「ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル」尾上右近 インタビュー

昨年にスーパー歌舞伎2「ワンピース」で急遽、市川猿之助の代役を務め大きな話題を呼んだ尾上右近。江戸浄瑠璃清元節の名跡「清元栄寿太夫」を先日襲名し、歌舞伎役者としても清元の担い手としても大きな注目を集めている。そんな彼が、7月に上演される舞台「ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル」に主演し、新たな挑戦に踏み出す。

この舞台は2012年の米ピュリツァー賞戯曲部門受賞作で、幼少のころのネグレクトやイラク戦争での負傷から薬物中毒になってしまった青年エリオットが、ネットのオンラインと、オフラインの交流と通じて少しずつ変化していくという物語。このエリオット役で現代劇初挑戦となる彼は、稽古を前に何を思うのか。

 

――この作品が右近さんにとっては初めての現代劇となります。お話があったときのお気持ちはいかがでしたか?

右近「現代劇への挑戦はいずれさせていただきたいと思っていたのですが、こんなに早いタイミングでお話をいただけるとは思っていなくて。なおかつ主演ということですから…とにかく喜びがいっぱいでしたね。僕は歌舞伎の世界で経験を積ませていただいていて、自分らしさよりもその役らしさ、演目の香りなんかのほうを追い求めていたのですが、現代劇になるとまた違うと思うんです。やはり自分自身が大事になってくる。もちろん、歌舞伎でも自分が大事なのはそうなんですが、やはり役を自分でつくるというのは初めてなので。ビジョンとしては、自分らしさを見つける旅、という感覚ですね。まだ稽古前なので漠然とはしていますが、そう考えています」

 

――これまでも歌舞伎以外の作品などは観劇されていたんでしょうか?

右近「観ていましたね。ですが、知っている方が出演しているなどご縁のある舞台しか観ていなかったんです。でも最近は、自分が興味を持って観てみたいと思った作品を観に行く機会が増えてきました。実はまさに昨日、『江戸は燃えているか』を観てきたんです。これは(中村)獅童さんがお出になっているから、とかを別にしても拝見したい作品だったので行ってきました。そういう機会が増えてきて、ゆくゆくは自分も…と考え始めたばかりのタイミングだったんですよ」

 

――現代劇をやるにあたって、歌舞伎の先輩方などに相談されたりはしましたか?

右近「ご相談というわけではないですが、(市川)猿之助兄さんが初めて現代劇にお出になった時のことをうかがって、すごく面白いなと思ったお話はありました。やっぱりスーツを着てどう存在していいかわからなくて、帰ろうかと思った、と(笑)。きっと自分もそうなるんだろうな。所作も全然違いますし、歌舞伎の舞台というものはお化粧や衣裳などのデフォルメによって自然と守られている部分がある。でも逆に現代劇の方にとってはそれが鎧というか重みに感じてしまうんでしょうけど。自分がそれを脱ぎ捨てたとき、きっと逃げ出したくなるんじゃないかと思います(笑)」

 

――現代劇に挑戦する上で、歌舞伎との違いなどは感じていらっしゃいますか?

右近「僕は歌舞伎と比較するしかないんですけど、人の心の悩みや光と影といった普遍的な部分は変わらないなと感じました。現代劇だから違う部分、というよりも、変わらない部分のほうを感じています。僕が演じるエリオットは、悲痛なものをたくさん経験していると思うんですね。その中でも、生きていくことを自分なりにとらえて進んでいく中で、ジレンマを抱えているんです。それは僕自身も、最近はいろいろなことをさせていただいて前向きな日々を過ごしていますが、その都度、どうしたらいいんだろうという悩みやちょっとしたジレンマがある。そういう部分で共感するところがたくさんあると思いました」

 

――共感できる部分も多かった?

右近「そうですね。でも僕は悔しがり屋だし、それを出してしまうのは負けな気がしているから(笑)、そういう気持ちをなるべく前に出さないようにしているだけで。きっと誰でも抱えていると思うんですよね。隠せなくなってしまう不器用さなんかは、自分もそうなり得る可能性があると思ったんです。生みの親と育ての親との狭間だったり、戦争に行って、つらい経験をして、薬物中毒になって…それを隠していて。それって孤独じゃないですか。僕も孤独を感じることはあるし、それは誰にでもあると思うんですよね。そういうことって、年齢を重ねたり経験を積んだりすることで、また捉え方が変わるんでしょうけど、エリオットは同世代だし、そういう感覚をリアルに感じられる年齢だと思いますね」

――イラク戦争など、実生活では経験のない部分について何か調べたりとかはされていますか?

右近「していますよ。エリオットについて共感している部分もありますが、理解しがたい部分については、彼の性格もあるんでしょうけど、経験や時代背景などが大きく影響していると思うので。そこはきっちり勉強しないとなと。わかるようになるための手がかりだけは、自分でつかんでいきたいなと思います」

 

――歌舞伎の時もそういう時代背景などを調べたりするんですか?

右近「僕の場合は、ですが調べたりしますよ。史実だとこうなっている、とか。歌舞伎の場合、史実と大きく異なっていることや飛躍している部分がたくさんあるので、調べれば調べるほど事実と違うことが出てくる。でもなぜそういうことになったかについては、“歌舞伎力”のようなものを知る上で大事なことじゃないかな、と僕は受け止めています。そういう教えが歌舞伎の中にあるわけではないし、千差万別ですけど。僕は調べたり役に詳しい方に聞いたりするのは好きですね。役の密度が上がってそれが支えになることもありますし、一方でそれに引っ張られすぎないという戦いもあるんですけど(笑)」

 

――役へのアプローチに決まりごとがあるわけではないんですね

右近「本当に人それぞれです。現代劇の方は楽屋に2時間前に入っているのが通常と聞きますが、歌舞伎の場合は自分の出番のきっかけに間に合えばいいんです。極端なことをいえば10分前に入ってお化粧してかつらをつけて衣裳を着て出ることができるのであればそれでいい、というものなんです。意外と自己管理の世界なんですよ。なんでも自分でやりますからね」

 

――そうなんですね! 何か勝手にガチガチのお作法とかあるのかと思っていました。ある意味、怠けないよう自分を試されているような感覚もありそうですね

右近「そうですね。でもその怠けるというものが、先輩に対してなのか先祖に対してなのか、そこもいろいろあるんです。やはり名前を継ぐということになると、先祖に見られているというような意識はあります。でも、先祖という意識が出てきたのは最近。清元節の襲名のことがやはり大きかったですね」

 

――名前を受け継いで、いつかまた受け渡すことになるわけですが、何か大きなものを背負っているという意識が出てきた?

右近「背負っている、という意識はまだあまりないかもしれません。なんというか、そこは少し傲慢に、自分の人生だと思っている部分はあります。でもやるからには、きちっとしたことをやりたいという責任感もある。それでもやっぱり、自分がやる意味というのを忘れたくない。歌舞伎をやりながら、清元の名を継ぐという二足の草鞋を履くのも僕が初めてのことだから、誰も参考にならないし、今の僕が今後、誰かの参考になれるかどうかもわからないですからね」

 

――そこにさらに、いうなれば“三足目の草鞋”として現代劇の役者も入ってくるわけですが、ご自身の中ではどのように切り替えていらっしゃいますか?

右近「あまり切り替えるというようなことはないですね。その時、目の前のことに全力で力を注ぐことが、僕のモットーなんだなとつくづく思います。こうやってお芝居の話をしているときに、同時に清元のことを考えているかと言われれば“はて?”といった感じですし、今はこの役をさせていただく自分というだけです。でも客観的にみたら、いろんなことをやっている人と見られるだろうなとは思いますけど。いろいろなことをやればやるほど“真ん中にいる自分”を感じられる気がします」

 

――今後、現代劇に挑戦していく上でやってみたい役は?

右近「やっぱり任侠ですね。不良役とか。そこはこう、母方の祖父の血が騒いでいるのかもしれません(祖父は任侠作品などで活躍した映画スターの鶴田浩二)。自分に多面性を持たせたいという意味では一番遠いところかなと。人に嫌な思いをさせないという教育を受けてきた自分が、人に嫌なことばっかりするわけですから(笑)。でも、その中で仁義や正義があるのが任侠の世界。そういう作品に出て、観ている人を振り回して“一体どういう人なんだろう?”って思わせたい欲求はあります。いろんな引き出しがある役者になりたいですね」

――今回の舞台を演出するG2さんにはもうお会いになりましたか?

右近「実はまだなんですよ。演出されているお芝居は拝見したことがあるんですけど。何かゾッとするようなお芝居を作る方だなと思いました」

 

――共演する篠井英介さんの印象は?

右近「まだお会いできていないんですが、篠井さんは歌舞伎の女形を披露されていた番組を拝見したことがあって、とてもお綺麗でした。オデッサ(エリオットの実母)ということで、性別を超えた一致性というのも感じています。すごく勉強させていただけそうでお会いできることがとても楽しみです」

 

――作中にはオンラインでのやりとりが登場します。右近さんはインターネットに対してどういうイメージをお持ちですか?

右近「正直なところ、みんなが素直になっている場だなと思います。僕らは人前に出る仕事だから、不特定多数の人の目に触れる可能性について意識を持って動いていると思うんですけど、そうじゃない発言を多く目にするので…。その発言が、いろいろなところで傷つける可能性も、考えていない場合がある。そういう意味で正直な心を見せてもらっているという感覚ですね。作中ではネットがテーマとしてありながら、人とのつながり、人の心といういつの時代も変わらないものが根底にある。それは大事にしたいと思います」

 

――最後に、公演を楽しみにしていらっしゃる方にメッセージをお願いします

右近「白黒はっきりしないことって世の中には多くて、それをそのまま舞台にしているような印象です。劇的じゃない劇というか。でも、そこが面白い。それこそが現代的な感覚のお芝居だと感じています。きっと等身大の自分をさらけ出しているので、どうか受け止めてほしいと思います」