音楽朗読劇「シャーロック・ホームズ#2」山寺宏一、水島裕、野坂実 インタビュー

演出家の野坂実を中心に2021年より始動し、世界中にある名作ミステリーを舞台化・上演していく長期プロジェクト「ノサカラボ」。アーサー・コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズの冒険」を基にした音楽朗読劇「シャーロック・ホームズ #2」が、9月10日・11日にイイノホールにて上演される。前回に引き続き、シャーロックを山寺宏一、ワトスンを水島裕が演じ、ゲストには大塚明夫、山口勝平、寿美菜子が名を連ねる。どのような想いで作品に臨むのか。山寺、水島、野坂の3人に話を聞いた。

――「シャーロック・ホームズ」の音楽朗読劇は今回で2回目となります。野坂さんから2回目もやるよ、と聞いたときはどのようなお気持ちでしたか?

山寺 「懲りないな」と思いましたね…いや冗談です(笑)。でも、1回やってみて、何か気に食わないとか、評判が悪いとか、制作的に立ちいかないとか、何かあれば続かないじゃないですか。今も相変わらずコロナ禍で、去年にやった時は来年にはもう大丈夫だと思っていたのに変わっていないわけですし、そういう中でまたお話をいただけて嬉しかったですね。

水島 でも、そもそも1回目の時から「2回目もやりたい」みたいな話だった気がするよね? 

野坂 そうそう。最初からセットの話でした。シャーロック・ホームズは50数本あるんですけど、それを10年ちょっとくらいの企画でやりたいって話を2人にはしていたんです。

――そんな長寿企画としてスタートしていたとは、それほど手ごたえのある企画だったということですね。

野坂 ホームズの短編を朗読でやるのって、意外と無かったし、僕の中では「日本のシャーロックとワトスンはこの2人だ!」っていうひらめきだったんですよ。もともとラフィングライブ(山寺、水島、野坂の3人で2015年に立ち上げた演劇ユニット)でやっているときもそうなんですけど、2人の掛け合いが楽しいんですよね。この2人のコンビをもっと見られたら、と思っているときに六本木の駐車場でビビビッときて、すぐに制作とかスタッフに話したのを覚えています。繋がるかどうかも分からないのに、その場で2人にも電話して(笑)。「なんか面白そうだね、1回やってみようか」って2人とも言ってくれました。この組み合わせは、僕の中ではたぶん日本一。一番イケてるだろ?って思っています。

水島 すごいプレッシャーだ〜(笑)

山寺 もう1回やっていますけどね(笑)。

水島 改めて日本一とか言われちゃうとね〜。

野坂 でも話をしたときに、スタッフのテンションもすごく上がっていたから、これはスゴイ企画になるぞ、と思いましたよ。

山寺 ずっと3人で一緒にやっているうちの2人なんだから、もっと早く気付くか、気付いてもそんなに感動しなくてもいいじゃないかって思いますけどね(笑)。身内みたいなもんですから。

水島 そう、身内だよね。野坂さんは”2人が承知した”みたいな感じで言いましたけど、野坂さんに「やれ」って言われたら「はい〜」って感じですよ(笑)。「いいよ~」って軽い返事だったと思います。

山寺 でも今年に関して言うと、ラフィングライブはコロナ禍でここ何年かできずに諦めてきました。完全収束したらやりたい、っていう話もあったんですが、今はまだこの状況なので…。それで、もしラフィングをやるとしたら、そのちょっと前にシャーロックを同じ3人でやるのは多すぎない?とかは話していたんですよ。結局、今年もラフィングは諦めることになったので、そういう意味では、この作品のスタイルが今の状況にはいいんじゃないかと思います。この3人で、新しいゲストを迎えてやれることが嬉しいですよ。ラフィングがやれない分ね。

――前回やってみての手ごたえはいかがでしたか?

山寺 やる前は、この名作中の名作、世界一有名なミステリーを朗読できるのか、と思いましたよ。原作はそこまで対話劇にもなっていないし、シャーロキアンと呼ばれるようなファンが世界中にいますから、ハードルが高いんです。だから、僕はずっと弱気なことを言っていました(笑)。でもやってみたら、やれるしちゃんと伝わるんだな、ということがわかりました。裕さんとのコンビも、ラフィングでやってきたような常に巻き込んでいく感じが、どこか通じる部分がありましたね。本当に楽しかったし、やってよかったです。

水島 そうだよね。基本、ラフィングで山ちゃんと僕は、巻き込む側、巻き込まれる側というスタンスはずっと変わらないんですが、作品が違うと役も変わるんですね。でも、この作品に関しては「シャーロック」「ワトスン」と初めて固定されたんです。そして去年は本番を頂点に、僕の中でワトスンがどんどん変化していったんです。あの楽しさを味わったので「これからも毎回、深みのようなものを増していかないとな」と思っています。

野坂 掛け合いについては、朗読よりも舞台の方が圧倒的に稽古量が多いんですが、稽古中の掛け合いがものすごく2人は変化するんですよ。お芝居は相手の芝居を受けて出していくもので、演技ってやっぱり能動的ではなく受動的なんですね。そういう部分で、この2人は確実に相手のお芝居を受けながら出していく。演技の上手な人ってそういうことなんです。そうじゃない方って、出す方に集中してしまって、相手が何をしても受け取らないんですが、この2人はすさまじくキャッチする範囲が広いんですよ。稽古の時「山ちゃん、ああ来るとは思わなかったよ」、『裕さんだって、こう来たじゃないですか』みたいなやりとりを稽古中にもよくしているんですね。今回の朗読でも、シャーロックとワトスンというキャラクターを持ちながらもキャッチボールしている感じで、去年もたいがい2人で遊ぶだけ遊んでました(笑)

山寺 そうでしたっけ?

水島 遊んでましたか?(笑)

野坂 押さえるところは押さえてますけど、遊べるところはタッタタッタと掛け合いで遊んでいて、そこが群を抜いて上手い2人なので面白いですね。

水島 でも千穐楽までダメ出しするんですよ、この演出家は(笑)

山寺 ラフィングの時はね。ホームズはそんなことなかったな。

水島 山ちゃんはダメ出しされたことを全部ちゃんと書いて、楽屋の鏡に貼っていくんですよ。

山寺 付箋にメモをして、皮肉のように鏡に貼っていくんです。だんだん付箋で自分が見えなくなって…(笑)

水島 今回みたいな朗読劇の面白さ&大変さって、、、例えば、洋画とかアニメの吹き替えって「合わせなきゃいけない」ってよく言われますが、実は映像ってヒントなんですよ。絵の表情、セリフの早さ、声のトーン、声の質まで、すべてがありきで僕らはそれに合わせるんですが、それって制約だけじゃなくてヒントなんですよ。でも、朗読ってノーヒント。だからこそ皆んなで創り上げていく面白さがある。きっと、このコンビのどちらかが変わっただけでも全く違った作品になると思いますね。

山寺 なんか力量を試されるみたいで怖いんですよ。怖いけど、楽しい。舞台でやろうと思うとなかなか難しいことも、朗読でならできる。衣装や舞台装置なんかを考えなきゃ、ってなると大変ですが、それを声だけでやるんですから。ホームズだったら立て板に水のように」とか、「言うのをどんなスピードでやろうか」とか、「どんなトーンでやろうか」とか、身をもって演じているわけではないけど、いくらでもやりようがあります。すごく可能性があって、制約がないんです。

水島 場面転換も、舞台だとセットを変えたりいろいろあるけど、朗読ではセリフの表現一つでポンッと変わってしまいますからね。

山寺 時間だって超えてしまう。そういう制約が無いんだよね。

水島 朗読で唯一の制約が演出ですから(笑)

野坂 制約って(笑)。でも、僕も朗読を楽しんでいるんですよ。想像の範囲が圧倒的に広がる。肉体が使えない分、ものすごい想像力がないと難しいんですよ。朗読って、舞台より楽にやれる、みたいな感覚ってあるじゃないですか。でも、こういう人たちと一緒にやると違うんですよ。難しいところの別のジャンルを作っているような感覚になりますね。朗読って難しい、と演出的には思ってしまいます。

――別ジャンルを開拓しているような感じが、すごく”ラボ”として研究されているような感じがします。

山寺 「ノサカラボ」って言うくらいだからね。今は朗読もいろいろなところでやっていて、僕らもほかでやったり、他の声優たちや若手もいっぱい出てる。そういう中で、朗読を否定するような声も聞こえてきています。「朗読なら録音でいいじゃん」「なんで生の舞台でやる必要があるの?」ってね。まぁ、その気持ちもわからなくはないです。

水島 でも、生の声と録音って違わない? マイクを通すにせよ、録音を流すのとは違う気がするんだよね。お客さまと一緒に創り上げるという空気感もあるし。

山寺 その場限りのものがあるからね。

野坂 それはでも、朗読を多分あんまりやったことがない人たちが言ってるんじゃなくて?

山寺 そうそう。観る側も「朗読劇っていく気がしない」とかね。朗読だって1つ間違ったら「それ録音物と変わらないな」とか、「そんなに動くんだったら舞台でやればいいのに」って思うものもある。意外と動いてしまうのもあるし、立ち稽古を見ているみたいな感じのとか。一方で、僕はあまり動かない方ですけど、「動かないとお客に顔が見えない」とか、「顔を上げろよ」とかいろいろ言われたりね。「何が良い朗読か」ってわからないですけど、だからもうラボとして、ホームズをやるなら、どうやったら一番楽しんでもらえるのか。舞台で生でやる必要性とか、そこにわざわざ足を運んでもらう必要性を感じてもらえるのか。そこがなければやっている意味がないので、どんどん良くしていって「これは生で観たい」と思えるようなものにしていきたいですね。きっと、観てくださった方にはわかってもらえると思います。

――今回は「唇のねじれた男」「技師の親指」「独身の貴族」の3編が朗読されますが、チョイスの理由は何だったんでしょうか。

野坂 「唇のねじれた男」に関しては結構メジャーな話で、今回は花嫁が失踪するんですが、前回は花婿が失踪する話だったので、これはちょっと狙って選びました。ただ、内容は過去の新聞をずっと読んだりする感じで割と動かないので、そこはどう上手くやろうかと考えているところです。「技師の親指」も、朗読劇としてはあまり向かないんじゃないか、と思って選びました。

山寺 あえて選んだんかい! 原作を読んでみると、どうやって朗読でやるの?って思っていたんですよ。

野坂 そうなんですよ。だから今回はドラマをちょっと追加して書いていこうと思っています。原作で真っ向勝負じゃなくて、ここにドラマを足した方がもっと面白くなる、っていう感じで作っていくつもりですね。前回はかなり原作に寄せたんですけど、それで1回やってみて、もっとドラマがあっても良かったね、という話もあったので。そうやっていって「ホームズとワトスンが推理して物語を乗り越える」みたいな感じのところに落ち着けばと思っています。

――原作にドラマを追加して魅せていくような方向性が見えてきたと。

野坂 今回は、生音楽の面でも前回と比べるとクラリネットが増えたんですよ。作曲家さんがすごく苦い顔をしていましたが(笑)、できれば毎年1人ずつ増やしていきたいと考えているんです。

水島 フルオーケストラになるまで僕ら、もたないよ(笑)

山寺 その分キャストを減らしたりしないだろうね? 全部2人でやって、とか(笑)

野坂 (笑)。できれば楽団というか、ある程度の大人数まで行ければとは思っていて、そういう企画にしていきたいんだよね。お客さんも「楽しい」とか「人気がある」とかだけじゃなく「上質なものがある」という想いで来ていただけるように。それはラフィングでもそうなんだけど、「上質なものをやろう」というところを狙っていたので、このシリーズでもそれができればと思っています。

水島 去年、やってみて感じたのは「あぁ、今、贅沢な時間だな」ということ。電気を介さない楽器での生演奏と一緒にセリフをお届けする時間が、すごく贅沢だと感じたんです。実は演奏家の方々も「セリフと合わせるのは初めて」っておっしゃっていて、やっていくうちに相乗効果で密度が大きくなっていった感覚がありました。今回も、あの空気感をお客様にも共有していただきたいですね。

山寺 初回を楽しんでくださった方はもちろん、「シャーロックを朗読して面白いの?」と思っている方にも…これが意外と面白いんですよ。今回はゲストの3人も僕にとっては家族のようなメンバー。大塚明夫さん、山口勝平さん、そしてイギリス帰りの寿美菜子さん。もはや、この作品のためにイギリスに留学した、と言っても過言ではない!…って我々は勝手に言い続けようと思います(笑)。本当に素晴らしいメンバーでお届けするので、まだまだこういう状況ではありますが、ぜひ劇場に足を運んで、19世紀のイギリスにタイムスリップしていただきたいと思います。

――楽しみにしています! 本日はありがとうございました。

取材・文:宮崎新之