宮澤エマ インタビュー│PARCO劇場開場50周年記念シリーズ『ラビット・ホール』

2007年にピュリツァー賞を受賞した戯曲「ラビット・ホール」が、主演・宮澤エマ、演出・藤田俊太郎で4月9日(日)から上演される。4歳の一人息子を亡くした若い夫婦ベッカとハウイーを中心に、傷ついた心が再生に至る道筋を、家族間の日常的な会話を通して繊細に描いた本作。舞台だけでなく、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」をはじめ映像作品での活躍も目覚ましい宮澤に、本作に挑む想いや見どころを聞いた。


――宮澤さんにとって、本作は初主演舞台となりますね。

初めての主演がストレートプレイというのは想像もしていなかったので驚きましたが、翻訳もののストレートプレイにはずっと挑戦したいと思っていましたし、大好きなPARCO劇場の作品ということで、私を選んでいただけたことはすごく嬉しかったです。と同時に、責任の重大さも感じました。お話をいただいた時には、この作品の詳しい内容までは知らなかったので、戯曲を読ませていただいてからお返事をさせていただいたのですが、素晴らしい作品で、私にとっては大きなチャレンジになると思いました。今もまだ、「主演」と自分では口に出さないようにしているくらい大きなことだと感じていますし、こうして取材をしていただくと身が引き締まる思いでいっぱいです。


――成河さん、土井ケイトさん、シルビア・グラブさんなど非常に頼りになる共演者たちが揃っているので、プレッシャーを感じつつも安心感もあるのではないですか?

キャストの皆さんはもちろんですが、スタッフさんも含めてこのチーム全体が心強いです。(取材当時)まだお稽古は始まっていないのですが、今は演出の藤田さんと翻訳の小田島(創志)さん、それからプロデューサーさんと、英語の原文と翻訳されたものを見比べて、より良い形にできないか模索する“翻訳会議”を設けていただいています。セリフ一言一言を相談させていただける機会はなかなかあることではないので、とてもありがたいですし、小田島さんもとても柔軟に対応してくださって、作品に真摯に向き合えていることを感じています。お稽古が始まる前の段階から、みんなでアイディアを出し合って、たくさん模索しているので、とてもいい形でお客さまに届けることができるのではないかなと思います。早くもワクワクする時間を過ごさせていただいていて、こんなに楽しくていいのかなと、これからのお稽古も楽しみしかありません。最高のチームでこの作品に挑めることは、とても心強いなと思っています。


――最初に戯曲を読まれた時は、本作のどんなところに魅力を感じましたか?

この作品は、息子を交通事故で亡くしたある夫婦とその家族、そして加害者となってしまった青年の物語ですが、登場人物たちの会話の中で、彼らに何が起きているのかが少しずつ紐解かれていきます。登場するキャラクターは、決して全員が善人じゃないし、全員が悪人でもない。それぞれにいいところもあれば、悪いところもあって、そうした描写がすごくリアルです。そんなキャラクターたちを通して、とても悲しい出来事をいかにして乗り越えていくのか、乗り越えられない時にどうやって日常を過ごしていくのかというとても繊細なテーマを、2時間半をかけてみんなで体験していきます。それは、「人間はどうやって再生していくのか」ということに生々しく、嘘偽りなく向き合う時間になると思います。この作品を通して、胸がギュッと掴まれるような瞬間もあれば、赦しを感じる瞬間もあって…それをお客さまとシェアできるのは、舞台でしかなし得ない、贅沢な時間になると戯曲を読んで感じました。


――劇中では、それぞれのキャラクターがそれぞれに苦しみ、再生に向かって必死に生きていますが、宮澤さんご自身は、誰に一番共感を抱きましたか?

どのキャラクターもとてもリアルに描かれているので、それぞれに欠けている部分があって、分かりやすく愛しやすい人たちではないと思います。ですが、だからこそ、どのキャラクターにも感情移入できる瞬間がありました。例えば、物語冒頭の部分の、私が演じるベッカと土井ケイトさんが演じる妹のイジーの会話は、私はイジーの気持ちの方が理解しやすかったです。私自身が妹ということもあって、お姉ちゃんのベッカの言葉が正しいのは分かるけれども、それが鼻につく(笑)。ただ、話を紐解いていくと、ベッカはベッカで爆弾みたいなものを抱えていて、決して正しいだけの人物ではなく、すごく多面的に描かれているので、それがこの戯曲の面白いところだと思います。
個人的には、母親のナットも面白いなと思います。お母さんってこうだよねというような発言が多いんですよ(笑)。どうしてあんなに自分に絶対の自信を持ってトンチンカンなことを言えるんだろうと。でも、それがすごく“お母さん”らしいと感じます。


――宮澤さんが演じるベッカは、息子を亡くし、喪失感を抱えた女性です。ベッカを演じる上では、どんなところが大切になると思いますか?

ベッカは元々キャリアをしっかり持っていた女性でしたが、子どもを持つことによって、会社を辞めて母親になる選択をしました。きっと、ものすごく真面目で優秀で“長女タイプ”な人だと思います。そして、夫のハウイーも金融系に勤めている、いわゆるエリート夫婦。多分、色々なことをコントロールして、プランを立ててしっかりと生きてきたベッカという人の人生が息子の死によって壊れていき、同時に彼女自身もどこか壊れていく感覚があったんだと思います。自分が誰なのか分からなくなり、それまでのベッカだったらしなかったようなことをして、言わなかったようなことも言ってしまう。彼女は“子供を持つ母親”ではなくなり、“息子を喪った人”と見られてしまう。この物語は、そんな状態から自分はどんな人間なのか、自分は誰なのかを探す、再構築、再発見の旅でもあるんです。なので、きっと物語が始まった時のベッカと物語の終盤のベッカは別人のようになっていると思います。そのプロセスを丁寧に稽古で作っていきたいですし、事件以前のベッカと事件以降のベッカをしっかり演じたいと思っています。


――演出の藤田さんとのクリエイティブの中で、どんなことを感じていますか?

藤田さんは、役者ファーストで、私たちがやりやすく、発言しやすい環境を整えることをとても大事にしてくださっています。それから、とても柔軟で、フェアな方だという印象があります。本読みをした時に、藤田さんが、私たちがどこを丁寧に紐解けばいいのかを最初から提示してくださり、私たちの意見を全部吸収してくださった上で、最終的な選択をしてくださるので、“遊び場”のような稽古ができると思いました。最初から完成したものを提示しなければいけないという変なプレッシャーはなく、どうやったら真実に辿り着けるんだろうとみんなで面白がりながら、大事に作っていける気がしています。私は、藤田さんとは今回が初めてですが、これまでにも色々な場でお会いして、お話をたくさんさせていただいていることもあり、とてもアプローチしやすい演出家の方だと思っています。覚えなくてはいけないセリフのことはさておき(笑)、とても楽しみな空間を作ってくださる方だと思います。


――今、お言葉にありましたが、膨大なセリフ量ですよね。これほどのセリフを覚えるのは、舞台経験が豊富な宮澤さんでも大変なのでは?

私もどうやって覚えるんだろうって今から思ってます(苦笑)。舞台の場合、それも今回のような重厚な会話劇となった場合には、一度、セリフを自分の中に染み込ませて覚えないと進まないと思うんです。その上で、セリフを吟味して、何度もどう言えばいいのかトライして、共演者の方々との化学反応を見る。ですので、覚えないことには先に進めないので、とにかく覚えるしかないと思っています(笑)。私は、自分で台本を読んだ声を録音して、それを歩きながら覚えることが多いですね。ただ、やはり舞台は、相手のセリフがあって生まれてくるものだと思うので、お稽古に入らないと(頭に)入らないセリフもあるんですよ。(稽古では)新たな発見もあると思いますし、何度もセリフを言うことで会話劇が成り立っていくのかなと思います。充実したお稽古を送るためにも、今は、必死で覚えられるだけ覚えなければと思います。


――こうした翻訳劇には、それぞれの国の文化や感覚が反映されているものだと思いますが、海外暮らしも長い宮澤さんからして、このベッカという役は演じやすいと感じていますか?

この作品に限らずですが、演じやすいと感じたことはあまりないです。どの役も難しいと思うことが多いので。ただ、私はアメリカ人でもあるので、アメリカ的な文化に関しては、もしかしたら日本人のお客さまよりもすんなりと入ってくるところはあるのかもしれないとは思います。とはいえ、私自身は常日頃から、翻訳劇をやる上では違和感をなるべく少なくすることが大事だと思っているんですよ。例えば、日本語では言わない表現や言い回しをしていると、観ている方はストレスを感じて物語に没頭できない気がするので、脚本に関しては、どうしたらすんなり会話劇として成立するかということを、これからもみんなで知恵を出し合って形にしていきたいと思います。アメリカの家族の話ではありますが、そこで起きている出来事は、日本でもあり得ることです。どうやって、「これはアメリカの話だから。自分には理解できない」とお客さまに思わせないようにするのかというのも課題の一つだと思います。


――最後に改めて、この作品の上演を楽しみにされている方にメッセージをお願いします。

私はこの作品の戯曲を読み、人間の真実に愚直なまでに向き合った作品だと感じました。私たちの生活の中でも、正解のないものに対してうまくいかないことがあったり、勇気が出せなかったり、この先どうしていいのか分からなくなる瞬間はあると思います。そこから前を向こうと思えるきっかけは意外なところにあったり、時間がかかるかもしれないけれども、それでもいいんです。そんな「赦し」をもらえる作品だと思います。私は常日頃から劇場に行くとエネルギーをもらって、頑張ろうと思えるのですが、この作品はまさにそうしたエネルギーの交換ができる作品になっていると思うので、あまり身構えずに劇場に来ていただければと思います。

 

取材・文/嶋田真己

ヘアメイク:髙取篤史(SPEC)
スタイリスト:長谷川みのり
衣装:
ワンピース ¥92,400
チューブトップ ¥18,700/08sircus
(08book 問い合わせ先03-5329-0801)
ピアス ¥44,000/Kalevala
(問い合わせ先 kalevalashop.jp)