岩松了の最新作となる明後日プロデュース「青空は後悔の証し」が5月29日、シアタートラムで東京千穐楽を迎えた。会場は満席と大盛況の中で幕を閉じ、大阪公演への期待も高まる公演となった。
本作は、精力的に舞台出演を続けている風間杜夫のほか、豊原功補、石田ひかり、佐藤直子、小野花梨が出演。大きな窓がある高層住宅の一室を舞台に、元パイロットの男・ロウ(風間)と彼をとりまく人々の、どこかかみ合わないままの会話が描かれていく。
窓の向こうには、爽やかな青空を背景に建築途中で工事が止まったタワーの尖塔が見えている。室内には天蓋付きのベッドやロッキングチェアなどがあり、ロウの余裕のある暮らしがうかがえる。家政婦の玉田(佐藤)が通っているため部屋はきれいに整えられており、ロウの息子・ミキオ(豊原)やその妻・ソノコ(石田)もよく訪れている。ここ最近、ロウはかつての部下である元客室乗務員の女性・野々村との再会を心待ちにしていた。そんな中、野々村が経営するレストランで働いているという女・ユキ(小野)が現れ、再会を延期したいと野々村が言っていると伝えてきて…。
登場人物たちは、窓の前で何気ない日常の会話を繰り広げる。パイロットとして活躍していたロウは、悩みを抱えていたという野々村を救った思い出話を語り、ミキオは思い出にすがるような父の言葉が面白くなくて、突っかかってしまう。玉田はロウやソノコの良き話し相手でもあるようだが、雇用の継続についてミキオは思うところがあるようだ。ソノコは、あくまで玉田の雇用のことや野々村との再会には意見しない立場を貫くが、何か秘密を抱えている様子。玉田はケンカ別れした実娘とユキを重ね、ユキは奔放な言葉でそれぞれの事情に踏み込んでいく――。
会話はテンポよく進んでいくが、それぞれの認識や解釈には微妙なズレがある。発言する者がズレていることを分かっている、あえてやっていることもあれば、些細な相槌や行動、立ち位置などから、当事者も気づいていないズレが匂い立つように見えてくることもある。聞いてほしいことを聞いてくれていない、気にしなくてもいいところだけ気にされてしまう、といった会話のかみ合わなさは非常にコミカル。岩松の巧みな言葉選びと絶妙な間の演出が随所に光り、客席からクスッと笑い声が漏れてしまう場面が何度もあった。
風間は浮足立っている老年の男をユニークに体現。感情的になればなるほど滑稽になってしまうロウをコミカルに魅せており、ロウが語るほどにその人物像がくっきりと浮かび上がってくる。その息子・ミキオは、気持ちと言葉が裏腹になってしまう男。豊原は苦悩や歯がゆさを絡めて表現し、大切に思っているのに詰ってしまう不器用な男のもの悲しさを強く感じさせられた。
ミキオの妻・ソノコは、会話に参加しているようでありながら多くを語らず、傍観者であり続けようとする。だが何も選択していないフリをしつつ、相手に選択をさせようとしているズルさもあり、そこを石田は控えめな表情で見事に表していた。家政婦の玉田は、共感力が非常に高いキャラクターとして描かれる。だがその共感は過剰な拡大解釈や執着にもつながる危うさもあり、佐藤は見事なバランス感覚で感情豊かに演じていた。
そしてユキを演じた小野は、若さゆえなのか言葉じりを拾って揚げ足を取る、空気を読まずに聞きにくいことも聞く、と非常に自由な女性として会話をかき乱していく。またロウの夢の中に現れたユキは、どこかコケティッシュな妖しさも見せ、非常にさまざまな表情を見せてくれた。
加藤登美子による美術の素晴らしさも物語の質を大きく引き上げる。大きな窓のからの景色は、抜けるような青空や赤く染まる夕焼け、黒く吸い込まれるような夜空と美しく表情を変えていき、幻想的な場面やドキッと驚かせるような場面などでも非常に印象的に使われていた。そして、窓から終始見えていた象徴的な尖塔は、嘘を積み重ねて伸びていった骸(むくろ)のようにも、朧げな真実の華奢な骨組みのようにも見えた。窓からの景色がどのように映るのかは、観た者それぞれの心に委ねられるのだろう。
明後日プロデュース「青空は後悔の証し」の大阪公演は6月4日(土)・5日(日)に梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで上演される。
ライター:宮崎新之