【東京にこにこちゃん特集】『シュガシュガ・YAYA』初日開幕レポート

2023.07.13

2023年7月12日(水)下北沢のOFF・OFFシアターにて、東京にこにこちゃんの新作公演『シュガシュガ・YAYA』(作・演出:萩田頌豊与)が開幕した。本作は19日(水)まで連日上演、全14ステージのカンパニー史上最長の公演でもある。熱気とともに幕が上がった初日の様子を舞台写真とともにレポートする。

※本レポートは、一部作品の内容に触れるネタバレがございますのでご注意ください。

初日から満員の客席がその話題と期待を物語る。昨年上演された3つの作品で口コミを中心に多くの観客を動員した東京にこにこちゃんが新たに世に放つ新作は、とある大学の演劇研究会を舞台に、楽しく居心地のいい場所から抜け出せない大学生の葛藤を描いたモラトリアム青春劇だ。出演者は、大畑優衣、尾形悟、菊池明明、髙畑遊、立川がじら、武藤心平、四柳智惟の7名。

時は入学シーズンの春。場所は演劇研究会の部室である。

舞台上は二段の階層になっており、上部中央に炬燵が一つ。下部の下手に扉がある。部室に入るにはその扉を開けなくてはならない。

物語は、新入生の豊丸光(四柳智惟)がその門を叩くところから始まった。

「どうしてうちのサークル入りたいの?」

面倒見がよく、サークルの中心的存在でもある二年生の部員・大池奈々(菊池明明)の質問に豊丸は間髪入れずこう答える。

「大学入ったら絶対にサザンになりたくて」

妙な答えだ。現にこの妙な答えによって豊丸は入学早々変人扱いされ、学内全ての音楽サークルをたらい回しにされていた。部室に入り浸っている三町景(髙畑遊)や里秋穂奈(立川がじら)らもそんな豊丸を「変なやつ」と噂はするものの、 “サークル棟の三角コーナー”の異名を持つこの演劇研究会には豊丸のような変わった人間が多く出入りしており、特段珍しいことではなかったようだ。

しきりに鍋ばかり借りに来るフォークソング連合の部長の中森悟(尾形悟)は大学に住んでいるという噂で、やたらと先輩風を吹かせる鍛治宮樹(武藤心平)は留年に次ぐ留年でこの春8年生に。演劇研究会に出入りしている曲者たちはどうやら部員だけではない様子。

そんな演劇研究会に豊丸と時を同じくして、もう一人新入生が訪れる。名前は春瀬舞笑(大畑優衣)。新入生歓迎公演でたちまち演劇に魅了された彼女は入部を決意。次期部長の大池も熱意ある春瀬の登場を喜び、歓迎する。

最初こそ部室の雰囲気に圧倒されていた春瀬だったが、サークルを転々としながらも度々部室に顔を出す同級生の豊丸や馴染みの先輩たちと打ち解けていく毎に、徐々に居心地の良さを覚えていく。24時間出入り自由で、酒、麻雀、鍋パーティーに花火までやってしまう無法地帯感も相まって、一つの集落のようになりつつある部室。そこに出入りするメンバーは、何をするわけでもなく大抵の時間を炬燵に入って過ごしていた。一度入って仕舞うと、その温もりと心地よさから外に出るのが億劫になってしまう炬燵はシンプルながらも象徴的に大学生活を表出していくようでもあった。

そんな演劇研究会が一際慌ただしくなるのが演劇祭である。春瀬は初めて自分で書いた脚本をそこで上演することになるのだが、思うようにはいかず、先輩たちに慰められていた。それでも「いつかはきっと」と、春瀬は大学生活で成し遂げたい目標を紙に書いて、部室に貼るようになる。もう一度公演をやる。素敵な恋をする。資格を取る。友達を作る……。日に日に目標ばかりが増えていくのだが、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい……。

物語はいたってシンプルだが、その見どころは数知れない。ハイテンポな場面展開とそこに容赦無く投じられていくナンセンスギャグに導かれる演劇は、最後の瞬間まで「笑い」を減速しない。感動に向かうクライマックスでもしっかり邪魔を入れる、というにこにこちゃん的お約束で最後の最後まで観客の笑いを誘う。7名の爆発的個性を誇る俳優全員がそれぞれの持ち場でワンマンショーよろしく必ず大爆笑を巻き起こす様もまた必見である。

猛スピードで過ぎてゆく青春の眩さと、始まれば必ず終わってしまう学生生活の切なさ。一癖も二癖もある登場人物たちが大いなる笑いともに紡ぎ出すモラトリアム青春譚の結末は……ハッピーエンドである!これは、ネタバレではない。主宰で作・演出を務める萩田頌豊与が其処彼処で公言するように、“ハッピーエンド”と“喜劇”が東京にこにこちゃん随一のポリシーなのである。

恋に夢に友情に、一人一人の思いがラスト5分に向かって熟成され、やがて大団円へ。これは、 “ハッピーエンド”という名の大花火を打ち上げるまでの物語。しかし、そこには、ここでは到底書ききれない数々のドラマと笑いがある。

部室に入るには扉を開けなくてはならないように、そこから出るにもまた扉を開けなくてはならない。温かな居場所から抜け出せなくなった経験のある全ての人に、その結末をどうか劇場で見届けてもらえたらと切に願う。

東京にこにこちゃん『シュガシュガ・YAYA』は、19日(水)まで下北沢 OFF・OFFシアターにて、楽日を除いて連日2ステージ、計14ステージ上演される。

取材・文/丘田ミイ子