10月2日(水)より下北沢 駅前劇場にて東京にこにこちゃんの新作『RTA・インマイ・ラヴァー』(作・演出:萩田頌豊与)が開幕する。本作は、ゲームクリアまでのスピードを競う “RTA(リアルタイムアタック)”をある男の人生に落とし込んだ物語である。
キャッチコピーは「世界最速で君に会いに行く」。おそらく演劇史上初となるRTAを題材に、東京にこにこちゃんならではの笑いとハッピーエンド、そして人生へのビッグハグを携えて、愛らしさに満ちたキャラクターたちが“最速”の世界を生きる。
キャストは、前田悠雅(劇団4ドル50セント)、野上篤史、加藤美佐江、木下もくめ(破壊ありがとう)、藤本美也子の、期待のふくらむにこにこちゃん初参戦組の面々に加え、過去作でも数々の名キャラクターを演じてきた高畑遊(ナカゴー)、立川がじら(劇団「地蔵中毒」)、てっぺい右利き(パ萬)の8名。
男が目指す人生の到達点とは? そして、加速すればするほどに変化する人生と物語のラストは果たして…。8名のキャストが所狭しと駆け巡る稽古場から、座談会とともに稽古の様子をレポートする。
稽古場レポート
稽古場に入るや否や、中はカオスを極めていた。壁にぶつかるものもいれば、噛み合わない話を続けるものたちもいる。一見気づかないような小さなズレやバグを見落とさぬよう、萩田の演出にも一際熱がこもっていた。どうやら重要なシーンの返しであるらしい。
怒涛のシーンを終え、続いて通し稽古に突入。物語の冒頭はやはり幼少期へ遡る。舞台は、ある小学校の教室。子ども時代の無邪気で明け透けに楽しい日々、その再現性の高さにおいて萩田の右に出る者はいないだろう。本作もそのポリシーが存分に発揮された、愛らしい“スタート”である。
子どもたちはなにやら興奮した様子。どうやら話題は発売したばかりのゲームらしい。何をやらせても「速い!」で有名な主人公・瞬(野上篤史)が、もう全クリを果たしたと言うのだ。察しの通り、その名は「またたき」。最速の男にぴったりの命名である。最速であることを誇り、同時にそうであることに自身の存在意義を見出しているような野上の表情が可笑しく、そして時々切ない。
その後も次から次へとにこにこちゃんワールド満載のヘンテコで可愛いキャラクターたちが登場する。「おいら」という一人称が誰よりも似合う成速(てっぺい右利き)、活発で大人びたリーダー格の急(高畑遊)、理屈っぽいが憎めない跳介(立川がじら)を中心にクラスはいつも賑やかだ。その明るい描写には、にこにこちゃん演劇の勝手知ったる俳優の頼もしさ、懐の大きさがそのまま活かされている。
研究家で我が道をゆく去去(藤本美也子)と、去去に振り回されながらもやりたいことにはまっすぐな音波(木下もくめ)。そして、そんなクラスをまとめると見せかけて乱しにかかる雪華(加藤美佐江)。三種三様の濃い味付けを早くもものにする姿に俳優たちの力量を見る。みんなの名前の読み方は是非、劇場で確かめてほしい。
忙しなく賑やかな教室の中で、一際マイペースな少女がいる。名前は早笑(前田悠雅)。
しかし、名前とは裏腹に何をするのも遅く、給食も最後まで残って食べている。ゆったりとした視線や焦りのない動き、間のとり方にまでその性格を滲ませる前田の細やかさにリアリティが支えられているシーンだ。
時間をかけて物事に取り組む早笑をクラスメイトたちは温かく見守るが、対照的な瞬ばかりはじれったく思ってしまう。正反対の性格とスピードで日々を生きる二人の姿に、つい、自分と異なる他者と分かり合うことの難しさや、それゆえの通じ合った時の喜びの大きさを垣間見る。さりげないシーンにこそ、人物やその関係の温度や手触りを感じるのも東京にこにこちゃん演劇の魅力である。
何度も言うようだが、物語は最速で進む。ゆえに、ものの数分ほどで小学生は中学生に、さらに、高校、大学へと人生のステージを進めていく。恋に部活に受験勉強と思春期ならではの日々。サークルに飲み会に就活とモラトリアムの日々。10代から20代への青春時代はやはり人生のボーナスステージなのかもしれない。楽しそうに肩を寄せ合うキャラクターたちの笑顔にふとそんなことを思った。
「私達と過ごした時間も無駄だったか?くだらない事した時間も無駄だったか?」
就職を控えた去去が早笑に放つこの一言がやけに胸に染み入るのは、なんてことのない日々の輝きと巻き戻しのきかないその儚さを私がすでに知ってしまっているからだろうか。いや、それだけではない。その“無駄”な時間に宿る大きな意味を、人生における大切な本質を、この演劇が今まさに描きはじめようとしているからだ。
友人たちとの飲み会の後、久しく会っていなかった瞬と早笑は再会を果たす。小学生の頃の思い出を皮切りに、会えなかった時間に互いがどう過ごしていたかを語り合う姿は微笑ましく、どこか甘酸っぱい。そうして、二人はこれまでの人生を振り返ろうとするのだが…。
「タイマーがスタートしたら終わりがあるだろ?」
このあたりから舞台を包む空気が一変する。そして、稽古冒頭に返していたあの混沌としたシーンに突入する。1時間前までは何が起こっているのかがまるで分からなかった人物たちの会話や振る舞い、シーンの様子がまるでゲーム解説のような鮮やかさで、別のもののように映し出されていく。やはり、ここからが本作のクライマックスだ。
稽古場全体がさらにさらに最速の世界へとドライブしていく中、そう確信をした。
ここから先の展開は私にもまだ分からない。ただ、一つ言えるのは、やはりこれはゴールを目指して最速でひた走る男の子と、時間をかけて物事を見つめる女の子の物語であること。その二人を取り巻く一人一人が唯一無二の今を生きる人間ドラマであるということ。そして、生き急ぐも立ち止まるも、振り返れば等しくあっという間の人生を描いた物語であるということだ。
「世界最速で君に会いに行く」
果たして、“ボーイミーツガール”は叶うのだろうか。はやる気持ちをおさえながら、その結末を見届ける日を今か今かと待望している。
取材・文/丘田ミイ子