七之助特別舞踊公演で『汐汲』を披露する中村鶴松が意気込みを語る!

歌舞伎初心者のお客様にも気軽に楽しんでいただけるようにという想いから、全国各地で行う巡業公演を長年にわたり続けている中村屋一門。ここ数年は中村勘九郎、中村七之助兄弟をメインにした座組でまわってきたが、今回は勘九郎が大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』の主演を務めていることもあって欠席。『中村七之助特別舞踊公演2019』として初めて七之助中心の座組で、古くからある芝居小屋3カ所を含めた全国12カ所で公演を行うことになった。この巡業公演でしか観られない特別な演出を施した『隅田川千種濡事(すみだがわちぐさのぬれごと)』で七之助が四役早替りに挑むほか、中村屋ヒストリーを七之助が弟子たちと共に語る“芸談”などもあり、歌舞伎をさまざまな面から楽しむことができる貴重な機会となる。この巡業公演で、ひとりで舞踊『汐汲(しおくみ)』を披露することになったのが、子役を経て中村屋の部屋子となった経歴を持つ中村鶴松。勘九郎、七之助の弟分として、中村屋一門の弟子として、日々精進を重ねる鶴松が今回の巡業公演への意気込みを熱く語った。

 

今回、鶴松が挑戦する演目『汐汲』は、能の『松風』をもとにした歌舞伎舞踊。七之助が語るところによると、この演目を選んだのは鶴松本人だという。

鶴松「どの演目をやってもいいと言われ、悩みました。自分で好きなものを選べと言われたことが今までなかったので。いろいろな本を読み、踊りの師匠とも相談して『汐汲』にしました。この演目は日本舞踊をやっている人なら誰しも習うような基本的な演目なので、それをこの年齢で改めて踊るというのも逆に難しい挑戦になりますし。基礎的な踊りだからこそ、しっかりとした土台がないと踊れないものなので、ここでひとりで経験させていただくことがきっと今後の役者生活にも活きてくると思ったんです。ちなみに、今回は尺を少し長くしてあります。そして小道具をたくさん使う演目でもあって傘や桶、手拭いや中絹を使うんですが、この扱いが難しくて。今、稽古をしているところなんですが、やっぱりどうしても“暴れて”しまうというか、小道具の扱いに集中し過ぎると身体のほうが乱れてしまったりもするので、そうならないよう必死に稽古して臨みたいと思っています」

数年前の巡業公演で七之助が披露したこともあったという、この『汐汲』。鶴松も、ずっと挑戦してみたかった演目だったんだとか。

鶴松「以前、七之助さんがやられた時とは別の方が今回は振付をされているので、振り自体は少し違うんですけどね。今まではひとつひとつの振りを丁寧に踊ることを一番に考えていたのですが、最近特に意識しているのは、丁寧に踊るということよりも見せる踊りというか。これは、よく七之助さんに言われることなのですが「踊りは技術点と芸術点がある。おまえは技術点は多少あるかもしれないけれど芸術点はまだまだで、見せる踊りにはなっていない」と。確かにそうだと思いますし、やはり実際に七之助さんや(坂東)玉三郎さんは本当に美しくて、お客様をうっとりさせるような踊りをされていますので。ですから今回は特に、丁寧に踊るだけではなく見せる踊りというものを強く意識して踊ってみたいなと思っています」

 

ここのところ女方を演じることが多くなってきた鶴松だが、立役と女方とどちらかを専門にするとはいまだ決めていないという。

鶴松「ですから七之助さんが女方だということを考えると、僕は立役の演目を選んだほうが本当は良かったのかもしれませんが・・・。七之助さんからも「男のほうがいいんじゃないの」とも言われましたし、もちろん立役を演じている時も楽しいんですけれども、舞台で開放的に感情を表す立役よりも、今は自分の心の中だけで動いていく心情の変化を表現することのほうが楽しくなってきていまして。女方の奥の深さ、みたいなものにもハマっているので、今回は女方の演目の中から『汐汲』を選ばせていただきました」

また、七之助は今回の公演で鶴松がひとりで演目を披露することで、精神面での成長も期待したいと語っていた。一昨年に大学を卒業したことで環境が大きく変化した鶴松としては、自身の進化についてはどう思っているのだろう。

鶴松「自分では成長できているかどうか、まだよくわかりませんけど(笑)。でも昨年は、大学を卒業して芸道一本で一年間を過ごした初めての年で、一月から十二月まで一カ月も休みなくずっと舞台に出ていました。この経験は今までの人生でもなかったことだったので、なんだか歌舞伎にどんどん侵食されていく感覚を味わえたと言いますか(笑)。特に昨年の終わりには中村屋の追善公演があったりもして、一カ月に四役を演じることが続いていたので、ごはんを食べている時も常に芝居のことを考えていないといけないような状況だったんです。今まではそういう時でも大学の勉強はしっかりやりつつという状態だったので、その点は一番変化したところかもしれません。だけど今は、早く成長しなくちゃいけない、役者として大きくならなくちゃいけないという焦りも感じるようになりました。それもやはり、生活が歌舞伎一本になったことが大きいと思います。今は余計なことは一切考えず、のめりこんでいますから。いい役者って孤独なのかな、とも考えたりします。オンとオフを切り替えて、オフの時は楽しく過ごせばいいという考えもありますけど。だけどやっぱり玉三郎さんとかは、芸のことしか考えていらっしゃらないですからね。最近ご一緒させていただくことが多いのですが、今も常に勉強されていて。あの姿勢は、本当に見習いたいと思っています」

 

演目を披露する前に“芸談”として中村屋一門ならではの楽しいトークが聞けるというのも、この巡業公演のお楽しみだ。

鶴松「まだ、今回の芸談で何を話すかはまったく決まっていないんですけど。昔の中村屋ヒストリーをということで、子供の頃の写真を母親から事務所に送ってもらったところなんですよ。七之助さんのちっちゃい頃のプライベート写真とか、密着番組で出したことのない映像も出てくるかもしれません。司会で中村小三郎さん、澤村國久さんというお弟子さんが出る予定ですし、僕が知らないようなもっと昔の中村屋の十七代目からの話なども聞けそうです。僕自身も、あまりそういう機会がなかったのでいろいろ聞いてみたいですし、とても楽しみですね。特に國久さんはお弟子さんの中で一番話のうまい方なので、盛り上げてくれるんじゃないかと思います」

歌舞伎初心者の観客の中には舞踊を観慣れない方もいるかもしれない。ということで歌舞伎舞踊を楽しむコツも、鶴松に聞いてみた。

鶴松「歌詞に気を付けて聴いていただけると、その情景を言葉にして歌っていたりするのでわかりやすいかなとも思いますけど。でも、そちらばかりに気を取られて踊り自体を観てもらえなくても困りますしね(笑)。集中してご覧いただくためには、もっともっと僕が美しくいなければだめなのかなとも思います。綺麗にも、いろいろな綺麗があると思うんですが、七之助さんや玉三郎さんはもちろん古風でもあるんですけど現代的な美しさがあるというか。昔の人の美しさ、年を取ってからの味のある美しさというものもありますが、自分はまだまだその領域にはいけませんから、とりあえず今の自分なりに美しくいることを目指していきたいと思っています」

では、その美しさを得るためにはどんなことに気を付けているのだろうか。

鶴松「女方ならではの姿勢を保つことと、最近は体重に気を付けてあまり増やさないようにしています。僕、顔にすぐついちゃうんですよ。多少太っていたほうが可愛いとおっしゃる方もいますけど、今はシュッとしていたほうが綺麗なんじゃないかと思うので、ラーメンを食べたいところをスープ春雨にしたりして(笑)。立役を演じる場合はもっとどっしりしていたほうがいいのかもしれませんが、でもやはり今は女方が好きなので女方メインの生活で考えています。女方の人って、ふだんから周りへの心配りもすごいんですよ。小道具はお弟子さんに頼むのではなく自分で拭いたり、衣裳にも自ら気を配ったり。僕も今までは化粧品入れとかにはあまり興味がなかったんですが、最近は化粧品用の陶器の入れ物が欲しくなってきたりしています(笑)」

2019年も引き続き、さまざまな挑戦の場が待っていそうだが「とにかく目の前のことに必死に取り組み、ひとつひとつの役を大切にしながらがんばっていきたい」と真摯な姿勢を見せる鶴松。

鶴松「中村屋としては、勘九郎さんがいないことが多いのはやっぱりさみしいですが、だからこそ僕ももっとしっかりしなきゃいけないなと思っています。とにかく僕にとって大きいのはやはり勘九郎さんと七之助さんという、一番に尊敬する素晴らしい立役と女方の見本がすぐ近くにいてくださるということ。中村屋だからということではなくて、誰が見てもあの二人はすごい人なので。一月に新春浅草歌舞伎に出させていただいた時に若手の方々といろいろ話す機会があったんですが、やっぱりみんながみんな、あの二人のことを本当に尊敬しているんですよ。僕だけじゃなく、周りの若手がみんなそうなんです。その二人のすぐ近くで勉強できるというのは、大きな強みでもある。歌舞伎というのは日ごろから耳にしていたり目にしているものが一番の勉強材料になりますからね。とにかく今回は勘九郎の兄がいない中、七之助さんと僕とで一緒にまわらせていただく初めての巡業になるわけです。僕も久しぶりにひとりで演目に出させていただくという大きな挑戦が待っていますので、このプレッシャーに負けずに精一杯がんばりたい。歌舞伎初心者の方はもちろん、大勢の方が観に来てくださったらうれしいなと思います」

 

七之助の奮闘と共に、伸び盛りの鶴松のさらなる飛躍も大いに期待できる今回の巡業公演。この機会でしか味わえない貴重な歌舞伎体験にもなるはず、どうぞお見逃しなく。

 

取材・文/田中里津子