中井貴一&キムラ緑子&内館牧子 リーディングドラマ『終わった人』取材会レポート

2023.05.10

内館牧子原作の大反響のベストセラー小説『終わった人』(講談社文庫)が、2023年夏、中井貴一とキムラ緑子の二人によって舞台化される。本作は、元エリートサラリーマンの壮介を主人公に定年後の日々を描くノンストップ・コミカル・エンターテインメント。3月には、中井、キムラ、内館が登壇した取材会が行われ、舞台化への思いや定年についてなどを語ってくれた。

 

――まずは、内館さんから、本作がどんなお話なのかを教えていただけますか?

内館 勤めている人なら誰もが経験する「定年」というものがあります。「定年」になると、それまでどんなにいい仕事をして華々しい最前線にいても、「もう終わりですよ」と言われて、辞めざるを得ない。そういう人たちの「もっと仕事したかった。もっと人の役に立てる。俺はまだできる」という思い、まだ若いと思っているのに、世の中的に終わった人になってしまうという悲哀を書きたいと思ったのがきっかけです。中井さんが演じてくださる主人公は、東大の法学部を出た超エリートです。ただ、東大の超エリートであろうが、エリートでなかろうが、定年後に行き着くところは大差ない。そこも書きたくて、そうした主人公を設定しました。そしてもう一つは、妻は、夫が家にいるようになっても将来を見据えて生きていますので、夫が鬱々としていても、妻は溌剌としてくる。それを描きたいというのがきっかけでした。

 

――中井さんとキムラさんは最初にこの物語を読まれた時、どんな感想を持ちましたか?

中井 とても面白く拝読しました。僕と緑子さんは同級生で、ちょうど定年を見据えた歳なのですが、僕たちの職業には終わりがありません。ただ、友人から電話がかかってくると「あと2年で俺は終わりだよ」などと告げられて、そうすると、ああ僕たちも「終わり」という言葉を使う年齢になったんだなと改めて感じます。そうした同年代の友人たちに向けてのエールや悲哀をこの朗読劇でやらせていただいたたら面白いんじゃないかと思って興味を惹き、お引き受けいたしました。

キムラ 中井さんがおっしゃったように、私たちの仕事は自分で「終わります」と言わない限り終わらないので、今も終わっているのか始まっているのかわからない状況です。今回、本を読んで、父親のことに思いが至りました。自分もこれから先、どうやって生きていくのだろう、自分の終わりはどこにあるんだろうと考えてしまうような、そんな作品でした。

 

――内館さんは、この作品が朗読劇になることはどう感じましたか?

内館 原稿を書いている時には、これが朗読劇になるとか映画になるとか舞台になるとか、そうしたことは一切考えていないものなんです。とにかく書く。それだけなのですが、この作品は、私自身が長く企業に勤めていた時の悲哀が身に染みていることもあって、ガンガン書けてしまったんです。「こんなにいい上司が、ちょっとした理不尽でこんな目に遭うのか」とか、「あんなにも仕事ができなくて嫌な奴が、どうしてこんなに偉くなるのか」ということはしょっちゅうありました。そうして書いていったわけで、朗読劇になるとは考えてもいなかったので、お話をいただいてすごく嬉しかったです。私が向こうみずに書いたことを、どうやって朗読劇にするんだろう。あのお二人がどうやって演じるのだろうと、今から楽しみです。朗読劇は力のある俳優さんじゃないとできないと思うので、そういう意味でも幸せだなと思っています。

 

 

――お二人とは、今日が初めてお会いしたのですよね?

内館 そうなんです。お二人ともこれまで全くご縁がありませんでした。なので、どうして今回出てくださるのだろうと嬉しく思いました。自分にとってとても大事な作品ですので、多くの方に観ていただきたいと思っていたので、(中井とキムラが演じると聞いて)やったーという気持ちです。

 

――そのお話を聞いて、キムラさんはどう感じていますか?

キムラ 本当に感動したお話なので、どうしたらいいんだろうと思いながらここにいますが(笑)、とにかく、私にできることを精一杯やるしかないと思っています。素晴らしい世界をなんとかお届けしたいという気持ちでいっぱいです。

 

――中井さんは、妻役はぜひキムラさんにとラブコールを送って、今回の共演が実現したと聞いていますが。

中井 ドラマでもそうなのですが、「奥さん役は誰がいいですか?」と聞かれたら、大抵、キムラ緑子と答えています。特に今回は、本を読んだ時に、これができるのは緑子さんしかいないと。何役も演じなくてはいけないので、声ではなく気持ちを瞬時に変化させて演じていけるのは、自分が知っている中では緑子さんしかいないと思ったんです。普段は、ダメだったら別の方でというのですが、今回は、なんとしても緑子さんにお願いしたいとお伝えしました。この舞台の成功はキムラ緑子さんにあると言っても過言ではないと思います。

キムラ そんなプレッシャーかけないで(笑)。

 

 

――中井さんから見たキムラさんの魅力はどこにあると思いますか?

中井 緑子さんは、マインドを七変化できる人。芝居で一番大切なことは、マインドが変わることだと思います。緑子さんは、そのマインドの変え方が絶妙でいらっしゃるんですよ。同じ衣裳を着ていても、全く違う人格になることができる。なので、一緒にお芝居をするのが楽しいんです。今回は特に声だけの芝居になりますので、よりそのマインドが必要だと思ったので、なんとしてもキムラ緑子さんだと思いました。

キムラ そんなことを言ってもらって、心臓が止まりそうです。貴一さんは私をそう引き上げてくださっていますが、実はあまり共演は多くないんですよ。でも、貴一さんは共演した時のことを覚えていてくださって、縁を断ち切らずにいてくださったんだと、泣きそうになりました。

 

――キムラさんから見た中井さんの魅力は?

キムラ 以前、一緒に舞台をやらせてもらった時に、こんなにも魅力的な方がこの世にいるんだなと思いました。同じ世代なのに経験値が違いすぎますし、人間としての力、人を引き付ける力、まとめる力、説得する力を存分に持っておられる、本当に素晴らしい方だと思いました。その時のチームはとても仲が良くて、一丸となって作品に挑んでいたのですが、それも中井さんがみんなを一つにしてくださったからだと思います。中井さんは、その時に「お客さまに感謝を。お客さまに愛を」とずっとおっしゃっていたので、私はそれを今も後輩たちに伝えています。それは私が中井さんからもらった言葉です。

 

 

――ところで、『終わった人』は、内館さんのシニア小説の第一弾として発表されたものですが、徹底的にリアルなセリフが大反響となりました。それは内館さんの本音でしょうか?

内館 そうなんです。この本が出版された時に、全国の方々から「俺がモデルだろう」とお手紙をいただいたのですが、モデルはいません。主人公の壮介も妻も娘たちも、全部私の作り物です。でももし、その作り物にリアリティを感じていただけたのなら、それはやはり私が結婚至上主義の昭和40年代の半ばに大きな企業に入って、13年間勤めたという経験が大きかったのだと思います。学ぶとか調べるではなく、身をもって感じたことでしたから。その時感じたことは覚えているもので、それに沿ってセリフを書いたので、そういう意味では、リアリティを感じていただけたのかもしれませんね。

 

――書いている最中、面白くて仕方なかったそうですね。

内館 私は会社員当時、社内報の編集をやっていたので、定年で辞めていく方たちに毎年、「これからどういう人生を送りたいですか?」という一言を、80人も100人もインタビューしていました。その方たちは「妻と温泉に行きたい」とか「孫と遊ぶ」とか楽しいことばかりを言っていましたし、当時は私も若かったのでそれを信じていましたが、年齢を重ねて、彼らと近い歳になってきた時に、あれは見栄だったんじゃないかなと思ったんです。ああ言わざるを得なくて、元気なふりをして辞めていった。そんな人たちの恨みをこの本で晴らしたいという思いもありました。

 

――では、この作品のタイトルにもなっている「終わった人」という言葉から、どんな印象を受けますか?

中井 人は、肉体的に滅びる時と、みんなの記憶からいなくなる時、2回死ぬと言いますが、「終わった」にも2段階あるように思います。まず、定年などの実務的に終わった時。その先に、自分の欲や夢がなくなった時。僕たちの世代は、実務的に終わった後に、どういう欲を持ち続けられるかだと思います。学習欲もそうですし、セカンドライフに想いを馳せることもそうです。最近は、そこをどうしていくかを早めに考える人が増えたように思います。逆に心配なのは、僕たちみたいに「終わらない」と思っている人間が「終わった」時の怖さです。これは自分たちでも心配に思いながら「終わった」ということを考えました。

キムラ 私自身は、もう終わっているのかもしれないと思ったり、でも終わってないかもしれないと思ったり…そんな感じで今、生きています。なので、「終わった人」は自分で「終わった」と思っちゃった人なのかなと思います。この本がすごいなと思うのは、「終わった人」という強烈な題名ですが、主人公は最後にはすごく明るい気持ちになるんですよ。終わってはまた始まってを繰り返し、すったもんだして、人は最後には死で終わるんだなと。「終わった人」はもがかなくなった人なのかなとも思いました。答えは定まりませんが(苦笑)。

内館 お二人はまだ全然終わってないですよ。いくらでも仕事できるし、体力もある。私がこの本を書いた時は、60代だったのですが、今考えてみると当時は全然終わってなかったんですよ。60代はまだ若い。慰めではなくて、私がそれ以後も仕事をやれたのは、60代の体力と気力だったと思います。

キムラ 頑張っていきたいと思います(笑)。でも、ちょっとずつ終わっている感覚はあるんですよ。今、6割くらい終わってます。終わりにも割合があるというか…最後、10割になるまでにちょっとずつ色々なことが終わっていく。終わっている部分は受け入れていかないとどうしようもないので、少しずつ受け入れながら終わりに近づいている感じです(笑)。

中井 僕は今までそんなことを考えたことないんですが、同級生から言われるとそう考えなくちゃなのかと思って聞いていました(笑)。この本は、団塊の世代の人たちが卒業していく時を描いていますが、その人たちが持っている仕事観・会社観とは今、だいぶ様相が変わってきていると思います。内館さんにはぜひ頑張っていただいて、今の「終わった人」、女性バージョンの「終わった人」も読んでみたいなと思いました。女性が定年になって辞めていく場合、もっと自由になるのかなと。

内館 ここに担当編集者も来ていますので、聞いていると思います(笑)。私は、団塊真っ只中なんです。あの時代はすごく面白かった。生きるのにみんなが必死で、揚々と生きていたわけです。それを何らかの形でもう一回再現したい、書いてみたいという思いは今もすごくあります。つい先だって、ある作家の方から手紙が来て、「僕はずっと老いた青年のつもりでいた。だけれども、体がいうことをきかなくなって、頭も働かなくなってきて、老いた青年ではなくなってきたよ」と書いてあったんです。私、自分に「老いた青年」という考え方はなかったので、こういうことなんだと思いました。ただ、私は若いうちから「老い」とか「終わった人」ということを考えるのは不健康だと思います。「ずっと40代が続くつもりで生きてきて、気がついたら60代になっていた。ここから準備だ」というので十分だと思います。ですから、私は断捨離だとか、エンディングノートとか、一切やりません。私が死んだ後のことは、生きた人マターだから、勝手にやってと。今の世の中はあまりに準備しすぎではないかという思いもどこかでしています。

中井 僕も全く準備しないです。それは、この仕事柄、終わりは自分の判断だという思いがあるので。色々なものが管理されて行き過ぎる世の中なって、マインドまで管理される世の中になるというのは一番怖いことだと思います。僕たちの仕事は、そこにそうじゃないと言えるような想像力、妄想力を持ってもらうために必要な仕事だとも思います。特に今回のリーディングなどは、人間の思う力に呼びかけられればいいなと思っています。

キムラ 私は壮介さんがやっていることはリアリティを持って感じられます。私の父親は、バリバリと働いた会社員だったんです。本当に壮介さんの歩んだ人生と同じような道を歩んでいた気がしています。今は世の中に頑張ってついていこうとしている86歳です。パソコンが流行ったら買う。パソコンを使う。スマホを使う。SNSもやってみる。色々と努力はするけれども、なかなか追いつかなくなるんです。努力をしても、できない、わからない、と思うことはもどかしいだろうなぁと思います。私自身も、実際、そういうことが増えてきてますから(笑)。今の世の中って老人に対して優しくないなぁと、思っています。今、お話を聞いていて、そんなことも思いました。

 

 

――今作をどんな方に観てもらいたいですか?

内館 自分が終わったと思っている人。まだ終わっていないと思っているのに、定年などで機械的に終わったと思わされている人。色々な年代の方に観ていただきたいという思いはありますが、まずは、社会から必要とされてないと思って落ち込んでいる方は、ぜひともご夫婦で来ていただきたいと思います。

中井 このタイトルを見て、観にくる20代がいたら褒めてあげたいと思います(笑)。文明はどんどん進化していて、手で洗濯していた時代から全自動洗濯機になって、白黒テレビがカラーになった。僕は、そんな時代がちょうどいい進化だと思います。そうした文明の変化をともに過ごしてきた人たちにぜひ観にきていただきたいです。

キムラ 私は全ての方に観ていただきたいと思うばかりです。登場人物はみんな、性別も年齢も違いますが、それぞれにすごいドラマがあります。皆さん、どこかに焦点を当てて観ることができると思うので、ぜひ色々な方にお越しいただきたいと思います。

 

取材・文/嶋田真己

ヘアメイク(中井貴一):藤井俊二
ヘアメイク(キムラ緑子):笹浦洋子
スタイリング(キムラ緑子):オフィス・ドゥーエ 松田綾子
リング/ケイテン(ラ パール ドリエント☎︎078-291-5088)