『エレファント・ソング』井之脇海インタビュー

突然失踪した精神科医の所在を知るため、彼が担当していた患者マイケルとの対話を試みる病院長のグリーンバーグ。なぜか象についての無駄話ばかりにこだわるマイケルと、その言葉に翻弄されるグリーンバーグ、さらにはマイケルの世話をする看護師ミス・ピーターソンも絡み、謎を含んだ会話は緊張感と共に衝撃の結末へと転がっていく……。
カナダの作家、ニコラス・ビヨンによって2002年に書かれた『エレファント・ソング』は、モントリオールを中心に上演されたのち、舞台・朗読がオーストラリア、ロンドン、ニューヨーク、韓国などでも上演。2014年にはカナダの映画監督で俳優でもあるグザヴィエ・ドランによって映画化もされ、注目を集めた作品でもある。
今回、主人公のマイケルを演じるのは、映像を中心に数々の話題作に出演し、演技派として活躍中の井之脇海。グリーンバーグには寺脇康文、ピーターソンにはほりすみこが扮し、演出は宮田慶子が手がけることになった。かなり濃密な三人芝居が繰り広げられそうだ。これが初めての舞台主演となる井之脇が、作品への想いを熱く語った。

 

――『エレファント・ソング』のマイケル役に、というオファーを受けての率直なお気持ちはいかがでしたか。

まだ、舞台をそれほど経験したことのない僕にこの役を任せてくださるなんて、と本当に感謝しています。マイケル役は、とても演じがいのある役。この役を通して僕自身も成長することにつながると信じているので、こういった機会をいただけてありがたく思います。


――具体的に、マイケルとはどんな人物なのですか。

「愛を渇望している」と書かれている人物なのですが、その奥で「自分ってなんなんだろう」ということを探し続けているような青年なのかなと思っています。なので、僕が演じる時はそこのところを忘れずに演じたいですね。


――公式コメントで井之脇さんは「映画版でグザヴィエ・ドランが「マイケルは僕だ」と出演を熱望したそうですが、僕も今回、戯曲を読んで、直感的に「マイケルを演じるのは僕だ」と強く思いました」とおっしゃられています。たとえば、マイケルのどんな点に魅かれてそう思われたんでしょうか。

今までにも「この役をやりたい」と思った経験はもちろんありましたが、今回は脚本を読んだ時点で「僕以外の人にやらせたくない」と初めて思ったんです。グザヴィエ・ドランが「マイケルは僕だ」と言ったのは、哀しい過去を背負っていたりするグザヴィエ・ドランの過去と重なったりしての発言だと思うんですけど、僕自身は特に環境が重なるわけではなく。そんなマイケルを現代の日本に生きる、今26歳の僕が心から演じたいと思ったんです。ちなみにマイケルは23歳なんですけどね(笑)。そのマイケルが「自分とは何か」を考え、「愛を渇望」していくさまは、とても難しい表現になるとは思いますが、なぜか自分なら僕なりの形で表現することができるのではないかという、謎の自信もあって(笑)。そんな自信、ふだんの僕なら湧かないんですけど。環境としては遠い人物のはずなのに、あまり遠い感じがしなかったんですよね。


――今日の時点ではまだ本格的な稽古が始まる前ですが、既に何度か本読みをされたと聞きました。やはり、ひとりで読んだ時とは作品への印象は変わりましたか。

寺脇さんとほりさんと僕と三人揃っての本読みはまだ一回しかできていないのですが、その時に初めてグリーンバーグ先生、ミス・ピーターソンが自分の目の前に現れた気がして。やっぱり、ひとりで読んで事前に想定していたのとは違う感じでお二人が読まれたので、イメージしていたよりも優しい面や厳しい面が見えて、新たな発見がありました。それに伴い、だったらマイケルはこうなるよなと連想できたり、とてもいい本読みになったかなと思います。


――その時、お二人とはどんな会話をされたんですか。

個別にお話をする時間は、その日は特になかったんです。でも、演出の宮田さんを含めて四人で台本の共通理解を深める時間がありました。宮田さんは、「この場面は絶対こうだよね」と決めてくるのではなく「マイケルは、ここでなぜこういうことを言うんだろうね」みたいに投げかけてくださるんですね。それを、僕だけでなく寺脇さんとほりさんも一緒に考えてくださったりして。マイケルをみんなで作ることができて、本当にありがたいなと思いました。


――本読みで演出の宮田さんに初めてお会いしてみて、印象はいかがでしたか?

お会いする前までは、なんだか遠い世界の人のように勝手にイメージしていたんです。偏見ですけどね(笑)。でも、お会いしてその印象は変わりました。もちろん、引き続きリスペクトはあるままですけど。役者に近い目線で役を一緒に考えてくださる方で、とても愛を感じましたし、宮田さんなら全面的に信頼できるなという安心感があったので、信じてついていきたいと改めて思いました。


――宮田さんとは、どんなお話をされたんですか。

細かいことから根本的なことまで、いろいろとお話はたくさんさせていただいています。まずはやはり、マイケルが常に愛というものを探しているということは忘れないように、ということ。また、役についてというより舞台の立ち方の意識の話も印象的でした。僕はこれまで、演劇というものはお客さんに対して見せなきゃいけないという考えを持っていたのですが、宮田さんは「そういった意識は、本当に少しだけでいいよ」とおっしゃってくださって。「ふだんよりちょっとハッキリしゃべるとか、それくらいで、あとはとにかく寺脇さんとほりさんと対峙することに集中してくれればいいから」、と。その言葉で、気分がラクになった気がしました。勝手に自分でがんばろうがんばろうと意気込んでいたのですが、いつも通りの意識を少しだけふくらませてあげればいいんだと思えるようになりましたね。

 


――今回、三人芝居だということに関してはいかがですか。

久しぶりの舞台が、三人芝居でうれしいです。出演者が三人しかいないということは、つまりじっくりと芝居ができるということなので。濃密な時間を舞台で過ごせることに、不安よりもうれしさのほうが大きかったですね。舞台は稽古をたくさんすることができるので、その日々の積み重ねから生まれる小さな変化を見逃さないようにして作り上げていくことによって、芝居の作り方についても改めて気がつくことが多いのではないかなと思いますし。そういう発見ができることも、楽しみです。本番になっても日々微調整が続くと思いますし、その日の劇場の外が晴れなのか雨なのかでも変化が出てくると思うので、そういったことも楽しめたらいいなと思います。稽古も本番も、同じ芝居を繰り返しているとは考えたことがなくて。今回も、常に新鮮な気持ちで、マイケルとして立つことが目標です。なので、その瞬間瞬間を、一公演一公演を、大切にして演じていきたいなと思っています。


――ビジュアル撮影の時のことを振り返ると、どんなことが印象深かったですか。

楽しかった思い出しかないですね(笑)。あの日に寺脇さんと初めてお会いして。寺脇さんから「ワキワキコンビでがんばろうね!」って優しい言葉をかけていただいて、一気に緊張がほぐれて楽しく撮影することができました。台本の中味についてもいろいろ話したんですが、あまり具体的なことは言えないな……。たとえば、グリーンバーグ先生ってちょっと抜けてるところがあるよね?とか。だって精神科のある病院の院長先生なのに、マイケルに翻弄されてしまっていたりしますからね。まあ、逆に言えば、マイケルは精神科の先生ですら手玉に取ることができるくらいにヤバイ奴なんだよね、とか。そういった話をしていました。ほりさんとは撮影の日はご挨拶だけだったんですが、ちょうど昨日マンツーマンで本読みしたので、たくさんお話することができました。寺脇さん演じるグリーンバーグとマイケルは劇中で初めて出会うのですが、ほりさん演じるミス・ピーターソンとは物語が始まる前から人間関係があるわけなので。今は、その二人の関係として、本当に友情として仲がいいのか、実は嫌だと思っているところがあるのか、宮田さんも含めてああだこうだ言いながらバックボーンを作っている最中です。


――では最後に改めて意気込みと、お客さんへのメッセージをお願いします。

上演時間が何分になるかはまだわかりませんが、その上演中は一瞬たりとも目が離せない、一言たりとも聞き逃せないくらいのお芝居になると思っています。マイケルの一挙手一投足に意味があったりもしますし、物語の展開としてもヒリヒリするし、「この先、どうなるんだろう?」とドキドキもできる舞台です。ぜひこの濃密な時間を体験しに、劇場に来ていただきたいですね。

 

取材・文/田中里津子