『フゴッペ洞窟の翼をもつ人』は「Stokes/Parkにとって勝負の作品に」

白鳥雄介が主宰を務める演劇ユニット「Stokes/Park」の第3回公演『フゴッペ洞窟の翼をもつ人』が、7月13日(水)から17日(日)まで東京・小劇場楽園にて上演される。
 
白鳥が作・演出を手掛ける本作は、北海道余市町の「フゴッペ洞窟」を舞台にした新作。「フゴッペ洞窟」とは続縄文時代の岩面刻画が描かれた実在する洞窟で、主人公・誠太がその洞窟にてちょっと不思議な体験をする物語。出演者は山田恭(円神)、飛世早哉香、平井泰成(吉祥寺GORILLA / 24/lavo)、内田めぐみ(ソラカメ)、音田栞、山科連太郎、田中達也、十河大地、北村青子。
稽古場にて、作・演出の白鳥雄介と出演者の平井泰成、音田栞に話を聞いた。

家族にも「観においで」と言いたい

――「Stokes/Park」としては2年半ぶりの公演となりますが、主宰の白鳥さんは今作についてどのように考えられていますか?

白鳥「2年半ぶりになったのは単純にコロナ禍に入ったことで、いろいろと整えるのに時間がかかったからなのですが、自分の中で今回はすごく大事にしたい公演で。勝負の作品にしたいなと思っています。なので、自分の地元である北海道の話をやるという構想はずっと温めていました」

――「ずっと」というのは「Stokes/Park」の旗揚げ(‘18年)からということですか?

白鳥「いえ、6年くらい前です。札幌で作家をやってみようと思った頃からずっと温めていた企画です」

――脚本は当時から書かれていたのですか?

白鳥「いえ、脚本はこの公演が決まってから書きました。ただ、「フゴッペ洞窟」を題材にしたいというのは当時から考えていたことです。僕は、大学時代に初めてフゴッペ洞窟の岩面刻画を見たときの衝撃は今でも忘れられません。1500年以上前からここに人が住んでいたんだと実感できるだけでもすごいなと思うし、同じ人間なので、その人たちとどこか繋がっているかもしれないと思うとロマンですよね。かつ、「壁に絵を遺している」っていうのはアジアの中でもなかなかない事象なので」

――そういう題材をどんな物語にしたいと思われたのでしょうか?

白鳥「「背中を押すようなお話」にしたいと思いました。僕自身、あの遺跡を見たときに「あ、僕まだがんばれる」と思ったんですね。続縄文時代に絵を描いてなにかを遺そうとする力を見ただけで、僕は背中を押されたので。この作品も、そんなふうに自分の背中を押すもの、延いてはお客様の背中を押すものにしたいと思いました」

――出演者のおふたりは脚本を読んでどんなふうに感じられましたか?

平井「僕はまず、フゴッペ洞窟ってなんだ?というところから始めました。白鳥さんはその時から「誰かの背中を押せるようなものにしたい」とおっしゃっていたので、それとこの洞窟がどう繋がっていくんだろうと思いながら読みました。その繋がりは、実際に稽古が始まってからのほうが実感しています。文字で読むより、身体で動いたほうがそういうものが感じられる戯曲だなと思います」

音田「続縄文時代の人たちと、いまを生きる人たちとが、フゴッペ洞窟という場所で重なっていくところに「あ、なるほど」というような感覚になりました。まだいろいろなことがこれから組み上がっていくのですが、その場所でちゃんと生きたいなと思っています」

――山田恭さん演じる主人公・誠太がヤングケアラー(本来は大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っている子供)なのも印象的でした。

白鳥「僕自身がヤングケアラーだったわけではないのですが、母が祖母を長年介護しているのを見ていて、母と自分を置き換えたときに、この環境で何かを始めたり、飛躍していくことはとても難しいことだと感じていました。だけどそういう“飛び立つのがかなり難しい人”こそが少しでも背中を押される話にしたかった。「自分にも時間を使っていいんだよ」とか「人に助けを求めていいんだよ」と思える、そう考えるきっかけが洞窟の中にあればいいかなと思いました」

音田「私の母も祖母の介護にかかりっきりだから、個人的にも考えることがすごくある物語でした」

白鳥「人に頼りづらいし、干渉もしづらい、一人になりがちな世の中なんですけど、実は周りにはたくさん人がいるよって思うんです。中でもヤングケアラーは特に、いろんな理由から「助けて」と言いづらいのだけれども、この洞窟で一歩踏み出す勇気を持てたらいいなと僕は思っていて。そうすれば何かが変わる世界だと信じているので」

音田「ただ、そここそが難しいんですよね」

平井「受け取る側も、どこまで手を差し伸べるかわからなかったりもするから」

音田「母と話していると「言えるんだったら言ってるよ」という気持ちがあるそうなんです。相手をどこまで信頼していいかがわからなかったりするから、言えないところもあるのかなって思います」

白鳥「そうか。だからこの作品で、お母さんが「ちょっと信じてみよう」と自発的に思える手助けになるようなものになったらいいのかな。とても難しいミッションですね、僕がやろうとしていることは」

音田「私も母に「観においでよ」って言います!」

 

続縄文時代から変わらないものを見せられるように

――お稽古が始まった今はどんなことを感じていますか?

平井「劇場が「小劇場楽園」で二面客席なので、そこに苦戦しています。僕自身、二面客席の経験もあるのですが、その作品は「お客さんのことは意識しなくてもいい」という前提で芝居をつくっていたので。でも今回はしっかりとお客様の視線も意識してやっていく芝居だから、計算も必要で、まだまだがんばらなくちゃいけないところがたくさんあります」

白鳥「今は、どちらの席から観ても見やすいものを目指してつくっています。ただ最終的には、座る席によって、例えば登場人物の表情によってだったりで、違うものが見えるようにしていきたいなと思っているから、立ち位置や角度も細かく言っていますよね」

平井「「10度くらい向きを変えて」とかそういうレベルで話していますね。僕は普段、自分の団体でお芝居をすることが多いので、そういう白鳥さんの視点が新鮮で、改めて気付かされることも多いです」

音田「私は白鳥さんの演出を受けるのは2回目で、既に信頼を置いて稽古に参加しています。初めてご一緒したときから感じていることなのですが、稽古場の雰囲気がとてもいいんです。真剣なときは真剣にやるし、笑う時間もあったりして、毎日楽しいです」

白鳥「稽古場の雰囲気がいいのは、皆さんのおかげです。皆さんが良くしてくださっています。僕は黙っていると「怒ってる?」と思われることも多いんですよ。ただ、前作から今作までの2年半に経験した現場で学ぶことも多かったので、それも影響しているかもしれません」

――2年半の現場でどんなことを学んだのですか?

白鳥「一番は、小林顕作さんの演出作品に演出助手として参加したときなんですけど、稽古場の雰囲気がすごく素敵で楽しくて。このやり方や雰囲気づくりを学びたいと思って参加していました。顕作さんは「できない」ではなく「やってみよう」「チャレンジしてみよう」で、失敗しても「そうきたか!」って笑いながら演出されるんです。かといって放任ではなく、「ここがこうなったらもっとよかった」と伝えるので、楽しい中でも宿題を与えられている。そして翌日の稽古でそれができるようになると、稽古場全体の雰囲気が上がる。これはすごいなと思いました。少しずつ一枚岩になっていくその中心に顕作さんがいて、みんなを抱きかかえて連れて行くようなイメージです。学ぶことは多かったです」

――役者のおふたりは現状、ご自身の役をどう捉えていますか?

平井「僕が演じるクンプは「続縄文人」という、多分いままでもこれからも誰もやらないんじゃないかっていう役柄です(笑)。どう演じたらいいのかなと思っていましたが、稽古をしていくうちに「血の通った人間」だということを意識して演じたいと思うようになっています。生きている時代が何千年前だとしても、人間は手を取り合って生活しているし、現代に繋がるものがちゃんとある。僕がそこをしっかり表現できないと、バトンが繋がって「背中を押す」ということにも繋がっていかないと思ったので。そういう「人間の変わらないところ」は大事にしていきたいです」

――ちなみに続縄文人ならではの表現もあるんですか?

平井「気持ちとしていまよりも少しピュアなところがあるのかなと思っています。目の前の人たちと手を取らないと生きていけない時代ですし、自分の目の届く範囲だけで人間関係を構築して生きているような時代ですから、いまよりも透明性が高かったんじゃないかなって」

白鳥「北海道にある縄文時代の遺跡って、争った形跡がほぼないんですよね。これはすごいことだと思います」

平井「うんうん。そういう面も生かしていけたらなと思っています」

――音田さんが演じる夏海知華は現代人で、主人公・誠太の高校の同級生の役ですね。

音田「はい。洞窟で偶然、誠太と再会する3人の同級生のうちの一人です。誠太が高校を中退してから26歳になるまで連絡も接触もなかったけれど、3人の中でまず最初に誠太に手を差し伸べる、という人物で。この作品に漂う「周りにはこんなに人がいて、あなたのことを思っているよ」というメッセージを伝える、その先頭にいるような人だから、なにかのきっかけになれたらいいなと思っています。そのぶん繊細で難しい役ですけどね」

白鳥「変化に気付いているのに言わない子っているじゃないですか。そういうイメージです。やさしいがゆえに「干渉しすぎなんじゃないか」と迷うような」

音田「私自身、そういう心の中だけでグルグルしている人物はあまり演じたことがないので、そこのちゃんと伝わるように演じていきたいです」

 

ひと叩きで不思議な世界に連れて行かれる縄文太鼓

 

――演出面ではどうしていきたいと考えていらっしゃいますか?

白鳥「これまでの2作品は、音楽だったりネタみたいな台詞回しを入れ込んできたのですが、今作は「人間が会話している瞬間」をもっと見てもらえるように、おかずを入れすぎないように気を付けています。人が気を使い合っているときの「笑ってごまかす」とか「敢えてハッキリものを言う」とか「嘘をついちゃう」とか、「少し傷ついてもそれを悟られないようにする」とかそういう瞬間をたくさん見せているので、役者さんの表情や、役者さんがつくりだす間(ま)を大切にしたい。役者を信じて演出していきたいです」

――ひとつ、茂呂剛神(もろ・ごうしん)の縄文太鼓の生演奏も楽しみです。

白鳥「縄文太鼓って茂呂さんしか演奏していない楽器なんですけど、遺跡発掘の際に出た残土をもらって、土器を作って、それに革を張って、太鼓にしているものなんです。すごく神秘的で素敵な音ですよ。ひと叩きで不思議な世界で連れて行かれる。そんな威力があると思います。僕、いいキャスティングができました!(笑)」

一同 (笑)

――最後に、皆さんがこの作品で楽しみにしていることをお聞かせください。

平井「稽古をして、劇場に入って、照明と音響と縄文太鼓が入って、無事に幕が開いて、上演できることが、やっぱり一番楽しみです」

音田「私は、下北沢でカレーをテイクアウトして、みんなで「おいしい」って言い合いたいです。そういう幸せをいま改めて感じたいです」

白鳥「観劇後、街に出たときに、「うわ、めっちゃ恵まれてる」とか「少しだけ誰かのことを信じていい」と思ってくれたらいいなと思います。僕の故郷のお話で、お客様の表情が少しでも変わったらいいな、というところを楽しみにしています」

取材・文:中川實穗
写真:金子裕美