©舞台『言の葉の庭~The Garden of Words~』 2023
フランスでは「素敵な靴は、素敵な場所に連れて行ってくれる」と言い伝えがある。そんな“靴”に惹かれ、靴職人を目指す少年は、雨の日だけは素直になれた――。
新海誠監督によるアニメーション「言の葉の庭」が舞台化され、舞台『言の葉の庭~The Garden of Words~』として11月10日(金)より東京公演が品川プリンスホテル ステラボールにて開幕。開幕前にはメディア向けにゲネプロが公開された。
原作は今年で公開10年を迎える新海監督の中編アニメーション「言の葉の庭」と、監督自ら執筆した小説。日本とイギリスによる連携企画となっており、すでに今年8月から9月にかけて現地キャストによるロンドン公演が上演され、好評を博した。演出を務めるのは、日英公演ともに「もののけ姫」の舞台化などを手掛けた、アレクサンドラ・ラターが務める。
高校生のタカオ(岡宮来夢)は、雨の朝はいつも学校をサボり、公園の東屋で靴のスケッチをしていた。ある雨の日、いつもの東屋で1人ビールをあおっている女性・ユキノ(谷村美月)と出会う。お互いについて詳しくは知らないまま、2人は雨の日だけこの公園で約束のない逢瀬を重ねるようになる。岡宮は明るい性格ながらもどこか影を抱える少年の複雑なキャラクターを、細やかな演技で魅了。タカオが心惹かれるユキノを演じた谷村も、彼女の持つ優しくミステリアスな雰囲気を十二分に醸し出して好演していた。
開演前にも静かな雨音が響いており、舞台中央には東屋と思しき白いセット。背景には大きな樹木、その後ろに雨模様を彷彿とさせる白い糸が幕のように下がっている。上手には投影機が置かれており、演者が描いた文字などが白い糸のスクリーンに手書き文字がリアルタイムで映し出された。
この投影機は、タカオが靴のデザインを書いたり、水面に絵の具を垂らしてもやのように広がる色を映し出したりと、さまざまな形で活用されていた。そのほかにも布や半透明のフィルム素材を使った、不定形で流動的な表現が各所に使われ、雨や水を彷彿とさせるさまざまな演出の美しさに魅了される。
タカオは母と兄の3人暮らし。奔放な母は“家出”と称して家を空けることも多く、年齢の割に大人びている。社会人の兄は恋人と同棲を始めるらしく、家で1人になることも少なくなかった。タカオは、雨の日にユキノと会えることを待ち遠しく思うようになる。そして友人たちにも、家族にも明かしたことの無かった「靴職人になりたい」という想いを、初めてユキノにだけ明かすのだった。実はユキノは、タカオの通う高校の古文教師。しかしながら生徒とのトラブルにより学校に行くことができなくなっていた。
2人の逢瀬の中では、ハンドパペットで操作されるカラスが印象的に登場する。夢や希望を抱きながらも立ち止まってしまっている2人には、翼で軽々と“ここではない素敵などこか”に向かう鳥は、どのように映ったのだろうか。誰もが雨宿りで足を止めるように、雨は2人にとって立ち止まることを許されているような時間だったのかもしれない。
ユキノが仕事を休む原因となった女子生徒・祥子(山崎紫生)もまた、“ここではないどこか”に憧れていた。ユキノへの憧れの気持ちがいつしか歪み、ユキノを傷つけるようになってしまう。ユキノの元恋人で教師の伊藤(吉川純広)は、今もユキノを心配して声をかけている。登場人物たちはそれぞれに苦悩を抱え、後悔や葛藤を抱えながら日常を足掻くように生きていく。
また、タカオの母・怜美は奔放ではあるが、息子たちの変化には敏感だ。タカオの密かな夢にも気付いており、優しい瞳で忌憚のない言葉をタカオにかける。人は言葉で傷つき、言葉で怖づく。言葉に勇気づけられ、言葉で通じ合う。タカオとユキノの2人はもちろんのこと、2人を取り巻く人々の繊細な心情描写や表現にもぜひ注目してほしい。彼らの迷いや葛藤にも、きっと共感できるはずだ。
劇中には、万葉集の短歌がいくつか登場する。1000年以上も前に生きた人たちが、わずか31音に込めた思いは、令和を生きる人々の心にも響く想いばかり。本作ではアニメーションの内容のみならず、400ページにもおよぶ小説の内容も含め、新海誠の世界を美しく描き出す。その普遍的な”孤悲”のものがたりを、劇場で体感してみてはいかがだろうか。
舞台『言の葉の庭~The Garden of Words~』は11月19日(日)まで、東京・品川プリンスホテル ステラボールにて上演される。
※山崎紫生の「崎」は「たつさき」が正式表記
取材・文/宮崎 新之