
(C)田村良太
アルゴミュージカルトリビュート ミュージカル『あんず〜心の扉をあけて〜』の稽古が進む8月上旬に、初通し稽古を取材した。企画・演出、ダブルキャストで哲也役を務める西川大貴、真弓役の田村芽実のインタビューと共にお届けする。
大人にこそ刺さる作品
西川と田村は「大人にこそ刺さる作品」と口を揃える。西川は、「子供の時もこの作品が好きだったので、(演出にあたり)子供にまず刺さるだろうけれど、大人にはどう楽しんでもらおうかと思っていましたが、大人にこそ刺さる物語だと思いました。 それは、大人は全員子供だったから。子供が演じている子供の物語を見ていると、それが大人にこそ刺さってくるというか。大人になればなるほど解消できない、凝り固まっていくものだったり、失って取り戻せないものが増えていく。それをなくすのではなくて、どうやって手放さないで乗り越えていくかという物語」だと語った。
田村は、「清水彩花さんが演じる大人のあんずの記憶を、その友人の、皆本麻帆さんが演じる遥香と、小此木麻里さんが演じる周子とともに辿っていく物語。全てが現在進行形で行われているのではなく、子供時代の場面が多いのですが、全てがあんずの記憶の中なので、かつて子供だった方たちに見てほしい。重い話でもあるんですが、どこかリンクするものがあるのかなと。子供向けのファミリーミュージカルかなと食わず嫌いせずに、本当に普通に作品を観に来る感覚で、観に来ていただけたら」と語った。
同作は、2000年に小椋佳主宰のアルゴミュージカルで上演された。脚本・作詞は高橋亜子、作曲は甲斐正人。童話『青い魚』を手に、故郷の広場を訪れたあんずが、10歳で亡くした兄との記憶、自分を責め続けてきた過去の真実に向き合う中で、忘れていた想いと、支えてくれる人たちの存在に気づいていく。四半世紀ぶりの上演にあたり、ブラッシュアップし、新曲も追加された。西川は、「再演と初演であんずの年齢が違います。初演はあんずが17歳で、まだ多感な時期に自分の子供時代の抱えた傷を内包するという物語でしたが、今回は大人になるまでそれを解消できなかった物語にしたことで、要は決断の重さだったり、解消のできなさというものが増している。大人になるまで目を背けてきた物語に対して、どういう風にするのかという話になっています」と、ブラッシュアップされたことによる変化を明かした。
セッションをしながら健康的な作品作り

西川はアルゴミュージカルに出演していた経験もあり、田村は子供時代にファミリーミュージカルに出演した経験も持つ。現在大人の俳優として活躍する二人だが、子供たちと共に作品を作っていて、多くの発見をしているそうだ。
西川は「子供たちは俳優と呼ばなきゃいけないと思うくらい、自分たちですごく考えますし、いろいろトライして、毎日びっくりさせられます。僕も俳優としても出演していますが、大人が油断すると、子供の柔軟さにハッとさせられて、対応できなかったり。大人になればなるほど知識や経験は増えるけれど、柔軟さやチャレンジすることが削れていっているのかな、もうちょっとシャキッとしなければと思わされます。非常に有機的な作品になっていて、毎公演絶対に形が変わると確信していますし、そういうところがすごくユニークな舞台になっていると思います」と話し、確かな手応えを感じているようだ。
田村は「大貴さんの作り方が、子供と大人を分けないで、ちゃんとセッションをしながらやっていくので、とても健康的な作品作りをしています。この現場の子供たちは機械的でなく、自発的にいろいろ考えてやったりするので、私も子供の時にこの現場にいたかったなと思いますね。『今どう感じてる?」』とか、『なんでそうしたの?』とか、本当にセッションしてやっていくので。私はもう子供には戻れないけれど、自分に子供ができたらここに現場に入れたいくらい。自分の心、他者の心や動きとたくさん向き合えることは、普通に生きていると、あまりないことだと思っていて。教育の一環としてもすごいいいことをやっているなと思います」と太鼓判を押す。
休日のひとつに演劇を選び取っていただきたい

そして、田村が演じる真弓は、大勢の子供たちとの場面が多いが、彼らから得るものが大きいという。「毎日毎日、明日が来るのが楽しみで、子供たちのエネルギーをもらって、一緒に稽古を頑張っています。 子供十何人と大人私ひとりのシーンなどは、今までにやったことがないので、最初は戸惑いました。大人は毎日いろいろと試しながらも、積み上がっていくと思うんですが、子供って一個前に積み上げたものをガシャーンって、ショベルカーで壊すみたいに壊しちゃったりして、そこで一から別の、全く新しい形が出来上がったりするんですよね。舞台の上で遊んでいるんです。それが本当に面白いし、私も子供たちに対する対応力を持っていなければと思う反面、子供たちの勇気や取り組む姿勢にいっぱい学ばせてもらっていて、本当に生きていますね」と晴れやかな笑顔を見せた。
上演はわずか3日間。足を運んでほしい観客に伝えたいことを西川に聞いた。「僕は日常と演劇を地続きに、社会と演劇を地続きにということをミッションに、黒猫(の活動)をやっているんですが、やっぱり演劇だけを観に行こうではなくて、その休日のひとつに演劇を選び取っていただきたいだけ。(上演劇場のある)西東京に行くこととか、ご飯は何を食べようとか、一日の工程を組んで、その中に『あんず〜心の扉をあけて〜』というものを置いて、その一日がいい一日だったなって思ってもらえる、そういう作品にしたいと思って今稽古を頑張っています。暑い夏休みの一日を、お一人でもご家族ででも楽しんでいただける、そういう一日を組んで、ぜひ西東京に足を運んでいただければなと思います」と語った。
カラフルな子供達を観ていると自然に顔がほころんで
窓が開放的な稽古場に足を踏み入れると、総勢14名の賑やかな子供たちの声が響き渡っていた。稽古セットの一角に集まって、稽古をしているのか、遊んでいるのか、とにかく楽しそうな姿が眩しい。数人の子供たちが田村に付いて話しながら歩いている。一方で、清水、皆本、小此木は、台本の読み合わせをしていた。西川が声をかけ、全員が円陣を組んで手を繋ぎ、彼の声に集中する。西川が、初めての通しにあたって、感情を制御しようとしないで、ひとりにならないで相手とやるんだと呼びかけると、全員で大きな声で「よろしくお願いします!!!」と気持ちをひとつにした。
西川が演出卓から開演前の状況を説明すると、いよいよ通し稽古がスタート。大人のあんず(清水)があたりを見回しながら舞台上に入ってくる。そこにあるものに触れたり、台に登ったり、以前訪れたはずの場所を、記憶を辿るように確かめていく。バッグの中から本を取り出し開くと、つぶやくように歌い出した。その中の「孤独」という言葉が引っかかる。いつの間にか小さなあんずが登場し、「あなたは知ってるの?」と話しかける。そこに、遥香(皆本)と周子(小此木)がやってきた。3人のちょっとした日常のやり取りから、高校時代からの関係性が瞬時に明確に見えてくる。その芝居力がすごいと唸らされた。
彼女たちが集まった理由は、決断に迷った時の儀式を行うためらしい。ダンスと歌で魅せる儀式ナンバーが楽しくて、ミュージカルならではの見応えのあるパフォーマンス。儀式を経て意を決したあんずは、過去の自分を消したいと思っていたと、ふたりに子供の頃のことを話し始めた。10歳のときに兄を亡くしたこと、それは自分のせいだったこと、その理由や当時のことが思い出せないこと、「青い魚」の童話の本を見つけてこの広場を思い出したこと、ここに来てこの本を読み始めたら心の扉をノックされた気がしたこと……。現れた子供たちと小さなあんず。「みんなー! 宝物コンテストだぞ!」と他の子どもたちが駆け込んで来る。それぞれが個性豊かで、キャラクターが立っていて、名前が覚えられなくても、〇〇の子と記憶できるくらいにカラフルな子供達。彼らだけの大ナンバーは、その溌剌とした歌声と、元気いっぱいのダンスで、観ていると自然に顔がほころんでしまう。
温かく、優しく、癒していく物語
美しい音楽と、愛おしい言葉たちが紡ぐ再生の物語


そこに登場した真弓(田村)はみんなのお姉さんで、子どもたちに慕われている。子供たちの中には、あんずの兄・翔太もいて、妹のあんずを溺愛しているようだ。それぞれの宝物を見せて競い合うコンテストが開催されると、翔太の宝物は「あんず」、そして、真弓の宝物は「青い魚」。「青い魚」とは真弓の大切な人、哲也(西川・聖司朗のダブルキャスト)が作った童話だということがわかる。田村は、子供たち全員の姉のようで、みんなを包むような柔らかさがいい。その様子を見つめている、大人のあんず、遥香、周子。ここからあんずの子供の頃の出来事が、ゆっくりと、時に立ち止まりながら、明かされていくことになる。
西川が、「一番自信を持っているのはキャスティング。役へのコミット感が素晴らしく、本当に全員彼らでよかった」と話していたが、大人キャストも、子供キャストも、役者の個性が役にピッタリとハマっていた。そして、確かな技術力と相まって見応えがすごい。過去の傷を、温かく、優しく、癒していく物語は、私たち観客のそれぞれの経験にも、どこかシンクロしてくるだろう。その時に、手を携えて、背中さすって支えてくれる人がいることの豊かさ。美しい音楽と、愛おしい言葉たちが紡ぐ再生の物語を、ぜひ劇場で体験してほしい。
取材・文:岩村美佳
撮影:田村良太