タカハ劇団『ヒトラーを画家にする話』│主宰・高羽彩&重松文 インタビュー

写真左より)重松文(しげまつ・あや)、高羽彩(たかは・あや)

アドルフ・ヒトラーは青年時代に画家を志していた。その史実をもとにしたタカハ劇団の舞台『ヒトラーを画家にする話』が、9月28日(木)に開幕する。会場は東京芸術劇場シアターイースト。作・演出は高羽彩。

メインビジュアルでは名村辰、芳村宗治郎、渡邉蒼、犬飼直紀、川野快晴、山崎光、重松文たち若手キャストが清新な眼差しをこちらに向ける。さらに異儀田夏葉、柿丸美智恵、砂田桃子(扉座)、結城洋平、そして金子清文、有馬自由(扉座)も出演者に名を連ねる。当初は2022年7月に上演予定だった本作が、9月の開幕に向けて再びスタート。高羽と重松に話を聞いた。

成長著しい若手キャストを中心に

──開幕直前の公演中止から1年、全キャスト続投での上演となります
高羽 キャストだけでなくスタッフも全員同じメンバーでやらせていただきます。昨年は準備万端整ったタイミングの開幕直前に中止となりました。やるべきことをすべて1回はやり終えたので、正直、気持ちにとても余裕があります(笑)。

重松  私は今回の稽古が始まるとご連絡をいただいて、ようやく「本当にやるんだ!」と実感がわいてきたところです。とても楽しみですが、高羽さんのような余裕はありません(笑)。あれから1年の間に、共演の皆さんがものすごい活躍をされているんです。いいプレッシャーを感じています。

高羽  本当に華々しいご活躍なんですよね。渡邉蒼さんは『ダーウィン・ヤング』(シアタークリエ)で、ジャニーズの方とW主演でタイトルロールを演じて。山崎光さんは読売演劇大賞の上半期候補に選出された『ラビット・ホール』(PARCO劇場)にしれっと出ているし、他の皆さんも話題の映像作品に出ていたり。

──タカハ劇団に出ると売れる、というジンクスを聞いたことがあります

高羽 そうなんです!(笑)。重松さんとは昨年「TikTokのフォロワー数が7万人ってすごいね」なんて話したけれど、今はどう?

重松  おかげさまで30万人になりました。去年開設したばかりだったYouTubeは登録者数11万人に。ありがとうございます! ありがとうございます!(皆に頭をさげる重松さんに、一同笑)。

高羽 素晴らしい若手の方ばかりなので「みんな、あっという間に雲の上の人になるのだろうな」とは思っていました。だから意外性はありませんでしたが、それにしても成長著しい!延期が決まった時、すぐに今年の皆さんのスケジュールを押さえておいて本当によかったです(笑)。

社会派?SF?青春群像劇?

──昨年の稽古を拝見し、台本を読ませていただきました。社会派演劇を想像していたところ、青春群像劇でありSF要素もあり、コミカルなテイストの場面もふんだんで。創作のスタート地点はどこにあったのでしょうか

高羽 最初のモチベーションは、若い世代の人に、ヒトラーが何をした人物なのかを知るきっかけを作ることでした。以前、学園もののTVドラマ(NHK『ここは今から倫理です。』)の脚本を担当した際、最近の高校生には「ヒトラーは悪いことをした人」とは知っていても、ユダヤ人虐殺などの戦争犯罪とイメージが結びついていない人がいるという話を聞いたんです。若い人に当事者意識をもって観てもらえる作品にしたいんです。

高羽彩。脚本家・演出家・俳優。タカハ劇団主宰。演劇、映像作品、ゲームなど多方面で執筆活動をする

──舞台はヒトラーが“独裁者ヒトラー”になる前の青年時代です

高羽  ヒトラーは美術アカデミーに入りたくて、ウィーンで浪人生活をしていました。タイムスリップしてくる今どきの美大生たちとは同年代で、青年期の人生の悩みや目指すもの、芸術へのモチベーションなど近いものを抱えている。にもかかわらず、なぜヒトラーは独裁者になっていったのか。ヒトラーは誰が創り上げた存在なのか。この作品を観た人に「自分の行動が歴史を変えるかもしれない」という意識を持ってもらいたい。決して簡単なことではありませんが、数年後10年後100年後の歴史の一端を自分も担っている可能性を、もっと考えないといけない。考えたいし考えてほしい。そのメッセージを届けることを考え、青春群像SF物語に行きつきました。

──高羽さんが意図されたとおり、作品自体はエンタテイメント性も高くドタバタコメディのテイストさえありますが……

高羽 出発点は非常に社会派なんですよね。

ヒトラーを美化せず、しかし1人の人間として

──重松さんは、ヒトラーと同時代を生きるシュテファニーを演じます

重松  彼女の行動に筋が通るよう、当時の人としてリアルに演じたいです。ご覧になった方が、「あの時代のあの環境なら、それが彼女なりの正解だった」と感じていただけるような説得力を出せたらと思っています。

──稽古の中で気付いたことはありますか?

重松 シュテファニーとして青年時代のヒトラーと話す時は、同世代の友だちのような感覚で接しているんです。あのヒトラーだからこう、という先入観はもたず、目の前にいる1人の人間として。すると言い方がむずかしいのですが、犬飼さんが演じるヒトラーがどんどん可愛らしくみえてきてしまうんですよね。彼にもコンプレックスがあり重圧があり、自分をよく見せたい気持ちもある、ふつうの少年だったんだな、と感情移入してしまうような。

重松文。俳優。TiktokやYouTubeでは「ぶんちゃん」の愛称で親しまれている

高羽  脚本上は、彼は非常に危険で極端な考えを持つ、差別的な人間として書いていますが、犬飼さんが俳優として本当に素晴らしくて、どうしても魅力的にみえてきてしまうんですよね。なので出演者の皆さんには「ヒトラーを美化してはいけない」とお話をしていたんです。

ヒトラーの戦争犯罪についてあまり知らない若者が増える一方で、昔からヒトラーの行いを良く評価しようとする動きは常にあり続けてきました。プロパガンダのために撮られた少女とヒトラーの写真1枚で、「ヒトラーは優しい人だった」と解釈したがる人たちがたくさんいる。これはすごく危険で気をつけなくてはいけないこと。1年の延期で時間ができた分、より気持ちを引き締めて、演出の立場からもコントロールしていかなくてはと思っています。

──それでも異なる2つの時代の若者が一緒にいるときの自然体の会話や、時にはわちゃわちゃする空気感は、作品としてとても素敵に思えました。登場人物の時代や文化の違いを出すために、意識されたことはありますか?

高羽 同じ年代の若者が集まれば、ある程度ノリは似てくるはずだと思っています。でもバックボーンとなる社会や価値観は明らかに違いますから、1つの現象から受け取る情報もそれに対する反応も変わりますよね。たとえば当時、女性には選挙権がなく人権も認められていませんでした。それを当たり前に生きるシュテファニーと現代の子たちが会話をすれば「あ、そんな感じなんだ」「へぇ」みたいな瞬間はある。そこを忘れないよう意識しました。

──シュテファニーと母親の関係も興味深いです

高羽 柿丸さんと重松さんに演じていただく母娘ですね。世の中が大きく変わる時期においては、一世代で価値観がガラッと変わることがあります。当時のウィーンがそう。そして今の日本もそんな時期ではないでしょうか。この舞台では、青春の煩悶や人生の選択といったドラマは若手キャストの皆さんにお任せしています。彼らが生き生きと輝く作品にしたいです。そして青春群像劇ではあるけれど、誰がヒトラーを作ったのか。民意とは何か。その実、民意の中に当時女性は含まれていなかったこととか。社会的テーマを内包する作品でもあります。若者たちを取り巻く当時の社会を、劇中で「大人」を演じるキャストの皆さんがその居ずまいによって見せてくれると思っています。

──演じる方々はこの時代への理解が求められますね

高羽 昨年、キャストの皆さんと歴史的な知識を共有する時間を作りました。当時の選挙制度、女性の人権、第一次世界大戦直前という時代背景、欧州の政治的状況などを説明して。また実在の人物を演じていただく犬飼さんと川野さんには、課題図書的に「大変だと思いますがこの本を読んでください」とお願いもしました。

──ヒトラーという題材を扱うために、さまざまな労力をかけられたと

高羽 ヒトラーだから特別に、ということはありません。今までのどの作品も、登場人物は必ずそれぞれの社会の中で生きていました。それがどんな社会なのかは常に意識してきたことなので今回特別だったわけでは……。いや。たしかに今回ちょっとだけ大変だったかもしれない。あまりにも多くの資料が残されている人物なので、たしかに台本を書く時はちょっと大変でした!(笑)。

演出家としての高羽さんは「とてもクレバーだけどベースに遊び心があって、常に楽しく、誰も離れることがないように見守ってくれている感じ」と重松さん

──重松さんのSNSをきっかけに、はじめて演劇に興味を持たれる方もいるのでは

重松  普段スマホやネットを中心に生きていると流行は早いし、気になったことは検索ですぐに答えが出るし。すべての事がすぐに簡単に終わってしまうんですよね。だから私をきっかけに劇場にきてくださる方には、観た後にちょっとだけでいいので時間を作って、自分なりの答えを考えたり調べてみたり。ちゃんと「体験」をしていただけたらうれしいです。作品自体は全然むずかしくありません。ハッピーな瞬間もあるし分かりやすくて本当に面白いです!

高羽  そこ大事! やっていることはかなり馬鹿馬鹿しいんです!

──おっしゃるとおり馬鹿馬鹿しくてエンタメ性の高い作品でありながら、インタビューを通し高羽さんの「社会との繋がり」への意識の強さを感じました

高羽 めちゃめちゃ強いんです。書くことを仕事にしはじめた頃は、社会への怒りのようなものが創作の初期衝動になっていました。今はあまり怒らないけれど、それでも「なんだこの世の中は」「なんでこんなことになってるんだ」から着想を得ることは多いです。そのわりに社会派を売りにはしたくなくて。隠れ社会派なのだと思います。

公演は、2023年9月28日(木)から10月1日(日)まで。本公演では、舞台手話通訳やバリアフリー字幕のタブレット貸出、音声ガイド、事前舞台説明会や移動サポートなどの鑑賞サポートの設定日も。

取材・文・撮影/塚田史香

※山崎光の「崎」の字は、(タツサキ)が正式表記