『あの夏至の晩 生き残りのホモサピエンスは終わらない夢を見た』|串田和美+大空ゆうひインタビュー

初参加の大空ゆうひと主宰・串田和美が語る、フライングシアター自由劇場

最新作はシェイクスピア『夏の夜の夢』をベースにした串田ワールド!

昨年秋、演出家であり俳優であり美術家でもある串田和美が、“自身が探し求める演劇活動”を再開するために始めた劇団、フライングシアター自由劇場。その第2弾にあたる舞台『あの夏至の晩 生き残りのホモサピエンスは終わらない夢を見た』が6月、東京公演の幕を開ける。原作となるのはウィリアム・シェイクスピアの『夏の夜の夢』で、串田は脚色・演出・美術を担当し独自の世界観を構築。キャストは大空ゆうひ、川上友里、皆本麻帆、小日向星一、串田十二夜、谷山知宏、島地保武という新鮮な顔合わせに加え、串田本人も出演する。4月下旬、早くも“プレ稽古”が行われているという稽古場を訪れ、串田と大空に作品への現時点での想い、果たしてどんな作品になりそうかのヒントを語ってもらった。

――フライングシアター自由劇場の第2弾『あの夏至の晩 生き残りのホモサピエンスは終わらない夢を見た』の原作は、シェイクスピアの『夏の夜の夢』とのことですが。

串田 去年秋の旗揚げ公演は『仮面劇・預言者』という作品で、自分としては初めて手がける作品だったんです。なので第2弾の今回は、既に知っている作品を改めて作り直したいと思いまして。

――『夏の夜の夢』を串田さんが上演するのは。

串田 これが4回目になります。1979年に六本木のアンダーグラウンド自由劇場で上演したのが最初で、その後1990年からはBunkamuraシアターコクーンで毎年『夏の夜の夢』を違う演出家とキャストで上演するシリーズを企画して、出口典雄さんから始まり、遠藤琢郎さん、加藤直さん、生田萬さん、そして5年目の1994年に僕が演出したんです。お芝居というのは同じお話でも作り方で全然変わるんだということを、お客さんにも知ってもらいたかったんですよね。そして、それをベースにした形で日本大学芸術学部の人たちとプロが混ざったプロジェクトで上演したのが2005年。だから、今回はあれから20年近く経っているのかな。

――それで、そろそろまたやりたい、と?

串田 そろそろ、全然違うものが作れそうだなとも思ったので。

――今回は大空ゆうひさんをはじめ、実にバラエティ豊かな顔ぶれが揃うことになりましたが、キャスティングの狙いとは。

串田 まず、最少人数でやったほうが面白いかなと思ったんです。

――それで8人なんですか。

串田 そうです。シアターコクーンでやった時は大人数でしたが、それと同じ芝居をギリギリ8人でならできるかなということで。今回、僕にとって初めましての方は8人中4人ですね。ゆうひさんと初めて共演したのは……、あれから何年経つんだろう?

大空 5年ですね。

串田 もう5年か。加藤拓也さんから声がかかって『今日もわからないうちに』(劇団た組、2019年)という作品に出た時、ゆうひさんと初めてご一緒したんです。

――それが初共演だったんですね。

串田 そう、僕の娘の役でね。またこの時に僕が演じたのが、とんでもない親父で。

大空 ホント、嫌なお父さんでしたね(笑)。

串田 金をせびりに来たり、いろんなことをしでかすような、そんな役でした(笑)。でも稽古の帰りには一緒にカフェに寄って、たくさんお話をしたりしていたんですよ。

――ではその時から、いずれご自分の作品にも出てほしいなと思われていたんですか。

串田 そうなんですけど、その時はまだ、まつもと市民芸術館の芸術監督の仕事をやり終えたあとのことを、あまり考えずに生きていたから。

――となると、そんな気軽に声をかけるわけにもいかず?

串田 嘘じゃないかと思われてもいけないしね(笑)。だけど、その間も松本公演に来るお芝居に出られていることがあったり、もちろん東京でお芝居されているのを観に行ったりもして、お互いの舞台を観てはいたので、いつか、ということはずっと思っていました。

――それで今回、お声がけがあって大空さんはどう思われましたか。

大空 私は、最初の共演の頃から、まさか本当に串田さんの作品にお声がけいただける日が来るなんて考えてもいなかったので驚きました。串田さんが松本で作品づくりをされた公演を観に行った時、あの空気感の中で串田さんが作られていることがすごく興味深く感じられて、いつか自分も参加できたら嬉しいなあ、なんて勝手な想いは抱いていましたけれども。でも今回、意外にもお誘いをいただけて、もう何も迷うことなく、というか即答でお返事をさせていただきました。「一緒に何かやらない?」と聞かれて間髪入れず「やります!」と反応する感じで(笑)。いつになく、直感だけで「絶対やりたいです!!」という気持ちになったんです。串田さんが松本での芸術監督のお仕事を終えられて、また新しくフライングシアター自由劇場を始めるんだということにも、ものすごくワクワクしましたし、そこに自分も参加できるなんて。こんな機会はもうやってこないだろうと思ったので即、飛び込んでしまいました。

――そうやってすぐに「やります!」とお返事されることは、珍しいことなんですか?

大空 はい。私はなんでも「どうかな、これは自分にできるかな」とか、いろいろと考えるほうなので。石橋を叩いて叩いて、渡ったり、渡らなかったりする感じなんです(笑)。だけど人生の中で本当にごくまれに、何も迷いがない瞬間があって。今回はその久しぶりの瞬間で、もう本当にすぐに「わあ、嬉しい!」と思いました。

――そして今回はこんなに長いタイトルがついていますし、きっと串田さんの色に染まった作品になるのではと勝手に予想しておりますが。いわゆる原作通りのシェイクスピアと、串田さんが自ら脚色もされた今回のバージョンとでは、どういうところに違いがあるのでしょうか、そしてどういうところを意識して作ろうと思われていますか。

串田 もちろん、いろんな考え方があっていいと思うんだけど、これまでずっと演出家の先輩たちは戯曲が絶対で、それをいかに作家と同じように考えたり、わからなければ作家に聞いたり、逆に作家に意見されたらすぐに直すような演出が主流の時代だったんですよ。でも僕自身は、書くこと、演出すること、演じることと、それ以外にいろいろとプランを立てたり、絵を描いたりすることの境目が自分の中にないんです。しいていえば演じることがメインで、そのためには……と考える順序になる。だからある意味、ご存命の偉い先生が書いたものを演出するのは、僕にはなかなか勇気がいることだったりするんです。つまり僕の場合はどちらかというと、原作がある場合はそれを題材にして何かを新たに作り出したいと基本的には思っているわけです。若い頃は戯曲に限らず、たとえば「今日の台本は、この一枚の絵です」と言って、みんなで「この部分に人がいるとしたら?」と想像したりして即興でエチュードを作ったり、ちょっとした詩みたいな小さな物語から2時間以上のお芝居を作ってみたり、そういう活動をしていたんです。歌舞伎にしたって、最初に書いた人はいるけど、それを“○○編”とか作り変えていくものですしね。そうやって戯曲は素材でもあり、到達点ではなく出発点でもあると思いたくて。それで、今日もそうだったんだけれど、今回は本格的な稽古を開始する前のプレ稽古をやっていまして、そこでみんなの意見を聞いたり、意見という形じゃなくても稽古中に笑いが起きたり考え込んだりするみんなの姿を眺めては、家に帰ってそれを刺激にちょっと台本を手直ししたりしているんです。だからキャスト全員と一緒に作っている、という感覚ですね。原作はシェイクスピアで、僕が脚色だとクレジットはされていますけど、本当はみんなで作っているということなんです。

――みんなで稽古をしながら、アイデアを出してもらったり。

串田 もちろん俳優によっては、意見という形ではなく身体を実際に動かしてみせてくれて、おーっ!てこっちも刺激を受けたりすることもあって。しかも今は“プレ”が付いていますからね、考え過ぎることなく軽い気持ちでどんどん言ってください、みたいな。そういう気持ちのいい作り方でやっています。

――では今の段階ではみなさんが、串田さんに刺激を与えているという状況ですか。

串田 いや、お互いに刺激を与えあっているところです(笑)。いいチームだなと、しみじみ思いますよ。

――個性が見事にバラバラで、すごく魅力的ですね。大空さんは、そのプレ稽古に参加されてみてのご感想としては。

大空 串田さんも含め、今回のキャストは8人全員が正直な方々ばかりなんですよ。稽古場がすごく正直な場所だなと感じています。素直になれる場所で、変な壁がない。「こんなこと言ったら間違ってると言われたリ、そんなことぐらいしか思いつかないのって言われちゃうかも」なんて心配する必要がまずないというか。普通だと、最初はどうしても多少はみんな慎重になると思うんですけど。でも、なんとなく思ったことをそのままスッと話すと、それをきっかけに誰かが呼応して何か言ってくれたりするし、とっても空気がいいし風通しがいいんです。だから稽古に来るのも毎回楽しみだし、帰り道にはすごく元気になっています。

――すごく活性化される稽古場なんですね。

串田 そうですね。バラバラのようでいて、だけど必然的に集まったという感じもすごくあるし。

――ちなみに今の時点では大空さんがどの役をやるのか、未定なのですか?

串田 いや、だいたい決まっていますよ。島地保武さんとゆうひさんがシーシアスとヒポリタで、さらにオーベロンとティターニアという妖精の王様と女王様。若い恋人たちが、川上友里さんと皆本麻帆さんと小日向星一くんと、じゅに(串田十二夜)。僕はパックと、ふいに出てくる変な人(笑)。そして谷山知宏くんは、とにかくいろいろな役をやる(笑)。というか、何しろ8人しかいないので全員で、さまざまな役を演じることになります。もしかしたら、シェイクスピアの原作には役名として出てこない役も発生するかもしれません。妖精になったり、歌を歌ったり、みんないろいろなことをすると思います。

――ということは、大空さんはヒポリタとティターニアに扮するということですね。

大空 基本的にはその二役をやりますし、他のシーンにも出ます。

串田 場面によっては職人になったり。

大空 羅宇屋(ラオや)さんという江戸時代の職人もやります(笑)。

――大忙しですね(笑)。

串田 そうそう、ホント忙しい。原作に出てくる役名だけでいうとそういう配役になるけれども、それだけではないから。それにしても、なんでこんなに長い題名つけちゃったんだろうな……。

――それは、串田さんにしかわからないですよね(笑)。

串田 切符を買う時も面倒臭いかもしれないなあ、“夏至夢(ゲシユメ)”って、略してもらってもいい気がするけどね(笑)。動物、生き物ってなんだろう、とここのところ思ったりしていたんです。ネアンデルタールとか、他にもいろいろ人間に近いものがいたりしても滅びていったわけだから、ホモサピエンスだってどこかで滅びるだろうし。滅びるにしたって、ひゅって急に消えるわけじゃないですからね。1万年ぐらいかかって人口が減ってくるとか、そういうことになるんだろうけれど、もしかしたらそれと同時に増えていく生き物も出てくるのかもしれないし、とか。あと、いつ頃から人間は夢を見るようになったのか、ということも考えていて。眠っている時に見る夢は犬でも猫でも見るらしいけど、そういう夢だけじゃなくて、起きている時に見る夢は、ホモサピエンスがいろいろな夢を見て不安になったり、希望を持ったりしながらも、ずっと終わらない夢を見てるという感じなのかな、とか。そうやって、さまざまなことを考えている時にファッと浮かぶ言葉があったり、映像があったりするとメモに書き留めておくんですけど。

――そうやってご自分の中から出てきた言葉も、作品の一部になっていく。

串田 そうですね。でも考えてみると、急にファッと浮かんだものだけじゃなくて。ずっと考えてきたことも多いかな。昔、小さい頃、自分の父親と歩いている瞬間に浮かんだ言葉とか。小さい頃だから、そんなに難しい言葉ではないんだけど、そういう体験が蘇ってくることもあるんです。僕は松本で『朗読と音楽』というものを毎年開催していて、そこでは僕の父である串田孫一の作品を読んでいるんですけどね。ある時、日記みたいな文章に、僕が小さかった頃のことが書いてあって、読んでいてビックリしたことがあったんです。息子の僕と夜道を歩いていて、無限というものの話をして「私たちは無限の中にいる」と言ったら、小さい頃の僕はわかっているのかわかっていないのか、「ふうん。それじゃあ、僕たちはいないことになるね」と言ったんだって。もちろん僕は覚えていないんだけど「そんなこと言ったんだ! 本当かよ?」って驚いて。その時から、なんだかずっと無限という言葉が。

――心に引っかかって残っていた。

串田 そういう言葉をメモしていたものをベースにして、今は作品づくりをしている感じがありますね。

――大空さんは今回の舞台に参加するにあたって、こんなことをしたいと思っているとか、現時点ではどんなお気持ちでいらっしゃいますか。

大空 串田さんと稽古が始まる前に何度かお話をさせていただいた中で、何回もおっしゃっていたのが「自分たちが生きていると思っているこの世界も、もしかしたら誰かが見てる夢かもしれない」という言葉で、それがすごく心に残っているんです。自分は今、社会だと思っている場所で、たとえばお金の価値であったり、さまざまなものに対する価値観、また正しいと思っている事柄、時間の観念、そういうものを疑って考えていくと、このタイトルにあるように“生き残りのホモサピエンスは終わらない夢を見ている”のが無限だったとすると、過去とか未来という概念もただ自分たちで思っているだけかもしれないし。だから、この瞬間瞬間を理屈ではなく感じてみたいし、今まで自分がとらわれていたものを全部取り払って考えてみたいな……と、さっきプレ稽古でみんなと話している瞬間にそう思いました(笑)。だから今は、俳優としてどう思うとか、こんなことをしたいとかいうことは、まだ全然わからないです。だけど、自分がとらわれている何かをすべて取り払えるとしたなら、まさにそういう人たちが生き残っていくのかもしれないですよね。または、どういう人間が生き残っていくんだろうか、とも考えたりします。こうやって自分の凝り固まっている部分をもう一度、生まれたての時みたいに柔らかくできたら、ものすごく素敵な瞬間になるんじゃないかなとも思うんです。まあ、歳を取れば取るほど難しいと思いますけれども。でも、串田さんは常にものすごく柔らかいんですよね。

串田 ふふふ!

――素晴らしいです!(笑)

大空 そういう視点から眺めてみると、みんなで稽古しているこの時間自体、また違う見え方がしてくるような気がして。今回の舞台に出ることで自分の視野がすごく変わりそうだ、という予感があります。今は、ちょっと検索すればすぐに情報が得られる時代ですし、観たかった映画もインターネットで簡単に観られたりする中で、チラシとかを見てこれはちょっと面白そうだと思ってチケットを買って、そしてその日時に劇場まで足を運ばなければ観られない演劇って、逆に今ではすごく贅沢な時間なんだろうなとも思うんです。私たちのほうもこうやってじっくりじっくり下ごしらえし、プレ稽古でさまざまな材料を練ったりしながら作っていくものを、同じ空間でナマで観ていただく。そこで流れる時間も含め、ぜひともこの贅沢を味わってみていただきたいなと思っています。

  なお、東京公演は新宿村LIVEにて、6/6(木)~12(水)まで。上演期間中に会場ロビーでは、チラシビジュアルを担当した画家・平松麻による今回の舞台をイメージした絵画展を開催予定、それも貴重な機会となりそうだ。また東京公演後、6/21(金)、22(土)にはルーマニア公演(シビウ国際演劇祭2024 正式招聘作品)があるほか、7/5(金)~7(日)には松本公演(信毎メディアガーデン)も行われる。 

取材・文 田中里津子

写真:Akio Kushida