『ガラスの動物園』主演・イザベル・ユペール オフィシャルインタビュー

公演写真提供:国立オデオン劇場 ©Jan Versweyveld

2022/2023シーズンの演劇は、フランス・パリの国立オデオン劇場からの招聘公演、テネシー・ウィリアムズ『ガラスの動物園』で開幕!本来は2020/2021シーズン開幕作品として上演を予定していたが、コロナ禍で本国フランスにおいても2020年3月のワールドプレミア公演が5日目にして無念の閉幕。2021/2022シーズンで再び新国立劇場での公演を予定するもののカンパニーの入国が叶わず。二度の公演中止を経て、いよいよこの秋、来日公演が実現する。今世界で最も注目を集める演出家のひとりイヴォ・ヴァン・ホーヴェが、フランスを代表する女優イザベル・ユペールをはじめとする俳優4人と、どのような舞台をつくりあげるのだろう。待ちに待った上演を前に、母アマンダを演じるイザベル・ユペールに話をうかがった。

得難い体験となった
イヴォ・ヴァン・ホーヴェとの創作

―〝追憶の劇〞と言われる『ガラスの動物園』ですが、この戯曲にどのような魅力を感じて出演を引き受けられたのですか?

ユペール(以下H) いくつかの要素が重なった結果です。作品はご存じの通りテネシー・ウィリアムズの名作です。この偉大な作家の作品では、私は過去に『欲望という名の電車』を演じたことがあり、この時の演出はクシシュトフ・ワリコフスキ氏でした。今回の演出はイヴォ・ヴァン・ホーヴェ氏であること、これが大きな魅力であることに違いありません。つまり作品と演出家という二つの要素に心惹かれ、さらにアマンダという素晴らしい役なので出演を決めました。この完璧な組み合わせ以上の好条件はないでしょう。

―今回の創作に際し、アマンダという女性像についてどのように分析・理解されたのでしょう。演じるために手掛かりにされたことがあれば教えてください。

H 正直に言うと、私の中のアマンダ像は、一九五〇年代の映画に出てくるような、今の視点だとやや「流行遅れ」な人物でした。でも改めて台本を読んで思ったのです。イヴォ・ヴァン・ホーヴェ氏が演出するならば、このような類の台本と役からどのように「同時代性」が見えてくるのだろうと。着目すべき点はそこだと感じたのです。つまり、ある年代が特定されてしまうような、型通りの古めかしい見せ方にこだわらなくてもよいのではないかと。ですので、全く自由な気持ちで演じました。アマンダは、子どもたちを愛し、彼らの幸せを強く願うあまり度を越した態度に陥ってしまう、ひとりの母親です。その人物像にブレない視点を持ち、ひたすら掘り下げていくと、舞台をご覧になっている観客の方々と彼女の姿が限りなく近づいていく……そんなことが可能になるのです。

―『ガラスの動物園』は数多くの舞台や映像作品がつくられている戯曲です。その中でユペールさんが心動かされた作品はありますか。

H サム・ゴールド氏が演出した舞台が素晴らしかったです。この演出は、あくまで私の印象ですが、イヴォ・ヴァン・ホーヴェ氏の演出に近いものがありました。ニューヨークのブロードウェイで見たのですが非常に良いプロダクションで、アマンダ役を演じたサリー・フィールドの演技と解釈も見事で心に残っています。

―演出家イヴォ・ヴァン・ホーヴェとのクリエーションはいかがでしたか?

H 私にとって得難い体験となりました。彼は作品に明確な枠組みを与えてくれますが、俳優たちに対してはごく控えめにしか指示しません。私のことも完全に自由な状態にさせてくれました。俳優を信頼している証だと感じ、非常に嬉しかったです。彼との稽古はとてもスピーディーに進みました。一日のスケジュールの中で、稽古にやたらと時間を費やすことはしません。しっかりとしたビジョンを持っている人なので、そのようにできるのです。仲間たちにもそれは伝わり、彼のビジョンに対し信頼が生まれました。
 ヤン・ヴェーゼイヴェルトの舞台装置(美術・照明)も然り。巣穴のような舞台なのですが、私は彼のこの装置が大好きです。全体が毛皮で仕立ててあって、そこに上がるととても気持ちが良いのです。それと、とても面白いのはその色彩。装置がすべて赤褐色のトーンで彩られています。私と、ローラ役のジュスティーヌ・バシュレは、やはり同じ赤茶系の衣裳で、トム役のアントワーヌ・レナールも同様、赤みがかった茶色を纏うのです。装置も同じ色で、一瞬、巣穴のような背景の前に動物が何匹かいるみたいに見えます。外部から隠れてしまって、そのために何やら不安を煽るような眺めになってくるのです。作品の意図そのものですね。狭い空間に閉じ込められ、そこから出られない人々。外界から遮断されてしまい、そのためにさらに不安に苛まれ、神経が張りつめていく。ひとつひとつの行動が心のうねりを引き起こし、すべての密度が倍加していく。そう、この舞台美術が私たちに多大なインスピレーションを与えてくれています。

公演写真提供:国立オデオン劇場 ©Jan Versweyveld

素晴らしい俳優たちとの共演
見事な調和の四重奏

―共演のジュスティーヌ・バシュレ、シリル・ゲイユ、アントワーヌ・レナールと演技を交わして感じた、それぞれの魅力を教えてください。

H 本当に見事に調和のとれた四重奏となりました。なんと素晴らしい三人の俳優たちでしょう。ローラ役のジュスティーヌ・バシュレ、トム役のアントワーヌ・レナール、そしてジム役のシリル・ゲイユ。ジュスティーヌは優美そのもの、そして儚げで、見る者の心を強烈に揺さぶります。アントワーヌは、演じる人物の暴力性とフラストレーションの表現に長けています。シリルは、解放的で朗らかな人だと完璧に印象づけたかと思うと、一瞬ののちに場をかき乱す存在となり、物語冒頭でアマンダとローラが彼に期待していたものとはまったく逆のものをついには見せつけることとなります。

―以前「私にとって唯一のスポーツは舞台に立つこと」と発言されていましたが、現在のユペールさんにとって演劇は、ご自身の仕事の中でどのような位置にありますか。

H ああ、そんなことを言いましたっけ。そうなのです、演じる役柄によっては動作を非常に抑制されることもあるとはいえ、確かなのは、俳優というものは、肉体全体を使って勝負しているということ。そして劇場とは、それが起こる唯一の場なのです(反対に、映画の場合、撮影が完了した段階では、演技者の身体表現は多くのカットに分断されています)。体を使いこなすことはエキサイティングで、私は舞台上では自分に制限をかけたりしません。動作や姿がどんなものでも、表現を縛りつけたりしないよう、むしろ逆に、感情や表情、空想、あるいは狂気、それらの表現を解放してくれるように使うのです。観客にそれらすべてを伝えてくれるもの、それが肉体なのです。

―今作で来日されるにあたり、楽しみにしていることはありますか。

H 日本に行くのだと思うと、いつも大きな幸せを感じます。日本が嫌いと言う人を、本当に一人も知りませんよ。日本という国が表しているのは、幻のような詩情、西欧世界とはしばしば異なる世界で、それを発見するのは大きな喜びなのです。今回の訪日は私にとって二度目で、ひと夏の間、長い滞在となります。まず京都と直島でフランス映画の撮影を行い、そして九月には東京です。新国立劇場で演出家イヴォ・ヴァン・ホーヴェと『ガラスの動物園』の舞台をつくることを、心から楽しみにしています。

構成 尾上そら(演劇ライター)
(新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 8月号掲載)

Isabelle Huppert
パリ出身。ベルトラン・ブリエ監督の『バルスーズ』で映画界デビュー。クロード・シャブリ監督作品『Violette Noziere』でカンヌ国際映画祭の演技賞、『主婦マリーがしたことで』でヴェネツィア国際映画祭賞、『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』でヴェネツィア国際映画祭の演技賞、およびセザール賞最優秀女優賞を受賞。ヴェネツィア国際映画祭では、パトリス・シェロー監督作品『ガブリエル』における演技とそのキャリア全体に対して審査員特別賞(獅子賞)を授与された。ポール・バーホーベン監督作品『エル』での演技に対してはゴッサム賞、ゴールデングローブ賞を受賞、またアカデミー賞最優秀女優賞にノミネートされた。フランスでは、その演技に対してセザール賞最優秀女優賞を獲得している。カンヌ国際映画祭では審査員と司会、第62回目では審査員長を歴任している。映画と並行してフランス国内外で数々の演劇作品へ出演しており、2017年にはそのキャリアに対してモリエール名誉賞を受賞した。その他、レジオンドヌール勲章、国家功労勲章、芸術文化勲章を受賞している。