シス・カンパニー公演 日本文学シアターVol.7【織田作之助】『夫婦パラダイス~街の灯はそこに~』│尾上松也 インタビュー

ファンタジックでミステリアス。北村想の世界に尾上松也が初挑戦。

川辺のスナックに流れ着いた駆け落ちカップルと、彼らを取り巻く人々を描く『夫婦パラダイス~街の灯はそこに~』。織田作之助の名作「夫婦善哉」をモチーフにしながらも、そこに立ち現れるのは、夢か現か幻か、観る者を惑わせる不思議な世界である。カップルの男・柳吉を演じて、北村想が描くその世界観にどう染まっていくのか。尾上松也の新しい挑戦である。

──織田作之助の名作「夫婦善哉」をモチーフに北村想さんが書かれた『夫婦パラダイス』。まず台本の感想からお願いします

夫婦の物語と思いきや、そうではありませんでした(笑)。ファンタジックでミステリアスな北村想さん独特の世界観でして、それが心地良く。何が起こりどう展開していくのかと、冒頭から最後までワクワク楽しみながら読ませていただきました。リアルなようでリアルでない、でも、あれこれ思いを巡らせたくなるセリフもたくさんある中で、淡々とファンタジックなことが繰り広げられるという作品は、観たことも演じたこともない感覚のもので。しかも、本当に最後の結末のところまでその感覚が一貫して続いていますので。その感覚と謎をどう自分たちの感覚に落とし込んでいくかというのは、とても楽しそうだなという気がしています。

──「夫婦善哉」で描かれているのは、甲斐性なしだけれども憎めない柳吉と、そんな男に惚れて身を粉にして働くしっかり者の蝶子の話です。今回、松也さんが柳吉を、瀧内公美さんが蝶子を演じられますが、物語自体は違うとしても、役の設定としては、「夫婦善哉」が引き継がれているのでしょうか?

引き継がれているのは役名だけと言ってもいいかもしれないです。「夫婦善哉」の柳吉さんはもうとことんクズですけど、この『夫婦パラダイス』の柳吉さんはあそこまでクズではない気がします(笑)。何しろこちらの柳吉さんは、自分がやりたいことが明確にあるので、そこが大きな違いだと思います。ですが、何を言っても何をやっても憎みきれない愛すべき男という雰囲気は変わらないと僕は感じています。ですので、映画の「夫婦善哉」で柳吉を演じられている森繁久彌さんの、あの愛嬌は参考にさせていただきたいなと思っています。

──その柳吉のやりたいことというのが、シンガーソングライターとして、浄瑠璃でパンク・ロックを歌うことですね

そうです。それを広めていきたいんだ、そのために生きているんだという意志だけは明確です。そのためにどれくらい頑張っているのかはわかりませんけど(笑)、お蝶もその意志を踏まえて支えてくれているというところは、「夫婦善哉」とは違うところかもしれません。浄瑠璃パンク・ロックって、ちょっと訳がわからないジャンルですが(笑)、そしてたぶん、実際に披露するわけではないと思うんですけど、なんとなくイメージはできます。自分自身は日頃から浄瑠璃と近いところにいますし。実は以前から、ロックとかパンクというのは、その旋律や音色、それから歩んできた道のりからすると、伝統芸能、中でも歌舞伎との相性が絶対いいと僕は思っていまして、いつかパンク・ロックの歌舞伎を上演したいと思っていたんです。だからこそ、柳吉がやりたくなる気持ちは非常にわかります。

──パンク・ロック歌舞伎をやりたいという話は事前にされていたんですか?

いえ、何もしていないです。たまたまそういう台本になっていただけで(笑)。北村想さんとも演出の寺十吾さんとも、まだお会いしていないんです。

──これまでの北村想さんの作品にはどんな印象をお持ちでしたか?

僕の中の印象としては、静かに燃えているような感じがあって、凡人にはわからないような表現がたくさんあるんですよね。しかもそれを、毎回まったく違う物語の中で発揮されているので、芯がある方なんだろうなと思っていました。僕の思うその北村ワールドはこの『夫婦パラダイス』にも存分に感じられて、北村さんにお会いしたら、そのよくわらかないところを聞いてみたいのですが。でも、もしかしたら正解を聞かずに自分たちの中で消化していくほうが面白いのかなとも思いますし。知りたいけど知りたくないみたいな(笑)、非常にもどかしい気持ちがあります。ですが、明確な答えのないところや描かれていない部分を想像して作っていく面白さがある作品なのは間違いないと思います。事前に自分で想像しておくことも必要でしょうし、寺十さんをはじめ皆さんとご一緒に相談しながら作ることもあるでしょうし、そこは楽しみですね。

──演出の寺十吾さんとも初タッグですね

寺十さんはご自身も役者としてお出になられる方ですから、演者側の気持ちもおわかりになるので、その部分でも、寺十さんの演出が今からとても楽しみなんです。

──松也さんはたくさんの歌舞伎以外の舞台や映像作品で活躍されていますが、その場所ではどんなことを心がけておられるのか、改めてお聞きできるでしょうか?

歌舞伎でもミュージカルでも今回のような演劇でも、やること自体は基本変わらないですが、気をつけていることと言えば、できるだけそのジャンルのそれぞれの表現方法や、やり方に沿って違和感なく演じたい、ということでしょうか。歌舞伎の表現を前面に出すこともできるんですけどそれは一旦置いておいて、使うことが効果的であればいつどこで出すか考えますし、まったく使わないこともあるし、という感覚ですね。

──では、今回の北村想さんのこのファンタジックな世界を作るためには、どういう表現が求められそうだと思われますか?

そこは、逆に言うと、物語の構成自体がもうすでに北村想さんの世界観そのものですので、我々のほうで何か特別なものを作り出すことをあまり考える必要はないかなと現段階では感じています。真っ直ぐに与えられたキャラクターとその構成に近づくことを意識していれば、自ずと北村ワールドになっていくのかなと思います。それに、柳吉と蝶子の夫婦が中心にはいますけど、実はその周りの方たちの物語だったりもしますので、それぞれがそれぞれの世界を生きるということが、この作品の世界観を作っていく近道かもしれないと、今は思っています。

──その周り人たちを演じられるのは、蝶子の腹違いの姉でスナックのママの信子に高田聖子さん、近所の食堂の出前持ち・静子に福地桃子さん、信子の失踪中の亭主・藤吉に鈴木浩介さん、スナックの常連客の馬渕に段田安則さんという面々です。共演するにあたって楽しみなことは?

今回は関西弁のお芝居になりますので、まずは関西人の段田さんと聖子さんにアドバイスをいただけたらと思っています。歌舞伎では上方の演目も経験しておりますけど、現代劇での関西弁は初めてですし。きちんと関西弁が馴染んでいないと、この夫婦の日常や生活感に説得力が出てこないので。お二人に教わって、イントネーションというより雰囲気みたいなものが、関西の方から見ても違和感ないと思っていただけるようにしたいと思います。

──蝶子との夫婦の見え方として、大事にしたいことはありますか?

そのあたりはそれこそ、「夫婦善哉」が生きてくるかなと思っていまして。文句を言いながらも蝶子は柳吉を愛している、何があっても結局この二人は離れないという空気感は意識したいですね。舞台上に一緒に出ていない時間もありますので、その間もお互いの存在を感じさせるような関係でありたいですし。二人がどのように出会い、どのようにここまできたかというところはそんなに描かれておりませんので、想像を広げながら、瀧内公美さんとお稽古をしていく中でお蝶のどこに惹かれているのかとか、いろいろなことに気づいていけたらなと思います。

──現代劇で初の関西弁があったり、北村ワールドを体現したり、松也さんにとっては、これまでにない作品になりそうですね?

自分の中ではかなり挑戦です。

──挑戦するという覚悟で出演を引き受けられたのですか?

最初はまだ台本になる前の簡単なプロットの段階でお話をいただいたので、正直なところ非常に軽い気持ちでした(笑)。単純に「面白そう!楽しそう!」と思ったところから始まりましたので、こんなに簡単に決まっていいのかなという感じだったんですけど。ただ、お話をいただいたときの判断基準として、直感的に面白そうだなと思えるかどうかは大事にしています。あのとき「面白そうだな。やってみたいな」とお返事したことで、すばらしいキャストとスタッフの皆さんと一緒にこの公演が実現できますので。直感を信じて良かったなと思っています。

取材&文/大内弓子