『ホロー荘の殺人』凰稀かなめ×紅ゆずる×野坂実 鼎談

世界の名作ミステリを舞台化・上演していくプロジェクト「ノサカラボ」の最新作で、ミステリの女王アガサ・クリスティーの名作『ホロー荘の殺人』が5月3日に開幕する。

ロンドン郊外のホロー荘で起きた殺人事件を巡る真相、そこに渦巻く愛と憎しみを描く本作。稽古がスタートする直前のタイミングで、殺されたジョンの愛人で彫刻家のヘンリエッタを演じる凰稀かなめ、ジョンの妻ガーダを演じる紅ゆずる、ノサカラボ代表で演出・構成の野坂実に話を聞いた。

ふたりの出演が決まって、ガッツポーズをして雄叫びをあげた

――「ノサカラボ」で、なぜ今回『ホロー荘の殺人』を選ばれたのですか?

野坂「『ホロー荘の殺人』はアガサ・クリスティーの中でもドラマが強い戯曲なんです。クリスティーの戯曲は、(物語を)ひっくり返したり二転三転するというトリッキーなものが多いのですが、このお話だけはそれぞれのキャラクターの心情がとても明確に描かれている。それでずっとやりたかったんですけど、たまたま小田島恒志先生とこの戯曲の話をしていたら、「俺、訳してるよ」って言うから。「まじで!ちょうだい!」って言って(笑)。」

――小田島先生の訳はどのようなところが魅力ですか?

野坂「余分なものが排除されているところです。現代劇に通ずるものがあるなと思います。」

――この座組でやりたいと思われたのはどうしてですか?

野坂「いくらアガサ・クリスティーの戯曲で、重厚な作品だぞと言っても、出ていただける役者さんたちが軽めになっちゃうと作品そのものも軽くなっちゃうので。一流の、僕らが出てほしいと思っている俳優さんに参加していただきたいと思いました。それでこのおふたりにも声をかけさせていただきました。」

凰稀かなめ

――凰稀さんも紅さんも野坂さんは初めて演出されると思うのですが、なぜおふたりだったのでしょうか?

野坂「凰稀かなめさんとは共通の知人がいまして……。」

凰稀「(笑)。先輩の、大俳優さんですね。」

野坂「某M場浩司さんという方から(笑)、よくお名前をうかがっていました。「お芝居が好きな方」「熱いんだよ」ってことをずっと聞いていて。それで今回、候補に挙がって、動画見たり宝塚時代のお芝居も見たりして、ヘンリエッタをお願いしたいと思いました。紅さんは熱海五郎一座でもお芝居を拝見していましたし、僕の教え子は元宝塚の方も多いんですけど、紅さんのことを「話術に長けていて」とか「すごくおもしろいこともできるし」とおっしゃるんですよ。それで「え、そんなにコメディに特化なさってるの!?」と。」

紅「(笑)。」

野坂「でもコメディって裏を返すと悲劇的ですからね。紅さんは明るくてキレのある方ですが、今回演じていただくガーダはそれが真逆に働く役です。それをやっていただいたらどうなっちゃうんだというワクワク感があって、紅さんがいいと言いました。おふたりとも出ていただけることになったときは、ガッツポーズで雄叫びをあげました。」

凰稀「お話をうかがってさらによろこびが溢れてきました。お仕事をいただけるということがまずうれしいのですが、やはりアガサ・クリスティーのこのような作品に「挑戦したい」という気持ちもありますし、勉強したいなという気持ちもありますし、初めての演出家の方から学ぶこともすごく多いので、私も絶対にやりたいと思いました。さらに紅子(べにこ)ちゃん(紅の愛称)も一緒だってことに楽しみしかないです。」

紅「私はストレートプレイも初めてですし、あまりにもやったことのない役柄で。実際、野坂さんもおっしゃったように(宝塚歌劇団時代に)トップになってからはコメディに特化していました。だけど悲劇も好きなんですよ。」

――今回どう演じたいですか?

紅「喜劇でよく「あれはアドリブでしょ?」と言われるんですけど、私は基本的にアクシデントなどがない限りアドリブはないんです。なのに「アドリブでしょ?」と言ってもらえるのはとてもうれしいことで。この作品でも「本当にこれ台詞なのかな」とか「つい出ちゃった言葉なんじゃないか」と思ってもらえるくらいに演じたいと思っています。」

紅ゆずる

遊びながらも結局、芝居の話をしていた

―― 凰稀さんと紅さんは宝塚歌劇団の星組で同じ時間を過ごしたおふたりですが、お互いはどんな存在ですか?

凰稀「私はもともと雪組で、途中で星組に組替えしました。そこで最初に話しかけてくれたのが紅子ちゃんだったんですよ。私がかなり人見知りだったので、すごく気にしてくれるようになって、実際、星組にいたのは1年10か月という短い期間だったのですが、その間一番一緒にいたんじゃないかな。」

紅「ほぼ毎日いましたよね。」

凰稀「ね(笑)。私が主演の時も二番手でやってくれたりしていたので。今回は、十数年ぶりに一緒に舞台に立つので楽しみです。(宝塚では共に男役のため)女性の役で共演するのは初めてだし。」

紅「誰も信じてくれないんですけど、私も人見知りするんですよ。だけどかなめさんを見たとき、「こんなに人見知りする人、いるんや!?」と思いました。」

凰稀「(笑)。」

紅「人見知りって、していてもしてないように見せたりするじゃないですか。かなめさんはそれをしてもなお、めっちゃ人見知りしてる感じだったので。喋るのが好きじゃないのかもと思ったんですけど、実際は「どうしよう。組替え初めてやし……。」とおっしゃっていたので、「この人でも戸惑うことがあるのか!」と思って(笑)。そこで「なんかお手伝いしましょうか。」からスタートしました。そしたらめちゃくちゃ仲良くしていただいて、休みの日も「なにする?」みたいな感じで。」

凰稀「いつも一緒にいたよね。」

紅「公演が分かれない限り常に一緒にいさせていただきました。時間のない中でどうやったら楽しく生きられるか!?みたいなことを考えながら(笑)。でも遊びながらも常に芝居の話をしていましたよね。」

凰稀「結局、芝居の話しかしてなかったね。」

ストレートプレイは「まるはだか」

――紅さんにとって初のストレートプレイになりますが、凰稀さんはストレートプレイがお好きだそうですね。どの辺りに魅力を感じていらっしゃいますか?

凰稀「お客さまと近いというのもありますし、心のままに演じられるのがすごく楽しい。ミュージカルだとどうしても音であったりダンスであったり“考えること”が出てきますが、ストレートプレイにはそれがないんですよ。人と人とのぶつかり合いです。言葉と言葉の間(あいだ)に生まれてくるものをリアルに感じる瞬間が楽しいです。」

紅「ミュージカルについてかなめさんがおっしゃったこと、よくわかります。「この前奏でなに考えとこ」「どうやってつなげよ」とか、「結構大事な気持ちだけど2小節に凝縮させなくちゃいけないな」とかありますよね。今回それがないとなると……、ないから余計難しいこともあるのかな。そういうことも全部冒険です。」

凰稀「(囁くように)まるはだかよ。」

紅「(笑)。」

野坂実

――野坂さん、そういう点では今作はなにがポイントになると思われますか?

野坂「ストレートプレイにもいろいろありますが、今作のような作品は「役者さんの感情」を見せるのが、お客さんにとって一番のごちそうになると思うんです。そこをどうつくっていくかですよね。難しいし簡単かも……簡単だし難しいかも。よくお芝居を「受動、変化、能動」と言うのですが、例えば「嫌い」と言われたら、むかついて「なんでそんなこと言うんだよ。」となる。つまり、感情が動いて言葉(台詞)が出てくる。(お芝居は台詞は決まっているけれども)感情の部分はご本人のものなので、凰稀さんが「まるはだか」とおっしゃったように、ご本人があらわれてきちゃう。そこがストレートの難しいところだし楽しいところですね。」

紅「舞台上でかなめさんと思い切り絡ませていただくことが楽しみです。宝塚時代に『リラの壁の囚人たち』で敵対した役を演じたとき、思いっきり睨むシーンがあったんですけど、ああいう、かなめさんとのガッツリしたお芝居が好きなんです。今回も楽しみにしています。」

野坂「きっとおふたりが演じることで、他じゃ観られないもの、新しいものができあがると思っています。今回は戯曲からメイドのドリスという役をカットしているのと、喫煙シーンをなくしてそれに代わる動きをつくっているのですが、つくり方としては奇をてらわず、戯曲に書かれているまま、ど真ん中で勝負をかけていって、この座組でしかできない最高のものをつくりたいです。」

取材・文:中川實穗