夢幻朗読劇『一月物語』 水夏希 インタビュー

「典雅にしていまなお不敵」。平野啓一郎の情報を検索していたら、そんなコピーに出会った。『一月物語』の文学的な表現は、そして豊潤だ。時代がかった文体は、これを書き上げた当時23歳の平野青年がまるで物語の設定である明治を生きていたかのよう。この『一月物語』が歌にダンスに芝居にと邁進する元宝塚トップスター・水夏希、国内外で活躍するバレエダンサー・横関雄一郎らによって“夢幻朗読劇”として上演される。構成・演出を谷賢一、音楽・演奏をかみむら周平、振付を宝満直也という布陣で、この幻惑的かつ幻想的な世界がどのように立ち現れるのか。台本完成を前に水夏希に話を聞いた。

 

ーー平野さんの本の世界、水さんはどんな感想を持たれましたか?

「物語を読み進めるうちに迷宮に紛れ込んでいくような感じが面白かったですね。主人公の真拆が熊野の山中で体験する摩訶不思議な出来事の数々がすべてつながる瞬間のドキドキワクワクがたまりません。逃れられない欲望と死にすごく惹かれました。だけど漢字が難しい(苦笑)。わからないものをネットで調べながら読んだんですが、見つからない言葉がいろいろありました。言葉の装飾がすごくきれいでしょ。文体が現代的な語り口ではなく古風なところも重要ですが、わざわざその漢字を当てているからこそ想像できる情景があると思うんです。ただそれをお客様に伝えするのはすごく大変そう。」

 

ーー今回は、地の文と高子役をご担当されるそうですね? 最初、役を知らずに小説を読んでいたものですから、どれが水さんの役なんだ?と思ってしまいました。もしかしたら美男子の真拆かとも思いました。物語の中盤で高子はやっと登場してきます。とても魅惑的な女性として。

「そうですよね。私も読みながら「高子、出てこないじゃん!」って。お客様も「あれ? 小説を読むだけ?!」なんて思われるかもしれません(笑)。この小説そのままの構成だったら、ひたすら地の文を読んでいることになりますよね、確かに朗読だけどさ、みたいな。まもなく台本が出来上がってきますが、このシーンはどんなふうに表現するんだろうというところが満載。構成・演出の谷賢一さんは今回が初めてご一緒させていただくのですが、Twitterなどを拝見していても演劇愛が、やばい!というくらいすごい。だからこそ『一月物語』がどう立ち上がるか私も楽しみです。バレエダンサーの横関さんともご一緒させていただくので「私も踊りたい」とお伝えしましたが、谷さんにはスルーされてしまいましたけど(笑)。」

ーー真拆、高子については現段階でどんな印象をお持ちですか?

「真拆はエネルギーを持て余している人かな。蛇に噛まれて死にそうになるけれど、呼ばれた気がすると言って、夢の中で出会う女性にものすごくのめり込む。私はその理由は生きることに執着するようなエネルギーゆえではないかな思うんですよ。高子は女の情念の塊り。私たちは知らず知らずに社会から自分を守るために何かまとうじゃないですか。けれど根本の欲望の塊は誰が持っているもの。高子は社会的なこと、世間体とかそんなものをとっぱらった本能そのものじゃないかな。でもせりふは少ないし、彼女を魅惑的に表現した地の文は誰がしゃべるのかしら(笑)。」

 

ーー小説には「夢か現か」という表現が何度も出てきますが、水さんはそういう経験はありますか?

「ないです! 私自身は超現実主義なので。けれど宝塚は非現実的な世界ですからね。宝塚が大好きで、すごくのめり込んでいたけど、あの宝塚で男役だったことは現実だったんだろうかという気はします。映像を見直していても、今の自分とはまったく違う自分なわけですよ。しゃべっていたせりふも記憶にあるし、あの時の感覚も残っているけれども今の私ではない。でも私であることは確か。輪廻転生した人が前世の記憶を取り戻したらそんな感じなのかなあ。」

ーーさて、どんな上演になればいいなと思っていらっしゃいます?

「私、面白いと言われるベストセラーを読む時も、どこまで行ったら面白くなるのかなあみたいに思ってしまうタイプなんですよ。けれど『一月物語』はのめり込みました。次はどうなるんだろう、それで、それでみたいな。最初から別次元に連れていってくれるし、仕掛けがあちこちに隠されている。お芝居って、客席が一体化することがありますよね。でも今回はあなた一人と舞台みたいな感覚になれるんじゃないかなって。お客様お一人お一人の想像力をくすぐりながら、それぞれの世界にのめり込んでいただけるような作品になると思います。」

 

ーーところで文庫本、だいぶ読み込んでいらっしゃるようですね?

「バレた?(苦笑)。お風呂で読んでいるから、ふやけてしまって。iPadで調べた漢字のことなどを書き込んだりしたんですけど、この間、iPadはお風呂の中に落としちゃったんです(汗)。」

『一月物語』の文庫本には、演劇評論家・渡辺保による「あとがき」がある。そこで渡辺は「能に実によく似ている。能で見たいと思う程である」と記している。その能の構造で言えば、シテが高子、ワキが真拆に当たるのだそう。つまり、真拆が高子という存在を引き出す役割をしているという。わかりやすく言えば高子が主役なのだ。

台本が届く前だからこそ言えるのだが、語り手は、孫悟空を掌の中で転がしているお釈迦様のような存在。水夏希が語り手と高子のせりふを読んでいくとすれば、水夏希が真拆を操る妖(あやかし)となる。それが小説から飛躍する、“夢幻朗読劇”の魅力となる。