新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』│初日前会見&ゲネプロレポート

左より)小烏丸(河合雪之丞)、膝丸(上村吉太朗)、髭切(中村莟玉)、三日月宗近(尾上松也)、小狐丸(尾上右近)、同田貫正国(中村鷹之資)

新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』が7月2日(日)東京・新橋演舞場にて初日を迎えた。

刀剣に宿る付喪神が戦士の姿となった刀剣男士を率い、時間遡行軍による改変から歴史を守る人気ゲーム「刀剣乱舞ONLINE」。舞台にミュージカル、アニメ、実写映画と様々なメディアミックスを成功させてきた「刀剣乱舞」がついに新作歌舞伎に。数々の舞台や映像でも活躍する尾上松也が、刀剣男士・三日月宗近役と合わせて初演出を務めることでも話題の作品だ。

初日前会見には“歌舞伎本丸”に顕現した刀剣男士を演じる尾上松也、尾上右近、中村鷹之資、中村莟玉、上村吉太朗、河合雪之丞の6名が登壇。その意気込みを語った。

まずは尾上松也が「いよいよ初日を迎え、気持ちが高ぶっております。皆さんにこの気持ちが伝わったら」と挨拶。小狐丸と足利義輝の二役を演じる尾上右近も「積み上げてきたものをお客様にお目にかける日がやって参ったという気持ちです。舞台稽古の映像などを見ていて“刀剣乱舞”というコンテンツの持つ柔軟さと力強さ、そして歌舞伎の持つ柔軟性を感じました」と自信をのぞかせる。

続いて初演出について尋ねられた松也は「自分が思うことを皆さんに具現化していただきながらどんどん形になっていく喜びというのは、今まで感じたことのない感情がありました。皆さんからいろんな意見もいただくことで、役者として立っている時には気づかなかったことや学び、得るものがたくさんありました。今、僕が思い描いたものが着実に形になってお届けできるのは出演者の皆さん、スタッフの皆さんによるところ」と、感謝を述べる。

前列左より)松永弾正(中村梅玉)、三日月宗近(尾上松也)
後列真ん中左より)足利義輝(尾上右近)、紅梅姫(中村莟玉)

稽古の前半は代役を立てながら全体を見ていたことも明かし、「いざ自分が立ってみますと景色が全然変わってしまうものですから、上手から出ていいのか下手から出ていいのかすら分からなくなるという状況がありまして。これは不思議なもんだなと思いました」と苦笑交じりに振り返った。

会見に登壇した共演者たちは、松也の演出を大絶賛。右近は「ご自身が役者でいらっしゃるので、仲間として役者を信じてくれてるとすごく思います。そして人間性がとても優しく温かく力強く、自分の意志が強い方。人と関わることを積み重ねてきた中で伝える難しさなども感じられてきたと思うのですが、信頼関係を築いた上で伝えてくれる素敵な演出家さんです。役者として求められてる以上の形で返したいと思いながら私も関わらせていただいています」と力強くコメントした。

同田貫正国と松永久直の二役を演じる中村鷹之資は「(松也からは)先輩としても色々教えていただいています。すごい機会を与えていただきました。歌舞伎の魅力、刀剣乱舞の魅力の両方を伝えたい」と熱い抱負に合わせて、「知り合いに“同田貫”さんというお名前の方がいらっしゃって、まさに刀鍛冶の末裔の方だったんです。ご本人に連絡したところ、一族を代表して応援しますと仰ってくださいました。たぬたぬ(同田貫正国)ファンにも興奮していただけるようなお芝居を松也のお兄さんの演出のもと作っていければ」と、思わぬ縁があったことを明かしつつ同田貫正国ファンにアピール。

松也の自主公演などにも参加している、髭切と義輝妹紅梅姫の二役を演じる中村莟玉は「いろんなパターンを用意してくださるので、ふだん自分から出てこないプランを求めていただくことによって初めてチャレンジできる」と松也演出の楽しさを語り、「日々、より良いものにしていくのが新作歌舞伎。幕が開いてからもさらなる高みを目指していきたい」と意気込み。

「この六振りに選ばれ、大好きな先輩の皆さんと一緒にお芝居できることが嬉しい」と喜びを語った膝丸役の上村吉太朗は「僕は大阪出身なので共演させていただく機会はなかったんですけど、最近ご一緒させていただく機会が増えて。小さい頃は耳たぶが大好きな先輩という印象でしたが(笑)、こうして演出作品でもご一緒させていただき、あらためてずっとずっとついていきたいなと思える存在です」と、昔話を交えつつ松也への親愛を示す。

小烏丸役の河合雪之丞は落ち着いた物腰ながら「この度の舞台に出させていただくのが嬉しい限り」と語り、「松也さんは様々な舞台、ミュージカルや映画やTVなどたくさんの経験をされていらっしゃるので、引き出しをたくさんお持ちの方。歌舞伎の要素も満載でございますけど、色々なご経験がおありになって作られた作品ではないかと思っています」と述べた。

前列左より)松永弾正(中村梅玉)、足利義輝(尾上右近)、紅梅姫(中村莟玉)
階段上前列左より)膝丸(上村吉太朗)、同田貫正国(中村鷹之資)
階段上後列左より)三日月宗近(尾上松也)、小烏丸(河合雪之丞)

“歌舞伎本丸”の刀剣男士が出陣する先は、十三代将軍足利義輝が討たれた「永禄の変」。この歴史的事件を歌舞伎ならではの発想で大胆に脚色した物語となっている。

この先のレポートには舞台内容に触れる記述が含まれるため、ネタバレを避けたい方はご注意いただきたい。

開演前、YouTube「松竹チャンネル」にて配信されている「新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』のミカタ」の案内人である押彦と武彦が客席通路に登場して前説を行う。「刀剣乱舞」の世界観と合わせて「歌舞伎」のお約束についても丁寧な説明が入り、「刀剣乱舞」と「歌舞伎」、どちらの初心者も置いていくまいとする気概が伺える。

物語も、刀剣男士の主・審神者(さにわ)が刀剣男士を目覚めさせるところに始まり、此度の戦に赴く刀剣男士たちが勢揃いしての名乗り、その彼らが出陣した室町時代で描かれる将軍になる前の足利義輝(菊幢丸)と妹の紅梅姫の暮らしぶり……と、事の起こりに沿って場面が展開されていくため非常に分かりやすい。

左より)小烏丸(河合雪之丞)、膝丸(上村吉太朗)、髭切(中村莟玉)、三日月宗近(尾上松也)、小狐丸(尾上右近)、同田貫正国(中村鷹之資)

歴史改変を目論む歴史修正主義が放った時間遡行軍は菊幢丸の命を狙い、三日月宗近たちがこれを防ぐ。菊幢丸は彼らを家臣にと望むが、三日月宗近はその願いを躱しつつも「見守る」ことを約束する。

後に菊幢丸は元服して十三代将軍足利義輝に。喜びの中で催された花見の宴では刀剣男士たちも舞を披露し、皆は幸せなひと時を過ごす。しかし義輝は国を牛耳ろうと企む異界の翁(澤村國矢)と異界の嫗(市川蔦之助)が解き放った魔物によって呪いを受け、暴君と化してしまう……。

“未来世”から来た三日月宗近らは当然その先で「永禄の変」が起こることを知っており、時に予言者のような言葉を人間たちに伝えながら行く末を見守っていく。

左より)松永弾正(中村梅玉)、三日月宗近(尾上松也)

歴史を知るものとして俯瞰の目を持ちつつ、かつての主・義輝への想いを滲ませる三日月宗近の姿が胸に迫る。刀剣男士の名乗りや型、時間遡行軍の登場の仕方も“歌舞伎本丸”ならではのエンタメ性に満ちている。

冒頭の刀を鍛える場面や、忠義の臣であった松永弾正(中村梅玉)とその息子・松永久直による謀反決意の場面、クライマックスで三日月宗近が義輝の元へ向かう場面を描き出す琵琶の独奏など、歌舞伎が磨き上げてきた技や伝統の厚みを感じさせる一方、ユーモラスに挟み込まれるメタな発言や撮影OKのカーテンコールなど、娯楽としての歌舞伎が持つ軽快な楽しさ、懐の広さも再発見できる。

左より)足利義輝(尾上右近)、三日月宗近(尾上松也)

「刀剣乱舞」ファンから見ても、それぞれの刀剣男士らしい舞踊や立ち回り、歌舞伎世界に落とし込まれた衣裳の拵え、ゲーム内で流れる近侍曲を和楽器の生演奏で聴く贅沢さなど、“歌舞伎本丸”の趣を楽しめるのではないだろうか。

ラストシーンのゾクリとするような静謐な美しさに、またこの本丸で紡がれるものがたりが見たいと早くも願ってしまった。

双方の魅力をまた一段と深く味わえる意欲作であり傑作だ。

上演は7月27日(木)まで。

取材・文/片桐ユウ