☆大阪公演迫る☆unrato#12『Silent Sky』東京公演 開幕レポート

2024.10.29

紫金山・アトラス彗星が約8万年ぶり(!)に地球へ最接近というニュースを目にし、ひさしぶりに天体観賞した方も多かったのではないだろうか。その天体ショーが観られた10月中旬、東京・俳優座劇場では1900年代初頭のアメリカに実在した天文学者、ヘンリエッタ・スワン・レヴィットの生涯を描いた舞台作品『Silent Sky』が開幕した。

作者は、ここ数年「アメリカで最も上演の多い劇作家」の一人として称されているローレン・ガンダーソン。2017-2018年シーズンには、日本でも絶大な人気を誇るサイモン・スティーヴンスの作品を大きく引き離して最も上演されたという注目の劇作家だ。中でも『Silent Sky』は2011年にアメリカ・カリフォルニア州コスタメサで初演されて以降、現在も各地で上演され続けている秀作だけに、満を持しての日本初演に期待は高まる。

それ以上はあまり情報を入れず客席に身を置いてみたところ、予想以上に豊潤で味わい深い時間を過ごすことができた。約100年前、ヘンリエッタはハーヴァード大学天文台での研究によって何を発見し、天文学にどのように貢献したのかを知るばかりでなく、ジェンダーギャップやワーク・ライフ・バランスについての課題、科学と宗教の問題、科学と音楽の親和性など、さまざまなテーマに思考を巡らせることができる。現代に生きる私たちの背中を優しく押してくれるようなドラマで、気持ちが晴れた。

とにかく俳優陣が素晴らしい。朝海ひかる、高橋由美子、保坂知寿、竹下景子と出自は違えどもトップを獲った実力派たちと、若き演技派である松島庄汰の5人。少数精鋭で壮大な物語を見事に表現している。主人公ヘンリエッタ・レヴィットを演じる朝海からは聡明さや信念の強さが感じられ、立ち姿には勇気や情熱がにじみ出る。音楽を愛するヘンリエッタの妹マーガレット・レヴィットを演じる高橋は人間味溢れる感情を繊細に体現、ピアノ演奏と圧倒的な歌声も披露する。松島はヘンリエッタの同僚ピーターをともすれば嫌味な人物になりかねないところ持ち前の愛嬌で立ち上げ、好感が持てた。

天文学者としてのみならず女性の参政権運動家としても活躍したアニー・キャノンを演じる保坂は、知性溢れる凛とした力強い女性として物語の芯を担う。天文台を長年支えるウィリアミーナ・フレミングを演じる竹下の穏やかで温かな演技によって、登場人物たちの関係性が際立った。5人の素晴らしい調和によって登場人物それぞれに共感し、胸に響いた。

演出は、日本人で初めて英国王立演劇学校(RADA)を卒業し、蜷川幸雄の演出助手を長年務めた大河内直子。登場人物たちのキャラクターを浮き彫りにし、観客を物語の世界へと引き込む。シンプルながら壮大で美しい宇宙を感じさせる美術(石原敬)と照明(大島祐夫)、重厚且つ可憐な衣裳(前田文子)も印象的だ。ローレン・ガンダーソンが書いた秀逸な台詞を俳優に寄り添いながら翻訳したのは、アーサー・ミラーやテネシー・ウィリアムズなど20世紀を代表する劇作家からトム・ストッパードやサイモン・スティーヴンスなど現代の人気劇作家の作品まで幅広く手掛ける広田敦郎。わかりやすく伝わりやすい言葉で、物語の真髄を明らかにする。そして音楽は、蜷川幸雄演出作品などの舞台はもちろん、NHK連続テレビ小説『らんまん』など映像作品の劇伴も手掛ける阿部海太郎。光を感じさせる音楽で彩り、舞台を立体的にした。また、天文学監修として宇宙航空研究開発機構(JAXA)の渡辺伸が名を連ねる。

11月1日(金)には大阪・ABCホールで開幕、おうし座流星群の活動がピークに近づく時期の上演となる。とても豊かな舞台『Silent Sky』を観劇後、空を見上げて天体鑑賞しながら、ヘンリエッタをはじめとする登場人物たちの人生、作品が投げ掛けるテーマ、そして自分自身についても思いを馳せる──。秋の夜長、充実した時間になりそうだ。

文/金田明子 
撮影/友澤綾乃