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あの“銭天堂”が“リーディングドラマ”というスタイルで、そしてとびきりの演技派二人を揃えた贅沢な顔合わせで、舞台化される。奇妙なお菓子ばかりが並ぶ駄菓子屋の女主人である紅子を演じるのは白石加代子、その店に迷い込む客たちを大原櫻子が年齢も性別も軽やかに飛び越えて次々と演じていく、摩訶不思議なステージが目撃できそうだ。白石との共演に目を輝かせる大原と、今作の台本・演出を手がける笹部博司に、作品への想いや、果たしてどんな舞台になりそうかのヒントを語ってもらった。
――まずは笹部さんにお聞きしたいのですが、『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』をリーディングドラマの形で舞台化しようと思いつかれたのは、何かきっかけがあったんでしょうか
笹部 実を言うと、僕が思いついたんじゃないんですよ。そもそもは、うちの子供が中学生くらいの時に「お父さん、これ、加代ちゃんにピッタリじゃない?」と、『銭天堂』の原作本を持って来たんです。
大原 へえ~っ、白石さんが紅子役にピッタリだ、と?
笹部 うん。あの人、ある意味、妖怪みたいな存在だしね(笑)。それで、相手役は誰がいいかなと家族みんなで考えて「これは櫻子さんがいいよ!」ということになったんです。もうこれは、僕がこれまでやってきた芝居の中でもベストキャスティングじゃないかなって思っていますよ。
――では、家族ぐるみの推し、が大原さんだったんですね
大原 わあ、ものすごく光栄です!
笹部 こうして企画が実現したというのは、いろいろな偶然が重なったからなんだけれど、まさに偶然は必然、これは望んでいたことが実現したんだと思う。だって『銭天堂』も子供に教えられるまで知らなかったし、実際に原作を読んでみたらとっても面白い本で、この紅子役に白石さんか!と思った時もすぐに、それはいいね!って思えたし。それにね、僕が思う紅子のイメージって、いわゆる“いい人”ではないんだ。
大原 うんうん、そうですよね!(笑)
笹部 ちょっと意地悪なところも含め、人間のさまざまな部分を持っていて。だってお菓子の但し書き、説明書とか、肝心なことを教えてはくれないじゃない。
大原 確かに。自分で読んでおかないとひどいことになるなんて、怖いですよね。
笹部 だけどみんな、大抵は説明書なんて読まないでしょう?
大原 私も、読まないほうです(笑)。
笹部 この作品のこういう意地悪なところが、どこか、面白さに繋がっているように思うんですよ。
――毒みたいなものが、魅力にもなっている
大原 そうですよね。
笹部 だからこそ「次のお客さんは、果たしてどんなひどい目に遭うのかな」って、続きが知りたくなるわけ。って、僕も今、なんだか喜んで言ってるみたいになってるけど(笑)。
大原 アハハ。ホント、他人の不幸は蜜の味じゃないですけど、そういう面もありますね。
笹部 銭天堂という駄菓子屋のアイデア、発想も素晴らしい。現代にはリアルではなくて、ちょっとレトロな設定なんだけど、それが逆に今は新鮮に見えるだろうし。そこで今回はね、櫻子さんに銭天堂で売っているお菓子の名前を歌詞にして歌ってもらおうと思っているんだ。一つ一つのお菓子の名前がホント、面白いから。
大原 本当に、ネーミングがどれもナイスですよね。子供向けのメルヘンな雰囲気かと思いきや、ところどころに「ちょっと怖いな」と感じる毒々しさもあって、大人も惹きつけられる内容です。子供から大人まで愛される舞台にしたいと思っています。ご家族皆で是非見に来ていただきたいですね。
笹部 その歌のシーンだけでも、ものすごいエンターテインメントになると思う。
――大原さんは今回、オファーが来た時はどう思われたんですか
大原 まず思ったことは「白石加代子さんと一緒にお芝居ができる!」ということでした。その前に、白石さんが私が出ている舞台を観に来てくださったりもしていた上でのお声がけだったので、「えぇっ!」って驚きもありました。だって、女優さんとしては私にとって雲の上の上の上の人みたいな存在だったので。その方と、台詞のかけあいが出来るだなんて、今から心臓がバクバクしています。本当に「これ、夢なんじゃないかな?」って思ったくらいです。その後で『銭天堂』のアニメーションを見て、まさに紅子が白石さんってピッタリだなと思い、もうそれだけでワクワクしてきちゃって。自分は何役もやらせていただくことになるので、かなりてんてこ舞いにはなりそうですが「なんて、やりがいがあるんだろう!」とも思っています。私、壁が高いほど燃えるタイプなので(笑)。
――そうなんですね。大変であれば、大変なだけ
笹部 いや、きっと楽々とおやりになるんだろうと思っていますよ。そういうタイプだと思うなあ。
大原 自分がこの先も女優という仕事をする上でもきっと刻まれる作品になるなと、既に思っています。
――しかも二人芝居、一対一なんですから
大原 ここのところ、いろいろな俳優さんにお会いするたび「次、白石さんとご一緒するんです」と報告するんですけど、みなさんから「頑張ってね!」と言われるんですよ。
笹部 僕、白石さんとの付き合いは長いんだけど、今が旬だと思っているんだよ。
大原 今が、ですか?
笹部 うん。この間までやっていた芝居を観ていて本人にも言ったんだ、「加代ちゃん、今が旬だね」って。そうしたら「あっそう、そうかもね」、だって(笑)。自覚も、しているんだろうね。なんだか若くなってきているし、演技もナチュラルだし。最近は何もしないもん、あの人。
大原 何もしない?それは、どういうことですか?(笑)
笹部 演じないの。心にあることだけしか喋らない。人間って、思考は一つしかないじゃない。その思考を何に使うか、ということなんですよ。つまりそれを、言葉を喋ることに使うとするなら、自分が本当に思っていることとして喋ったほうがいいわけで。
大原 なるほど、そうですね。
笹部 だから演じない、作らない、ということ。台本にこう書いてあるから、それを口にするというだけ。この台詞はこういう意味だとか、この言葉はこう表現しようとか考えると、思考をそこに使っちゃうから人物としては生きてこないんです。だから今回、紅子を演じるにあたっても白石さんは白石さんのままでよくて、それは櫻子さんも同じ。つまり考え方としては、自分が何者かを知らないほうがむしろいいと思うんだ。だって、言葉を口にしてみた瞬間に「あれっ、私、こんなこと思ってたんだ?」と気づくことって、よくあるじゃない。
大原 それ、本当によくあります。
笹部 特に今回の芝居の場合、荒唐無稽じゃない?足にヒレが生えてきたり、ビスケットの動物が襲ってきたりする。だけどそれをリアルに演じなくてもいいんじゃないかと、僕は思ったんです。自分の目で見て「あ、ヒレになってる」と思考すればいいだけ。自分の中で、見て、発見して、体験する。そういう芝居にしたいんですよ。役者自身の中で起こった出来事として表現できれば、お客さんの中でもそれが同じように起こっていく。そうやって、発見して体験することこそが、演劇なんです。だから今回の場合はすごく荒唐無稽な物語なんだけれども、それが櫻子さんの中で実際に起こっている事件に見えれば、ものすごく面白くなると思うんだ。どうせ、加代ちゃんはそこでも何もしないだろうから(笑)。だけど加代ちゃんには、あの空気感があるじゃない?そこに出てくるだけで、ある意味大きな壁、大きな背景になってくれる。櫻子さんとしては、そこで楽に呼吸をすれば、それでいいんだと思います。ただただ、白石加代子で遊べばいいんです(笑)。
大原 ひたすら、身を任せて(笑)。
笹部 そうそう、楽しめばいいんだと思う。やっぱり演じている人間が楽しくないと、お客さんも楽しくならないですから。
――確かに、そう思います
大原 今回のビジュアル撮影の時に思ったんですが、カツラや衣裳をつけることで役づくりってとても助けられるんですよね。自分で何かを頑張って作り込もうとするよりも、スーン!って素直に自分を落とし込める気がする。
笹部 撮影の時、あの衣裳で入ってきて「加代ちゃん、似合ってるじゃない!」って言ったら「そーう?」って、やたら嬉しそうだった。
大原 笑顔も、ずっと絶えなくて。可愛かった~!
笹部 あんな顔見たのも、初めてだったなあ。あの衣裳、気に入ってたんだよ。
大原 髪に挿してあったかんざしも、カラフルなスーパーボールみたいでとってもキュートでした。私、直接お会いするまでは、厳しい方だったらどうしよう?って、ちょっと不安だったんですけど。1月までやっていた舞台(『桜の園』)では、アニメで声をやられていた池谷のぶえさんと、映画版に出られていた天海祐希さんという、ダブル紅子経験者が一緒だったもので。
――そうでしたね!紅子遭遇率が高いですね(笑)
大原 そうなんですよ(笑)。それでお二人にも「今度、白石さんと『銭天堂』をやるんです」という話をしたら、「えっ、加代ちゃんと?」って言われて。そうやって、みんなから加代ちゃんって呼ばれていることや「普段は本当にとっても可愛らしい方なんだよ」と、いろいろと教わりました。レジェンド俳優と言われている方ですから、勝手に抱いていたイメージが「そんなにチャーミングな方なんだ!」と、おかげで一気に変わりました。良かった~(笑)。
――では最後にお客様に向けて、それぞれからいざないの言葉をいただければと思います
大原 リーディングドラマではありますが、私は台本を持たずに舞台を駆け回ることになりそうです!夢があり、ちょっと意地悪なところもある面白い物語ですし、作品的にもみなさんにとって忘れられないくらいのクオリティのものを作りたいと思っています。そして今、チケット代がめちゃくちゃ高い中、とても見やすい料金設定にもなっております(笑)。絶対に観て損はないお芝居にしますので、もし迷っているのであればぜひぜひ観に来てください!!
笹部 芝居だというと、ある程度の先入観があると思うんだけれど、今回は「えっ、これが芝居?こんなこともありなの??」というようなサプライズがたくさんある舞台になると思います。もう、ありとあらゆる手段を使って、お客さんを飽きさせません。そのためには、お二人がふだんやらないこともたくさんやってもらうつもりです(笑)。予想できるもの、ではなくて、予想しないこと、そして予想しない自分自身をこの舞台で体験してほしいなと思います。
取材・文/田中里津子
写真/ローチケ演劇部
ヘアメイク/八戸亜季子
スタイリスト/松原優香
衣装/ワンピース Ryukoh Sakamoto、 シューズ Daniella&GEMMA