9月3日(土)~19日(月・祝)まで、KAAT 神奈川芸術劇場の2022年度メインシーズン「忘」の幕開けとなる公演として、溝口健二監督映画「夜の女たち」の舞台化が決定!上演台本・演出は、昨年4月よりKAAT 神奈川芸術劇場芸術監督に就任した長塚圭史が務め、江口のりこ、前田敦子、北村有起哉、伊原六花、前田旺志郎、大東駿介といった豪華俳優陣の出演も発表された。また、神奈川での公演後は、9月23日からは福岡、愛知、山口、長野、兵庫と全国各地での上演も決定した。
1948年、戦後すぐに映画公開された「夜の女たち」は、戦後間もない大阪釜ヶ崎を舞台に、生活苦から夜の闇に堕ちていった女性たちが、必死に生き抜こうとした姿を描いた作品。敗戦により価値観全てがひっくり返り、何が間違っていて何が正しいのかを見失ってしまった迷える人々。怒涛のように流れ込んできた自由の象徴であるアメリカ音楽と、心の奥底にだらりと横たわる勝利を確信したはずの軍歌・・・。思想を、家族を、生きていく術を、全てを失った日本人。この映画の脚本を基に、長塚圭史が上演台本、作詞を手掛け、音楽の力で、ミュージカルとして描くことで、混沌とした時代を生きていかなければならなかった日本人のエネルギー、生命力を描き出す。
個性豊かな俳優とクリエーターで紡ぐ、占領下の日本の物語
個性豊かな俳優陣が集結する本作。夫を戦争で失い、「闇の女」へと堕ちていく主人公・大和田房子には、個性あふれる演技と唯一無二の存在感で長塚からの信頼も厚い江口のりこ。戦争で全てを失い、自暴自棄になり進駐軍が駐屯するホールでダンサーとして生きる房子の妹・君島夏子には、映像のほか、昨年は『フェイクスピア』(2021年、作・演出:野田秀樹)出演など、舞台でもコンスタントに活動する前田敦子。女たちを夜の「闇」から救い出そうとする病院長・来生に個性あふれる実力派・北村有起哉。戦後の闇ブローカーのような仕事をし、行き場を失った房子を雇い、また愛人とする栗山商会社長・栗山謙三には、映像、ドラマで幅広く活動する大東駿介。時代に翻弄される若者、房子の義妹・久美子には『ロミオ&ジュリエット』(2021年、小池修一郎演出)のジュリエット役の新鮮な演技が記憶に新しい伊原六花、久美子を騙す学生・川北には、「彼女が好きなものは」(2021年、草野翔吾監督)をはじめとする映画、舞台で活躍する前田旺志郎が演じる。
その他にも、房子の戦死した夫、大和田健作には、『王将』-三部作-(2021年、構成台本・演出:長塚圭史)の坂田三吉役も好評を博した福田転球、古着屋の女主人・富田きくには劇団四季出身のベテラン北村岳子など、実力派俳優が顔を揃える。
音楽は、日本のミュージカル界をけん引する荻野清子。長塚とは、井上ひさし作『十一ぴきのネコ』(2012年)以来、多くの作品でタッグを組んでいることでも知られている。また、振付は、ダンサーとしての活躍はもちろん、『キレイ』、『キャバレー』、『業音』(以上、松尾スズキ演出)、『幻蝶』(白井晃演出)など多くの舞台作品の振付を手がける康本雅子。長塚圭史が初めて挑むミュージカルに乞うご期待。
演出家コメント
長塚圭史(ながつか・けいし)
「夜の女たち」は溝口健二監督の1948年の映画です。戦後間もない大阪釜ヶ崎(今のあいりん地区)を舞台に、空腹と、全く新しい価値観の中で、必死に生き抜く女性たちとその時代を描いていました。この映画はまだ占領下にあった実際のその時その場所で撮影しています。まるでドキュメンタリーフィルムのようです。占領下。敗戦で一夜にして日本の価値観が真っ逆さまになった時代です。呆然とするもの、戦争孤児、身寄りが誰一人いなくなって生きる術がなくなったもの、自暴自棄になるものもいます。そういう中で連合軍、特に圧倒的多数だったアメリカ兵、いわゆる進駐軍が押し寄せてきます。
禁止されていた音楽がなだれ込んでくる。敵性音楽が自由の象徴として聞こえてくる。それは、目を背けたくなるような貧困や孤独、欺瞞や憤りと矛盾に溢れた時代であると同時に、人間の権利が改めて問われる時代の始まりでもありました。戦後急増したパンパンと呼ばれた街娼は、社会現象として捉えられました。しかしこれは貧困からのみ生じただけではなかったと言われています。全体主義と封建制度から突然解放された自由の中、女性たちがその権利を掴み始めた時、あらぬ方向へ膨張して弾けた現象でもあったのではないでしょうか。
今、また再び世界は戦時下におかれました。壊れゆく街をまざまざと目にするたびに、人間の恐ろしさを痛感します。未だにやめられずにいるのです。忘れてはいけない、知らなくてはいけないという思いで立ち上げるこの作品が、なぜ今我々はここにこうしてあるのかという近代を冷静に見つめる一助となると同時に、どんな悲惨の中でも生きていく人間のポジティブな底力を感じていただけたらと思います。
初めてのミュージカルです。俳優陣も主にミュージカル界からではなく、ストレートプレイを中心に活動する方々に集まっていただきました。新しい時代を描く時、未開の領域へ触れるパワーが作品の核心に近づくものになるだろうと考えたからです。そして私が心より信頼する荻野清子さんが音楽・作曲、振付は以前からご一緒したいと切望しておりました康本雅子さん。他にもチャレンジ精神に満ちた素晴らしい仲間たちが集まってくれました。時代に真摯に向き合って、お客さまも共に歌い出したくなるようなミュージカルを(本当に初めてですが)作り上げていきたいと思います。
プロフィール●長塚圭史(ながつか・けいし)上演台本・演出
劇作家・演出家・俳優。1996年、演劇プロデュースユニット阿佐ヶ谷スパイダースを旗揚げし、作・演出を手掛ける。2017年より劇団化。2008年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。2011年、ソロプロジェクト・葛河思潮社を始動、三好十郎作『浮標』『冒した者』などを上演。2017年、新ユニット・新ロイヤル大衆舎を結成し、北條秀司作『王将』三部作を下北沢・小劇場楽園で上演。KAAT 神奈川芸術劇場での演出作品に『作者を探す六人の登場人物』(17年/上演台本・演出)、『セールスマンの死』(18年・21 年/演出)、『常陸坊海尊』(19年/演出)、『王将』-三部作-(21年/構成台本・演出・出演)、『近松心中物語』(21年/演出)、『冒険者たち~JOURNEY TOTHE WEST~』(22 年/上演台本・演出・出演)。その他近年の主な舞台に、新ロイヤル大衆舎『緊急事態軽演劇八夜』(20 年/演出・出演)、『イヌビト~犬人』(20年/作・演出・出演)、阿佐ヶ谷スパイダース『老いと建築』(21年/作・演出・出演)など。
2004年第55回芸術選奨文部科学大臣新人賞、2006 年第14 回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。俳優としても映画「海辺の映画館キネマの玉手箱」、「ランブラーズ2」、「シン・ウルトラマン」などに出演。2021年4月よりKAAT 神奈川芸術劇場芸術監督。
出演者コメント
■江口のりこ(えぐち・のりこ)
この芝居、1948年に公開された溝口健二監督の映画を長塚圭史さんが戯曲化し、演出し、しかもミュージカルにするそうです。私自身ミュージカルの経験はありません。あえて大変なものに立ち向かうのが長塚さんの演劇だと思っています。大変なものに巻き込まれた私ですが、今は沢山の方に力を借りて、新しい事に挑戦する喜びを感じています。是非、KAATへお越し下さい。
■前田敦子(まえだ・あつこ)
長塚さんの舞台いつかいつかと密かに夢見てました。とてつもない挑戦を長塚さんの演出、江口さんはじめとする皆さんと挑ませていただける喜びを噛み締めながら「夜の女たち」として必死に生きてしっかり息をしていきたいです。
■伊原六花(いはら・りっか)
映画「夜の女たち」を初めて観た時、悲惨な環境の中でも屈しない、女性達の生命力と逞しさを感じました。それと同時に、生きるために身につけなくてはならなかった逞しさの意味を考えて、苦しくもなりました。風化させてはいけないこの事実を、長塚圭史さんの演出でミュージカルとして届けられる。荻野清子さんの音楽、康本雅子さんの振り付けで表現できる。まだまだ想像出来ないところが
多いですが、今を生きる者として、覚悟を持って飛び込もうと思います。
■北村有起哉(きたむら・ゆきや)
こまつ座公演『十一ぴきのネコ』のとき以来の演出の長塚くんと音楽の荻野清子さんとまたご一緒にできるのが心底嬉しいです。どんな舞台になるのかまったく想像できないところが、僕にとって今回の最大の魅力です。そして舞台は2年ぶりでこんなにブランクがあるのははじめてで、なんだか緊張しております。こんな風にドキドキできるなんて本当にありがたいです。皆さんご来場をお待ちしております!
■大東駿介(だいとう・しゅんすけ)
『王将』の初演、『ハングマン』、今回が3度目の参加となる長塚圭史作品。自分が今舞台に立つことをこれほど大切に思えているのは、圭史さんの演出から頂いたものが大きいと感じます。作品に愛情を持ち真摯に本に向き合う姿勢。不安や困難も受け入れ、新たな発想に転換するユーモアとアイデア。なにより演劇を心から楽しんでいる姿。その背中から多くを学びました。そんな圭史さんのミュージカル初挑戦を間近で見たい!共に創りたい!!と思い、僕自身も初のミュージカルということで不安もありますが、全てを作品の栄養に変えて『夜の女たち』に挑みたいと思います。
■前田旺志郎(まえだ・おうしろう)
川北清役を演じさせていただく前田旺志郎です。正直、はじめてのミュージカルなのでとてもとても緊張してます。また、KAATには大スタジオに一度立たせていただいた事があるのですが、ホールは初演の『アルトゥロ・ウイの興隆』で初めて観劇して以来、自分もいつかここに立ってみたいと思っていたので、それが叶ってとても嬉しいです。まだどんな形になるのか想像もつきませんが、素晴らしい先輩たちがたくさんいるので、頼れるだけ頼って成長したいなと思ってます。