大竹しのぶインタビュー│21年ぶりとなる一人芝居『ヴィクトリア』への思い

様々な作品で様々な女性を演じてきた大竹しのぶが次に挑むのは、21年ぶりとなる一人芝居『ヴィクトリア』。多くの名作映画を残し、キューブリックやスピルバーグなどの映画人が巨匠と崇拝するイングマール・ベイルマンによる戯曲である。一人の女性が語る独白は、現在と過去、現実と幻想が入り混じったような不思議な世界を展開していくが、演出の藤田俊太郎とともに、どんな創作をしていくことになるのか。期待が募る言葉が大竹しのぶからあふれた。

──一人芝居に挑まれるのは、2002年の野田秀樹さん作・演出『売り言葉』以来21年ぶり。まず、今回の話があったときのお気持ちからお聞かせください。

お話があったときは、とにかくまず戯曲を読ませていただいたんです。そうしたら、一人芝居という意識もなく面白く読んで、興味を持ってしまって。「これ一人芝居だったんだ。一人でやるんだ。どうしよう」と(笑)、今ひしひしと感じているところです。でも、『売り言葉』をやったときも、すごく楽しかったんです。一人でその世界になっていって、自分で勝手にどんどんやっていくのを、お客さんが観てくれているというのが。もう本当に、「ついてくる人はついてきて!」という感じでした(笑)。

──通常の演劇作品を演じるときと、一人芝居をするときとでは、やはり何か意識も変わるものですか。

今回の作品についてはまだお稽古に入っていないので、どういうイメージになるかわからないんですけども、でも、一人芝居は自分でイメージを作れるから、ある意味ラクな部分はあるかなと思います。もちろん全体的には、一人でやるよりみんなと作っていったほうが負担は少ないですけど。呼吸を作るという点で言えば、相手役と合わせるのではなく、自分で作っていけるので。いいも悪いも、自分の責任になるというのは逆にラクかもしれないですね。ただ、前回やったときは、自分の声に飽きました(笑)。どこまでいっても自分の声だから、お客さんも違う声を聞きたいと思うんじゃないかなと不安になって。途中、「本当にすみません」という気持ちになったんです。今だったら、『売り言葉』ももうちょっとよくできる気がします。あのときはずっと力が入っていたけれども、この21年の間にいろいろ経験して少しは進歩していると思うので、もっと自然にいられるでしょうし。今回の『ヴィクトリア』は、野田秀樹さんの世界とはまた違う一人芝居になると思うので、またトライできることをうれしく思います。

──先ほど、一人芝居であることを忘れるくらい興味を持ってしまったとおっしゃっていましたが、『ヴィクトリア』はどんな世界だと捉えておられますか。

一人の女性の人生を描いていて、その人生がちょっとのことで狂っていく様が、ただただ悲しいんですよね。彼女は愛に飢えている人だと思うんです。こんなにも夫を愛しているのに、夫は違う人を好きになって自分を愛してくれない。そして、それがきっかけとなって精神が崩壊していく。テネシー・ウィリアムズの『欲望という名の電車』のブランチをちょっと彷彿とさせるところもあるんですけど、弱くてプライドが高くて、でも愛されなくて。「わかったことがある。ここは現実じゃないんだ」というセリフがあるんですけど、つまりそれは、現実から逃避しているということで、これほど悲しいセリフはないなと思いました。

──大竹さんはいろんな役を演じておられて、近いところではミュージカル『GYPSY』のパワフルな母親役も素敵でしたが、今出てきた『欲望という名の電車』のブランチや、昨年上演された『夜への長い旅路』のモルヒネ中毒に冒されたメアリー、今回の『ヴィクトリア』のような、悲劇的な女性の役を演じられるときも非常に魅力的です。演じる面白さはどこにありますか。

精神が崩壊していくことが実際に起こるのは嫌ですけど(笑)、お芝居の中でやるのはすごく面白いんですね。その精神の状態を繊細に、1ミリくらいの隙間を見つけて埋めていきながらお芝居をしていくのが。そのチリチリした感じを(笑)、劇場にいる人たちと一緒に味わうのが好きなんです。特に小さな劇場でやると、言葉の波動が伝わってお客さんと一緒に息をしている感じになりますから、その感じが味わえるとうれしいですね。

──その繊細なお芝居を作り上げるのには、やはり苦労がありますか。

そうですね。お稽古で積み上げていく作業が一番大変です。大変だから面白いんですけど。今回は一人だから休む時間もないでしょうし(笑)。演出の藤田俊太郎さんとともに、頑張りたいと思います。

──その藤田さんとは、2020年の朗読劇『ラヴ・レターズ』でもご一緒されています。今回の藤田さんとのものづくりで楽しみにされていることは?

藤田さんは、彼が蜷川(幸雄)さんの演出助手をやっているときからずっと知ってしているんですけど。『ラヴ・レターズ』はもう出来上がっている作品だったので、言ってみれば本当にちゃんと一緒に作るのは今回が初めて。だから、本当に楽しみです。一人で芝居するわけだから、例えば、部屋の中の戸棚はどこにあるのか、バスルームはどっちにあるのか、コーヒーを飲めばコーヒーカップをどこに置くのかといった細かいことを全部決めていかないと、きちんとその場に生きている人になれないと思うし。しかも、ヴィクトリアの頭の中でシーンがポンポン変わっていくので、それをどう表現していくのか、すべて藤田さんにかかっている(笑)。そもそも、ヴィクトリアという女性をどう解釈するかということもちゃんと共通言語を持たないといけないですからね。ちょっとわかりにくい部分もある戯曲なので、「私はこう思う」「僕はこう思う」ってバトルになるかもしれませんけど。私も藤田さんには「違うでしょ!」とか言っちゃうかもしれないけど(笑)。でも、そうやって、そういう見方もあるのかとお互いの意見をすり合わせていくのが、ものを作るということだから。二人で助け合いながら、この戯曲の文学的でもある言葉をきちんと伝えて、演劇として提示できたらいいなと思います。

──パワーを使う『GYPSY』のあとすぐに、またエネルギーが必要そうな作品に挑まれますが、その力はどこから生まれているんですか。

『ヴィクトリア』も『GYPSY』も、それからこのあとにやる『ふるあめりかに袖はぬらさじ』もそうですけど、こんな素敵なお芝居に挑戦するチャンスをもらえて、こんなに幸せなことはないと思うんです。昔、宇野重吉さん演出の劇団民藝のお芝居に出たときに、どうしてもテレビの仕事と掛け持ちせざるを得なくて、代役の方が稽古しているのを見せられたことがあったんです。そこで宇野さんが、「ほかの人にいったかもしれない役が、たまたま自分にきたんだと思うことが大事だよ」と教えてくださって。それ以来、たまたま私にチャンスをもらえているわけだから感謝して、常に自分のできる精一杯をやらなくちゃと思っています。それに、生の人間が話す言葉を受け止めてもらえるのは劇場しかないですからね。言葉が一つでも心に残るように、演劇ってこんなに面白いものなんだと思ってもらえるように、力を尽くしたいと思います。

取材・文/大内弓子

写真/山口真由子

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