コンプソンズ#11「愛について語るときは静かにしてくれ」|金子鈴幸インタビュー

昨年11月上演の『われらの狂気を生き延びる道を教えてください』で、その覚悟秘めたる物語からさらなる話題をさらったコンプソンズ。劇団の鮮烈な個性がますます上質を極める中、8月2日(水)より東京・下北沢OFF・OFFシアターにて新作『愛について語るときは静かにしてくれ』が開幕する。時代や人物への鋭い視点はそのままに“観やすさ”を目指す本作ではプレイヤー同様登場人物たちも少しの歳を重ね、30代の若者の日々とそこから溢れ出す様々な人間模様が描かれる。主人公を務めるのは、iakuやほろびてなどの演劇作品や映画『I AM JAM ピザの惑星危機一髪』『凪の憂鬱』などで折々の強みを以て観客を魅了する辻凪子。多くのNHK連続ドラマ小説作品をはじめ舞台・映像問わず多様な活躍を見せる畦田ひとみ、直近4ヶ月ひっきりなしにOFF・OFFシアターの舞台に立ち、各カンパニーからラブコールの絶えないてっぺい右利き(パ萬)と客演陣の顔ぶれにも期待が高まる。20代ならではの葛藤と焦燥感、そして“狂気”を経て、30代のコンプソンズが新たに語る“愛”の物語とは?30歳になって劇作にも変化が生じたという主宰で脚本・演出の金子鈴幸に話を聞いた。

――毎作品何かしらの作品をオマージュしたタイトルを命名しているコンプソンズですが、今作『愛について語るときは静かにしてくれ』はレイモンド・カーヴァーの『愛について語るときに我々の語ること』からだそうですね。その執筆の経緯、着想からお聞かせいただけますか?

前作『われらの狂気を生き延びる道を教えてください』を経て、自省する点も色々あり、そこが今作の着想のきっかけでもありました。内容を詰めた分だけ好評はいただけたのですが、それだけに全力投球をしすぎたというか、緩さや呼吸の余白がなかったような気がして……。お客さんにも終始緊張感を強いたというか、首根っこをつかむ感じの作品だったんじゃないかなって振り返ってみて思ったんですよね。だから、今回は「もうちょっとフラットに観られる作品にしよう」と思って書き始めました。

――なるほど。前作に比べて、観客の観やすさを意識されたということですね

劇場もOFF・OFFシアターで舞台との距離がすごく近いので、前作のような感じでいくと余計に息が詰まる気がして、今回は上演時間も含めてよりライトに、という感じで考えていました。作風もミニマムな青春模様みたいな感じでやろうかなと思っていたんですけど、やはり書き始めると、色々とはみ出したりズレてくる部分もありました。それでも、コンプソンズ作品の中では台本の文字数も過去一番少ないです。普段は多い時だと6、7万文字とかになってしまうのですが、今回は4万文字代なので、常識的な演劇作品の文字数ではあるかなと思っています。

――執筆当初にライトさを意識されたのは、扱うテーマも含めてということでしょうか?

そうですね。最初はライトに若者の恋愛模様を描こうかなと思っていて、前々作の『何を見ても何かを思い出すと思う』に連なるようなモラトリアム青春劇と捉えていました。物語の舞台も同じく下北沢の街。僕自身が今年30歳になったので、その年頃の人々の青春劇というのが念頭にありました。

―― 『何を見ても何かを思い出すと思う』が10代から20代の人々の青春を切り取った作品だったのに対して、今作は登場人物たちも30代にスライドするということですね。やはりそこにはご自身の経験や私小説な要素も?

僕はもう役名が本名を模した「すず」という名前で、ほとんど本人役で出演します。

――キャストも少数精鋭のイメージがあります。客演陣のキャスティングの経緯や配役の決め手は?

たしかに、キャストも今までで一番少ない作品になりました。主演を務めていただく辻凪子さんは昔から友人関係ではあって、「次は誰をお呼びしよう?」という劇団内での話で辻さんのお名前が出たんですけど、僕の中での辻さんは友人ではあるけれど、その実力や魅力も含めて超人気者っていう認識がありました(笑)。なので、「台本も出来てない、何やるかも分からないのに受けてくれるだろうか」という不安の方が勝っていたのですが、有難いことに快諾してくださって……。

――さまざまなカンパニーの舞台で全く違った横顔で作品を鮮やかに魅せてくださる辻凪子さん。コンプソンズと織りなす新反応がとても楽しみです。コンプソンズは公演の度に稽古場から独自の座談会記事を発信されていて毎回興味深く拝読しているのですが、そこにも辻さんのキャスティング秘話は書かれていましたよね。舞台は年一度とお決めになっていて、今年はその一本がコンプソンズなのだとか……

ありがたいですよね。実は裏話がもう一つあって、コンプソンズからオファーをさせていただいた二日後に辻さんが偶然僕の母と撮影現場が一緒になったんですよ。何も知らない母が「金子鈴幸の母です」って声をかけ、「私、ちょうど2日前にコンプソンズからオファーもらったんですよ!」「そうなんですか!」みたいな会話があったみたいで……。そんなこんなバイブス的にも神のお導きのような出来事もあったということでご一緒できることになって(笑)。そこから「辻さんと合わせるには誰がいいだろう」となった時に思い当たったのが畦田ひとみさんでした。

――畦田ひとみさんは、辻さん演じるゲーマーで引きこもりである主人公と同じアパートに住む売れない漫画家という役どころですね。二人の間にどんなやりとりが、物語が発生するのかも楽しみです

畦田さんは辻さんともご親交もあったのですが、実は僕の事務所の同期でもあって、かつて一緒にワークショップを受けたりもしていたんですよ。お芝居を拝見したりする中で、僕自身が「是非この二人の絡みを見てみたい」と思ってオファーをさせていただきました。てっぺい右利きくんは前作から引き続きの出演なのですが、書き始めた時から「どうしてもてっぺいくんにやってもらいたい」という役があったのでお願いしました。

――今作も前作に続いて関西弁が出てきますね。これは、辻さんと畦田さんが関西ご出身ということもあるのでしょうか?

いや、最初は特に意識はしていなくて、むしろ今回は標準語で行こうかなと思っていました。でも、お二人が稽古場などで素の状態でお話されている様子を見るにつけて「このまま活かした方がいいんじゃないか」と思って、途中で変えたんです。前作を経て意識的に再び関西弁を用いたわけではないのですが、前作では標準語で書いたものを演者さんに関西弁に訳してもらっていたので、今作では自分で1から書いてみたいというのがありました。個人的には「日本語のセリフの面白さとしての関西弁を描きたい」というステップアップ感はありましたね。

――前作とはまた違ったアプローチで用いる関西弁も楽しみです。金子さんは、戯曲の執筆に際して毎回オリジナルのプレイリストを作って聴いている、とお聞きしたのですが、今回のプレイリストにはどんな曲が入っているのでしょう?

最初に入れたのは、宇多田ヒカルとかYOASOBIも入ってたかな?あと、90年代のJ-POPとかも入れました。プレイリストを作る段階で深い意味合いはなく、メロディや歌詞を受けてインスピレーションの一つとしてどんどん入れていく感じですね。ただ、このプレイリストも当然ながら気分でどんどん変わっていくんですよね。最近は、MONJU N CHIE(もんじゅのちえ)っていう友人のラップクルーの出ていた「初恋のリバーサイドリフレクション」というライブイベントがすごくよかったので集中的に聴いています。そこに一緒に出ていた、ザ・おめでたズも。この二つのアーティストに共通するのが、友達をテーマにした曲が多いという点なのですが、気づいたら、物語の執筆も友達の話にフォーカスしていくような感覚もありました。少なからず影響は受けているのだと思います。

――友情も一つのキーワードなのですね。本作のタイトルには“愛”があります。これは、執筆当初の着想として仰っていた恋愛模様が主軸になってくる感じなのでしょうか?

それがそうでもないんです。恋愛模様を描こう、というところからスタートはしたのですが、だんだんその話ではなくなっていったというか、それだけではないというか……。登場人物の中には友人関係の人々もいるし、子ども役を演じる人もいるし、さまざまな形の愛の話なんじゃないかなと思っています。同時に、「果たして、愛がテーマと言えるのか?」という感じにもなってきました。毎度ながら、動き出したら、どんどん想定しない方に物語や人物が転がっていくんですよね。そもそも最初は男性が主人公のお話として書き始めたのですが、辻さん演じる主人公を中心に考えていくうちに展開もみるみる変わっていきました。本作が一体、何の話なのか。それは観ていただく方によって変わるかもしれない。そんな風にも思っています。

――この一年、金子さんは映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』をはじめ、劇団公演の傍らで様々な映像作の脚本も精力的に手がけられてきました。演劇と映像。やはり執筆する時に違いはありますか?

かなりあります。映画や映像で脚本家として参加させていただく時は、狙いやゴールが監督の意向にあるので、走りやすいんですよね。目指す指針が明確にあるので、迷いなく書ける。対して演劇となると、僕自身が今ちょっとやりたいことがわからなくなっているという状態もあって、どうしても苦戦します。書く以前に、まず書きたいことややりたいことを見つける作業が必要なので……。一方でいい相乗効果だなと思うのが、本作を書くにあたっても、映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』に追っかけられているような感覚もあって、テーマ的にもちょっとリンクする部分というか要素的にはやっぱり入ってくるんですよね。「そんな形で抽出するの?」って感じの、自分にしかわからないような接続かもしれないのですが。

――なるほど。ご自身の執筆の経験が形を変えて続いていく、活かされていくのですね

自分が執筆した他作品に追いかけられる感覚というのはいつもありますね。ただ、だから似通っていく、というのでは全くなく、むしろ「あの映画の脚本を書いた人の作品とは思えない」という作品にしたいし、だけど、どこかで共通点はある、みたいな……。本作もそんな作品になっている気がしています。

――30代になって最初の作品で30代の日々を描く。30歳になって、ご自身の中では何か変化はありましたか?

すごく変わったと思います。肩の力が抜けたというか、気合いをあまり入れすぎなくなった感じはありますね。20代の頃に作品のテーマでも度々扱ってきた焦りや葛藤も当時よりは自分の中で切実なものでなくなってきたというか、正直、世の中全体がそれどころじゃないぞって感じにもなってきて、「これから俺はどうするんだ」みたいな気持ちも大きくて……。そんな折に、宮崎駿のジブリ映画『君たちはどう生きるか』も観たのですが、ちょっとリンクする部分はあるかもしれないと思ったりもしました。

――確かにここ数年の作品では表現者の売れる/売れないといった葛藤や焦燥感が色濃く滲んでいた気がします。ご自身が30代というステージになって、作品に据えるテーマがそこではなくなった、という感覚なのでしょうか?

いや、ステージというよりは、今の時代や風潮そのものを受けて、そうはいられなくなったという感覚の方が近い気がしていますね。「こんな時に、売れる/売れないとか、あいつより俺が……とか考えている場合じゃないかも」とかそういうフェーズに入ってしまった感じもあって……。ただ、作家としてはそこに落ち着くことが果たしていいのかっていうジレンマも勿論分かるし、あるんです。時代がどうあれ、やり続けなくてはならない何かはあるはずなので。今作はそういった複雑な心境が生々しく出た作品にはなっていると思います。コンプソンズ版30代への『君たちはどう生きるか』というか……。

――なるほど!とても興味深いお話です。時代の描写がいち早く鮮明で彩度も高いこと。そこはコンプソンズ随一の魅力だと個人的には思っているのですが、今作もやはりそういった接続はあるのですね

若者たちの自己実現や恋愛や友情。そういったものが描かれていくのかと思いきや、途中から全く別の方向へと動き出す。今回もそういう感じの作品にはなっている気がします。「今までの作品と何が違うんだろう?」と思って、さっきメンバーの大宮二郎くんに聞いたら、「濁流だったのが整備された川になった。でも情報量は変わらないし、勢いは衰えないウェルメイドな作品」と言ってくれました。逆に変わらないのは登場人物の人物造形でしょうか。基本的に劇団員のカラーや持ち味から抽出することが多いので、そこが「コンプソンズっぽい」と言われる、いわゆるの「らしさ」に繋がっているのだと思います。

――観客の方のある種の観やすさを念頭にクリエーションされた作品ということですが、金子さんが現地点で思う見どころはどんなところでしょうか?

やっぱりお芝居な気がします。お芝居を信頼する役者さんにまるっと託すことがようやく戸惑いなくできるようになってきた気はしていて、そこがすごくいい感じに仕上がっていると思います。あと、やっぱり辻凪子さんのお芝居は見どころですね。他には、星野花菜里さんが〇〇の役を演じることと、畦田さんは漫画家なんだけど実は〇〇ってところとか……(笑)。「演劇って馬鹿馬鹿しいよね」っていう感覚は忘れずにやりたいと思っています。

――30代に突入して、ますます目が離せないコンプソンズ。最後に改めてお聞きしてみたいのですが、コンプソンズとはズバリどんな劇団でしょうか?

これが……まだ答えが出ないんですよね。「わからないということがわかる」という感じで、「考えてもしょうがないのではないか」という感じでもあって……。なんか柄本明さんの受け売りみたいなことを言っている気がするのですが、自分たちがどんな劇団なのか、今後どうなっていくのかはまだまだわからないんです。でも、「何も経ていないからわからない」のではなくて、「色々を経たからこそわからない」ということが大きい気がしています。20代の時の方が、いついつまでにこの劇場でやろうとか、動員何人を目指そうとか、バイトせずにやっていけるようにしたいとか色々展望があったのですが、30代になって余計にわからなくなった感じがあります。でも、そういったあれこれを経て、展望ばかりに必死になり過ぎると、集団はやっていくのが難しいとも感じます。目標を達せなかった時に集団が良くない感じになるのは違うな、というか。だからこそ、良い集団になるために努力していく、し続けていくというのがコンプソンズという集団なのだと思っています。

取材・文、写真:丘田ミイ子