし、すごく不安なところがいっぱいあるので。稽古場でも柄本さんの様子を見ているんですけど、まだ自分がどういうふうに映っているのかわからないです。「やりにくいな」とか思われていたらどうしようとか思うんですけど。
柄本 ふふっ。まああれですよね、探しながらですよね。探して、やっていければいい。夫婦役ですから。どういう夫婦なのかっていう。稽古も本番まで含めて、我々は夫婦探しの旅に出たんじゃないでしょうかね。一日一日でどういうふうになっていくのかですし、がんばっていきたいですね。
花總 はい、見つけていきたいです。
柄本 やれば何かは生まれるんですよね。だからそういったところを大事にして、やっていけたらいいなと思っています。
「すごく面白くなりそう。いろんなものが飛び出してきそうな作品です」(花總)
――柄本さんは、ご自身が演じる見川先生をどんな方だと思っていらっしゃいますか?
柄本 自分のことは「ヤブ医者で患者も来なくて」みたいな悲観的な話ばっかりだし、他にもマイナス要素の多い人たちがたくさん出てくるんだけど、なんだか非常に温かいんですよ。エッセイでも、文章では「どうしようもないヤツだ」「ろくでなしだ」なんて書いているんだけど、その目線は温かい。非常におおらかですよね。だから、「人間はどうしようもないんだ、だけど大丈夫なんだ」みたいな本だと思います。
――那須という土地も大切な場所ですよね。
柄本 見川先生は那須の村が大好きだったみたいですね。それぞれがお互いに悪口を言いながら、信頼し合っているような場所で。
――花總さんは、ご自身が演じる見川先生の妻・テル子をどんな方だと思っていらっしゃいますか?
花總 まだお稽古が冒頭の部分なので、全体をやってみないとというところではありますが、バックボーンとして、都会から駆け落ちのようにして那須に来たり、正義感が強かったり、でもどこかおっちょこちょいだったり、鯛山先生のことが大好きだったり、そういう基盤はあって。これからそこに肉付けして、いい意味で存在感が出せたらと思っています。
――このカンパニーには、柄本さん、佐藤B作さん、ベンガルさん、笹野高史さんを中心に、制作発表でも「同窓会のよう」と言われるようなメンバーが揃いました。花總さんはそんな皆さんの姿をどんなふうに思われていますか?
花總 まず基盤に絶対的な信頼があるので、みんなが自由にやっているし、やらせあっているというか……。
柄本 ほんとは仲悪いから。
花總 (笑)。
柄本 ひっひっひ。
花總 いや、素晴らしいです、長年の阿吽の呼吸というか。いいところも悪いところも、お互いの全部を知ったうえでのものがあります。
柄本 お互いに「どこではしごを外してやろう」と思ってるから(笑)。
花總 (笑)。でも本当に、お互い全部わかっていらっしゃるんだと思います。今こういう稽古をしているけど、本番は自由にやろうな、みたいな感じ。きっと本番に入ったらどんどん変わっていくんだろうなと思っています。
――面白い作品になりそうですね。
花總 すごく面白くなりそうな気がします(笑)。かなりいろんなものが飛び出してきそうですよね。どの舞台もそうですけど、一公演たりとも同じことはないんじゃないかな。
――マスク生活も随分経ちますが。コロナ禍で、人としての価値観や演劇観で変化したものはありますか?
柄本 なんか、何がバレたわけじゃないけど、何かいろんなものがバレたって感じがして。コロナでよかったなんてことはもちろんこれっぽっちも思わないけれども、でも、コロナによって、なんかいろんなことが我々は見えてしまった、みたいな。そういう印象です。
――演劇に関してはいかがですか?
柄本 やっぱりなくならないものだってことはハッキリしたんじゃないでしょうか。口幅ったい言葉で言えば“芸術”なんて言葉はあるけど、文化ですよね。文化芸術は、コロナみたいなことがあっても絶対になくなりはしない。確かに1年お休みするなりはあるけれども。やっぱり文化芸術というものは人間の生き死にと一緒で、文化芸術が死ぬということは人間が死ぬことでもあって。我々はそういったものは、決してなくすことはできないものなんだってことが、逆にハッキリした気がします。どんなに少なくなろうとね。これは祭ですよね。オリンピックにしたってそうだけども、大昔から祭はなくならない。人間はどこかで、そういったことがないと生きていかれないんじゃないですかね。不要不急のものではあるけれども、とにかくなくなりはしないんだってことは、確かなことじゃないですかね。
花總 このコロナ禍で、いろんなことを感じさせられました。今、柄本さんがおっしゃったようなことももちろんそうですし。その中で改めて、自分の中では生の舞台の大切さというものは強くなりました。それと、「一回一回を大切に」という気持ちもさらに強くなりましたし。舞台とはお客様がいらっしゃってこそ成り立つものだということも思いましたね。
ライター:中川實穗