満開の桜の下、かがり火灯る能の幻想世界とは!? 第27回「夜桜能」田崎隆三×田崎甫インタビュー

右:田崎隆三 左:田崎甫

満開の桜の下でかがり火のもと繰り広げられる「夜桜能」が靖国神社能楽堂にて4月2日(火)から4日(木)まで、今年で27回目の開催となる。イヤホンガイドの導入など、初見の方も楽しめる工夫がなされ、老若男女から人気を博す「夜桜能」。本年はどのような内容となっているのか? 本企画の発起人である宝生流能楽師の田崎隆三氏と、隆三氏の弟子で甥っ子の田崎甫氏から「夜桜能」の魅力を聞いた。


――今回で27回目となる「夜桜能」がまもなく開催となります。

田崎隆三(以下、隆三)「今年も無事開催することができました。あとは、晴れてもらえると嬉しいですね」


――靖国神社能楽堂は野外の能舞台なので、心配といえばお天気ですよね。

隆三「3夜連続の催しとなりますが、天気に関しては私たちにもどうしようもできませんからね。一応、雨天でも開催できるように新宿文化センターを代替え会場としておさえていますが、できれば靖国神社で開催したいものです。幸いなことにこの2年はお天気に恵まれ代替え劇場には行っていないのですが、今年はどうなるか(笑)。過去には演能中に雨が降り出し、ご来場者にレインコートをお渡ししたりもしましたね。桜の開花具合も年によって違いますが、現時点の予測では開催日も見頃のようです」


――「夜桜能」は老若男女、お客様が入り混じっているのが印象的です。

隆三「そもそも、若いお客様にも能に興味を持っていただけたらという想いがきっかけとなり始めたので、毎年たくさんの若い方にご来場いただけて、とても嬉しいです。「夜桜能」を通して、多くの方に能の魅力を発見していただければ幸いです」


――「夜桜能」では満開の桜とかがり火がお能の世界をさらに幻想的なものにしますよね。

隆三「本来、能は野外でおこなうのが通常でしたから、薪を焚く野外での能演は一般的なことではあるんです。ただ最近は、春に薪能(※)をすることが少ないので、桜と相まって、派手で美しい能舞台となっています。おかげさまで、当初は1日しか開催していませんでしたが、だんだんとお客様が増え、今では3日開催できるようになりました」

※薪能……たきぎをたいて、野外で行う能。


――若い方にお能の魅力を届ける特別な工夫はされていますか?

隆三「「夜桜能」では、能・狂言の基本的な知識や各演目の見どころを解説するイヤホンガイドを導入していています。イヤホンガイドの導入に関しては公演に集中できなくなってしまうのでないかという心配も多少あったのですが、能の進行に支障のない小気味いいガイドになっているので、より深く能・狂言の世界をお楽しみいただけると思います」


――甫さんは、第1回目の『夜桜能』から参加していますよね。甫さんが考える「夜桜能」の魅力を教えてください。

田崎甫(以下、甫)「叔父がおっしゃる通り、本来能楽は野外で行われるもので、自然のなかに能があった。なので、「夜桜能」では能の伝統的な空気感をお楽みいただけるのではないかと思います。また、古今和歌集以降は花といえば桜を指すくらい、日本人にとって桜は親近感のある花です。西行法師は「桜の罪は人が集うことだ」なんて言葉を残していますが、桜が咲くと人はなぜか集ってしまい、花を見てしまう。なので、桜のもとでお能が見られるというのは景色として完成されていて、これ以上ないという特別な世界をお楽しみいただけるのではないかと思います」


――野外の能舞台だと、舞い(※)の表現も変わるのでしょうか?

「基本的にはどんな舞台であろうと舞いは変わりません。ただ、室内の能楽堂と違い空間が解放されていますから、普段とは違う高揚感はありますね」

※舞い……能における演技。


――「夜桜能」の曲目を選ぶ基準などあるのでしょうか?

隆三「狂言は万作家がお決めになるのですが、「夜桜能」のアーカイブをお送りして、なるべく過去の演目と重ならないようにしていただいています。能に関しては、あまり動きの少ない演目はよくないかなあという思いがありまして、毎年とても吟味して決めています」


――今年の曲目を教えてください。

隆三「今回は、初日に私と甫で『祇王』をやる予定になっています。昨年、甫が宗家の内弟子を卒業して、晴れて能楽師として一本立ちしたので、『祇王』という両シテ(※)が目立つ曲目にしてみました。2日目は若き牛若丸(源義経)と鞍馬天狗の交流を描いた人気の曲目『鞍馬天狗』を宗家(宝生和英)に、3日目は女御に恋をしてしまった老人の悲哀と恨みを描いた『恋重荷(こいのおもに)』を四世梅若実さんに舞っていただきます」

※シテ「曲の主役。基本的には、1つの能のシテは1人だが、シテと同格扱いの役がある場合「両シテ」とされることもある。


――『祇王』は平清盛(入道相国)の寵愛を受ける遊女・祇王御前と仏御前の友情が描かれる曲ですよね。甫さんは師である隆三さんと両シテを務めるわけですが、現在の心境はいかがですか?

「『祇王』は「相舞」(あいまい)という形式のひとつで、祇王御前と仏御前が同じ舞いをするわけですが、師と同じ舞いをするという機会はあまりないのでとても楽しみです。一度、大学生の頃に先生と『祇王』を舞わせていただいたことがあるのですが、その時は『祇王』について理解が乏しく……。あらためて今回、『祇王』についてのあり方を考えて舞台に臨みたいと思っています」


――『祇王』の見どころを教えてください。

「やはり、祇王御前と仏御前の相舞だと思います。ふたりは清盛を前に競い合って舞うことで結果的に相舞ってしまう。ここが大事なポイントなんですよね。そこに清盛の心移りがある」

隆三「『二人静(ふたりしずか)』という相舞で有名な曲があるのですが、『二人静』の場合は影に形が添うようにぴったり同じでなくてはいけない。しかし、『祇王』の場合は人格も違えば、清盛に対する想いも違うので、相舞のあり方に『祇王』独自の趣がある。そういった点をお楽しみいただければと思います」

「また、『祇王』には終曲部分で、祇王御前と仏御前がどのように幕に帰っていくか、いくつか方法がありまして。その帰り方によって最後の余韻が変わってくるんですよね。簡単にいうと、仏御前と祇王御前が一緒に帰るか、別々に帰るかという違いなのですが、そういったポイントも楽しみにしていただけたら幸いです」

 

取材・文/大宮ガスト


■プロフィール

田崎隆三(たざき・りゅうぞう)
1949年東京生まれ。ミュンヘン・オリンピック能を始め多くの海外公演に参加し、1998年にはワシントン公演を企画し大使公邸などで上演。1991年より靖國神社夜桜能を発案企画・運営。平成元年度芸術選奨文部大臣新人賞受賞。重要無形文化財総合指定保持者。


田崎甫(たざき・はじめ)

1988年神奈川県生まれ。6歳より叔父の宝生流能楽師・田崎隆三氏に師事。同年『鞍馬天狗 花見稚児』で初舞台を飾る。2011年には宝生流の若手能楽師が集う『五雲会』での演目『金札』で初シテを務める。2018年宝生流第二十代宗家・宝生和英氏の内弟子を終え、宝生流職分として独立。