いしいのりえ、岩田光央 インタビュー|「カナタ presentsトライアングル~アイビー~」

イラストレーターのいしいのりえと声優の岩田光央によるコラボユニットが手掛ける「カナタ presentsトライアングル~アイビー~」が、5月に上演される。「心の先に身体がある」をテーマにした「愛交ストーリー」を、絵と声で表現していく女性限定の朗読劇で、今回は吉野裕行、細谷佳正の2人をゲストに愛の物語を紡いでいく本作。今回は、妻と子の幸せを強く願った漁師の男を岩田が、五輪の夢に手が届くと思われたが病に侵されたフェンシング選手を細谷が、早世した立派な父に想いを馳せある決意を固めた男を吉野が演じる。この3人の物語が、どのように交わっていくのだろうか。いしいと岩田の2人に話を聞いた。


――前回の公演は、カナタにとって大きな挑戦だった回となりました。公演を終えたときのお気持ちはいかがでしたか?

いしい いい意味でラクになったというのが第一印象です。正直、プレッシャーになった部分もあったんですけど、男女の恋愛という括りを外したことで、いろいろな表現ができるようになったと思います。今回の作品を描くにあたっても、肩の力が抜けたような感じがしていますね。

岩田 僕も、カナタで新たな試みができたことが財産になりました。10年間「あぶな絵、あぶり声」シリーズをカナタの世界観としてやってきて、良くも悪くも守り続けてきたところがあったんですけど、それを一度ほどいて新しくチャレンジすることにしました。すると、僕が舞台で表現できることも随分と多くなった。前回、初めて女性の声を舞台の上で参加させることができました。非常にドキドキして、どう受け入れられるんだろう、ということはあったんですけれど、非常に好意的に受けてめていただけました。演奏もずっとピアノだけだったものが、ギターも入ることになって、それも高く評価していただけました。


――本当にこれまでにはなかった表現やチャレンジがたくさんありましたね

岩田 もうひとつ大きかったのは、いままでは1人称でしゃべっていたので、舞台上には1人しか立っていなかったんですけど、前回は3人同時に立つ姿を見せられました。ほかの朗読劇では当たり前じゃん、と言われそうですが(笑)、カナタにとってはありえないこと。ここから先10年のカナタの表現の自由さを感じられた、そんな気持ちになりましたね。


――今回は「アイビー」というサブタイトルがついています。今回のテーマやコンセプトの部分をお聞かせください。

いしい サブタイトルはいつも私が決めているんですけど、ちょっと今回は稚拙なものしか出てこなかったんです。そこでいつも編集をお願いしている方に助け船を出していただいたんですね。寿命とか命とかのストレートすぎてダサいサブタイトルしか出てこないんで、何かいい案ないでしょうか、と。それで「I‘ll beはいかがですか」とアドバイスをもらったんです。それで、けっこう長いつきあいなんで、私がタイトルやサブタイトルに英語を使うのがちょっと苦手なのも知っているから(笑)、ちょっと言い換えて「アイビー」はどうでしょう、と。「アイビー」は観葉植物なんですが、花言葉も内容に沿うような言葉だったので、これいいと思います!となって、決めました。私としては命の話というふうに書いたわけでもなかったですし、それよりももうちょっと深い、人との思いやつながりを描いたつもりだったので、とてもいいアイデアだ、と思い採用しました。

岩田 僕にもよかったら何かアイデアをください、と言われたので「想い」がいいと思います、って送ったら軽く却下されました(笑)。でも、本当にいろいろな思いが詰まっている作品だと思っているので、それをふわっと内包してくれるような、とてもいいサブタイトルになったと思っています。


――ストーリーのアイデアはどのようなところからだったんでしょうか

いしい 今回は、作品そのものについては一任してくださる形だったので、何にしようか、と考えたんです。ここ最近、なかなか生きにくい世の中なので、そういう部分でも何かちょっとラクに頑張ってみようか、と思えるような作品にしたいと思いました。それで、吉野裕行さんがとてもナチュラルでエッジの効いたお芝居をなさる方と聞いたので、ちょっとエッジを効かせたいと思いましたね。前回の「秘密」はゆるふわな3人で、包み込むような作品だったので、そういう意味ではちょっとヘビーな内容でも耐えられるのかな、という気持ちはありました。


――いつも作品作りの前に、出演者も含めてディスカッションされるそうですが、今回はどんな雰囲気でしたか?

いしい 今回は、前回ほど内容についての会話じゃなかったですね。みなさんの人生観とか、業界への想い、役者とは、みたいな人となりの話がすごく出てきました。ちょうど、緊急事態宣言と次の宣言の狭間の期間で、お酒を飲みながら話せる期間だったんですよ。なので、食べるし飲むしで(笑)

岩田 ちょっと我慢してた分もあって、余計にね(笑)。2人ともすごく気骨のある人で、自分の生き方とか業界への向かい方、自分がどうあるべきか、というのを強く持っているから、すごく立派。吉野くんはすごくストイックな人で、「今日も一滴も飲みません! 大好きなグレープジュースで一杯やらせていただきます!」って宣言して、本当にグレープジュースを死ぬほど飲んでました(笑)。まぁ、吉野くんはお酒が無くても打ち解けられる人だし、昔から仲が良かったからね。彼のストイックさや生真面目さが印象に残ったんじゃないかな、と思いました。ストーリーを目にしたときに、2人の良さがとても反映されているな、と感じました。

いしい 細谷くんとは10周年の時にあいさつする機会があって、それきりだったので、いい意味で裏切られました。すごく明るくて。もっと繊細なイメージを勝手に抱いていて、私が観た作品が「この世界の片隅に」で、たまたまそういう作品だったからだと思うんですけどね。吉野くんは、以前にカナタにも出ていただいているので、もうお分かりの通り!って感じでした(笑)。ゲスト2人に共通して言えるのは、すごくお芝居に対しての熱量が高いことですね。


――今回のストーリーはファンタジーな部分もあり、そこも驚いているんですけど、どのように組み上げていったんでしょうか。

いしい なんでこうなったかなぁ(笑)

岩田 今回はどうですか?って連絡したときに「今回は、ちょっと…今までと違う。重い話になるかも知れないけど…書いてて重いんだよね」と聞いていて。実際、生とか死とか重い話ではあって、なるほど、とは思ったんですが、ファンタジーでびっくりしました。


――自分でも、こういうストーリーになると思っていなかった?

いしい そうですね。いつも思いついた話から書くので順番もバラバラなんですけど。最初に書いたのは、2番目のお話になる吉野くんのストーリー。その時に、重いな、重いな、とずっと思っていて(笑)、その次に、1番目の岩田さんのストーリー、細谷くんの3番目のストーリーとをドッキングさせました。実は、私の父は、私が25歳の時に亡くなっているんです。突然亡くなったんですね。49歳でした。それで、私には兄がいるんですが「俺は49までしか生きられないから」なんて言っていたんです。でもまぁ、その年齢は過ぎたんですが、もちろん今も生きています(笑)。でももし、私も母が早くに亡くなっていたりしたら、その年齢を私の人生のリミットとして考えるようになったかもな、と思ったんですよ。それが今回のストーリーのきっかけでした。

岩田 僕の知り合いにも若くして父を亡くしている人がいるんですが、やっぱりその年齢までしか生きられない、って思うとことがあるみたいでした。そこにひとつの基準を置いてしまうものなんですね。僕の場合は、父方の祖父が54歳で亡くなったんですが、僕の顔は父方よりなんですよ。兄は母方よりなんですが。なのでなんとなく54歳くらいになると、俺大丈夫かな?とは思ってしまいますよね。無事に僕は越えられたので、ありがとう、って思っているんですけど、やっぱり身内の死って、特別に思うものですよね。


――そういうリアルな心情が描かれているからこそ、真に迫るストーリーになっていると感じました。今回、岩田さんは漁師、細谷さんはフェンシング選手、吉野さんはSEですが、それぞれのキャラクターの肉付けはどのようにやっていたんでしょうか。

いしい 吉野くんは先ほどの兄のエピソードに加えて、やっぱりストイックで真面目な方なので、私なりに感じた彼らしさで肉付けしていきました。おそらく、人に迷惑をかけてしまうことはあまり好きではない方なんだろうな、とか。細谷くんは、調べていたら剣道をやっていたそうなんです。ちょうどオリンピックでフェンシングをやっていて、剣道の強い方ってフェンシングに転向される方もいらっしゃるそうなんですよ。一緒にご飯を食べているときに、左利きだったこととか、そういうことをなぞっていった感じです。岩田さんを漁師にしたのは…朝ドラの「おかえりモネ」を観ていたからかな。

岩田 そこかぁ! 俺、浅野忠信なのか(笑)

いしい 実際に、漁の腕がいい人ってモテるらしいんですよ。めっちゃくちゃハマってたんです、その時。

岩田 なんか納得した(笑)。朝ドラすごく面白いから見てみなよ、って勧めたらドはまりしてくれたみたいです。

いしい 脚本家の安達奈緒子さん、好きなんですよね。


――そのエッセンスが、今回の作品に漁師という形で活かされたんですね(笑)。続いて、今回のアイビーの中で描かれている“愛”についてお聞きしていきたいと思います。

いしい やっぱり親子愛についての部分ですよね。吉野くんのお話の場合は、自分の父親が妻子に命を託したようになっていて、それを嬉しくも思っているんだけど、どこかで俺のせいで、と思ってもいる。だから、自分も同じように命を誰かに与えよう、って考えたんじゃないかと思うんですよ。

岩田 カナタはやっぱり愛交ストーリーですが、僕が感じたのは非常に大きな、いろいろなものを含んでいる愛ですよね。そして、本当にいろんな交わり方がある。交わる、は交換の“交”でもありますから、そこにもかかっているんですよね。人類愛的なものもあるし、すごく納得しました。10周年を終えてトライアングルでやるようになってから、自由に発想を入れていこう、とやっていますが、ストーリーが先駆でちゃんとやってくれていると感じました。演出として、プレッシャーも感じます(笑)

いしい あぶな絵、あぶり声シリーズから、トライアングルシリーズになって、新しい表現ができるな、という手ごたえはありましたが、アイビーを書き終えてより、それを実感しました。もっと自由な表現ができる、と思いましたね。


――今回も女性の声の出演で白石涼子さんが参加されると聞きました。白石さんの起用についてはどのような経緯なんでしょうか。

岩田 看護師で、漁師の妻で、美人。そうなると、やっぱり芯がしっかりしている人だよな、と思って、巡らせていると…あ、涼ちゃんがいるじゃないか、と思ったんです。とっても美人さんなんだけど、芯がしっかりしていて…意外と、いい意味でおバカな人なんですね(笑)。男の子の声もできる人だけど、そのほかの女性の声はどうかな、とサンプルを聞いてみたら、年齢の高い女性の声もできる、と確信しました。そうなると、もう涼ちゃんしかいないな、と思って決めたんです。スケジュール的には非常にタイトで、収録の6日前に決まりました。


――ギリギリではありましたが、ピッタリの人を選べたんですね。

岩田 音楽もギリギリで作っていただいていて、6曲はできているんですが、あと4曲あるんですよ。でも、本当にいい曲ばかりで、イメージ通りというかイメージ以上のものが出来ているので、これはエモくなるぞ、と楽しみにしています。ファンタジーなので、今までに使ったことのないような、よりファンタジー的な要素のある楽曲にできたら、という気持ちはありました。でも、のりえちゃんも、今は絵が大変なんだよね(笑)

いしい そう、今ほんと大変なんですよ(笑)。絵も描かないといけないし、3月は事務処理もたくさんあるし。(音楽の)K’sukeさんも同じことをおっしゃっていました、3月は大変、って。カナタの場合、読み手は男性だと思っているので、男性の顔は描かないようにしているんですよ。でも、今回は女性は出てこない、男性は極力描きたくないってことで、人物を全然描いていないんですね。最初の奥さんくらいで、風景とか物とかばかり。とにかく風景が多いので、これまた時間がかかるという…。

岩田 そうなの? それは新しい! 僕ね、実はいしいさんの描く風景って大好きなんですよ。緻密で、すごく素敵な絵を描くので、個人的にはとても楽しみですね。

いしい 私はカナタ以外では風景は描かないので、楽しみではあるんですけど、まぁ時間がかかる(笑)。横須賀の観音崎公園の灯台がキーになっている場所なので、その風景とかを描いています。風景は単純に線が多くなるんですよね。パースの狂いとか、描きなれていないんですよ。普段は人物ばかりなので。

岩田 描きなれて無いんだ! 本当にすごいと思います。過去のカナタの絵本での風景とか、すごく好きなんですよね。飾りたくなるような風景を描いてくれるので、本当に楽しみです。

いしい …描けない…

岩田 頑張って描いてください(笑)


――絵本の仕上がりも楽しみですね。ロケハンにも行かれたとか

岩田 そうなんです。車出して、って言われて行ってきました。

いしい いいところでしたね。でも、観音崎公園に行く手前にトンネルをくぐらなきゃいけないんですが、そのトンネルはとにかく怖かった。なんか、とにかく古いんですよ。私ビビりなんですよ。これは怖い、と思いながら歩いていました。

岩田 入り口はちゃんときれいなトンネルなんですけど、中に行くと掘りっぱなしでそのままというか、ちょっと怖いんですよ、確かに。僕らは、わぁスゲーって思っていたんですけど、気づいたらちょっと前にいたはずなのにどんどんいなくなる(笑)

いしい ここは早く通り抜けないとな、と思って…

岩田 気づいたら、すごく遠くまで進んでいました(笑)

いしい 景色も素晴らしいし、建物もすごく素敵なんですが、トンネルの印象が強すぎました(笑)


――そのインスピレーションが絵本に落とし込まれるんですね(笑)。演出プランで浮かんでいるものはありますか?

岩田 演出面は、まずはカナタのコアである絵本が出来てからなので、まだそこまで作りこんではいないです。でも、キービジュアルを基に、オープニングとエンディングの映像をつくるのでそのコンセプトを出していたんですけど、僕は今回の世界観にちょっとクレイアニメのような感覚があったんですね。僕が勝手に感じている部分なんですけど。もちろんイラストなんだけど、ちょっとコマ落としでシャカシャカ動くような、絵本の「星の王子様」のような余白がある世界。ビジュアルが結構シュールな印象なので、そういう映像になったら素敵だな、と思っています。ファンタジーなので、そこはすごく意識しました。SEも今回は、現実からポーンと飛んだりとか、意識が別に向かうような音って、今までのカナタでは無かったんですよ。これはやりがいがあるな、と思っています。これまでは、プロデューサーと一緒にマニファクチュアで音素材を作っていたんですけど、うちには音響さんもいるんですよ。長年一緒にやっているんですけど、音響さんに作ってもらえるじゃん!と気づいて(笑)。僕のイメージをよりしっかりと作ってもらっています。さすがプロですね(笑)


――前回、K’sukeさんがピアニストだけではなくギタリストであることに気づいてギターの音色が加わりましたが、今回は音響さんのSEが加わるんですね(笑)

岩田 そうなんです。うちのプロデューサーが「他ではSEも作ってもらってますよ~」って、それ早く言え!ですよ(笑)。あと今回の音楽は、ぜひ皆さんに楽しみにしていただきたいところがあるんです。作曲の方から、あるライブハウスにあるグランドピアノを使って音源を作れないか、と提案を受けたんですね。作曲家の方がお世話になっているライブハウスなんだけれど、やはりこのコロナ禍でうまく稼働していないので、こういう機会に使えないだろうか、と。そりゃもう、使ってください!ですよ(笑)。いわゆるMIDI音源ではなく、ライブハウスのグランドピアノの音でお届けできるんです。そこもすごくありがたいな、と思っています。


――カナタというプロジェクトの中で、今後やっていきたいことやビジョンは?

いしい ストーリーに関しては、ゲストの方とお話したら勝手に降りてくるようなところがあるので、私はとにかく今後のゲストさん、どんな方とお会いできるのかが楽しみですね。

岩田 何より、いしいさんがゲストの方とお会いしたときに、枯れていないのがうれしいですよね。今回も、こういうものが生まれてくる。10年以上やっていると、それってすごいことなんですよね。人って発想が枯れることはあるから。僕の身近にも過去にいました。そういう意味で、まだまだ出てくることが非常に楽しみですね。キャスティングは僕がしているので、刺激的な化学反応が起きるような人をキャスティングできたらと思います。過去にご出演いただいた方も、改めて魅力的だなと感じることもあるので、そういう人たちと新しい作品を作る時にいしいさんがどう反応してくれるのか。僕も貪欲に、新しい発想や表現力がないか、アンテナを張っていきたいと思います。


――最後に、公演を楽しみにしている方にメッセージをお願いします。

いしい ちょっとヒリつくような話を描いてしまった、という感じはあるんですけど、観に来てくださった方に、なんとなく、今日来てよかったという気持ちになって帰れるのかな、と思っています。ピリッとしていますが、あたたかい気持ちになれる作品になると思うので、会場にお越しいただければと思います。また配信もありますし、ぜひ作品に触れていただきたいですね。ゲストのお2人、岩田さんも最高のお芝居を見せてくださるはずです!

岩田 のりえちゃんは、今回の作品をヒリついていると心配しているんですけど、僕はエピソードを読んで最後にいい意味で鳥肌が立ちました。すごくいい話じゃん!って。だから、心配するようなことはないし、のりえちゃんが伝えたいこと、生と死というテーマをみなさんがポジティブに捉えられて、あたたかい気持ちになって帰っていただける自信があります。物語だけでこれだけ感動できるし、そこに僕の演出を加えるのだから、という自負もあります。本当にいい本です。カナタ初のファンタジーですから。期待していただきたいと思います!

 

インタビュー・文/宮崎新之