舞台「まるは食堂2024」佃典彦×竹下景子インタビュー

愛知の飲食チェーン・まるは食堂を題材に、創業者である相川うめの物語を描いた舞台『まるは食堂2024』が4月に東京と愛知で上演される。まるは食堂創業70周年記念として上演を予定していた2020年公演がコロナ禍で中止となり、2021年の縮小版、2022年公演を経ての再演に向け、作・演出を務める佃典彦と主演の竹下景子に話を聞いた。

――2024年版の見どころはどこになりそうですか?

 このお芝居のテーマとして“継承・後世に伝えていくこと”があります。今回は受け取る側、(関口)アナンくんが演じる豊和社長を前回よりもフィーチャーしました。

竹下 豊和社長がフィーチャーされるだろうなという予感を持って今回の脚本を読みました。全体の流れや動きの中で、成長というのは言い過ぎですか?

 “気付き”と、“気付いたことをいかにして腹に落とすか”が今回の作品だと思います。

竹下 そこを見比べていただくとよりわかると思います。うめさんとの対照という意味でも象徴的な扱われ方をしていて、テーマが実感として伝わる作品だと感じます。

――繰り返し上演する中で、うめさんの印象が変化したり、より理解が深まったりした部分はあるでしょうか?

 僕はうめさんご本人にはお会いしたことがなく、映像などでしか見ていないんです。気をつけないと景子さんに寄ってしまいそう。実際は相当強くて気丈で破天荒な暴れん坊だったそうなので、本人をしっかり意識しないといけないと思っています。

竹下 そうなんだ。私は50年近く女優をやってきましたが、こういう役は生まれて初めて。名古屋の人間なのでうめさんに関する噂は色々聞いていましたが、まさか、という思いがありました。私が演じると発表された時も、地元からは「やれんわ」とか「無理無理」という声が多くて。裸一貫でスタートして、多くのことを1人で成し遂げた、ものすごく行動力がある強い人。最初はとにかく必死でしたね。でも3回も演じるチャンスをいただき、うめさんが近づいてきてくれた印象があります。私自身とはかけ離れているので、骨太な部分はちゃんと残しつつ、細やかな部分まで血を通す作業を丁寧にしたいです。時々私の地の部分が出てしまいそうになるけど、そこは佃さんがちゃんと見てくれている。20代から98歳くらいまでの中で、うめさんという人に少しずつでも近づいていきたいなと。佃さんの脚本が、すごく多角的な構造になっているので、うめさんらしくいるためには最新の注意が必要ですね。

――うめさんを演じることを発表にした時、驚きの声が多かったとのことですが、佃さんから見て、竹下さんとうめさんが似ていると感じる部分はありますか?

竹下 ありますか?

 あります。物言いが……物言いっていう?名古屋弁?

竹下 標準語です(笑)。

 (笑)。物言いが優しい・きついっていう違いはあるけど、この道一本でやってきたっていうのは同じだし、ここは譲れないという部分を持っているのも同じ。ただ、うめさんは一言でいえばめちゃくちゃな感じの人なんです。バスを止めるのに自分の子供を車道に飛び出させて、運転手が「こら!」ってドアを開けた瞬間に子供達が魚を売りにいく。そんなことを「お前らやって来い!」って、無茶苦茶じゃないですか。そういうところはないと思う。

一同 (笑)。

 でも、芯の強さは2人ともお持ちだと思いますね。

――続投のキャストさんが多いので、カンパニーの印象・稽古場エピソードがあったら教えてください

竹下 今回も、佃さんを中心とした気心の知れた仲間という感じ。そこに私が入れてもらっているような感覚です。

 僕が脚本、寺十吾さんが演出を務めた、Nana Produceの『どんどろ』という作品があって、そのメンバーが中心になっているんです。長く一緒にやっているので、気心知れている感じではありますかね。

竹下 あたたかくて忖度のない、活気のある雰囲気の稽古場です。できることはみんながやろうという意識を感じました。ここにいるのが楽しいし、お稽古も楽しいです。今回は台本に書かれていなくても全員が舞台にいて、転換を含めてありとあらゆることをやる。演劇ってこういうものだよねと毎日血が騒いでいます。

――これまでの公演で印象的だったことはありますか?

竹下 お客さんが「エビフライが食べたくなった」って言いながら帰っていきます(笑)。あとは東京から名古屋に行ったら明らかに反応が違ってびっくりしましたね。

 違いましたね。

竹下 地元の人からすると、身近な話だし「あのうめさんなんだ」っていう。みんなが知っているうめさんだけじゃなく、知らない話も描かれていると思うので、うめさんとまるは食堂に対して新たな印象を持ってくれたという手応えがありました。

 名古屋の人たちって、名古屋弁や三河弁など、地元の言葉にすごく愛着がある。登場人物が名古屋弁を話しているのがまず感慨深いみたいです。演劇を見ていても、関西弁や東北、九州とかの言葉はあるけど、名古屋弁ってそんなにないですよね。だから、東京で初めて見た人の中には「どこの言葉なの?」と思う人もいるみたいです。これまでと同じく、方言というものは大事にやっていこうと思っています。

竹下 佃さんの指導のもと、チェックしていただいて。

 どっちが方言かわからなくなっちゃうんですよね(笑)。

竹下 そうそう、「これ名古屋弁?標準語?」というのはずっとありますもんね。

――確かに、名古屋弁のお芝居はあまり馴染みがありません

 僕の劇団は名古屋の劇団ですが、取り立てて方言を使うってことはしていない。書き言葉だと標準語と変わらないんですよ。字面は同じだけど喋ると全然違うので、自分が役者をする時は特に苦労しますね。標準語だと思っていても訛っていると言われて。

竹下 確かに、私もふとした時に出ちゃう。こまかいところが違うので厄介なんですよ。

――お二人の好きな名古屋弁を聞こうと思いましたが、名古屋弁独自の単語があるというよりはアクセントの違いが中心ですか?

 単語もありますよ。お袋なんかがよく言う「やっとかめ」とか。「お久しぶり」っていう意味です。言葉の響きもなんだかいいですよね。

竹下 私は、セリフの中で出てくる「勘考(かんこう)」。よく考えるという意味で、言葉としてはあるかもしれないけど、名古屋の人以外からは「勘考する」って聞いたことがないです。懐かしいなと思いながら読みました。

 あとは擬音が好きですね。「ときとき」とか「ちんちこちん」とか。

竹下 え、それ名古屋弁?

 うん。尖った鉛筆を「ときときの鉛筆」って言うじゃないですか。さらに鋭いのが「とっきんとっきん」。熱いお湯とかは「ちんちんに沸かす」で、その最上級、ボルケーノ級の熱さが「ちんちこちん」。

竹下 可愛い(笑)。いいですね、そういうのは残したいな。あとは「どえりゃあ」とか「わや」とかもよく言ってましたね。

――初めて見る方、今まで見たことがある方、それぞれに向けた注目ポイントを教えてください

 お芝居は全体で1時間50分くらいになると思うんですが、前半と後半で印象がガラッと変わるように作っています。古い言い方だけど“1粒で2度美味しい”という感じ。2回目以降の方に向けたポイントは、豊和社長の舞台での立ち位置とあり方、うめさんとの関係。彼が最終的に何を手にするかが前回よりも少しわかりやすくなっていると思うので、ぜひ注目してほしいです。

竹下 とにかく怒涛の舞台なので、初めての方は息つく間もなく、気付いたら終わっていたという感じになると思います。佃さんがおっしゃったように、前半と後半で大きく変わる作りになっているので、そういう意味でも演劇的に優れた作品だと確信しています。でもすごくエンタメな感じもあり、文句なくお楽しみいただけると思います。
あと見て頂きたいのはうめさんがのエネルギーですよね。稽古の最初に佃さんからもお話があったんですが、うめさんは無茶苦茶だけどすごく信心深い人。自分のことを信じているし、大好きなお母さんの言葉が宝物のような支えになっていて、つきつめるとそれが信仰なんだなと。信じる人の純粋さ、強さみたいなものを知って、ただめちゃくちゃなだけじゃないというのを改めて感じました。そこも大事にして、お客様に伝えられたら。時代を超えて訴えかける力があると思いますね。

撮影・文/吉田 沙奈