「56億年分の感情がラストシーンに」前田悠雅×岡野康弘『伯爵のおるすばん』

Mrs.fictions『伯爵のおるすばん』が、8月24日から28日まで東京・吉祥寺シアターにて上演される。

本作は、2013年に初演、2019年に再演された「Mrs.fictions」の代表作。18世紀の終わりに「不老不死」として歴史に名を残した稀代の詐欺師・サンジェルマン伯爵の、近世、近代、現代、近未来、そして宇宙が終わりを迎える瞬間までに愛した人々との時間を描く。作・演出はMrs.fictionsの中嶋康太。

2020年4月に「劇団4ドル50セント」とコラボレートし上演予定であったが、新型コロナウイルスの影響で公演延期に。今回は、「2020年のお約束を果たす公演」として、約2年越しの上演となる。

本作で伯爵を演じる前田悠雅(劇団4ドル50セント)、2013年、2019年と伯爵を演じてきた岡野康弘(Mrs.fictions)に話を聞いた。

 

「岡野さん、泣いてませんでした?」「そりゃ泣いちゃうよ!」

――開幕までに3週間ほど稽古期間がありますが、既に通し稽古をされたそうですね。やってみていかがでしたか?

岡野「『伯爵のおるすばん』という作品は、サンジェルマン伯爵(以下、伯爵)が、ある人と出会ってから宇宙が終わるまでの長い長い人生を、5つの時代を通して約2時間で見せきるお芝居で。稽古はひとつの時代毎にやっているんですけど、それを通してやってみると、積み上げてきた時間と感情がラストシーンに出る、そういう作品なんですよ。(前田に)実際、通してみてどうでしたか?」

前田「(笑)。2年前の稽古でも一度通し稽古をしたんですけど、その時とは感覚が全然違いました。気持ちが追い付かなくて。ある時代と次の時代が、何百年、何千年と離れているんですね。だから当然、次の時代にいったとき、伯爵は前の時代の感情と距離がある。これは大変だなと思いました。岡野さんが伯爵を演じられた時も、一度だけ本番中に手が震えたことがあるっておっしゃっていましたよね」

岡野「そうだね。気を付けるようにはしていたけど、俳優は地続きで演じているので、前の時代の感情が振り切れなかったことはありました。『前のシーンからもう何千年も経ってる』ということを表現するのって大変なことですよね」

前田「はい、本当に。だから、早めに通し稽古があって、こういう感覚を知れてよかったなと思いました」

――「2年前と感覚が全然違う」というのはどういうことですか?

前田「2年前は、今話したような感情面まで到達もしていなかったなと思います。演出の中嶋さんが台詞の“音”をとても大切にされる方なのですが、そういう演出家さんに出会ったのが初めてだったこともあり、いっぱいいっぱいになってしまって。でも私自身、この2年でいろんな作品に出会って、いろんな演出やいろんなお芝居のやり方があるということを知れたので、そういうのも大きいのかなと思います」

――岡野さんは通しをやってどんなふうに感じられましたか?

岡野「僕は伯爵を他人事として見られないところがあるから(笑)」

――初演、再演と岡野さんが演じてこられた役ですもんね。

岡野「はい。僕は今回は1つの時代しか出ない役なので、出演シーン以外は稽古を見ているのですが、自然と伯爵の感情みたいなのが起きてきちゃうんですよ。だからラストのほうはもう見ていられなくなる(笑)」

前田「岡野さん、泣いてませんでした?」

岡野「そりゃ泣いちゃうよ!(笑)でも、2年前の通しではもうちょっと俯瞰して作品を見られたのに、今回はそれができなかったんですね。それは、前田さんの伯爵に、1時代1時代をちゃんと生きていたなっていう積み重なりを感じられたからだと思う。まだ早い段階での通しだったんですけど、『伯爵のおるすばん』ってこういう気持ちを呼び起こさせてくれる作品なんだなって思いました」

前田「うれしい……。岡野さんは伯爵師匠なので。もちろん同じ役でも、私から出るものと岡野さんから出るものは違いますが、やっぱり岡野さんが大事にしてきたものを壊さないように、みたいなことはすごく考えていたりするので」

 

「ずっとなんで?と思っていました」「それは上手だからです」

――今回はMrs.fictionsが主催ですが、もともとはMrs.fictionsと劇団4ドル50セントがコラボするということで始まった企画です。そこで伯爵という役を前田さんに渡したのはどうしてですか?

岡野「初演再演に続いて僕が伯爵をやるという可能性もあったんですよ。だけどやっぱり、せっかくコラボするなら伯爵を誰かにやってもらいたいなという気持ちがありました。それでたしか本読み(台詞を読むこと)をして、『前田さんならいけるだろう』ってなったんだよね」

前田「え、本読みしましたっけ!? 私はずっと『なんで?』と思っていました」

岡野「(笑)。それは上手だからです。それに雰囲気もあるので。見た目的にもお芝居的にもこの人ならいけるだろうと」

前田「はあ~~~!」

岡野「(笑)」

前田「2年前は髪も短かったし、見た目かなと思っていました」

岡野「(笑)。総合的に見て前田さんにお願いしたかったんですよ」

――前田さんは伯爵を演じてどうですか? 56億年生きるという設定もですし、さりげなく笑わせるような場面もあるし、いろんなものが必要になりそうな役ですが。

前田「そうですね。まさにそのちょっと和むシーン、面白いシーンのときに、笑ったりとぼけると、ポロッと素の自分が出るんですね。それで『(今の演技)若かったな』って」

――見た目は若いままだけど、何億年も生きている人ですしね。

前田「誰も想像できない長い長い時を生きている人なので。例えば過去のことを話すにしても、『自分自身が過去のことを思い出した時はこういう喋り方になる』と考えても、まだ記憶が新しい感じがするんです。何億年も前のことを思い出して話しているわけですから。そういうところがなかなか難しかったりします」

――岡野さんが演じる役はまだ発表されてないですが。

岡野「伯爵にとって大事な人を演じます。伯爵に知性を与えて、『こういうふうにがんばるんだよ』と言ってあげる人です。僕が演じてきた役を前田さんに渡すという意味合い的にもいいんじゃないかなと思って」

前田「岡野さんとは、前回ご一緒した『花柄八景』(’22年5月/Mrs.fictionsの公演)でも師匠と弟子っていう役どころだったんですよ。そういう時間を過ごしたから余計に感じるのかもしれないんですけど、岡野さんとお芝居をしていると、本当にその人(役)がそこにいるっていうことが信じられます。だから私も伯爵が全然ブレない感覚があります」

――岡野さんのお芝居から受け取るものが伯爵をつくるんですね。

岡野「伯爵が本来そういう役ですしね。いろんな時代で、いろんな人と出会って、その人たちからもらったものを大事にしながら生きていくっていう。主役って大きく分けると2パターンあると思うんです。みんなに影響を“与える”ほうと、“貰う”ほう。伯爵は完全に貰うほうの主役だと思うので、相手役が成立すればよりやりやすくなるんだろうな、というところではあります。だからそういうふうに言ってもらえると、よかったなって思いますね」

 

「自分本位よりもお客さん主体。考え方が変わった」(前田)

――演出の中嶋さんは、同じMrs.fictionsの岡野さんから見てどんな方ですか?

岡野「今では珍しいくらい音とかリズムにこだわる人です。例えば、オーケストラで演奏する時も、メロディとリズムは決まっているじゃないですか。それをまず演奏できてから、その先に楽団や個々の表現があるというような。中嶋くんも『まずはこのメロディとこのリズムで弾けるようにしましょう』っていう人です。でもその目的は楽譜の再現じゃなくて、根っこにあるものを表現しようとするとその音になるしそのタイミングになるんだよっていう」

――お芝居というと、感情や生理からつくっていくイメージがあります。

岡野「そうですよね。きっと前田さんも基本的には感情や生理からつくるのをベースにやっているんじゃないかなと思います。でも外側からつくる芝居もあるんだよっていう。身体のカタチとか喋り方をつくって、それを何十回何百回とやっていると、感情を “入れようとしなくても”自動的についてくる。だから(中身と外側)どっちからスタートしても最終的には同じゴールにいくんですよ。感情のほうがやりやすかったら感情を大事にしたほうがいいけど、リズムとかタイミングとか言い方からも全然探っていけるんだよっていうのを自分の中においておけるとやりやすいと思います」

前田「2年前は、その“音”っていうところを丸飲みした状態でした。だからその“音”になる感情がわからなくて」

岡野「そうだよね。56億年生きた人の感情なんて」

前田「今も理解しきれたわけじゃないけど、当時はもっとわかっていなくて。だけど私は中身からつくる派だったので、理解できてない状態で音なんて出せないって混乱していました。すっごい頑固だったんですよ。そういう『できない』が積み重なって一回、稽古で爆発しましたよね(笑)」

岡野「ははは!」

前田「あれから2年経って、なんでも一回やってみようというスタンスになれているのは、自分の変化だなと思います。今でも苦戦する部分はもちろんありますけど、なんであの時できないと思ったのかなってくらい、今はやりやすいので」

岡野「実際、56億年生きた人が1億年前のことを思い出してるときの声のトーンなんてわかんないんですよね。存在しないし。でも客観的に聞いていると『あ、今のそういうふうに聞こえた』っていう音がある。それは自分のライブラリにないものだったりするから、演出から『このくらいのトーン』っていうリクエストが来て、それを言ってみたら『そう聞こえる』っていうことが起きる。それを繰り返していくと、身体に説得力が生まれるんですね。それを僕は経験上それを知ってるから稽古が苦しくても耐えていけるけど、ゴールがないかもと思う中で繰り返すのは確かに辛いだろうなって思うよ」

――でもそれが「やりやすい」と思えるようになったのは前田さんのどんな変化だと思いますか?

前田「いつからか、自分本位よりもお客さん主体というふうに考え方が変わったというのはあるかもしれないです。お客さんがその世界を信じられるようにつくることができればいい、って思えるようになったので。そんなふうに思えるようになって、やりやすくなったし、お芝居がどんどん楽しくなりました。もっとやりたいです」

 

「真ん中に、ただただ素直な人間がいる作品です」(岡野)

――『伯爵のおるすばん』は前回の再演では上演時間が3時間弱ありましたが、今回は約2時間になるんですよね?

岡野「はい。ただ実は初演は約2時間だったんですよ。今回は、改めて初演と再演のいいところを合わせて2時間にしようというところです。前回の再演は出演者全員一人ひと役でしたが、今回は兼役するキャストも出てきますしね」

――物語としては、どんなところに魅力を感じていますか?

岡野「僕は一つひとつの時代の選び方です。脚本を書いた中嶋くんのセンスを感じます。18世紀初頭から始まって、次はこの時代がくるか、次はこんな時代に伯爵を放り込むのか、この時代で伯爵が生きるのか、っていうチョイスがすごく面白いなと思っていて。場所もそう。最初にフランス、次はここに行くのか、まだパターンあるか!っていう。あとは、中心にいつも伯爵がいるっていうところ。真ん中に、ただただ素直な人間がいる。そこが素敵だなと思いますね」

前田「私は、伯爵が愛した一人ひとりの人柄がすごく好きです。その人たちが伯爵に与える言葉も素敵。中嶋さんの書かれる脚本って、言葉をとても大切にされていて、普段だったら言葉にしないようなことも敢えて相手に伝える。それが素敵でおしゃれだなと思います。伯爵もそれで救われて、支えられて、2時間、56億年を生きるので。だから、主役の周りにいる人たちも見てほしいです。その中で伯爵がどう宇宙の終わりを迎えるのかっていうのが見どころかなって思います」

 

取材・文:中川實穂