「新・熱海殺人事件 ラストスプリング」初日レポート

2022.04.01

撮影:友澤綾乃

1973年に発表した「熱海殺人事件」から49年、つかこうへい十三回忌というタイミングで東京・紀伊國屋ホールで上演される「新・熱海殺人事件 ラストスプリング」が3月31日に初日を迎えた。演劇界では春の風物詩のひとつとも数えられる、紀伊國屋ホールでの“熱海”。つか亡き後も、数々のつか作品を世に送り出し続けている岡村俊一が今回も演出を務める。

強引ながら敏腕の木村伝兵衛部長刑事を味方良介が演じるほか、優秀な部下で伝兵衛の愛人・婦人警官水野朋子を新内眞衣、捜査のために富山から上京した熊田留吉刑事を高橋龍輝、容疑者として取り調べを受ける犯人大山金太郎を一色洋平が演じている。

冒頭、いつものようにチャイコフスキーの「白鳥の湖」が大音量で流れ、木村伝兵衛が何やらどこかと電話で話している場面から開幕。味方が木村伝兵衛を演じるのは、今回で実に5回目。“熱海”らしいアツさと勢いは十二分だが、回数を重ねたからこその安定感と余裕も同時に感じられる。衣装のタキシード姿とも相まって、エリートらしい風格を漂わせていた。そして、呼吸を忘れるほどの怒涛のセリフを自在に繰り出し、鮮やかに舞台上を掌握。強引な理論展開も納得させられるだけの力技で観客を魅了していた。

撮影:友澤綾乃

熊田留吉を演じる高橋は、味方とはまた違ったベクトルの熱量をその全身から発する。富山の田舎の生まれで、野心をもって上京した熊田は、エリートの伝兵衛に嚙み付いていくような荒々しさ、田舎からのし上がってきたからこその泥臭さがある。さまざまな理不尽への怒りが熊田を突き動かしており、その人間臭い言動や振舞いは、スマートな熱量の伝兵衛とは対照的。伝兵衛の暴論や水野の奔放さに翻弄されてしまう様子には、思わず声援を送りたくなったのは、高橋自身の魅力のせいもありだろう。

昨年に引き続き水野朋子を演じた新内。稽古場でのインタビューの際は「2回目なので大変さを分かっているからこそ頑張らなきゃ」と語っていた彼女だが、舞台に立つ姿はその言葉通りに堂々としたもの。脚がスラリと伸びたタイトなパンツスーツ姿は、仕事のデキる女から漂ってくる色香を漂わせる。キュートな可愛らしさと、愛人という立場のセクシーさ、伝兵衛や熊田とも渡り合うだけの強さなど、水野には女が持っているさまざまな表情が必要とされるが、芯のある演技で体現してみせていた。

撮影:友澤綾乃

そして、犯人大山金太郎を演じた一色は、シンプルな“熱”の高さではピカイチではないだろうか。登場は客席から、軽快な音楽とともに大盛り上がり登場。フワリと浮かぶように軽やかにステップを踏み、リズムに合わせて体を揺らせる姿には身体能力の高さが垣間見える。サングラスをかけていた姿から一転、伝兵衛らの口撃により実に素朴な青年へと変わるのだが、そのギャップも実に鮮やかで魅力的だ。刑事らにイジりにイジられ、七転八倒するうちにオレンジのツナギは汗が滲み、徐々にその色を濃くしていく。この舞台にかけている熱の高さが、そんなところにも表れているようだった。

衣装やセット、言い回しなどから、今となっては懐かしい昭和の雰囲気が漂う本作だが、作中にちりばめられているネタは、まさに“今”を切り取ったものばかり。まさに昨日今日で耳にしたばかりのあのスキャンダル、連日の話題となっていた衝撃的なあの事件などの話題が不意に出てきて、会場からは思わず吹き出してしまう笑いや、その軽妙な語り口に拍手が起こるような場面がいくつもあった。

撮影:友澤綾乃

まもなく初演から50年を迎えようとする芝居が、“今”この瞬間に上演され、舞台上と客席とでその面白さを共有している。その瞬間に訪れる感慨は、この場所でしか味わうことのできないものに違いない。

“熱海”とは、毎回変化し、生まれ変わり、時に立ち返り、懐旧と新奇を同時に感じさせてくれる稀有な作品ではないだろうか。今年の“熱海”は、今年にしか観られない。役者たちの全力の熱演で、息つく間もないほどの密度の濃い2時間を、ぜひその目と体で感じ取ってほしい。

インタビュー・文/宮崎新之