ともに1993年生まれ、28歳の中村児太郎と中村隼人。かたや古典、かたや新作で精力的に大役に取り組み、歌舞伎の次代を担う存在である二人が『いぶき、特別公演』で共演を果たす。幼い頃から互いを知っていた同士だが、二人だけで公演を行うのは初めてのこと。6月1日に東京・観世能楽堂からスタートして全国9か所をまわるこの公演では、児太郎が「藤娘」、隼人が「雨の五郎」、そして二人で「二人椀久」に挑戦する。公演に先立ち、4月初旬に行われた取材会のもようをお伝えします。
「二人椀久」で二人ならではの世界観を
——まずはこの公演にかける思いを教えてください。
児太郎「『いぶき、』は二人きりしか出ないので、各々にかかる責任が非常に大きいなと思います。ですが、やりたい役、目標とすべき役をこのタイミングで、しかも能楽堂というすばらしい舞台でやらせてもらうということで感謝でいっぱいです」
隼人「「二人椀久」という大作に挑戦できるのは本当にうれしく思っておりますし、身が引き締まる思いです。そしてなにより、平成5年生まれの同級生で、初舞台を踏む前のほんとうに小さい頃から歌舞伎座のまわりを遊び場にして、諸先輩方に怒られ続けていた僕らが、こうして責任興行をさせていただくのは本当にうれしいことです」
——「藤娘」「雨の五郎」それぞれの演目への思い入れや見どころは?
児太郎「「藤娘」は、最初に日本舞踊 中村流の会でやらせていただき、祖父・中村芝翫からしっかり教わった踊りのひとつですが、そのときは手も足も出ませんでした。けれども、その後坂東玉三郎さまと二人で踊らせていただく機会を得て、学んだり感じたりすることが多くありました。今回はいまの自分ができる一番いい藤娘をどれだけ表現できるかなと楽しみにしております」
隼人「僕が演じます「雨の五郎」の踊りは、玉三郎お兄様のお母様である藤間勘紫恵先生にずっとお稽古をしていただいて育ちました。小学生の頃でしたか、勘紫恵先生から「立役にとってこういう演目は大事」と教えていただきました。五郎、つまり助六は最近では市川海老蔵のお兄さん、中村歌右衛門のおじさまくらいしかやっている方はいないですが、立役であればこの助六ができるような技術や見せ方を身に着けなさいということだったのだと思います。そういう部分を意識して踊れたらと思います」
——二人で演じられる「二人椀久」はいかがでしょうか。
児太郎「「二人椀久」はやはり中村富十郎のおじさまと先代の中村雀右衛門のおじさま、そして中村仁左衛門のおじさまと玉三郎さまと、名コンビがそれぞれの世界観を築いていらっしゃる演目です。僕たちも、僕たちだからこそできる二人の世界観をつくっていきたいと思います。今回は玉三郎さまにお話を聞いて勉強したいなと思っています」
隼人「彼の言うとおり、仁左衛門のおじさまと玉三郎のお兄さまの当たり役ですよね。僕は今月も仁左衛門のおじさまとご一緒していますし、彼は玉三郎のお兄さまにいろんな役を習っている。いまたいへんいろんなことを教えてくださっている先輩がたの当たり役を務められるのは運命的なものじゃないかと思っております。また、幻想的な世界観が魅力の踊りですので、夢のような雰囲気を大事に。僕は恋に焦がれて狂う男の役ですので、児太郎くんを愛しすぎて狂えるよう、頑張りたいと思います。」
児太郎「ゆくゆくは「この二人の『二人椀久』を歌舞伎座でも観たい」とか「この劇場にも来てほしい」と言っていただけるようになれたらと思います」
隼人「でも彼には海老蔵さんという相手役がいますからねえ。僕なんて……(笑)」
児太郎「いや、せっかくの同級生コンビですから。後輩たちにも「ああなりたい」と思ってもらえるようになれたら」
異例のレスリー・キーによるプログラム
——今回の公演は東京の観世能楽堂を皮切りに、全国の能楽堂を中心に回られるそうですが、能楽堂での上演に対する思いは?
児太郎「先日、観世能楽堂のフェスティバルに参加させていただき、舞台に上がらせていただいたのですが、マジで緊張しました! やはりとても由緒正しい舞台ですので、手に塗っているおしろいをつけてしまったらどうしようとか、そんなことも気になって……。でもこういった舞台に立たせていただけることは大きなチャレンジになると思います」
隼人「我々の世界も「ルールが厳しいですね」と言われることがありますが、そんな我々から見てもお能の世界のルールはより厳格だなと思うことがあります。僕自身は能楽堂で公演をすることは初めての経験ですので、児太郎くんに教わりながらやっていけたらと思います」
——また、今回はビジュアルがレスリー・キーさんによるものだそうですね。
児太郎「撮影がとても早くて、二人も撮られるうちに高まっていって、楽しい現場でした。今回お客様にはレスリー・キーさん撮り下ろしの写真が使われたプログラムをお配りしますので、楽しみにしていただけたら」
隼人「歌舞伎の公演ではなかなかないですよね。世界的な写真家であるレスリーさんに撮っていただいた、ハイブランドの洋服を着ている僕ら、紋付を着ている僕ら、そして二人椀久の僕らが散りばめられているプログラムです。永久保存版のものになるんじゃないかと僕らも楽しみです」
一番認めてほしかった人と、いつも刺激をくれる人
——お二人は役者としてお互いをどう見ていますか?
児太郎「正直、以前は彼をライバル視していて、同級生だからこそ負けたくないと思っていました。2018年、父(中村福助)が4年10か月ぶりに復帰させていただいた公演で、「鬼揃紅葉狩」で彼と一緒になりました。そのとき、彼が「優太(児太郎の本名)、頑張ったね」と声をかけてくれたんです。そこで「頑張ってきてよかったな」と思えました。彼に認めてもらったことで、僕も彼を認めていると言えるようになったんです。……彼は人をひきつける力がものすごくあると思います。「二人椀久」はそんな彼の魅力を最大限に発揮する演目だと思います。そして僕も、こうして舞台を降りても恥ずかしげもなく彼を好きと思えるようになったので、それが作品に反映されるのではないかと楽しみですね。最大限の力を発揮して、今回も彼に「頑張ったな」と思ってもらえるように。一番認めてほしかった相手なのかな」
隼人「本当に思ってます?」
児太郎「同じことをみんなに言ったりしてないよ。未来はわからないけど、今は思ってますよ」
隼人「こんなふうに恥ずかしくて言いづらいことを話せちゃうのが彼の魅力だと思いますね。嫌いなことは嫌いだし、好きなことはとことん好き。今、たぶん彼のなかで僕のことを好きな期間なんだと思います(笑)。この時期に『いぶき、』ができてよかった」
児太郎「ははは!」
隼人「彼と僕と、たまたま大きなお役をいただく時期が重なっていて。彼は古典、僕は新作、ジャンルは違いますが、真ん中に立ち、一座を率いる楽しさと苦しみをともに味わっている仲間だなと思います。僕は萬屋、彼は成駒屋という家に生まれて一緒に育ってきました。彼は生まれながらにして継承していかなくてはならないものが多いなかで、重圧もあったと思います。でもこの持ち前の明るさといかつさではねのけて、真摯に取り組む姿勢には僕も影響されてきました。いつも刺激をくれる人で、彼がいなければ今の僕もないと思います」
児太郎「100点満点の回答じゃん! 自分から褒めるのは平気だけど、褒められるのは恥ずかしいな」
取材・文 釣木文恵
写真「©️GEKKO」