ケムリ研究室no.3 「眠くなっちゃった」│KERA×緒川たまき×水野美紀×野間口徹が語る「ケムリ研究室」

劇作家・演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)と女優の緒川たまきが主宰するユニット「ケムリ研究室」の第三弾『眠くなっちゃった』が10月より上演される。

ケムリ研究室は2020年に旗揚げし、その年に『ベイジルタウンの女神』を、翌年に安部公房原作『砂の女』を上演。『砂の女』は第29回読売演劇大賞 優秀作品賞、最優秀女優賞(緒川たまき)、第五十六回紀伊國屋演劇賞個人賞(緒川たまき)、第41回公益社団法人日本照明家協会賞 舞台部門 文部科学大臣賞・大賞(関口裕二)と多くの賞を受賞した。

第三弾となる『眠くなっちゃった』はKERA書き下ろしの新作で、出演者は緒川たまき、北村有起哉、音尾琢真、奈緒、水野美紀、近藤公園、松永玲子、福田転球、平田敦子、永田崇人、山内圭哉、野間口徹、犬山イヌコ、篠井英介、木野花と多彩な俳優陣が揃う。さらに第一弾、第二弾の振付を手がけた小野寺修二が出演、斉藤悠、藤田桃子、依田朋子とともに舞台を彩るという。

ケラリーノ・サンドロヴィッチ、緒川たまき、水野美紀、野間口徹に話を聞いた。

『ベイジルタウンの女神』と真逆の近未来SF

――まずはケムリ研究室のおふたりに、『眠くなっちゃった』がどんな作品になりそうかをうかがえればと思います

緒川 出演者の人数や規模感は『ベイジルタウンの女神』と近いのですが、風合いや目指しているトーンは「真逆だね」という話を最初の段階から(KERAと)しています。『ベイジルタウンの女神』は、しあわせなものを受け取れる世界観を大事にした作品でしたが、今作は“甘い”よりは“苦い”、“しあわせ”よりは“痛み”、“至福感”よりは“孤独感”。それは、「ご覧になる方に負の部分を突き付ける」という意味ではなく、そういうものの味わいを大事にする世界観になるのではないかな、という意味です。

KERA 『ベイジルタウンの女神』の上演は日本におけるコロナ元年だったから「辛いものなんかつくりたくない」という気持ちもありましたからね。ウイルスの正体がやっと見えてきたくらいだったから、稽古場での感染対策もどれが正解かわからないような状況だった。それから3年経って一応社会的にはコロナが落ち着きつつあることになっていますが、この揉まれた3年間は演劇人にとって大きかった。そこを経てものの見方も変化したし。今はあそこまで甘いものを新作として提示しようという気持ちは無い。ジャンル的には「近未来SF」になると思いますが、僕らがつくるものなので、決していわゆるアカデミックな書き方にはならないです。

緒川 ふたりとも理数系のSFは無理だろうって。理数に弱いので(笑)。ですから、レトロフューチャーと言いましょうか、今の我々が考える未来よりも、

KERA 昭和の人が考える「未来」。

緒川 その中には今よりもうちょっと夢があったと思いますけれど、そういうSFです。理数系の方に訴える力は乏しいかもしれないのですが、ある種、誰もが一度は心躍らせたことがあるであろう未来像がベースにあります。ただ人生はいかなるときも酸いも甘いもありますから。今作は特に酸っぱい部分や辛い部分が多いんじゃないかな。

KERA この間、(出演者の)松永玲子に言われたんですよ。「せっかくこんなにおもしろい人たちが集まるのに、笑いをやらないんですか?」って(笑)。笑いをやらないかはわからないけど、『爆笑コメディ』は今の気分ではないんです。

――水野さんと野間口さんが今作に期待することや楽しみなことは?

水野 KERAさんの舞台は、作家さん(=KERA)が書き上げたほやほやの状態を最短でお客様の目まで届けられますから。KERAさんが今の時代を感じながら緒川さんと一緒に生み出すもの、がどういう作品なのか、今からとても楽しみです。

野間口 今のKERAさんと緒川さんのお話をうかがって、もしも絶望的なこととかを書かれるのだとしたら、“突き放している絶望”ではなく“寄り添っている絶望”になるといいなと思ったりしました。やさしさが少し見えるとありがたいです。

――なぜそう思われるのですか?

野間口 今の世の中は、寄り添っているふりをして寄り添っていない人が多い気がするので。だけどそうじゃない大人もいっぱいいるんですよってことがわかってもらえればいいかなって。個人的な希望ですけどね。

KERAがもたらしてくれるもの

――水野さんも野間口さんもこれまでKERAさんの作品に出演経験があり、水野さんはケムリ研究室に二度目の参加となりますが、おふたりを今作にキャスティングしたのはなぜですか?

緒川 かなり最初の段階で、水野さんには続投組としてお願いできたらいいねという話をしていました。野間口さんも、ケムリ以前から「またご一緒したいね」って。

KERA 久しぶりにまたやりたいなって。

緒川 KERA・MAP#006『グッドバイ』(2015年/緒川、水野、野間口が出演)以来、野間口さんに心惹かれるのに会えない時間がありましたよね。

KERA もう舞台とかやらないのかとも思ったし。

野間口 そう言われるんですけど、そんなことはないんですよ。

緒川 だから今回もう大よろこびでした。でもこれはお二人に限らず、みなさまそうです。「受けていただけたよ」「よかった!」っていうことの連続でした。個性の共演によって不思議な化学作用を起こしそうな方ばかりなので、ちょっと怖いくらい。

KERA 打ち消し合わないようにしないと(笑)。

水野 戦争ですよ。

一同 (笑)。

――水野さんに続投してもらいたかったのはどうしてですか?

KERA 「安心してあずけられる人」っていうのが何人かいるんです。水野はやっぱり『グッドバイ』のときに感じたかな。こんな言い方すると傲慢かもしれないけど、しょっちゅう出てもらっていると言っても2~3年に一回じゃないですか。その間もそれぞれの女優人生を生きているわけだから、(再会したときに)少し親のような目で、「すごい、こんなこともできるようになった」と見る楽しさもあるんです。水野は、最初はナイロン100℃ 33rd SESSION『神様とその他の変種』(2009年)だっけ? そのときはツッコむ役じゃないですからね。巻き込まれる、ニュートラルな役だった。

水野 あの頃はまだ、長台詞をもらった翌日に知恵熱を出してました(笑)。

KERA でも『グッドバイ』のときに「これは」と思ったんですよ。野間口と会ったのは「ラフカット」(若い俳優に力試しの場を提供する演劇プロジェクト)だよね?

野間口 そうです。

KERA それからの認識としては、コントをやりながら小劇場に出る人(野間口はコントユニット「親族代表」でも活動していた)。そう考えるとだいぶ遠くまで来たよね、野間口も。いいとか悪いとかじゃなくてね、そういうことは感じます。

――水野さんと野間口さんがKERA作品に感じる魅力はどのようなものですか?

水野 それはもう信頼と安心のKERAさんですから。絶対におもしろくなりますし。私は、こうやってKERAさんと同じ時代に生まれて作品に参加できることは、役者としてのしあわせのひとつだと思っています。『神様とその他の変種』以来、私はガッツリKERAさんの影響を受けているんです。ナンセンスだったり不条理の演劇だったり、いろんなものに興味を持って勉強するようになりましたし、役者としても、KERAさんにまた声をかけていただいたときに「しばらく会ってない間にちょっと成長した」と思えるところを見てもらえるようにがんばろうと思いますし。だから、KERAさんと出会ってなかったら今の私はないと思います。勝手に恩師、師匠と思っているところもあります。作品に呼んでいただけることがほんとうに幸せです。

野間口 マウントとるわけじゃないですけど、僕は水野さんよりもだいぶ前にKERAさんのことを師匠だと思っています!

一同 (笑)。

野間口 「ラフカット」も、KERAさんが脚本を書かれるらしいという情報が入ってきて、だから自分の劇団のスケジュールがあったんですけど、「僕はこのオーディションを受けたいのでなしにしてください」と言って受けました。水野さん同様、KERAさんを師匠だと思っていますから、声をかけていただいたら絶対に全てのスケジュールをフルオープンにして臨むという気持ちでいます。ただ今回は一瞬迷いましたけどね。『砂の女』のときに、開始5秒で「ああ、もうやられた」という衝撃を受けたので。そこに自分が参加できると思うと、「待てよ、あのテクニカルなものを要求されて応えられるだろうか」とは思いました。でもそれよりも出たい気持ちのほうが勝ちました。

ケムリ研究室のクリエイティブ

――水野さんは『ベイジルタウンの女神』を経験して、ケムリ研究室の現場はどうでしたか?

水野 KERAさんと緒川さんがお互いをリスペクトし合って、意見交換しながら、支え合いながら、クリエイターとして一緒につくってらっしゃる。その姿はKERAさん単体のときとはまた違っていてとても新鮮でしたし、「また新しい化学反応が起きてる」ってすごくワクワクしたのを覚えています。緒川さんがまたとんでもない方なんですよ。役者としても出ずっぱりの役で、ものすごい台詞量でしたし、家に帰ったらKERAさんと緒川さんとで台本を書いて、稽古場では稽古以外にも衣裳だったりヘアメイクだったりの打ち合わせもなさって。「いつ台詞を覚えているんだろう」という大変さなのに、いつも飄々とニコニコと、ふわふわとこなされていた。KERAさんとタッグを組めるのは、とてつもない人なんだなと思いました。ここまで感覚の合うユニットはなかなかないので、出会うべくして出会われたのかなと思います。傍から見ていて羨ましくなっちゃうくらい。

緒川 ふふ、はずかしい。

水野 そのふたりが大切につくりだす作品の一員になれるのは、すごくうれしいです。

――KERAさんと緒川さんにとって、ケムリ研究室はどんな場ですか?

KERA 僕一人だときっとやらなかったようなことを、緒川さんと一緒にやることで生み出せていると思います。『砂の女』は顕著でした。一人だったらあの小説を戯曲化しようなんて、絶対に考えない。緒川さんが「いいからやってみなよ」って背中を押してくれたんですよね。

緒川 むしろ好んでそういうところを探しています。KERAさんが、「観客としては好きだけど自分のやるべき道じゃない」と思っているだろうなってところを見つけると、「これこれこれ、これだよ!」って(笑)。「これをやらなきゃだめよ」っていうことの連続ですよね、ケムリはね。

KERA そうね。「やりにくいのはわかるけど、やっておいたほうがいいし、絶対に面白い」ということを言われるんですよ。演劇はもう38年くらいやってますけど、そういうことはまぁあまりないですね。それに、ナイロン100℃にせよKERA・MAPにせよ、自分なりに冒険はしているつもりなんです。それでもやっぱりどこかで「大怪我はすまい」っていう判断がある。だけどケムリはね、割と「いいからやってみなよ」みたいな感じ。今回も“ど”コメディにしたほうがラクなんですよね。でも「他のやり方の方が新鮮にできるんじゃないの?」と(緒川に)言われると、たしかにそうかもなって思う。

緒川 苦手意識があったとしても、KERAさんの嗜好としてはあるところなんです。だから本人が心惹かれているところを、本人を通して表現或いは創作したら、どんなものが出るか。きっとやり始めたら楽しいだろうというのもわかるし、参加してくださるみなさんも、KERAさんがもがいていることも含め、おもしろいものができそうな予感がより増すんじゃないか。或いは「予感できないところ」がワクワクさせるんじゃないか。それでみんなで背中を押し合いつつ支え合うことが、ケムリにおけるKERAさんのあり方かなと思っています。

――ああ、なるほど

緒川 なので、ケムリを立ち上げた当初よりもだいぶ、“ちょっと苦手なこと”に対する「だからこそ面白いのかも」っていうスタンスは増してきたと思います。以前はもうちょっとね、苦手なことに対して「なにも俺がやらなくても」っていうのがあった。

KERA それは実績になってるからじゃないかな。『砂の女』とか。

緒川 ああ、『砂の女』ですか。

KERA 『ベイジルタウンの女神』は、『グッドバイ』も、KERA・MAP #010『しびれ雲』(2022年)もそうだけど、非常にしあわせな作品なので。

緒川 でもその「しあわせ」の質も、KERAさんだったらもう少しひっくり返すことを敢えてするけれど、「そこは踏ん張ってこのトーンを守ろう」ってつくったので、そこはKERAさんなりの冒険だったと思います。ハッピーなものを生み出し続けている人がハッピーなものを生み出すのとはまた違うおもしろさがあったと思う。本人がちょっと苦手なところが、本人がおもしろがれる要素にもなっただろう、と。

KERA シリアスコメディからの脱却っていう感じ。かつてはシリアスコメディというものの上になんとなくあぐらをかいていたところがあったと思うし。あとはナンセンス。

緒川 シリアスコメディもナンセンスも全く否定するわけではないんです。でもそのラクじゃない状態が楽しいと思い始めているKERAさんもわかるし、そんなKERAさんを見るのが新鮮っていうみんなの(ワクワク)が渦になって結実するといいなって。だから「ケムリ研究室」は“実験”とか“研究”とかの言葉が似合うなと思います。

水野 はあ~。私も緒川さんにプロデュースしてもらいたいです。

一同 (笑)。

KERA 意外と(緒川の)「絶対大丈夫」みたいな言葉は、切羽詰まると力になるのよ。「これじゃ当たり前じゃない?」「当たり前なのがいいのよ」とか。

緒川 でも嘘は言ったことないですよ。どんなギリギリでも「ここは全部なし、カット」ってことも言うし。「切羽詰まった状態でこの10枚をカットするってどういうことかわかる?」ってKERAさんは言うんだけど、「この状態で突っ走ってあと5日間が棒に振られるとどうなると思う?」と言って(笑)。

野間口 すごい(笑)。

緒川 「絶対ここは軌道修正しなきゃダメ」って。そういうことは遠慮なく言っています。

インタビュー・文/中川實穗
撮影/篠塚ようこ

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