子どもの頃から読んでいる漫画、そして大人になった今もまだ続いている漫画。誰しもの記憶の中にそんな作品が一つはあるのではないだろうか。
2月28日より下北沢・駅前劇場で開幕する東京にこにこちゃんの新作『ネバーエンディング・コミックス』は文字通り、そんな「終わらない漫画」を巡る物語だ。
「長く続く漫画のラストを心待ちにする」という読者の愛はやがて、時の流れとともに「結末を言い当てたい」という執念に変わっていく。漫画を終わらせない作者とそんな作者を越えようとする読者。それぞれの想いや秘密を抱えながら、“エンディング”を追い続ける子ども、そして大人の姿がにこにこちゃんならではのハッピーな笑いとともに描かれる。
キャストは、コント作品やコメディでも抜群の存在感を発揮する辻凪子、海上学彦(グレアムボックス)、土本燈子が初参戦。漫画を愛する主人公・清笑とその運命に大きく関わる同級生をそれぞれが演じる。また、過去作でも数ある名キャラクターを演じてきた髙畑遊(ナカゴー)、立川がじら(劇団「地蔵中毒」)、てっぺい右利き(パ萬)、四柳智惟、佐藤一馬、尾形悟も出演。どのシーンを切り取っても爆笑必至の個性豊かなキャラクターが物語の“ラスト”に向かってひた走る。
開幕2週間前の熱気を帯びた稽古場から、座談会とともに稽古の様子をレポートする。
稽古場レポート
2年1組のクラスに転校生がやってくるところから物語は始まる。幼少期や学生時代の出来事を発端にストーリーが展開していくのは東京にこにこちゃんの演劇では珍しくない。
しかし、本作ではとりわけそのことが重要な意味を持っている。
冒頭に描かれるのは、そんな登場人物たちと終わらない漫画との「出会い」のシーンである。
実在の人気漫画のタイトルが続々飛び出し、虚構と現実の境目がぼやける。そこに紛れて、一際大きな声で名前が出される、ある漫画のタイトル。その名はぜひ劇場で知ってもらいたい。それこそが、登場人物たちを何年にもわたって翻弄する「終わらない漫画」なのだ。
短く、小気味よいセリフの応酬とともに、「漫画」をきっかけにみるみる仲が深まっていく子どもたちの交友が教室の風景に映し出されていく。そこはかとなく、それが“在りし日”の出来事なのだと伝わる、思い出をなぞるかの様な声色がセリフの中に滲む。俳優たちの感度の高さと反応の速さ、確かな瞬発力が「始まり」の景色を支えていた。
この温かな賑わいは、きっと後々、物語のうねりにも大きく関わってくる。そんなことを予感する一幕でもあった。物語は、「終わり」と同じくらい「始まり」もまた重要なのだ。そして、それはそのまま「別れ」と「出会い」にも置き換えられる。細やかな会話の組み立ての端々に、萩田の物語にかける並々ならぬ思いを感じ取った。
無類の漫画好きである転校生の清笑(辻凪子)の登場によって、「漫画」という新たなカルチャーが生まれた教室。抜き打ちの持ち物検査や私物の没収などの厳しい生徒指導を行う教師・三浦(尾形悟)に目をつけられながらも、清笑の漫画への情熱は増すばかり。その漫画愛に引き寄せられるかのように同級生の二文字(海上学彦)、常夏(てっぺい右利き)、砂鯨(佐藤一馬)、秋秋秋(四柳智惟)は代わる代わる清笑の元を訪れ、漫画の魅力を知っていく。
しかし、いいことばかりではなかった。楽しい声で賑わう教室の中に一人、そのブームに反発を抱く者がいた。虎子(土本燈子)だ。彼女にはその教室の盛り上がりにどうしても参加できない、ある秘密があった。誰にも言えない大きな、大きな秘密。それを知っているのは、父親の藤(立川がじら)だけである。
漫画を愛してやまない清笑と漫画の話題に積極的にいられない虎子が衝突するシーンではより濃度の高い「子どもの世界」が活写されていた。世界にとっては取るに足らない小さなことが、子どもにとっては明日を揺るがす一大事。そういった出来事に対する「子どもの戦い方」が瑞々しく描かれているのだ。「どんな作劇の上でも子ども時代を描くことは不可欠」と自身も語るように、やはり萩田は幼少期を描き出すことに長けた劇作家であると痛感する。
子どもならではのピュアさ、そして、それゆえの頑固さと残酷さ。その拮抗を等身大にぶつけ合う辻と土本の表現力がまた素晴らしく、二人ともを諸共愛おしくなるシーンだった。
果たしてこの二人の間に友情は成立するのか、それとも不仲のまま決別するのか。半分は親心で、もう半分は彼女らの同級生のような心持ちで二人の心情の行方を追っていた。
目の前の人物を愛さずにはいられない、可笑しくも愛らしいキャラクターたち。そして、そんな人物たちを笑いに次ぐ笑いで縁取ってゆく俳優のユーモアと豊かな表現力。これこそが、私の思う、東京にこにこちゃん演劇随一の魅力でもある。その強みについても、ネタバレを避けた少しのあらすじとともに言及したい。
辻と土本と同じく今回が東京にこにこちゃん初出演となる海上学彦は、にこにこちゃん演劇に欠かせぬ愛すべきおバカキャラ、二文字を演じる。クラスきってのムードメーカーでありながら、最も多くのボケをかます素っ頓狂な役どころだ。自身のユニットをはじめとする様々なコント公演で鍛え抜かれた感度を武器に、底抜けの快活さと絶妙の間合いで場を沸かせる。
そんな二文字の存在はやがて清笑にある“野望”をも抱かせることになる。学年を重ねる毎に、そしてその間もあの漫画が続いていく度に清笑はえもいわれぬ焦燥感を抱くようになる。
「物語は終わらせなあかんのや」
清笑の心の揺らぎを、「好き」が「執着」へと変わっていくその様を、真っ直ぐな瞳で演じ通す辻のぶれぬエネルギーに心を奪われる。
清笑が漫画とその結末に、ここまでこだわることにもまた、ある秘めた思いがあった。そのことを唯一打ち明けたのは、転校生であった清笑を気にかける恩師・小鳥(髙畑遊)にだけだった。髙畑の持つ明るさと包容力が役へとそのまま引き継がれたような小鳥の存在は、生徒たちの未来だけでなく、物語そのものを照らす。そして、子どもたちの前では明るく、懐の大きな先生である小鳥もまた人知れず悩みを抱えていた……。
と、ここまで読むと、「もしかして、笑いあり涙ありの感動コメディ?」と思うかも知れない。しかし、そう簡単には泣かせてくれないのが東京にこにこちゃんの演劇である。どんなにグッとくるシーンでもこれまでかというくらい茶々を入れてくる。どこまでも、何度だってふざけ倒す。なんといっても“怒涛のボケ数”を誇るカンパニーだ。その「笑い」を一身に背負うのが、にこにこちゃん常連俳優である四柳、立川、てっぺい、佐藤、そして尾形。彼らが織りなす、ボケに次ぐボケの“阿吽の呼吸”である。
「もう終わる、大団円やから」
清笑がそうつぶやく通り、稽古はクライマックスへの序章に突入する。それはつまり、東京にこにこちゃん劇の背骨とも言えるシーンだ。それゆえにここから先について言及することは避けたい。ただ一つ言えるのは、そこには、「終わらない漫画」と「必ず終わる演劇」が手を繋いだ時にしか現れない壮大なラストが待ち受けている。萩田が近年の全上演作品で公言する通り、おそらくは今回もあっと驚く、とびきりの“ハッピーエンド”が。
劇中にこんなセリフがある。
「真っ直ぐもここまできたら気持ちいいもんだな」
その言葉は、まさに東京にこにこちゃんの演劇の魅力を、気鋭の喜劇作家である萩田が脇目も振らずにこだわり続けるその世界観を、ズバリ言い当てている一言のように思う。
稽古場から家に帰って、自宅の本棚を眺める。かつて夢中になったあの漫画、今まさに新刊を心待ちにしているこの漫画。それらの物語が今、自分のすぐそばにあることを改めて愛おしく思う。『ネバーエンディング・コミックス』。それは、ある終わらない漫画の物語。そして、終わることは決してない、いくつもの愛の物語でもあるのかもしれない。
稽古場座談会
―東京にこにこちゃんの演劇、『ネバーエンディング・コミックス』の魅力とは?―
――稽古も大詰めです。今、稽古場で感じている率直な感触をお聞かせ下さい。
海上 こんなに笑って稽古する劇団が日本にあるんだなって。演出家が常に笑い転げている稽古場ですよね。
萩田 みんなが笑ってくれて、面白く作って下さって、本当に嬉しいです。恥ずかしながら台本が予定より遅れてしまったんですけど、そのことを謝った時に凪ちゃんが「稽古場で大笑いしていることでなんとなく麻痺してます」って笑いながら言ってくれて…。申し訳なく思いつつも、有難い言葉でした。
辻 めちゃくちゃ面白いことは確かなので! でも、正直言うと、大爆笑の稽古からの帰り道にふと冷静になった時に「これ、ほんまにできるかな?」って思う日もあります。まだセリフを覚えてないのにみんな平然としてるし、誰も焦ってないんですよ。なんで!(笑)
海上 僕と凪ちゃんと燈子ちゃん以外の皆さんはお馴染みメンバーですが、それも関係あるのかな?
てっぺい いや、多分そんなことはないかも…。毎公演しっかり本番前くらいに「稽古、あと2回必要だったね」って言ってるよね。ちょうど、あと2回必要なんですよ、毎回。
髙畑 言ってる言ってる。
海上 絶妙な回数……。
萩田 あははは!でも、それは、ギリギリまで笑いを突き詰める限り、もうどんな風にやっても思うことなのかもしれない。でもね、この感じだったら全く問題ないです。何より面白いので。今の段階で、自信を持って傑作になると言えます。
辻 みんなめちゃくちゃ面白い人ばかりですもんね。それゆえに、舞台上で笑ってしまわないか問題も…(笑)。ツボにハマると抜け出せない人が何人かいるんですよ。私は燈子ちゃんがとくにやばくて、目が合わせられない。目を見たらどうしても笑ってしまうんです。
萩田 燈子さんは(佐藤)一馬くんと目が合ってないですよね。
土本 そうですね。一馬さんはちょっとツボ過ぎて合わせられない。四柳さんもヤバいですね。「笑い」のおもちゃみたいにされている…。でも、役作りもお芝居も100%全力でかっこいいなあって。
萩田 あはははは!
四柳 なんで笑うのよ。「かっこいい」って言ってくれてるのに!
海上 燈子ちゃんは舞台上で笑わないように早くから対策してるんだよね。なんか絶対に毎回笑ってしまうシーンがあるらしくて、稽古の時にその動画を撮って、家で何度も見返しているらしいです。
土本 そう。今のうちから耐性をつけておくのがいいかなってこっそり鍛えてます。
萩田 四柳くんと佐藤くんの二人がすごいのは、そもそもミスをしようが合っていようが何一つ間違っていない顔で堂々とやるんですよ。そこは強みだとも思うけど、一緒にやる役者さんは(笑いをこらえるという意味でも)大変かもしれない(笑)。
辻 感動的なシーンでもすぐ横で誰かがボケてたり、ふざけてたり、だいぶ茶々を挟んでくるので、こっちの状況次第では「腹立ってきそうやな」って思うんですけど、つい笑ってしまう…。でも、私の演じる清笑はただただ真っ直ぐにいることが今回のお話では重要でもあるので、しっかり頑張ります!
萩田 真面目な話になんですけど、本当にみなさんすごい勇気のいることやってくれているんですよね。高いところから飛び降りるような覚悟で僕の書いたボケやギャグを一心不乱にやってくれているんですよ。しかも、一回飛び降りたら戻れない、命綱がないような状況で。にこにこちゃんの演劇ってそういうとこあるから。
佐藤 僕はその場でボケがどんどん付け足されていくので、「オ、オーダーが…多いな…」って思いながらやっています。これは付け足されたやつだったのか、自分のオリジナルのやつだったのか、段々見分けつかなくなったりもしてます。
萩田 一馬くんはこの自信のなさから、あの舞台での堂々とした態度ですから。数々のオーダーを打ち返す一馬くんを見逃さないでほしいです。あと、今回僕が大ボケで用意しているのがてっぺい(右利き)の配役。立川がじらさんが出ていながら、てっぺいに落語キャラをやってもらうんですけど、ちょっとそこに秘密兵器を積んでいるので、是非お楽しみに!
――この座談会を機に萩田さんや共演者の皆さんに聞いてみたいことはありますか?
海上 あ、じゃあ僕からいいですか? 僕はオファー時に萩田さんから「海上さんはとにかくバカで真っ直ぐな役が合うと思うんですよね」って、この役をいただいたんですけど、1年前に髙畑さんとご一緒した神谷圭介さんのユニット画餅に出演した時にも「海上くんは真っ直ぐと間違ったことを言うキャラが絶対合うと思う!」って言われたんです。えっと…僕ってどういう人間に見えていますか?
全員 あははは!
萩田 稽古を見れば見るほど「海上さんにお願いしてよかった」って思うんですけど、実は稽古前にも象徴的なエピソードがあって…。年明けにみんながサプライズで僕の誕生日会を企ててくれて、海上さんも来てくれたんです。その時に制作の香椎さんが僕のいないライングループでバースデーケーキに使うという意味合いで「誰かろうそく持ってません?」って流したら、「僕ありますよ!」って海上さんが持ってきてくれたのが仏壇用のろうそくだったんです。で、ちょっと戸惑っていたら「僕、ろうなら食べられますよ」って言ったんです。
海上 わ、全然覚えてないです。
萩田 その時に直感的に「本当にこの人でよかった」と思ったんですよ。真っ直ぐ優しくて、すごく好青年なんですけど、しっかり壁にぶつかっている。そしてそこを突き進もうとする。その強さが本当に大好きです。今回の役は海上さんしかいない。バチっとやってくれています。
海上 とはいえ、バカな役があまりに多すぎて。だから、今後はちょっと他の魅力も探っていけたらと密かに思っています…。
全員 あはははは!
――それぞれの役どころは?ご自身のキャラクターを一言で紹介してください。
佐藤 胸板の厚い、憎めないガキ大将!
てっぺい 落語の人。落ち着いた人。
海上 てっぺいさんの役は、一番友達思いかも。
てっぺい 昔のにこにこちゃんの演劇の中ではワーワー叫んでいるだけの役が多かったんですけど、最近ちゃんと日本語をしゃべる役を与えてもらえるようになりました。そうですね。人になりました。今回も人です!
髙畑 私も今回は一味違う役かも。みんなの先生役で、物語の感動成分をだいぶ担っています。前作『シュガシュガ・YAYA』でもそういう部分はあったけど、今回はさらに成分が濃い目!
萩田 「多分髙畑さんはもっとボケたいだろうなあ」とも思うんですけど、今回は物語のキーパーソンな分、抑えていただく部分が多いんですよね。でも、本当に素敵にやって下さっています。
髙畑 東京にこにこちゃんにはここ何年か続けて出演させてもらっているけど、今回は今までにない、ちょっとチャレンジングな役。感動を背負うことはあまりないし、どちらかというと苦手の方で不安もありますけど、だからこそ、新境地と思って頑張りまーす!
尾形 髙畑さんと僕は同じく先生役なのですが、僕は対になるような存在。物語の悪成分を一挙に引き受けている感じですかね。“愛すべき”とか“憎めない”が前に付かないタイプに悪役なので、存分に嫌っていただけたらと思います。
萩田 心強い!
海上 重ね重ねですが、僕はバカでまっすぐなハッピーボーイ。一番分かりやすい役です。
辻 私は、終わらない物語を終わらせようとする人。物語を成立させようとする人でもあるかも。
萩田 主人公というのもありますけど、凪ちゃんがいないと、ただ爆音が流れているだけの演劇になっちゃう(笑)。だから、柱です。あと、関西弁しゃべっていただきます。関西弁のキャラクターが出てくるのは初めて。関西弁だからこそ伝わることがあって、そこを大事に言葉選びをしました。僕はいつか朝ドラが書きたいのですが、凪ちゃんがいてくれることで、この作品が少し朝ドラに近づいた感じがします。
土本 私は娘役です。秘密を抱えている役でもあるかな。
海上 登場人物の中で一番多くの人と関わる役でもありますよね。
萩田 そうですね。一番、人と人の中間で悩んだり、葛藤したりしているかもしれない。そこを等身大にかつ面白くやってくれているので信頼しています。
土本 いろんなところで板挟みになっていますが、頑張ります!
四柳 僕は、そうだな、ボケてるんですけど、実は意外とお客さんが共感できる役なんじゃないかな。「ああ、自分もこういう時あるなあ」って思ってもらえる人…じゃないですかね。
萩田 ないないない!むしろ一番非現実!だって、瞬間移動するシーンがあるんですよ。
四柳 笑いも起きるは起きるんですけど、僕への笑いはむしろ共感の笑いなんじゃないかな。そう、言うならば現代口語演劇……青年団みたいな笑いですかね。僕だけ。僕だけが青年団です。
萩田 本気で言ってる?
四柳 今まで俺が本気じゃなかったことある?
萩田 それはないね。
全員 あはははは!
――では、最後に一言、みなさんが思うキャッチコピーをお願いします。ズバリ、東京にこにこちゃんの新作『ネバーエンディング・コミックス』とは?
四柳 急展開のジェットコースターエンターテイメント!
尾形 「やってることがめちゃくちゃだよ」
土本 すっごい大きな愛のお話です。
辻 涙のギャグ漫画。
海上 笑顔!
髙畑 絶対見て欲しい!
てっぺい きてね!
佐藤 た、楽しい…!
取材・文/丘田ミイ子
写真/明田川志保