新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』製作発表会見レポート

新橋演舞場にて12月6日より上演される新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』の制作発表会見が帝国ホテルにて行われた。主人公ナウシカを演じる尾上菊之助、クシャナを演じる中村七之助のほか、演出のG2、スタジオジブリの代表取締役プロデューサー・鈴木敏夫、松竹代表取締役副社長・安孫子正が登壇した。

 

本作は、宮崎駿監督自らが描き上げた全7巻の漫画をもとに、1984年にアニメ映画化された際には描き切れなかった壮大なストーリーを昼の部・夜の部通しで上演。脚本はスタジオジブリ作品を数多く手がけてきた丹羽圭子と松竹の戸部和久が手掛ける。

宮崎作品およびスタジオジブリ作品が歌舞伎舞台化されるのは史上初の試みで、主演の菊之助は「船出を迎え、武者震いしています」と、心のはやりを抑えられない様子。七之助も「一生懸命、一日一日、励んでいきたいと思います」と、意気込みを述べた。

また、今回の公演に使われる題字は鈴木プロデューサーの手によるもので、「少し歌舞伎の世界に近づけたら、そんな考えで書きました。新しいロゴもいろんな方に愛されたら」と話した。菊之助は「“風の谷”の和の感じと、“ナウシカ”の原作の雰囲気とが合わさった、まさにコラボの感じ」と讃えた。

 

登壇した各人のコメントは以下の通り。


■尾上菊之助

「5年ほど前から準備をを始めまして、今日皆様の前で門出、船出となりました。今、すごく武者震いをしております。初めて、スタジオジブリの鈴木(敏夫)さんのところにうかがった時の緊張感、ご了承いただいたときの興奮を胸に、これから衣装や道具、いろいろな準備など打ち合わせが盛りだくさんではありますが、生み出す苦しみよりも原作に寄り添って、歌舞伎ファン、ジブリファンにも絶対に納得していただける作品になるよう鋭意制作段階に入っております。ナウシカが制作されるとき、宮崎監督が鈴木さんのところに、1日に何枚も描けるスケッチ、1日1枚くらいしか描けないスケッチ、その折衷の3枚のスケッチを持ってこられたそうです。お話し合いの中で、1日に1枚しか描けない、それくらいのクオリティで行こうとナウシカが出発したそうです。そんな1日に1枚しか描き進められないほど宮崎監督が大事にしているもの、スタジオジブリが大事にしているものをお預けいただいているという責任感は、非常に感じております。しかし、今のラグビー日本ではないですが、One for All, All for One、みんなで力を合わせて、ひと場面ひと場面を作り上げていきたいと思います」

 

■中村七之助

「菊之助のお兄さんから電話がかかってきて、“『風の谷のナウシカ』をやるから力を貸してほしい”と言われたときに、『風の谷のナウシカ』をやるのか、と、純粋に驚きました。兄(中村勘九郎)もジブリの大ファンでして、特に兄はナウシカが初恋の人。私はジブリの作品にも出させていただいた(『かぐや姫の物語』御門役で声の出演)んですが、その声を収録に行くときに、兄の運転で(兄の妻・前田)愛さんと一緒に3人で行きました。兄たちは気楽なもので、ジブリのスタジオに行けると盛り上がっていましたが、私は愛しているジブリの作品を仕事としてやるのにずっと胃が痛くて…。それでも頑張らせていただいて、とても嬉しかった思い出があります。あれから時を経て、ナウシカを我々のホームである歌舞伎でやらせていただけることになり、とても嬉しく思います。宮崎監督がかける想い、昔からわかっていたことですけれど、いま改めてわかったので、役者、演出家など全員で素晴らしい作品にしないと、スタジオジブリのためにも歌舞伎のためにもならない。それを肝に銘じて、一生懸命、一日一日、励みたいと思っております」

 

■G2

「映画が上映されたのが1984年、僕が大学を出てエンターテインメント業界の末席に名を連ねたのがこの頃でした。当時、大変な衝撃を受けたことを覚えています。ナウシカの世界観を、自分なりのナウシカの世界観のようなものを作りたいと35年やってきましたけど、今もまだ作れておりません。にもかかわらず、『風の谷のナウシカ』の歌舞伎版をやらせていただけるということで、大変光栄であり、意味を感じております。何しろ150年ぶりにになるかもしれない新作歌舞伎の通し公演、先ほど鈴木敏夫さんとも少しお話をしたんですが、初日が終わるころには演出は灰になっていると(笑)。今回に関しては、なるたけ古典歌舞伎の手法でやりたいということで、35年前のアニメとなると古典に近いものですし、古典と古典が融合された中にどういう反応が起こるのか。しっかり皆さんにお届けできるよう、知力、気力、体力の限界になるまで頑張っていきたいと思います」

 

■鈴木敏夫

「今回僕らは、原作を提供しますが、その原作が歌舞伎でどのようなことになるのか。期待する立場なんですね。映画と違って、非常に気が楽なんですね(笑)。七之助さんには、『かぐや姫の物語』で御門役を演じて頂きお世話になりました。本当に素晴らしかった。菊之助さんは、先週『寺子屋』を拝見しました。言い方によっては誤解を招くので慎重に話さないといけないんですが、菊之助さんの演じられた千代というキャラクターが大変すばらしかった。今回のお話があってからずいぶんいろいろ観させていただいているんですが、今回の千代は本当に絶品でした。誤解を招くかもしれませんが…菊之助さんが一番目立っていたんですね。久しぶりに緊張しました。その日、眠くて仕方なかったんですが、それが吹っ飛んで最後までずっと観ていられました。そして、この内容はもしかしたらナウシカにもつながっているのかな、と。近代合理主義や現代の考え方ではわかりにくい話なんです。そんなようなことを思いました。ナウシカという作品は宮崎にとって一番大事な作品です。精魂込めて、自分の思っていることのすべてをぶつけた作品でした。その後、いろいろな映画を作ってきましたが、彼の中心にあったのはナウシカで、ナウシカの一部を切り取って作品にしたことが多かった。お話をいただいたときに、多分、宮崎は嫌がるだろうなと思ったんです。これまで、ハリウッドや各方面からいろいろなお話をいただきましたがすべて断ってきた。ところが今回に限っては、やろうよ、と言ってくれた。断られると思っていたから、菊之助さんからお話を聞いたときも“もののけではどうですか”と言ったくらい(笑)。少しでも(歌舞伎に)近づくから。でも、菊之助さんはナウシカをやりたい、と。それで、宮崎が出した条件が2つ。タイトルを変えないこと。2つ目が、記者会見その他、いろいろあるだろうけど俺は協力しない。この2つがOKならOKということでした(笑)。僕のお袋が実は大の歌舞伎ファン。そういう意味では、今回僕もものすごく楽しい仕事になっています。僕の立場としては、期待しています、いい作品を作ってください」

 

■安孫子正

「いよいよ念願であった新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』を、この12月に新橋演舞場で上演ことになりました。歌舞伎は長い間、新作を作り続けてそれが古典となって。時代時代を象徴する作品を作っていく。そういう繰り返しが歌舞伎でございますけれども、この時代を象徴する作品を作っていくことが我々の課題であります。『風の谷のナウシカ』を歌舞伎にすると発表がありましてから、いろいろなところで大きな反響がありましたが、これまで常々、いずれナウシカをどうにか歌舞伎でできないかと考えておりました。上演できる機会を与えてくださったことに、感謝しております。その中でも、今回主演を務めます菊之助さんが、だいぶ前から熱意をもって働きかけておりました。その熱意をはじめ、いろいろな想いが重なり合って今回の上演に至りました。今、調べている最中ではあるんですが、昼夜を通しての新作となりますと江戸時代以来になるのではないかと思われます。ぜひ『風の谷のナウシカ』を素晴らしい作品として上演したいと思っております」

 

会見の後半では、記者からの質疑応答にも応じた。

――ナウシカ、クシャナ、それぞれの役どころについて期待していることは?

菊之助「ナウシカを初めて観たときに、女性の持っている力強さと可憐さ、まずそのキャラクターに惹かれました。その後、原作の存在を知って読んだ時に、テーマの深さ、壮大さにますます惹かれていきました。歌舞伎の古典もそうなんですが、現代に残っていく古典というものは役者が創意工夫を重ねて魅力を増していくというのもあるんですけれども、現代に通じる普遍的なテーマ性があるかないかが、古典作品が生き残っていけるかどうかにかなり関わっている。ナウシカが好き、というのも大前提ですが、テーマの普遍性が一本貫かれている。それが歌舞伎と融合した時にどういうものになるのか、自分自身ワクワクしています。ナウシカの可憐さは出していかなきゃいけないと思っていますが、ナウシカは腐海の謎を解きたいという謎解きからはじまって、この星全体と相対するところまでいきます。ナウシカの成長物語とも捉えています。課題は出てくると思いますが、ご覧いただく皆様には役者にお任せいただいて、楽しんで頂ければと思います」

 

七之助「映画のクシャナと原作のクシャナは、もちろん違いますし、また歌舞伎のクシャナも多少違うんですけれども。クシャナは最初、悪人として出てきまして、ちょっと無謀と思えるような行動をとってしまったりもあるんですけれども、原作ではナウシカと出会ったことや、家族との関係性を見ているとすごく女性的。父親を憎んでいるけれど、どこかで愛していたり。この道を進まなければいけないという、可愛そうな女性なんですね。そういう力強さだけでなく、心のゆれがある。それがあることでクシャナというキャラクターがどんどん深くなる。どうしてこういう行動をしなきゃいけないのか、そういう考えになっているのか、ということを考えながら、稽古に励みたいと思います。殺陣や立ち回り、大仕掛け、多々あるんですが、そこはおまけ。心ですよね。テーマや心を少しでも感じ取っていただいて、おまけがいいおまけになるよう、主軸をすごくいいなと思ってもらえる作品にしたいです」


――飛ぶシーンや巨神兵など見どころはあるが、演出はどのようにしていく?

G2「あくまで、歌舞伎の手法をとってやりたいというのはある。原作は空をとんたり、王蟲や巨神兵などの巨大生物が出てきたりするが、そのあたりのケレン味はしっかり出していきたいと思っています。でも、昨今の今どきの手法ではなく、あくまで歌舞伎のもので。もともと歌舞伎は江戸時代からSFX的な効果を出したり、見立てをしたり、いろいろな手法がある。そういうものを使って、漫画の世界をつくっていけたら」

 

――昼夜通し公演に踏み切った経緯は?

安孫子「通常ですと4時間くらいの間におさめるということが多いんですが、この作品をどれだけきちんと描いていくかを考えたときに、その時間では表現しきれないだろう、と。やっぱり、ナウシカで描かれている世界をきちっとお客様に伝えていくためには、昼夜をかけて作品を作っていかなければならないと考えました。そこには想像以上の苦労がこれからかかってくるわけですけども、この作品に対する想いを集約できて、チームワークをもって作品づくりができれば実現できるのではないかと思っています」

 

――ガンシップなどの言葉はそのまま使う?

菊之助「変えておりません。そういった部分をとても大事にしております。役名を和名にしたりということも、今回はしておりません」

 

――衣装や音楽についても古典に準ずる?

菊之助「古典に準じております。これから稽古していかなければわからないですけども、ナウシカ、クシャナに関して言うと、お客様に御負担をおかけしてはいけないと考えておりまして、登場して“これはナウシカだな”とお判りいただけるようにすこし寄り添っていこうと思っております。髪型や衣装のエッセンスをどう歌舞伎と融合して、合流地点を探す。今回は衣装を別にお願いしているわけではありませんし、松竹の衣装さんや床山さんと、どうしましょうかと手探りで職人が作り上げている。古典の力を信じている人たちが力を合わせて制作しております。細かな部分も、いつもにはない目の輝きが小道具さんたちにはありまして(笑)、制作の方たちもすごくキラキラしながら作っているので、すごくお話がしやすいというか。話が通じやすいです。それだけ、ジブリ、ナウシカを愛してるんだな、と感じます」

 

――言葉遣いについてはどのようにする?

菊之助「平易な言葉を選んでいくんですけども、ナウシカ、クシャナに関して言えば、少し平易な言葉よりも古典の言葉を交えつつやっていこうかな、と考えております」

 

会見後には、報道陣に向けて囲み取材も行われた。囲み取材では昼夜通しへの苦労について話が及んだが、菊之助は「1巻から7巻まで全部をさせていただきたいという想いから始まったものの、出来上がってきた脚本を見せていただいたときに…お客様に全員タクシーで帰って頂かなきゃならないかも(笑)。これから稽古するにあたって、どういうふうな手を加えて、上演時間を考えつつ、役者同士で見せ場をつくりつつ、稽古を重ねていかなければなと思います。歌舞伎の常識的な時間で終わりたいと考えております」と、壮大な世界観の表現に苦心している様子がうかがえた。

 

今後、大変だと思う部分については、七之助が「すべてですね。これが決まってからテレビ放送でナウシカを観たんですが、一番苦しい思いをして観ました。全然楽しくなかった(笑)。どうするんだろ、このシーンどうやるんだろ…って。10回以上観ていますが、今までと全然違う。でも、いい苦しみなのかな。この仕事をさせていただかないと思えない苦しみだし、成功した時のよろこびに変わるとそれはもうスゴイものなので。それを楽しみにしたい」と語った。また、「兄も大好きな作品なので、何でも手伝うんじゃないですか? 出演に関しても羨ましがってましたし。ワンピースのときも私たち兄弟は、何でもいいからやると言って声だけ出演したりもあったので。それくらい、兄にはかける思いがあると思うので、何でもやると思います(笑)」と、兄のナウシカ愛を語り、報道陣からは笑いがこぼれていた。

 

新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』は、新橋演舞場で12月6日から25日まで上演される。

 

取材・文:宮崎新之