『研の會』尾上右近 会見レポート+独占インタビュー【後編】

ジャンルを越え、参加する作品ごとに成長し続けている尾上右近が歌舞伎役者としてさらなる進化を遂げるため、2015年に始めた自主公演『研の會』。第七回となる今回は『夏祭浪花鑑』と『京鹿子娘道成寺』の二演目を上演することになった。
6月初旬に行われた記者発表会では、紋付き袴姿で登場した右近。公演内容を説明するだけでなく、自ら直談判したという横尾忠則デザインの特別版の公演ポスターのお披露目もこの場で行った(詳細は<前編>記事を参照のこと)。
その会見後の右近を独占直撃し、溢れる歌舞伎愛と、この自主公演への強い想いと覚悟を訊いた。

先ほどの横尾先生からのメッセージ、かなり嬉しかったのでは

いや、本当に嬉しかったです。何より「研の會が続く限り……」という発言にはちょっとビックリしてしまいました。

研の會は、前回は3年ぶりでしたが、それまではずっと年1回のペースでやられていたので、今後は基本的に1年に1回というペースで考えていると思ってよろしいのですか?

そうですね。これは23歳の時にスタートして、10回はやろうと目標にしてきたものなんですけど、単純に年1回やったとして33歳で終わる予定だったんです。でも途中で2年間休まざるを得なかったので、このままだと35歳で終わることになるのかな。だけど、自主公演って本当に準備するのも大変だし、いろいろな仕事の隙間でやっていかなければならないし。そう考えると35歳を過ぎてからの体力で、自主公演を自分の思うようにやることはちょっと難しくなってくると思うんです。

若いうちだから、できる

そう、気力、体力、集中力があるうちに。

忙しさも年々、増していくでしょうし

そうじゃなきゃいけないと思うし。ですから、もうこれ以上やれないなという状況で終えるのが理想的ですよね。そういう意味では、計算したわけではないんですが23歳で始めておいて良かった。そして今後はもう1年たりとも休むわけにはいかない、あとがないという状態になっています。もう、ここからはノンストップでやり続けようと思います。

自主公演でやる演目のセレクトという意味では、どういう基準で演目を選ばれているのでしょうか

それこそ今日は紋付き袴ですが、歌舞伎の場合、真っ向勝負の時というのは、わかりやすくカジュアルにするとかポップにするということではない時代に突入している気がするし、僕自身の状況的にもそうなっている気がするんです。なので、“ド古典!”というところで勝負して、真剣なところを見てもらうのが一番よく伝わるのではないかなと。ただ興味を持ってもらう、わかりやすくする、ということを重視するのではなくてね。それで、この二題に関しては男と女、そのどちらの役柄も演じさせてもらう機会が多い身としては、両極端に近い役柄を二役できる作品を選んだという感覚です。とはいえ、そのために選んだというよりは、自分のやりたい演目がたまたまその両極にある役柄の作品だったという感じでしょうか。だからチラシのコンセプトも、演目それぞれで全然違うビジュアルなんですが、これを一人で演じているんだぜ!みたいな。とにかく自分でできることを、出し惜しみせずに全部アピールしよう!と、そういうことばかりを考えた公演になりました。

やはりご自分の会をなさることで得られるものは、多いですか

それは多いですね。たくさんありすぎて、一言では言い表せないんですけれども。僕の場合は、実家に住んでいる時代が長かったのですが、ひとり暮らしを始めてから「あ、排水溝というのは詰まるんだな」と、初めて気がついたんですね。

それまではお母さまが掃除してくれていたから(笑)

はい。ゴミをゴミ箱に捨てても、そこでなくなるわけもなく、きちんとゴミの日に出しにいかなければいけないんだということも、わかってはいましたけど、ひとり暮らしをしたことで目の当たりにできた。そういうことと、自主公演で得られる経験って、めちゃくちゃ似ていて。つまり、自分でやらなければ何も前には進まないのが、自主公演なんです。全部の事柄について、自分に確認が来るわけです。たとえば舞台道具、セットにはこういうパターンとこういうパターンがあって、これをかけ合わせることもできるし、あの人はこうやっているし、これが全くないパターンもあるし、みたいにA、B、C、D、Eくらいまで選択肢があるんです。だけどそうやって「これ、どうしますか」なんて聞かれたこと、歌舞伎の本興行の公演では一回もなかったわけですよ。あの先輩に見てもらえる、となればそこでパターンは決まって、それがセットされている状態で衣裳も全部用意されていて舞台稽古を行うことになるので。

自分で選ぶことはない

そう、つまり通常の歌舞伎の公演では、お母さんがいる状態なわけです。だけど自主公演はひとり暮らし同様、自分で決めることが圧倒的に多い。お金だってかかりますしね。でもそういう大変さを乗り越えられるのも、やはり歌舞伎に対する自分の気持ちがあるからこそ、で。だって普通に考えれば、貯金をしておいたほうがいいですもん(笑)。でも歌舞伎役者にとっての貯金は、やはり自主公演、自己投資なんですよ。それをやるから、お客さんもついてきてくれますし。それに、自分の気持ちを正直に伝える場でもある。ふだんは言えない「ありがとう」を、ちゃんと真顔で歌舞伎に言えている感覚があります。

歌舞伎にお礼を言っているんですか?

はい。それがしっかり表現できれば「こいつは、歌舞伎に対して真剣なんだな」ということがわかってもらえると思うんです。ある意味、我が子のような存在でもあります。徐々に規模も大きくなっていき、手伝ってくださるスタッフさんも増え、そうなると自分だけでなく、人が育ててくれるところもあったりする。その我が子から逆に教えられること、支えてもらうこともあったりする。だから「今年は1年間、役もなかったし、この先も何をしたいのかよくわからない」と思って、自主公演にその気持ちをすべてぶつけるという時期も確かにあったし。今の段階はそうではなく、今の自分が歌舞伎に対して何を思っているかを確認する時間になっているんです。演目選びで言えば「僕はいずれこういう作品をやりたいと思っていますよ」という気持ちを提示するという一面も出てきましたし。実際に今年3月には自主公演で過去にやった演目(『仮名手本忠臣蔵』早野勘平役)を、歌舞伎の本興行である若手公演でやらせてもらえたりしましたから。去年も第五回の自主公演でやった弁天小僧のお役を、歌舞伎座で演じることもできました。なんだか、インディーズのバンドがメジャーデビューするって、こういう感触なのかもしれないと思えて嬉しかったです。

武道館でライブをやる夢が叶った、みたいな

まさに。もう、変なテンションになっていました。そういう想いも、自主公演をやっていなければ感じられないことだったと思います。また、自分のバランスを確かめられるというか、歌舞伎役者としての体重を測る体重計みたいな感じもある。あれ、今はちょっとぽっちゃり気味だな?みたいな時もあるし。

ベスト体重がわかるんですね

そう、なんだか疲れやすいと思ったら痩せすぎだった、とか。だったら、何を栄養として摂取したらいいだろうか、つまり歌舞伎にとって何を勉強すればいいかを知ることと、同じ感覚だったりする。だから、もちろん今回もベスト体重を毎回出すつもりです、ぜひともいい顔で体重計にのりたいと思っています!

そして今回、松本幸四郎さんにもお手伝いしていただけるそうですが、そのきっかけとは

やはり、先輩に教わるということは歌舞伎役者にとって財産となるんです。形にも残るし、心にも残る、かけがえのない財産なんです。

生で、直接伝えていただける財産

はい。しかもこの財産、後輩たちにもシェアできるものなので、その意味でも非常に大事なんです。その上、先輩であれば先輩なだけありがたいというか、それだけの年輪が感じられるものでもあるので。

レジェンドに教えていただけると、より貴重ですね。

そうなんです。それで、まず白鸚のおじさまに僕が直談判に行き「『夏祭』を今度、教えていただきたいのですが!」とお願いしたところ「もちろん!」とおっしゃってくださり、「でも『夏祭』は、僕は既に幸四郎くんにも教えたので、まずは幸四郎くんから聞いてもらって。最終的には僕も見ますから」と言っていただいたんです。白鸚のおじさまは、これまでほとんどしゃべったことがないくらい上の先輩なんですが、本当に優しい方で。楽屋ですれ違う時にも「この間のあれ、良かったですよ」と褒めてくださったりもするし。舞台でご一緒させていただいた時も、千穐楽の日にご挨拶に行くと「いやぁ、うまいですねえ!」なんてことも言ってくださるから、ビックリしてしまって。「まだまだだよ」と言いながら育ててくれる先輩もいますけど、本当に真っ直ぐ褒めてくれる方なんです。

そういう風に言っていただけると、嬉しいですよね。

だから、今回は絶対白鸚のおじさまに教えていただきたいなと思ったんです。そうしたらお願いに伺った時、以前ご自身が団七九郎兵衛をなさった時の台本を持って来て「これ、あなたが書き込んでくれていいから」と、くださったんです。本当に嬉しかったですね。

幸四郎さんとはどんな繋がりがありますか。

幸四郎さんが相手だと完全に僕は甘えていますし、逆に幸四郎さんも僕に甘えてくれているところがあると思います(笑)。

そうなんですか(笑)

僕からしたら、ものすごく愛おしい先輩です。だけどとにかく歌舞伎オタクなので、ひとつ質問したら10どころか100ぐらいの答えが返ってくると言いますか。また演劇経験もすごく豊富だし、お芝居が本当にお好きな方なので。そして歌舞伎では、型をやることと本を読むことは別の作業になるんですが、そのどちらに対してもすごく深く考察されていますし、演劇的にも分析している。先日電話でお話した時には「団七という役は僕もやってみて思ったんですけど、大阪の人だからと言葉を漫才みたいに交わして面白くなっていく、言い合いの妙だとも思われがちだけど、意外とそうではないと思うんです。言うに言えない空気感みたいなものや、ジレンマでうっぷんがたまっていく感触があるように思うし。そもそも団七は、あまり饒舌な人でもないですし。そういうことを踏まえながら、本格的なお稽古までは自主稽古で勉強して準備してみてください」と、そんなことまで言ってくださるんです。

早くも、課題を与えられているんですね。

そうなんですよ。加えて「時期的にはまさに“だんじり”の頃、クソ蒸し暑いということ。蚊が飛んでいて、とにかく蒸し暑く、臭かったりもして、それがメンタルにも影響してくる。しかも子どもと舅がいる、その関係性の中で行われるお芝居だ……と、思います」ともおっしゃっていました。

ちょうど真夏に上演できるというのも、またいいですね。

まさに!やはり夏に『夏祭』を、しかもお祭りが栄えてる浅草という町で上演できるんですから。

物語に没入できそうです。

実際、当日は大変に暑いと思うんですけどね。物販でお扇子も売っていると思いますから、ぜひそれで涼んでもらいつつ観ていただければと思います。

――歌舞伎の本興行をご覧になっている方でも、自主公演は未体験だという方もいらっしゃるかもしれません。自主公演ならではこういう面白さがあるとか、ここに注目してほしいというところがあれば教えてください。

やはり自主公演の場合は、ひとりの役者ができることを全部やっているというところにぜひ注目してみてほしいです。何故そこまでできるのかというと、それは歌舞伎が好きだからであって。私自身も歌舞伎に対する感謝と愛情の深さに関しては、誰にも負けないという自負があります。純粋さというものは、観る人の心を動かすと信じてもいます。ぜひそこを観に来ていただきたい。それから、お客さんに楽しんでもらうための工夫にもこだわっています。解説をつけたり、パンフレットも充実したものにし、観に来てくださった方に後悔はさせない作りになっています!(笑)だってなにしろ、人が楽しんでいる姿は絶対に楽しく思えるはずなので。それは古典だろうが新作だろうが変わりなく、ただただ真剣に楽しむ姿からは、きっと何か刺さるものがあると思います。未経験な方も、この機会にいらしてみてはいかがですか。ここで、私と一緒に歌舞伎沼にはまってみませんか? しかも私、まだ31歳ですからね。この先、60年近く歌舞伎をやっていく所存ですので、長いことじっくりと推し活ができるはずですよ(笑)。

長い旅になりそうです(笑)

ぜひとも、ご一緒にこの旅を歩んでみませんか?……ということで、ひとつよろしくお願いします!!

取材・文/田中里津子