11月だけの「OBONRO CINEMA MUSEUM」開催中!上映後のトークショーとミュージアムスペースをレポート。末原拓馬のコメントも!

2021.11.15

左から 塩崎こうせい 末原拓馬 わかばやしめぐみ さひがしジュンペイ 高橋倫平


大人のための寓話を紡ぎ出す劇団おぼんろが、今年8月に上演したばかりの第19回本公演『瓶詰めの海は寝室でリュズタンの夢をうたった』の映像化を記念し、過去の人気7作品とともに「OBONRO CINEMA MUSEUM(おぼんろシネマミュージアム)」を開催中だ。
東京・池袋にあるLIVEエンターテインメントビル「Mixalive TOKYO(ミクサライブ東京)」にて、11月の週末の12日(金)〜 13日(土)、19日(金)〜 20日(土)、26日(金)〜 28日(日)、上映に加えて語り部も出没する。また、ロビーでは、過去の公演衣装や小道具を展示し、「手触りのある物語体験ができる映画館」「物語を旅する映画館」を創り上げている(しかもロビーのミュージアム部分は閲覧自由!撮影自由!)。さっそく体験しにいった。

訪れたのは11月13日(土)の昼の回。上映作品は『瓶詰めの海は寝室でリュズタンの夢をうたった』。ロビーには同作品の衣装や小道具、自転車(ポセイドン号)などゆかりの品々が並ぶほか、これまでの軌跡をたどる舞台写真なども貼り出されている。続々と来館するファンたちを迎えるのは、末原はじめとする出演キャストたち。俳優とおしゃべりできるフランクな空気感にワクワクだ。

「路上の独り芝居からスタートしているから、あ、こんにちは、いらっしゃいと言葉を交わして仲良くなって見てもらう感じが、ぼくの当たり前というか。そうやって、日常から地続きで物語にお招きする。ぼくは、日常から逃げておいで、という物語があんまり優しいとは思えなくて。商業的には物語の中に観客も閉じ込めたほうがいいんだろうけど、それより、日常の地続きから入ってもらって、ぼくらの作品を一度見て、それで世界の見え方が変わったなら、もう見に来なくていいんだよと言ってあげたいんです。ぼくらの物語を使ってみんな、一人ひとり、自分で幸せになれるようになったなら、ね」(末原)

深く納得し、末原のその優しい想いに感謝が湧いてくる。

上映前、本作の出演者、末原拓馬、わかばやしめぐみ、さひがしジュンペイ、高橋倫平、塩崎こうせいが壇上に現れた。「ちゃんと映像の監督を呼び、映像作品として完成させています」と末原。その前振りどおり、引きの絵と役者のアップ、舞台全体の俯瞰、細部へのフォーカスと、緻密な構成で物語はめくるめく。
同作を劇場で観劇している人からは、「映像になってよりいっそう感情がわかった」との感想も出ていた。観客も物語の住人になって同じ空間を共有する生舞台と、目に見える絵が近距離であるぶん情感や臨場感が増す映像。一つの物語でありながら、別々の完成形を実現させる。

劇団おぼんろでは、舞台を映像化するたび、新作DVD発売記念で開催するファンとのイベントを大事にしてきた。今回の映画祭がそれらと違うのは、「永遠に残る作品」に昇華させるプロセスのひとつである点だろう。

「作家を始めた頃、シェイクスピアがライバル、とずっと思っていました。一本終わったらハイ次と、消費されるだけの作品ではなく、一本が100年残ることが正しいとぼくは考えるんです。物語は消耗品じゃない。ぼくらの作品も、100年後にちゃんと古典と呼ばれるものにしたい。それにはいろいろなストロークが必要でしょう? たとえばシェイクスピアは100年間にさまざまなチームが演じてきた。ぼくらの作品は、なるべくぼくらで再演したいけど、こうして映像化することも方法の一つです。父(末原康志)は音楽家でしたが、ライブもあればCDもあって、どの形であってもそれ自体の完成を目指していました。それと同じで、ぼくらの物語は演劇にも映像にもなる、今後は世界にも発信する。いろんな形で伝えて、残していけたらいいなと思うんです」(末原)

彼が口にする「物語は、物語られてこそ生きる」というフレーズ。これを具体的に説明してくれたのが、上記のコメントになるのではないか。

「そう、本は、文字情報でしかない。どんな状況で、だれから聞いたのか。そこが大事なんだと思います。母親が枕元で語ってくれたベッドサイドストーリーもそうだし、恋人同士の語らいもそう。物語の残り方は、受け手次第とも言えるんですよね」(末原)

演劇や映像でいえば、観客次第、ということ。観る人がそれぞれどういう状態かにより、物語は変容する。いまの自分は、どうやって夢をつかむのか、どのように想像するのか、冒険の始め方はどうなのか。いま目撃するおぼんろの作品を利用して、こんどは自分が変容する。

「ぼくの物語は逆境に立たされている主人公が多い。でも、これがね、ありもしない魔法で救われちゃダメだなって思うんです。だって僕らは現実で魔法は使えないから。現実から物語に逃げ込んで閉じこもって欲しいんじゃなくて、現実と地続きの場所にある物語でありたい。現実の自分の幸せになり方を考えるきっかけにしてほしいな、と思います。物語の意味、価値は、そこにある」(末原)

「ぼく自身がもう幸せになれないかも……、と思うこともあるけど」と、自らの胸の内をさらけつつ、それでも、「乗り越える方法を、自分も幸せになる方法を、物語にする」と語ってくれた末原。「おぼんろ は、物語は世界を変えると、ただただそれだけを一点突破で信じて活動してまいりました。今回、あなたがあなたの大切な人が物語に触れて、世界を輝かせてくれたらと願っています。」(映画祭リリースより)。末原の言う「物語は世界を変える」という言葉は、世界の見え方が変わる(くらい自分の中身のなにかが変わる)ことかもしれない。

上映直後に繰り広げられたクロストークは、俳優同士のぶっちゃけ話で盛り上がった。
さひがし、高橋、塩崎は、初めて通しで見たという。「自分以外のシーンは稽古もまったく見ないから、ほかの人がなにしてるか知らなかったよ」と笑いを誘う高橋。「自分が出ていることは百も承知だけど鳥肌が立った、ウルウル」とさひがし。本作で客演だった塩崎は「おぼんろの人たちの演じ方っていうのがよくわかったわー。俺もああすりゃよかったがいっぱい」と目をくるくるさせた。
「なんでこんなに盛り上がるんだろうと思ったけど、あれだ、リュズタンの打ち上げをやってなかったからだ!」と気づいた末原。この日の観客および配信視聴者は、彼らの内輪の打ち上げに参加させてもらったも同然だ。

「今日ここで話題にすることは拓馬に了解済みだけど」と、さひがし。本作『瓶詰めの海は寝室でリュズタンの夢をうたった』の誕生秘話には、末原のごく個人的で、強く愛しい理由があったことを語り出す。執筆の途中、末原の父、ギタリストの末原康志が亡くなった。「あのときは、脚本の上がりを待ってくれてありがとうございます」と末原。「入院中のパパを元気づけたくてこの物語を紡いだけど、さあ本格的に執筆しようと思った直前にああなって……。退院したパパに劇場で見てもらう前提だったから」(末原)。こんな個人的でいいのかと思ったけれど、と末原が言うと、さひがしは「むしろそれがよかったと思うよ」。痛みの中で書き上げた物語だけに、末原が注いだ命が物語のあちこちからほとばしる。わかばやしから、「パパとのネタもいろいろ入っているのよね」とふられた末原は、本作のディテールのネタばらしをしてくれた。「クジラは、ぼくが中学生の時の家族旅行がネタ元。ハワイでクジラを見ようってクルーズに出たんだけど、もちろん見れない(笑)。いつか見に行こうねとパパと言っていたんだよね」。

上映作品は日々変わる。おまけに、ミュージアムスペースは見学無料で、撮影OK。さらに、自由に書き込める寄せ書きコーナーもあるので、思い思いに感想などを残そう。
池袋に行くなら気軽に立ち寄って。

取材・文/丸古玲子