「まさに今の作品」小泉今日子と峯村リエが語る『ピエタ』

直木賞作家・大島真寿美が史実を基に描いた小説を原作にした舞台『ピエタ』が7月から8月にかけて東京、愛知、富山、岐阜にて上演される。

『ピエタ』は18世紀ヴェネツィアを舞台に作曲家ヴィヴァルディを取り巻く女性たちの姿を描いた作品で、美しい音楽が流れるヴェネツィアで運命に弄ばれながらもささやかな幸せを探し始める女性達の愛の物語でもある。本作の脚本・演出はペヤンヌマキが手がける。

ピエタ慈善院に捨てられた孤児で、後にピエタの事務を司る聡明な女性エミーリアを演じる小泉今日子と、ヴィヴァルディの友人でありかつての恋人でもあるコルディジャーナ(高級娼婦)のクラウディアを演じる峯村リエに話を聞いた。

『ピエタ』にとってベストなタイミングで上演できる(小泉)

――『ピエタ』はもともと2020年に上演予定でしたが、そのときはコロナで企画を変更し、「asatte FORCE」(ライブ、リーディング、子供向け演劇14企画23公演で行われたイベント)の1演目としてリーディングで上演されました。今回、遂に演劇として上演されますがどのような気持ちでいらっしゃいますか?

小泉 『ピエタ』は、2020年のこともあるのですが、実は長い道のりがあって。私はこの小説を読んだ2011年くらいからからずっと「舞台にできたらいいな」と思っていたので、一度別の脚本家の方で動いていた時期もあるんです。だけどその方が残念なことにご病気でお亡くなりになってしまって。本当にいろんなことがあり、やっと実現します。だけどなんだか『ピエタ』という作品がベストなタイミングを選んでくれたんじゃないかと感じているんですよ。例えば、コロナ禍を経てなにか意識が変わった人もたくさんいるかもしれないし、(本作に描かれる)フェミニズムみたいなことだとかシスターフッドみたいなことも、実体験として感じる人が増えたかもしれないなって思ったり。あとはこの豊かな美しい世界みたいなものも、今だとスッと入っていくのかなとか思ったりするので。一番いいタイミングだと思っています。

――峯村さんは2020年から出演予定でしたが、今どんなお気持ちでいらっしゃいますか?

峯村 2020年のときに小説を読ませていただいたらすごくおもしろくて、この作品に参加できることが嬉しかったんですけど中止になってしまって。今は「ようやくできる」という気持ちです。ただ役としては、2020年から3年経って、そのぶん私も年を取っているわけで。それはクラウディアさんという役をやらせていただくにあたって非常によかったなと思っています。やっぱり今から思うと、3年前の私は今の私よりもちょっと若いところが、考え方もね、あったりもして。クラウディアさんは今の私よりも年上ですが、自分自身がクラウディアさんに近づけているなと感じているので、この3年間の年月というのは非常にありがたく感じています。

――物語にはどんな魅力を感じますか?

小泉 私がこの小説を初めて読んだときはまだ40代で、物語の中に書かれている人たちと同世代だったんですけど。時代関係なく、40いくつまで生きてきた人ってちょっと過去を振り返ってみると、「あのときこうしたらよかったのにな」とか「あのとき実は傷ついて心に棘が刺さったままなんだけど、まあ仕事もあるし、ちょっと見ない振りしてどんどん進んじゃおっかなー」みたいな感覚があるような気がして。私も実際そんなふうに生きていたと思うんです。そういう中で、ヴェロニカが「楽譜の裏に大切なことを書いた気がする」と言ってその楽譜を探しにいくところから物語が動き出すんですけど、見つかったヴェロニカの言葉を読んだときに、「私がここに今こうやって立ってまだがんばれてるのは、少女の時の記憶とか、少女の時にきれいだなと思えたものとか、そういうものを信じているからだ」ということに気が付いて。だからこれを立体的な作品にできたらなと思いました。それが魅力でした。

峯村 私は、おばさんたちのお話なんだけどすごくいい香りがする、みたいな……抽象的なんですけどね。最初に読んだとき、そういう雰囲気でした。そして女性たちの会話が、(物語の舞台は)国も違うし年代も違うんだけど、今ここで話しているような感じがして。だから物語が自分の中に入ってきて、あっという間にその世界に引き込まれて、あっという間に読み終わってしまいました。終わりのほうはなんだかこの世界から抜け出るのが嫌だなって思うような。

小泉 「ベネツィアが腐敗していく」というようなことをクラウディアさんが言っていたりしてるのも…

峯村 そう、あれもまさにね!

小泉 まさに今って感じがして。でもそれをなぜ2011年に大島真寿美さんは書いているんだろう、すごい、と思います。そしてそういう世の中で、それぞれの女性たちが最後まで誇りを持とうとしている感じがするんですよね。ヴェロニカもそうだし、クラウディアもそうだし、エミーリアもそうだし、それぞれの立場で誰かのためにできることをやる。そういうのはすごく今だなと思うから、隠し味として台本に入れたいなと思ってつくっていました。

峯村 その女性たちの中にひとつあるのがビバルディ先生っていう感じもね。そのビバルディ先生は舞台上には出てこないし、他の男性の登場人物も舞台には出てこないのも、私はすごくおもしろく感じる。いろいろ想像できるし。

――アンナ・マリーアさんがヴァイオリンの会田桃子さんが演じるのもおもしろいなと思いました

小泉 ジロー嬢役の橋本朗子さんもソプラノ歌手なんですよ。だから台詞をちゃんと言うのも初めてなんです。

峯村 そうなのね!

小泉 会田さんも最初は、台詞は喋らないで私が話しかけるとバイオリンで応えるみたいなのがいいかなって言ってたんですけど、なんか「喋れるんじゃないか」ってなって、一応脚本には台詞が書いてあります。そこは稽古を進めながら決めようかって。

峯村 ジロー嬢のお姉さん(バオリーナ)が広岡(由里子)さんだよね? それすごくいいですよ。

小泉 ほんとにいいと思う。広岡さん、想像するだけでおもしろそう。そして私は笑わないように気を付けないといけない。若い時から何度か映像で共演しているのですが、広岡さんに笑ってNGを出してしまうという、本当に失礼なことをしてしまった記憶があって(笑)。

峯村 想像できる(笑)。

小泉 でも今回ペヤンヌさんの脚本も、広岡さんの台詞で「あう!」とか書いてあるんですよ。絶対にあれは広岡さんが書かせてしまったはず(笑)。

――脚本・演出をペヤンヌさんに託されたのはどうしてだったのですか?

小泉 この作品が一度暗礁に乗り上げて、だけど無理やり「じゃああの人」っていうのもなんかちょっと性に合わないなって。「次にやるのは、これが書ける人に出会ったときだ」と思っていました。それで(ペヤンヌの演劇ユニットである)ブス会*の『エーデルワイス』(’19年)を観たときに、ペヤンヌさんが描く世界って俗っぽさもあるんだけど、その俗っぽさを剥いでいったら同じものを持っているなって感じて。そのとき初めてお会いしたんですけど、楽屋に行って「相談があるんだけど、お茶でも飲みませんか」って。後日、喫茶店でお会いして話してみたら「やっぱりこの人だな」と思えたっていう。今も打ち合わせとか二人でこもりっきりでやったりすることもあるんですけど、ペヤンヌさんも2020年の時よりなんか強くなってて。より社会のこととかが目に入ってきているんだと思うんです。そういうのを素直にこの作品に入れよう、みたいな話ができてすごく嬉しい。「今」っていうのを隠し味みたいに入れたいねって感じで。だから本当に「2023年だったんだ」と思います。

峯村 私もペヤンヌさんとはプライベートでは仲良くさせていただいているんですけど、お芝居でご一緒するのは初めてです。自分とは違う角度からの視点を話してくれたりする方なので、今回演出を受けるのを楽しみにしています。

小泉 喋り方とかもおっとりしていて、きれいな言葉で喋るんだけど、すごいこと書いたりするじゃないですか。その辺のギャップがすごくおもしろい人ですよね。

峯村 うん。スローリーだし、穏やかだけど、持ってるものは揺るがないって感じがする。

石田ひかりさんは貴族をやらせたら日本でナンバーワンです(峯村)

――小泉さん演じるエミーリアの幼馴染で貴族の未亡人ヴェロニカを演じる石田ひかりさんも重要な存在ですが、どんな印象ですか?

峯村 貴族ですよ。

小泉 貴族なんです。

峯村 本当に貴族。

小泉 ぴったりだと思うんですよ。

峯村 いま、貴族をやらせたら日本でナンバーワンですよ。

小泉 本当に。

――(笑)

小泉 『あの子は貴族』という映画で門脇麦さんが貴族の役を演じていたのですが、その中で(門脇演じる華子が)夫の女友達みたいな人と対面する、これはバトるんだろうなってヒヤヒヤするシーンがあるんですね。華子はそこで「いろいろご迷惑をおかけして」って彼女に封筒を渡すんですけど、その封筒、お金が入っていると思うじゃないですか。でもお雛様の品評会のチケットが入ってるの。「いただけません!」「お雛様、一緒に見に行きませんか?」っていう(笑)。石田さんはそういうことしそうな人です。

峯村 ああ~! ほんとそういう感じ。

小泉 2020年の『ピエタ』のリーディングでも、その日は「asatte FORCE」の千秋楽だったんですけど、終わった後に石田さんが楽屋から出てきて、マイ軍手をつけて「私、お手伝いしようと思って来たんです。バラシ?」とか言って。でも「ステージのほうは危ないから私もうろうろするなって言われてるし、大丈夫だよ」って言ったら「でもなんかやることないですか?」って言うから「じゃあ楽屋の片付け、ふたりでしましょっか」って、すっごく一生懸命やってくれて。やることもなくなってふたりで休んでたら「もうできることもないようですし、私が長くいてもおじゃまになるでしょうから、帰りますね」って帰っていきました。貴族でしょ?

峯村 貴族だ。素晴らしい!

小泉 それに石田さんって声がすごく可愛らしいんですけど、そういう人が最終的にクラウディアを救うためにバッとマントを羽織るとか、ちょっと兄嫁の悪口を言うとか、絶対おもしろいと思うんですよね。

峯村 あの声でね。楽しみだよね。

――最後におふたりが個人的にこの作品で楽しみにされていることを教えてください

小泉 全部楽しみなんですけど、音楽かな。生演奏をするのと、それが本多劇場でどう響くのか。リーディングの時も素敵でしたもんね。

峯村 私も音楽です。リーディングの時にも、クラウディアの長台詞でバイオリンとの掛け合いがあって。「バイオリンと掛け合いができるなんて」と思ったし、それでさらに世界が広がっていったんですね。今回も音楽によってもっともっと広がっていくんじゃないかなって、それがすごく楽しみです。

取材・文/中川實穗
写真/篠塚ようこ
ヘアメイク/石田あゆみ(小泉今日子)
      笹浦洋子(峯村リエ)
スタイリスト/宇都宮いく子(メイドレーンレビュー)