勘九郎、七之助ら中村屋一門による恒例の特別公演、2022年春は“春暁”と“陽春”の二本柱で全国を巡業

中村勘九郎、中村七之助を中心に中村屋一門が全国の劇場に行く、恒例の巡業公演。2022年の春は“春暁特別公演”を全国16ケ所、“陽春特別公演”を全国5ケ所で内容、出演者を替えて上演する。演目は、“春暁”では勘九郎と鶴松らによる『高坏(たかつき)』と、七之助が四役早替りを披露する『於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)』より『隅田川千種濡事(すみだがわちぐさのぬれごと)』。“陽春”には勘九郎の息子たちも参加し、勘太郎と長三郎による舞踊『玉兎(たまうさぎ)』と、勘九郎と七之助による『かさね』こと『色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)』。どちらも幕間にはトークコーナーがあり、彼らの歌舞伎に対するアツい気持ちはもちろんのこと、それぞれの素顔をも垣間見ることが出来る貴重な時間が楽しめる構成となっている。
まだ稽古はこれからという一月上旬にリモート取材が行われ、この特別公演への想い、演目の見どころや解説などを勘九郎、七之助が語ってくれたので、その模様をここでご紹介!


――まずはこの恒例の特別公演への想いをお聞かせください。

勘九郎 私たちにとりましてとても大事な公演である、この巡業公演が今年も春に行われること、そして去年から参加するようになった子供たちが出られる公演ができることをうれしく思います。こうして開催できることは日々の感染状況をしっかりと見ながら、お客様には安心安全に歌舞伎を観ていただけるように努力してくださるスタッフの方々がいてくださるおかげです。ぜひ全国の皆様に楽しんでいただけるよう、準備は怠らずにやっていきたいと思います。

七之助 2005年から続いているこの巡業公演も、今年で17年目となります。なかなか大きな劇場まで足をお運びになれないお客様のために、私どものほうから各地に行きナマで歌舞伎に触れてもらおうという想いがきっかけで始まった公演です。今回は“春暁”と“陽春”、演目の違う二つの構成で開催させていただきます。

勘九郎 そして今回の栃木公演で、47都道府県制覇がやっと叶うことになりました。本当だったら2019年に果たせるはずだったんですが、この時は台風で叶わず。いよいよ念願の47都道府県制覇となる予定なので、その点も楽しみです。


――“春暁特別公演”の演目について、見どころなどをお教えください。

勘九郎 “春暁公演”では、中村屋の家の芸と言っても過言ではない『高坏(たかつき)』からご覧いただきます。私が次郎冠者、大名某が中村小三郎、高足売が鶴松、太郎冠者が仲助と仲侍のダブルキャストという、一門でできることもうれしく思います。この巡業では毎回お弟子さんたちも含め、みんなで芝居を作り上げていくというのがメインですのでね。演目としてはとても華やかな作品でございまして、なかなかお花見も自由にできないこのご時世ですので、桜満開のこの舞台を観て少しでもお花見気分を味わっていただけたらと思います。
また『高坏』といえば高下駄でのタップですが今回、下駄を新調しました!(笑) これまで何回も『高坏』は踊らせていただいていましたがずっと父の下駄を使っていたんです。それをこのたび新調したので、自分の下駄の初お目見えがこの“春暁公演”となります。
そして“春暁”にはここ数年、本当にがんばっている鶴松も出演します。『高坏』の高足売という役も大事なお役で、ここで中村屋の家の芸を彼に伝えることで少しでもステップアップしてくれる公演になったらいいなと。トークコーナーでも、たぶん鶴松がメインになって話してくれると思いますので、彼の人となりも楽しんでいただければと思います。

七之助 後半の『隅田川千種濡事』は、『於染久松色読販』という長いお芝居の中の最後、段切れの舞踊です。これは、私がひとりで巡業公演をまわらせていただいたことがございまして、その時にも上演した演目になります。この時は昔ながらの芝居小屋などをまわらせて頂いたのですが、とても喜んでいただきました。以前、父が襲名の折に巡業でこういうことがしたいと道を作っておいてくれたものを、私が真似をしたわけなんですけれども。そもそも早替りって歌舞伎の中でもエンターテインメント性がとても高い手法のひとつなんですが、ナマで観たことはないとおっしゃる方がまだまだ多いんです。だったらこの機会にぜひ早替りを観ていただきたいと思いまして、再びこの演目を選ばせていただきました。
早替りのコツですか? それはやはりお弟子さんたちとの連携ですね。“ピットイン”と呼んでいるのですが、僕はほぼ立っているだけみたいなものですから(笑)。また、舞踊の場合は台詞がありませんから、完全にエンターテインメントとして観ていただければと思います。巡業公演で販売しているパンフレットには歌詞も書いてあるのでそれを読みつつ観ていただいたら物語の前後がよりわかりやすいかもしれません。


――続いて“陽春特別公演”の演目については、いかがですか。

勘九郎 『玉兎』は清元の舞踊で、通常はひとりで踊る舞踊なのですが今回は勘太郎と長三郎二人のバージョンにいたします。踊りの中でカチカチ山をやる場面があり、ウサギとタヌキをどうパート分けするかなど、振りや構成はこれから作っていきます。二人で踊る『玉兎』というのはとても珍しいと思いますよ。『玉兎』は勘太郎は6歳くらいの時に歌舞伎座でひとりで踊った経験があるので安心ですし、長三郎のほうもお稽古ではずいぶん前に仕上げた作品なので、さらに稽古を重ねてブラッシュアップさせ、みなさまに楽しんでご覧いただけるようにいたします。

七之助 “春暁”で演じるのは長唄の作品ですが、“陽春”は清元の作品なんですね。歌舞伎の舞踊といっても、いろいろなジャンルの舞踊があるよということをこの巡業公演で知っていただこうということで、あえてこの構成にしました。
後半に兄と私でやる『かさね』も清元の代表作でして、踊りのみならず、曲もじっくりと聴いていただきたいと思います。私、かさね役はフランス公演で一度演じさせていただいたことがありますが、日本では今回が初めてなのでとても楽しみにしております。最初は恋心を踊っていたのが、だんだんといろいろなことがわかってくるという因果因縁のお話で、最終的には顔が醜くなり、足も折れてしまい……その踊り分けも見どころとなる、素晴らしい踊りです。『玉兎』とはまた、ガラッと雰囲気の違う踊りを楽しんでいただきたいと思います。
この、かさねさんというのが本当に一途な女性で。与右衛門さんを追いかけてくるのですが、与右衛門さんという人があまりにも……。

勘九郎 そうなんです。僕が演じる与右衛門がひどいことばかりするので。全部、僕が悪いんです(笑)。

七之助 それなのに、業が与右衛門のほうではなく、かさねにばかり降りかかってくる。なぜ、与右衛門のほうにいかないのかって思いますよ。

勘九郎 ホントですねえ。

七之助 歌舞伎には男尊女卑に触れる作品が多くあり、その最たるものかもしれないのですが。最上級に愛していた男からどん底に落とされ、自分の顔も醜くなり、女性としてのすべてがやがて崩れてしまう。その男女のドロドロした部分をうまく表現していきたいですね。かさねは、怨霊とかお化けではないので。

勘九郎 そう、すごく可哀想な女性の話なので。かさねさんに共感してくださると、ストーリーとしてもとてもドラマティックに観られますし、現代の女性の感覚にも合うんじゃないかなと思いますね。

七之助 踊り方としては、足が悪くなり、顔が変わってからは、実は“助け合い”なんです。与右衛門がうまいことリードしてくれないとやりにくいというか。だから与右衛門とかさねの息がバッチリ合うと、なんというか磁石みたいになるんです。マイナスとマイナスになったり、プラスとマイナスになったり、という位置関係にメリハリを効かせると、より効果的で。拒絶するところは拒絶し、ベターッてくっつくところはくっつくみたいなメリハリが、この踊りの面白さ、深さにも繋がっていくので、そこは二人で息を合わせてやっていきたいですね。

まさに勘九郎、七之助兄弟の、ぴったりと息の合った舞踊は眼福の極みと言える。また、すくすくと日々成長し続ける勘太郎、長三郎兄弟の活躍にも目が離せないが、なんと今回はこの巡業公演で初めての“オフィシャルグッズ”も制作する予定だとか。勘太郎と長三郎が描き下ろした絵をデザインした手拭いなどが準備中とのこと、これは観劇記念のお土産としても要チェックだ。

 

取材・文/田中里津子
撮影:中田智章