【東京にこにこちゃん特集】『シュガシュガ・YAYA』|萩田頌豊与 インタビュー

一度目にしたら忘れられないのは劇団名だけではない。 “ハッピーエンド”と“喜劇”への類を見ぬポリシーを入魂した作品群はどれもが潔いほど眩しく、切ないまでに可笑しく、どこを探してもなかった唯一の物語ばかり。
『どッきん☆どッきん☆メモリアルパレード』では恋愛シミュレーションゲームを舞台に選択肢にない恋に光を当て、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー!!』では世界的悲劇『ロミオとジュリエット』を喜劇に大改編、『ゲラゲラのゲラによろしく』では心のままに笑えなくなった主人公が真の笑顔を取り戻すまでの約20年史を描いた。
昨年上演した三作品で多くの観客を魅了し、話題をさらった東京にこにこちゃん。その最新作『シュガシュガ・YAYA』が7月12日より下北沢のOFF・OFFシアターで開幕する。舞台はある大学の演劇サークル。楽しい居場所から抜け出せない主人公の葛藤を笑いあり、またもや笑いありで描く。
“日本一チケットの取れる劇団”という自虐的キャッチコピーが大きく揺るぎつつある東京にこにこちゃんのこれまでと新作の見どころについて、主宰で作・演出を手がける萩田頌豊与(はぎたつぐとよ)に話を聞いた。

――去年は「東京にこにこちゃん」という名を世に知らせ続けるような象徴的な1年でした。新作についてお話をいただく前に、これまでの振り返りからお聞かせ下さい。

萩田 おっしゃる通り、ここ数年でようやく自分のスタイルを確立できてきたような感覚があって、とくに去年は、自分が何をどこに重きを置いているのかっていうのを突き詰めた一年でした。これまでの葛藤を一旦壊し、ようやく開き直ることもできたので、新作『シュガシュガ・YAYA』でもそうして築いたスタイルは崩さない形で作っています。例えば、感動するシーンにいかに邪魔を入れられるか、というのもスタイルの一つなのですが、そういう持ち味を活かしながらハッピーなラストに持っていけたらと思っています。

―― そんな“ハッピーエンド”や“喜劇”へのこだわりが東京にこにこちゃんならではの魅力だと感じます。台本の執筆では毎回そんな結末部分から先に仕上げるとのことですが、そこにはどんな思いが?

萩田 僕にとって“ハッピーエンド”は地図のようなもので、結末の風景がないと、どこへ向かったらいいのか分からなくなってしまうんです。大学を舞台にした今作で言うと、冒頭は「主人公が大学に入る」なんですけど、その前に「大学を出ていく」というラストをどう盛り上げるかをまず全力で作りました。ラストを最初に作ったら、今度は始まりが必要なので、そこにどういう境遇のどんな悲しみがあるのか……というのを探りながら、人物がラストの光の方へと向かうまでを詰めていくような感じですね。僕は、その過程で主人公を一度落とさなきゃいけないと思っているので、光を作ってから闇を描く、というやり方で最終的には全部をつなげていく感じです。ハッピーを前提に、その幸福感をより爆発的にするために。

――ラストと始まりの後に中身を詰めていくとのことですが、その中身は時系列に沿って詰めていくのですか?

萩田 そういう順序的なプロセスは全く踏んでいないんです。物語の時間の流れに沿っていくのではなくて、毎回いくつかのやりたいボケやギャグが絶対にあるので、それをやるためにシーンを点在させていく感じで……。その点を繋いでいく作業というか、使いたいボケやギャグを使いたいタイミングに入れていって、そこから間を埋めるようにストーリーを繋いでいます。他の人がどんな劇作をしているかはわからないのですが、自分のハッピーな作風はこのやり方じゃないと作れないと思っています。

――そんな“ハッピーエンド”への強いこだわりにも実は紆余曲折の秘話があるんですよね。以前は真逆の考えで劇作をなさっていたとか。

萩田 そうです。かつてはキャラクターに対しても「全員不幸になれ」って思いながら生きていたので、バッドエンドの作品も沢山ありました。ターニングポイントになったのは、自分の身に起きた父親の死から着想を得た『ラストダンスが悲しいのはイヤッッ』(2020年1月上演)という作品。タイトル通り「最後が悲しいのはいやだ」という思いから生まれた作品で、お葬式をハッピーにする物語でした。それ以降は、愛は伝えないより伝えた方が良いし、手は繋げないより繋げた方がいい。「ぜってー幸せな方が、ハッピーなエンドの方がいいに決まってるだろ!」と。そう確信を持てるようになった。そこからハッピーエンドへのこだわりは揺るぎないものになりましたね。

――私はまさにその『ラストダンスが悲しいのはイヤッッ』で東京にこにこちゃんと出会ったのですが、以降の作品はさらにさらにとハッピーの手触りが色濃く生々しく滲んでいくようでますます心を打たれました。

萩田 ありがとうございます。でも、おそらくみんな最初はここにいたはずなんですよね。そこから、ハッピーな結末よりも含みのある物語性を追求する人が増え、どんどんハッピーエンドを主軸に考える作家の人口が少なくなっていった。その誰もいなくなった場所に居続けているのが自分なのだと思います。「あれ、誰も居ないんだ、ここ」って。やっていること、空き巣と一緒ですよね(笑)。一番大きな家のはずなのに、誰も居なくなったから「じゃあ僕が」って勝手に改築している感じというか。

――空き巣(笑)。でも、演劇ってどこかハイコンテクストな表現だと思われることが多くて、素養や行間を読む力がいるのではという抵抗から劇場に足が向かない方も多いと思うんです。そんな人にこそ「こんな演劇もあるよ」って教えたくなりました。ここまで大声でハッピーエンドを叫んでくれる演劇ってそうそうないなと。

萩田 そう思ってもらえたら嬉しいですね。せっかく見つけたスタイルなので、今作でもどんどんすり減らしてやっていきたいと思います。「絶対に気持ちよく終わった方がいい」という哲学は変わらないので、余計なことがないよう、思い残すことのないラストにできるように。やはり昨年一年を経て確実にお客さんの数も変わったし、こうしてローチケさんまでついてくださって……。ようやく自分のやりたいことに対して「ぜってえ間違ってないっしょ!」と思えるようになりました。

――あのキャッチコピーもそろそろ通用しなくなるのでは。

萩田 “日本一チケットの取れる劇団”ですね。そうなるといいんですけど、まだもうちょっと使えそうな気も……(笑)。いずれは使えなくしたいですね。

――そんなこれまでを経て、半年ぶりの新作『シュガシュガ・YAYA』の上演が迫っています。今作の構想は?

萩田 前作『ゲラゲラのゲラによろしく』が終演してすぐ執筆に着手しました。止まったら終わるような気がして、常に書き続けているような感じです。前作はハッピーエンドではあるけれど、自分の体験した父の死を描いた作品でもあったので、他作品に比べて重く感じたお客さんもいたかもしれないのですが、今作はぐっとライトにポップに、よりハッピーエンド感が強くなっていると思います。物語の舞台はある大学の演劇サークルなのですが、その設定には僕自身の強い思い入れがあって……。僕にとってもやはり大学生活が演劇をやる上での始まりなので、この物語は絶対どこかで書きたいと思っていました。

――ご自身の演劇生活の源流というか、劇作家としての起源的な時代がモチーフになっているということですね。
萩田 ざっくりと言うと、楽しい居心地のいい場所から人が出ていけなくなる話。楽しくて仕方なかったあの日々、あの場所。だからこそ、そこから外側に出ていけなくなっちゃうっていうところをモチーフとした物語です。ただ、起源的なお話ではあるのですが、果たして僕自身が「出ていけたのか?」というと、今なおこうして演劇をやっているので、物理的に大学を卒業していても、その世界からは全然出ていってはないんですよね。でも、だからこそこの題材で書けたのだとも思います。

――楽しい場所から抜け出せない。それは、普遍的な葛藤でもありますよね。誰しもの人生にそういう季節はあるというか。

萩田 そうなんですよ。僕にとっては大学の演劇サークルだったけれど、人によっていろんな場所に置き換えられると思います。卒業してもずっと部室にいるOBとかやたら学校にくる先輩っているじゃないですか(笑)。自分の楽しかった場所を、その日々を忘れられなくて、だけどそこから出て行かなきゃいけないんだ、っていうのは、誰にでもどこにでも経験があること。そんな物語の主軸に、にこにこちゃんならではのハッピーエンドをぶつける予定です。

――確かに大学に限らずありますね。バイト先でやめた人がずっとバックヤードにいるみたいな……。タイトルはサザンオールスターズの歌詞の一節を思わせるものですが、ここにはどんな思いが?

萩田 これはそのまま物語のあらすじに通じるところなのですが、僕自身がサザンになりたくて、青山学院大学を受けて、2回失敗しているんです。それで和光大学に入ったのですが、サザンになりたい気持ちは消せず、「サザンになる」って言い続けていたら、変人扱いされてサークルをたらい回しにされ……(笑)。そんな僕が行き着いた最後の砦が演劇研究会だったんです。そこで「サザンになりたい」って言った時に初めて「なれるよ、お前面白いもん」って言われたのがきっかけで僕は演劇を始めてこうして今も続けている、という。

――俳優さんのみならず、萩田さんご自身を自らあてがきされているようなところもあるのですね。

萩田 そうですね。大学の間に結局サザンのような何者かになれたのか、と言われたら当然なれていなくて、恋も何もかもうまくいかなかった。だけど、本当に楽しい4年間だった。っていう、すごく単純なストーリーなんです。生まれて初めて楽しいと思えた場所に「ずっといたい」って思ってしまうけれど、いつかはそこから出ていかなくてはならない。そんな葛藤を描きつつ、ハッピーエンドを携えて最後まで行けたらと思っています。

――ご自身の大学生活、これまでの演劇生活を元に作られた物語なだけあって、要所要所で実在の劇団がモデルとなって登場もしていますね。

萩田 悪友というか戦友というか、負けたくない3つの劇団を挙げました。そして、そこよりも俺は面白いんだぞ、という書き方をしました(笑)。そのうちの一つである大谷皿屋敷率いる劇団「地蔵中毒」は僕の大学で演劇をしたのが最初だったんですよ。今もさほどその仕様は変わってないんですけど、コピー用紙に手書きの地蔵だけが書いてあるふざけたチラシが大学の公演のチラシに挟まっていて、それを見た当時の僕は「一年生の悪ふざけだ、馬鹿にされている!」と思って、いっちょ観てやろうと行ったらめちゃくちゃ面白くて。「今度こそ演劇でボコボコにしてやるぞ」と演劇祭に呼んだら、ホームで見事返り討ちに遭って悔しくて大泣きするという……。それが地蔵中毒との出会いでした。そこからはもう積極的に擦り寄っています(笑)。

――地蔵中毒と東京にこにこちゃんの間にそんなエピソード0があったとは!

萩田 残りの2つももう言ってしまうと、コンプソンズと排気口で、自分の演劇生活を語る上で欠かせない劇団です。ただ、そういった僕の個人的なエピソードだけでは面白くないので、大学在学中に起きた様々な出来事やそこで出会った友達のエピソードとかも入っています。僕の大学はちょっと変わっていて、24時間いることができる大学だったんですね。だからこそ、一つの集落みたいになってしまう感覚があり、より外へ出て行きづらい環境だった。変な人がたくさんいたので、そういう人たちのエピソードを散りばめながら作った感じです。

――今回もパンチの効いた出演陣の顔ぶれに期待が高まりますが、キャスティングの経緯は?

萩田 尾形悟さん、髙畑遊さん、四柳智惟さんとこれまでの東京にこにこちゃん作品を鮮烈に彩ってくれたおなじみの方々にも引き続き出ていただきます。今回初めて出てくれる大畑優衣さんは、役者になりたくて若くして北海道から出てきた方で、その根性と意思の強さに惹かれて主役としてオファーさせていただきました。周りは強烈な個性を誇る化け物役者の方々で固めて……(笑)。大畑さんは演劇への出演が今作で二回目なのですが、そんな彼女の「演劇をはじめたばかりでどうしたらいいんだろう」っていう気持ちが、主人公の「大学に入って何をしたらいいんだろう」っていう気持ちとマッチするのではないかと思ったんですよね。周囲に変な人ばかりがいることも含めて、物語との親和性もあったので。

――“強烈な個性を誇る化け物役者”。“変な人ばかり”。稽古を拝見していっそうそんな俳優陣の個性溢れるエネルギーに圧倒されました。全員が持ち場で必ず大爆笑を起こすって凄まじいと思います。

萩田 本当に有難いことに化け物ばかりが揃ってくれました。地蔵中毒の作品にも多数出ていて、落語家でもある立川がじらさんには過去にも一度出てもらっているんですけど、今回はまた違った新しい役柄でお願いしました。「頌豊与の作品に出たら、愛の告白をするシーンとかやらされるよ」と大谷から言われてたらしいですが、まさにそういったロマンスを担う役柄をぶつけさせてもらいました。ドラマや映画でも幅広く活躍されている武藤心平さんにもクセありの先輩役として初めて出演いただきます。新たなモンスターたちが揃った、より心強い顔ぶれとなりました。

――東京にこにこちゃんの作品は、登場人物への愛着の入れ方も凄まじいですが、やはりあてがきなのでしょうか?

萩田 全部あてがきですね。だから、人が決まらないと書けない。その人の喋り口調や言い方っていうのがベースになるので、俳優さんがいないと劇作を進めるのが難しいんですよね。今回は体調不良で2名の俳優さんが出られなくなってしまって新たに四柳智惟さんと菊池明明さんが出演してくださることになったので、そこも全部書き換えて、キャラクターをその人の仕様にするという作業を加えました。

――俳優さんから得る情報が劇作の上で重要なシークエンスになっているのですね。

萩田 そうですね。俳優さん達を完全に信頼しているからこそ「あてがき」というスタイルが成立できるのだと思います。ギャグやボケの部分も稽古場で付け足すことが多いです。ポンと入れてみて、ハマらなかったら捨てて、ハマったら入れてみたいな……。俳優さんがその場にいる方が断然アイデアは豊かになるし、しっかりパスを受けてくださるので安心してボケれる。ただ、どう考えても全員大学生じゃないんですよ。実年齢でハマるのは大畑さんだけ!あとは、みんなあまりに大学に居座りすぎている先輩たち!「一体何年大学にいるんだよ」「絶対一年生じゃないだろ」って突っ込まれたら終わりの構造ではあるんですけど、演劇なので成り立ちます。成り立たせることのできる俳優さんばかりです。舞台上で見れば、みんな大学生!

――“ハッピーエンド”という分かりやすい結末に対して、登場人物たちはみんなどこか狂った可笑しな人ばかりで、そんな人物像が生むナンセンスな笑いや複雑な面白みのあるギャグも見どころですよね。

萩田 ただでさえ、王道である“ハッピーエンド”を謳っているので、他の要素を王道で固めることはしないようにしていますね。とりわけ、僕が目指している「笑い」は王道からはまるでかけ離れたものだと思います。例えるなら『シンプソンズ』とかの流しっぱなしで毒気のある笑いが好きなので、登場人物に付随する性質とかもちょっと変わったもの、人があまり見てきていないもので色付けているのだと思います。言うなれば、王道を免罪符にやりたい放題やっている感じというか。

――王道という免罪符。すごく腑に落ちる表現です。東京にこにこちゃんがここ数年で築いたカラーとフィロソフィーが濃く詰まった、かつライトに見られる最新作のお披露目を楽しみにしています!

萩田 今回もラストの5分間に重きを置いて作りました。新しく何かをするというよりは、自分のスタイルをより洗練させたような作品になっていると思います。だって、新しいことをすると、せっかくついてきてくれたファン全員手放そうじゃないですか。それは避けたい! そして、やっぱり“日本一チケットの取れる劇団”ですから、どう考えても、今から初めて東京にこにこちゃんを観る/知る人の方が多いと思うので、是非気軽に観てもらえたら! そんな作品になっていると思います。

取材・文/丘田ミイ子