またたびさんざ 柳家三三 四都市 五ヶ月連続独演会「任侠流れの豚次伝」
柳家三三 インタビュー

落語家・柳家三三の独演会「またたびさんざ 柳家三三 四都市五カ月連続独演会2018」が名古屋、大阪、広島、福岡にて開催される。全10話からなる三遊亭白鳥作の新作落語『任侠流れの豚次伝』を5カ月連続で2話ずつ口演するという試みだ。養豚場で生まれた子ブタの豚次が、さまざまな動物たちと出会いながら劇画さながらの任侠劇を繰り広げるという異色作を、三三師匠はどのように展開していくのか。8月の開幕を前に、話を聞いた。

 

――昨年、『嶋鵆沖白波』を大阪、名古屋、福岡の3都市で6カ月口演をされましたが、今回は1都市広島を加えて4都市で『任侠流れの豚次伝』を口演されます。前回の反応などはいかがでしたか?

 

『嶋鵆沖白波』は明治に作られた長編で、人情噺が続くめったに高座にかからない話。東京以外の地方ではまず聞くことがない演目です。どうなんだろうな、と思いながらもやってみたんですが、お客さんの反応に「新鮮なものを聞いた」という驚きがあったんです。東京の反応ともまた違うんですね。続きものですから、6カ月の間にだんだんと脱落者が出てくるものと思っていたんですけど(笑)、ありがたいことに尻上がりになった会場もあったり、満席のまま最初から最後まで終えた会場もあったりで。だから今回もやる、というわけではなく…東京にいるといろいろなジャンルのバラエティに富んだものを楽しめますが、なかなか東京以外の方はそんなに選択肢が広くない。早い話、行く側の落語家も東京以外の場所では割と鉄板な噺を選んでしまうんです。そういう意味で、三遊亭白鳥師匠のハチャメチャで奇想天外な新作落語は楽しんでいただけるんじゃないかと。私自身、落語をよく知ってくださっている方には古典落語をスタンダードにやっている男というイメージを持ってくださっているらしいんで。そういうミスマッチを楽しんでいただけたらと。

※『嶋鵆沖白波』…実話を基に初代談洲楼燕枝が創作した長編人情噺。流刑地である三宅島で出会った男と花魁が流刑人ら合わせて5人で脱獄、下総に辿り着いてそれぞれの目的を果たそうとする。

 

――初めて“豚次”のお噺を高座でやったのは2010年だったそうですね。

白鳥師匠の二人会がきっかけでした。白鳥師匠は新作をやって、僕はひたすら地味な話をやるという企画の落語会で、その時に「俺の噺を教えてやるから、自分の殻を破れ」というようなことを白鳥師匠がおっしゃいまして。何様だなんてね(笑)。でも的確なんですけどね。胸に響くようなことを時々言ってくる。それで、嫌だけど成り行き上しょうがない、とその次の回で「任侠流山動物園」をやりました。今、10話ある中の3番目の噺です。もともと、白鳥師匠はこの3番目の噺を単独でつくったんですよ。その後、あぁ面白いなと思ったのか2番目と4番目をつくり、作っていくうちにいっそのこと長い噺にしてしまおうと10話の長編になりました。ご自分でやるだけじゃなくて、いろんな人にやってもらいたいと、白鳥師匠がトリを取る形で10日間で10人の噺家が1話ずつリレーするという企画をやったんです。その時に僕にも10枚のCDが届きまして。「みなさんにやっていただくのが夢」なんて手紙も添えられてね。何言ってんだか、なんて思いましたよ(笑)

 

――リレーの際は第4話を担当されて、昨年から横浜で10カ月連続の通し公演で全話を口演されました。手ごたえはいかがでしたか?

自分がやった第3話と第4話しか知らない状態で10話全部をやりますっていう企画を立てちゃったので、口演が近づくにつれて噺を聴いてみたら“こんなのやらなきゃいけないの?”って(笑)。毎回、今日は蹄の形でボクシング? あ、今日は羽ばたかなきゃいけないの? 今日はウキー!とブー!でずっと喧嘩?ってなもんだから、人として、羞恥心のハードルが高い。それを真面目な顔をしてやらなきゃいけないんだけど、続けているとだんだん快感になってくるんです(笑)。無茶苦茶なんだけど、緻密なところがあって。第1話で無駄なところに思えたやりとりが、後でちゃんと活かされてたりする。白鳥師匠のすごいところは、そういう緻密さを感じさせない芸風なんですよね。せっかくの緻密さをドブに捨ててるような(笑)。

 

――ダイナミックさに緻密さが隠れてしまうような感じですよね(笑)。全話をやられてみての印象はいかがでしたか?

ダイナミックさ、すごく良く言ってくださいましたね(笑)。全体をやってみて、1個1個の噺もよくまとまっていて、その中で豚次がどんどんカッコよくなっていくんです。豚のはずなんですけど、けっこう本気のカッコいい男としてやっているところがあるんですね。“空を飛べるあの豚”よりも、もっとマジみたいな(笑)。登場人物…って、あんまり人は居ないんだけど(笑)、いろいんなクセのある動物と出会いながら成長していく豚次には、血沸き肉躍るようなイメージの楽しみがある。さらに、スパイスとしていろいろなどうしようもないネタがまぶされている感じですね。やってみて、すごく勉強になりますね。僕は白鳥師匠の噺を聴いて覚えるわけですが、人にわかる言葉に直してから喋るという作業が必要なんです(笑)。話の構成は本当によく出来ているんですが、白鳥師匠は本当に言葉を知らない。“てにをは”から直すんですから。小説家志望だった人間がこんなに言葉を知らないのか、と(笑)


――白鳥師匠は、今回の公演に寄せて「ほかの鳥に卵を抱かせて育てさせる、カッコウ作戦です」とコメントされていましたね(笑)

そうなんです。ある時から、僕が白鳥師匠の噺をやるときに横で録音してるんですよ。「三三がこんな恥ずかしい落語をやってる」と世間への脅しに使うようなことを言っていましたが、僕の噺を聴くうちにうまく言葉にできずにモヤモヤしていたことをコイツが整理してくれている、と気づいたみたいで。最近は、白鳥師匠のネタをやるようにやたら勧めてきます。「三三のを聴いてからやったら客がもっと笑う」とも言ってましたから(笑)。僕がやってウケなかったときは「白鳥師匠がやった通り」と登場人物に言わせて逃げます(笑)。

 

――(笑)。お二人のすごくいい関係が伝わってきます。

僕は僕で、普段なら落語の中でそういう表現方法はできないな、というようなものもいろいろ試すというか、振り切ってできる。白鳥師匠に言わせると「俺の噺をやってるときのほうがイキイキしてるじゃねぇか」ですから。僕はヤケクソだと思うんですけどね(笑)。自分が創った噺がいろいろな人の手によって、自分が思ったのとは違う表現方法でやってくれることでいろいろなバリエーションが生まれる。落語ってそういうものなんですよね。いろいろな人の手にかかって、ああしたら面白くなる、こうしたらもっと喜んでもらえるだろう、っていうことを経て普遍的なものになっていく。僕だけじゃなく、ほかの落語家や講談、浪曲の人なども、豚次の噺をやっている。それは、白鳥師匠の創った物語がよく出来ているという証でしょうね。

 

――先ほど、ご自身でもおっしゃられていましたが“柳家三三といえば古典落語”というイメージがある中、“豚次”のような新作落語をやることは挑戦的なことだったように思います。ご自身の中で何か変化は感じられましたか?

チャチャの入れ方であったり、物語に頼るだけじゃなくてストーリーをきちんと運ぶべきところだったり、そういうメリハリについてはバランスを取れるようになったような気がします。あとは表現方法の引き出しが増えましたね。古くからの落語には、この枠の中でやるというような、落語とはこういうものという考えがあるんです。僕が子供のころから落語を聴いてきた中でできた枠なんですが、こうでもいいんじゃないか?というダイナミクスのレンジが広がった感じがしますね。コンパスのように軸足が定まってさえいれば、幅を広げようが回転しようが、自由でいい。そんなふうに吹っ切れました。

 

――吹っ切れたことで、古典落語にも影響はあった?

自分でも驚いたのは「粗忽の釘」ですね。20年くらい前に教わったときはどうしてもうまくいかず、好きな噺だけれども二度とやらないと思っていた苦手な噺なんです。粗忽の人がそそっかしいことをして次々と間違いを起こしていく噺で、こう間違えたあと、次にこう間違える、と段取りとして覚えてやっていたんですね。今は、話の流れの通りであろうがなかろうが、粗忽の人が慌てて何かを言って、間違いが起きようが起きまいが、思いついたことを言うようになりました。おかしなことを言ってしまったら、別の登場人物の言葉でフォローしてうまく進めていけばいいんです。それくらい吹っ切れてからは、自分も楽しめるようになったし、お客さんにも笑っていただけるようになりました。こんな風になっちゃうのか、と自分でも驚いてます(笑)

 

――そこまで思いきれるようになったのはいつ頃からでしたか?

いつごろでしょうね。ここ3~4年のことでしょうか。いろいろなことをやらせていただくうち、自分の想像以上に活動の幅が広がって、お客さんも大勢来ていただけるようになりました。会場もどんどん大きくなっていって、そのたびに、もっと自分なりに変えなきゃ、もっと珍しいものをしなきゃ、と考えていた時期もありました。実際の僕はそういうクリエイティブなところはないので、自分を追い詰めてしまっていたんです。ある時、このままではまずい、と思いました。その時に、子供のころに自分が楽しいと思っていた落語をやればいいや、とポンと軸足が定まりました。それは本当に地味な感じのことなんですけれどね。古典落語の場合は、お客さんも来る前から「このあと、こう言うんでしょ」とわかっている。以前ならそれをどう裏切るかを考えていましたが、今は、そうだけど面白いでしょ?と言えるようになりました。

 

――最後に、今回の口演を楽しみにされている方にメッセージをお願いします。

地方ではなかなか聴く機会のない噺ですし、ただただ楽しいライブです。これは自分の芸に対する自信からではなく、あくまで白鳥師匠の創った“豚次伝”に対しての自信ですね。絶対に楽しいものになりますので、ぜひお越しいただければと思います。

 

インタビュー・文/宮崎新之
写真/ローソンチケット