とあるレストランを舞台に、高泉淳子ら役者陣と日替わりゲストたちがショートショート形式で繰り広げるエピソードを、生演奏で彩るエンターテインメントショー『ア・ラ・カルト』。冬の風物詩として親しまれてきたこの作品が、この冬、“開店”30周年を迎える。
高泉「演劇を続けるだけでも大変ですが、1つの作品をここまで続けてこられたということに、まずは感謝の気持ちでいっぱいです。出演してくださったゲストの皆さん、協力してくださった関係者の皆さん、とても多くの方々がかかわってきた作品ですが、何よりも、観てくださるお客様がいなければ続かなかった。開店の年に生まれたお子さんは30歳になるわけですから、そう思うともうただただすごいことだと思います。『30年あっという間だな』と感じますし、『よく続けてこられたな』という想いもあります。いろんな気持ちが入り混じって感慨深いですね」
高泉や白井晃、陰山泰の遊◉機械/全自動シアターのメンバーとバイオリニストの中西俊博率いるバンドで、1989年にスタートした『ア・ラ・カルト』。その成り立ちや歴史をひも解いていくと、興味深いエピソードが多い。
高泉「遊◉機械/全自動シアターを始めた当時は、年間に2~3本、劇団の作品を上演していました。毎回その台本をまとめていく段階で、すごくいいシーンなのに、作品全体の流れやテーマの都合上、没にせざるをえないことがあったんです。そんなジレンマを解決する方法として、そういうシーンをアットランダムに並べて、そこに歌などの要素を組み合わせていく“SEASON OFF シアターらいぶ”を始めました。それがのちに『ア・ラ・カルト』に繋がっていくんですが、実は遊◉機械/全自動シアターが世に出るきっかけになったのは、本公演ではなく、そのシーズンオフシアター1回目の公演『気違い仲間のお茶の会』だったんです。評論家の川本三郎さんが “奇妙で筋道がない『不思議の国のアリス』のような世界に歌まで飛び出す、おもちゃ箱をひっくり返したような作品”だと朝日新聞で絶賛してくださったことで火がつき、3か月後の『僕の時間の深呼吸』では長蛇の列。
『ア・ラ・カルト』として開店した当初は、3年はやってみようと試行錯誤しながら創作してましたね。遊機械のお客様から「いつものシーズンオフシアターはやらないんですか」という声もありました。徐々に新しいお客様も増えていって、3年が5年になり、世間でレストランブームが巻き起こったこともあって、いつの間にか『チケットが取れない』という声が聞こえるようになったのが8年目くらいでしょうか。
2008年の20周年のタイミングで白井や陰山が卒業するということで、ずいぶん悩みましたが新たな“ア・ラ・カルト2”を作ろうと決心して、(パントマイマーの山本)光洋さんに声をかけメンバーも一新して再スタートしました。軌道に乗ってきた頃、2015年に今度は拠点にしていた青山円形劇場がなくなるというまさかのできごとが起こって…、これには驚きました。だけど20周年の危機より悩まなかった。再スタートしてみて思ったんです。メンバーが変わっても、この作品には力があると。だから今度は場所が変わってもどうにかなると思いました。
いろいろあっての30年。遊◉機械/全自動シアターという劇団がなくなって、拠点だった青山円形劇場がなくなって…、だけどこの『ア・ラ・カルト』という作品がここまで続くとは、誰も想像していなかったと思います。今振り返れば劇団の本公演よりも『ア・ラ・カルト』のことを考えていた時期もあったかもしれないし、そのことで他のメンバーを傷つけてしまったかもしれない、という反省もあります。『ア・ラ・カルト』でたくさんの人達と出会い、素晴らしい時間をいただきました。同時に大切な人と、大切な時間を失ったのも確かです。30年続けてきた中で、いろいろ得るものも、失うものもあった作品だったなと、ここに来ていろいろ思います」
役者であり劇作家であり、歌手としても活動する高泉がライフワークの一つとして取り組み、多くの観客を惹きつけてきたこの『ア・ラ・カルト』。今改めて考える、その魅力とは?
高泉「遊◉機械では数々のストレート・プレイを書いてきました。鈴木忠志さんや、(スティーブン・)バーコフ、サイモン(・マクバーニー)と作ってきたような硬派な作品も大好きです。でも私には、『エド・サリヴァン・ショー』や『シャボン玉ホリデー』が大好きだった子ども時代があり、ビートルズ、ジャズ、映画に夢中だった学生時代がある。ウッディ・アレンの映画のような、重い人生を軽やかに語るような味のあるお話の中にジャズが流れていて…というような世界は、10代の頃からずっと理想として思い描いていたものでした。なぜこの作品をやりたいのかと改めて考えると、やっぱり好きなものが残ったんだな、と思います。同時に私はその場で見せるもの、聞かせるものにこだわってきました。フィルム、レコード、本はもちろん大好きですが、私の本、役者、歌のスタイルは、その時、その場で観客の前で演じて見せる、聞かせるスタイルが似合っているのだと思います。お話だけでなくその“やり様”を含めて見せていく、それが『ア・ラ・カルト』のよさだと思っていますし、この作品がお客さんにとってもそういう楽しみであってくれたら嬉しいとも思います」毎回ストーリーは変わるが、詳しくもないワインの蘊蓄を語る、どこか憎めないサラリーマン・高橋など、登場キャラクターや大まかな構成は変わらずに、メニュー通りに話が進んでいく『ア・ラ・カルト』。アニバーサリーを迎える記念すべき今回は、4年ぶりに中山祐一朗が役者陣に加わる。
高泉「彼はいい意味でクセがあって、個性的な役者で好きです。2016年から仲間に加わってもらった釆澤(靖起)くんもそうだと思うけど、30年もやっているような作品に入ってくるのはすごく大変だと思うんです。祐一朗くんはすごく“緊張しい”でもあるらしく、高橋の後輩役で出てもらったときには、毎晩眠れなかったと言ってましたが、私はそんな風には微塵も感じませんでしたね(笑)。一緒にやっていると意表をついてくるような面白さがあるので、また一緒にやってみたくて、声をかけました。4年ぶりですし、同じように高橋と向き合うとしてもどういう設定にしようか?といろいろ考えています、楽しみです」
日替わりゲストとのやり取りもこの作品の大きな見どころ。毎回、必ず初めてのゲストを迎えているとのことだが、30周年の今回は日本舞踊・尾上流の尾上菊之丞、エンタテインメント集団・THE CONVOYの舘形比呂一が初参戦する。
高泉「菊之丞さんは狂言の公演にゲストで出ていらしたのを拝見して、一瞬にしてファンになりました。叶うものならば一緒に芝居をしてみたいと思いました。それで一昨年『恋する夏のレストラン』という、アラカルトの夏バージョンのような作品に、勇気を出してお声をかけたのです。舞踊の世界で華々しく活躍されている忙しい方ですし、たった一度の台本読み合わせと、歌っていただきたいジャズ、踊っていただきたい曲の打ち合わせをしただけでした。『このような台詞は初めてですし、このようなジャズも…。この曲で踊りですか…』と、困ったようなお言葉もありましたが、意欲満々でした。そして公演当日のステージはパーフェクトでした! 鳥肌が立ちました。元々音楽大好きな方で、歌がとにかく上手くてらっしゃるので、今回のこの『ア・ラ・カルト』のステージ、誰よりも私がワクワクしてます。
舘形さんは最近よくお会いしている、仲良しなお友達です(笑)。一昨年に音楽家の近藤達郎さんの楽曲で歌やダンスのパフォーマンスをする『sound theater Ⅳ』という公演で初めて共演して、稽古や公演期間ですっかり仲良くなりました。私は今年骨折したんですけど、彼もアキレス腱を切ってしまったんです。でも『12月までには大丈夫、治ると思う!』と断言していたので、2人で頑張ろうと思います!」
ほかにも、昨年初登場となった個性派ポップデュオ、レ・ロマネスクのTOBIや、高泉が学生時代からファンだったという小説家・高橋源一郎、『笑点』でおなじみの落語家・春風亭昇太、もはやレギュラーの域のロッカー・ROLLY、そして「劇団旗揚げ時代からよく知ってくれている、戦友のような存在」と高泉が語る篠井英介と、各界から迎える芸達者なゲストたちが、その日ごとの彩りを演出。アドリブ主体で構成される“3皿目”のゲストがお客となって登場するお話では、高泉と日替わりゲストとの丁々発止のやり取りも楽しめる。
高泉「去年はゲストごとに台本を微妙に変えました。大変ではありますけど、そのほうが断然面白いから、今年もそうしてみようと思って。だから、もしかしたら舘形さんの回にはアキレス腱の話が出てくるかもしれません(笑)。3皿目は、ゲストの方の職業はなんでもOKということにしているので、本番で私も初めて『そうなんだ!?』と驚くことが多いんですよ(笑)。相手の職業によって出会いの場所も変わってきたりしますし、そこから始まるやり取りを新鮮に楽しんでいただけると思います」
ロビーでは恒例のオリジナルワインのほか、『ア・ラ・カルト』30周年&高泉のデビュー35周年を記念して新澤酒造が特別に仕込んだ限定酒も楽しめる予定とのことで、こういった粋な趣向も『ア・ラ・カルト』ならでは。世代や性別も超えて幅広い客層に愛されてきたこの店のこれからを、高泉はどう考えているのだろうか。
高泉「長いお付き合いのお客様も多い作品で、若いときに観ていただいていて、しばらく子育てで忙しくて、お子さんが大きくなってからまた来られたという方もいらっしゃいます。子供の頃に初めて観た演劇が『ア・ラ・カルト』という若いお客様もいらっしゃいますね。『社会人になって初めて両親にチケットをプレゼントした作品が「ア・ラ・カルト」なんです…』と聞いたりすると、本当に嬉しくなります。いろんな演劇がありますが、『ア・ラ・カルト』のようなスタイルの演劇はあまりないと思うんですよ。お客様の中には年に一回のお芝居としてこの作品を選んでくださっていたり、普段コンサートには行くけれど他のお芝居には馴染みがない…というような方もいらっしゃるので、この作品に他にはない“色味”を見て、楽しんでいただいているんだと感じます。人生落ち着いた頃にも楽しめる大人の演劇、ステージは、これからなくてはならないものだと思っています。観たいとおっしゃるお客様がいる限り、私が動ける限り、この作品はやり続けていきたいですね。骨折している場合じゃないですね(笑)」
インタビュー・文/古知屋ジュン
写真/ローソンチケット