宮原奨伍プロデュース「熱海殺人事件と売春捜査官」│宮原奨伍&広山詞葉 インタビュー

演劇界の伝説的存在、つかこうへい。その原点ともいえる二大傑作「熱海殺人事件」と「売春捜査官」が、宮原奨伍のプロデュースで聖地・紀伊國屋ホールにて上演される。宮原は「つかこうへいを知る旅」として、つかこうへいに縁のある人々に取材や対談を重ね、偉大なるレジェンドの核心に迫る企画を発足。公演までの過程を旅として、観客と共有している。そんな宮原の想いに共感し、出演を決めたのは、広山詞葉だ。「熱海殺人事件」では、宮原が木村伝兵衛、広山が婦人警官・片桐ハナ子を演じ、「売春捜査官」では広山が木村伝兵衛、宮原が伝兵衛のかつての恋人・熊田留吉を演じていく。果たして2人は、どのような想いでつかこうへいの懐に飛び込んでいくのか。話を聞いた。

――今回の「つかこうへいを知る旅」と言う企画は、どのような経緯ではじまったものでしょうか

宮原 きっかけのひとつは、去年「熱海殺人事件」で木村伝兵衛を演じたときに、風間杜夫さんが初日に観に来てくださったことです。「今日はお前を褒めるぞ」から始まる、お褒めの言葉を頂けて……それで少し“調子に乗った”というのもあります(笑)。私が演劇を志した時に、最初に知った劇作家さんがつかこうへいさんでした。なので原点に立ち返るような気持ちで企画しています。紀伊國屋ホールは、申請から実際の上演まで時間があります。その長い準備期間を「知る旅」として、みなさんにも一緒に旅をしていただきたい。そういう想いでスタートしています。

――広山さんは企画を聞いたときにどのように思われましたか

広山 まずはもう、紀伊國屋ホールでつかこうへい作品を個人プロデュースするって、すごいことをやるなぁ、と。その上で、あの場所で“熱海”と“売春”がやれる嬉しさ。もう「やったぜ!」という気持ちでした(笑)。だんだん企画が具体化してきて、稽古も始まってきている中で、今はその責任をより感じているところです。

――お2人にとって、つかさんの第一印象はどのようなものでしたか

宮原 私は北区つかこうへい劇団の14期生で、オーディションで劇団に入りました。オーディション現場はとにかく人が多くて、こんなに入りたい人がいるんだ!と思ったのを覚えています。つかさんは遠くの席に座っていて、第一印象はまだ遠い人。劇団の先輩に三浦ゆうすけさんがいるんですが、三浦さんが一人芝居をやっているのを観て、衝撃を受けたんですよ。「つかさんの劇団に行けば、あんなふうになれるんだ」と思いましたね。

広山 私は18歳まで広島にいて、その後、大学で上京して演劇学科に入りました。その授業の中で、つかさんの名前を知ったのが最初です。なので、まるで歴史上の人物のような印象というか……。授業で「熱海の紀伊國屋公演が満席で、ロビーまで人があふれた」という伝説などを聞いて、本当にすごい人なんだな、という認識でした。19歳か20歳の時に初めて紀伊國屋ホールで「熱海殺人事件」を観て、もう冒頭からライトと圧倒的な音楽に圧倒されて…。言葉の強さも印象深かったですね。その当時は、乱暴すぎると感じた言葉が、逆にずっと残っていたりして。その裏側に、つかさんの愛情や優しさがあることに、もっと大人になってから気づきました。

宮原 つかさんの舞台って、“人間を浴びた”というか、生きるエネルギーを浴びたような感覚になれるよね。

広山 私は宮原さんがいろいろな方にお会いしているのを公開されているYouTubeですべて見ているんですけど、つかさんが亡くなられてからはもう15年も経つのに、みなさんが先週くらいに会っていたような感じで、すごく楽しそうに思い出話をされているのがすごく印象的なんですよね。厳しくて怖い人というイメージもあったんですが、本当に役者のみなさんから愛されてた方なんだなと改めて思いました。

――今でもリアリティのある存在として、つかさんが心にいらっしゃるのかもしれないですね。今回上演する「熱海殺人事件」と「売春捜査官」の作品については、どのような想いがありますか

宮原 劇団にいたときに、研修生は週に1回休みがあって、それ以外はダンスと芝居のレッスン。それで1年かけて「熱海殺人事件」と「売春捜査官」の二本立てを卒業公演でやるという目標に向かって、頑張るんです。あんなに1つのことに夢中になる時間は無かったし、なかなか経験できないこと。あとから振り返ってみても、こんなにすごい作品は無いんです。「白鳥の湖」が流れると自然と体が反応しちゃう(笑)。染みついたものがあるんです。だから紀伊國屋ホールで上演するという今回の企画をやる上で、演目はこの2本、というのはごく自然に、迷いなく決めました。あの音に誘われるような感覚、そしてその音に絶対に負けない、負けちゃいけないという気迫。それはもう、生きていることそのものなんです。

広山 私は初めて触れたつかさんの作品が「熱海殺人事件」でしたし、「売春捜査官」もいまだに台本を読むと泣けてくるくらい、いい本だな、って思うんです。昨年、「売春捜査官」に出演して、何度も何度も読んでいる本でも、やっぱりすごく良い。このエネルギッシュな作品、女優ならば一度は演じたい役に再び挑戦させていただけるだけでなく、「熱海殺人事件」と2作品に出演できる。そんな大変なこと、そうそうないですよ。俳優人生において大変なことって面白い。せっかくそんな機会をいただけるならば、チャレンジしたほうがいいですから。

宮原 今回の企画は、広山さんとの出会いも大きな要素でした。広山さんに木村伝兵衛をやってもらいたいし、体力やその他いろいろな限界を突破するという意味でも、彼女とならやれる、と思えたので。「熱海殺人事件」で片桐ハナ子、「売春捜査官」で伝兵衛をやってほしいとお伝えしたら、二つ返事でご快諾いただけたのは嬉しかったです。

広山 今回、「売春捜査官」だけでなく「熱海殺人事件」もやるということで、私自身も見たことがない自分にたどり着けるような気がしているんです。俳優としてカッコつけたり、飾ったりということじゃなく、本当の自分の生きていく底力のようなものに出会える気がしています。今年40歳になって、俳優としてもう一段階チャレンジをしたいというタイミングで、宮原さんからこのお話をいただけて、本当にありがたい機会を頂いたと思っています。

――チラシのビジュアルも目を引きますね

宮原 本チラシも、めちゃくちゃカッコよくないですか?6人じゃなくて8人でやるみたいに見えちゃうんですが(笑)。文目ゆかりさんにデザインをお願いして、彼女もつかこうへいを知る旅を一緒に辿ってくれているんです。裏側の手が重なり合うデザインもゆかりさんのアイデアですし、五線譜があるところとか、ちょっと赤をいれてあるところは日の出をイメージしていたりとか、細かなところにこだわりが詰まっているので、ぜひ手に取って見ていただきたいです。

広山 仮チラシは2種類あって、それぞれ私と宮原さんがつかこうへいさんになり切っています(笑)。今回、キャスト全員、つかさんの恰好で撮影しているんですよ。(ほか4名はSNS掲載)つかさんになり切るのは、めちゃくちゃ楽しかったです。

宮原 本当に楽しかったですね。カメラマンさんもヘアメイクさんも、僕が駆け出しのころに彼女たちもアシスタントで、自分で初めてプロデュース作品を作るにあたって、絶対にお願いしたいと思って。今回は、裏側にそういう想いもたくさん詰まっています。

――現時点では、どのように役を演じたいと考えていらっしゃいますか

宮原 今の宮原奨伍に何ができるか、ということを恥ずかしがらずに作っています。“恥”というのは僕のひとつのテーマ。何を恥と思うかで、自分自身がそこにあると思うんです。その恥の部分を出さないと、つかこうへいさんの作品の中では通用しない。役をどう演じるかよりも、そういう自分自身で居ようと考えています。

広山 今はまだ「売春捜査官」のほうしか見えてきていないんですが、木村伝兵衛は、凄くカッコよくて、強くて戦っている女性という印象でした。でも、ちょうど今日、演出の逸見輝羊さんと話していて、この木村伝兵衛という人はすごく弱いのではないかと。弱いからこそ、人の痛みがわかったり、優しくすることができたりするんじゃないか。その優しさの出し方が独特ではあるんですけど、すごく愛情深くて弱いんじゃないかというアプローチでやっていけないかと思ったところです。40代になった今だからこそ、強いだけじゃない女性がやれそうな気がしています。

――稽古場の雰囲気はいかがですか

宮原 それはもう、明るい現場です

広山 ずーっと笑ってますね。というか、逸見さんがずっと笑ってて…。

宮原 逸見さんのキャラクターが、現場をより面白くしていますね

広山 逸見さんが、この人だからこういうセリフを言わせよう、という部分を、口立てでやってくださるんですよ。その人のキャラクターにあったいろいろなものを乗せてくれるんですけど、それを言わせては笑ってます(笑)。

宮原 みんな笑ってるんですけど、その中に本気もあって。本読みでも、それが垣間見える瞬間はありましたね。僕は稽古場がジメッとしているのが苦手なので、ゴキゲンでやれるようにしていきたいですね。

広山 今回は「つかこうへいを知る旅」としての企画があったので、宮原さんが顔合わせをかなり早くにしてくださっていたんです。今の演劇の作り方って、みなさんお忙しいので本番1カ月前に稽古で初めましてで、お互いの距離感を詰めるような時間から始まったりもするんですけど、そういう時間ってもったいないんですよね。今回は1年という時間をかけてお互いの関係性を知れているのはとても大きいんです。そういう現場ってなかなかないので、すごくいいなって思ってます。

――つかさんから受けた影響や、つかさんと自分の関係をひと言で表すと、どのような言葉になりそうですか

宮原 そうですね…。僕とつかさんは“人をつなぐ人”でしょうか。つかさんって、すごく人が好きだと思うんですよ。いろんな方の話を聞いて、人たらしなんだな、と分かりました(笑)。演劇をやる中で、演劇作品や演劇に携わる人に導かれているように繋がっていると感じるんですよね。だから、つかさんも僕も、“人をつなぐ人”じゃないかと思います。

広山 私にとってつかさんは“人間と言うものを教えてくれた人”です。戯曲の中でもそうですし、実際にその言葉を自分の体を通して発してみても、きれいごとじゃなく、人間の愛情やその裏側にある嫉妬や悩みまでも描いていらっしゃるんです。それを体現するには、自分と向き合わなければならないですし、つかさんの作品を通して、それを学ばせてもらっています。

――つかこうへいを知っている世代はもちろんですが、つかさんを知らない若い世代に向けて、つか作品のどんなところに触れてもらいたいと考えていますか

宮原 僕が劇場に来てもらいたい理由は、そこに“生きることの何か”があるから。僕が若かった頃にそれを感じたように、“生きる”ことについて、確実に何かを感じ取ってもらえるはず。どんなふうに感じ取ってもらえるかはわからないけど、騙されたと思って1回来てみて欲しいです。18歳以下の方は1,000円、25歳以下の方は2,500円で観られるので、ぜひ。

広山 そこは本当に、宮原さんと気持ちは同じです。つかさんはやっぱり、人と向き合うことをすごく大切にされている気がするんです。現代はSNSなども発達して、“面と向かって”じゃない発言が当たり前になってますよね。それで誰かが傷つくこともあって…。「熱海殺人事件」にも「売春捜査官」にも、ちゃんと面と向かって何かを伝える大切さがあると私は感じているんです。そこも、若い方に観ていただきたい理由ですね。でも、難しく考えずに、とにかく楽しいから観に来てほしいです!

――公演を楽しみにしているみなさんにメッセージをお願いします

広山 今回、演出をしてくださる逸見さんは、22歳でつかこうへいさんに出会い、つかさんの演出で大山金太郎を演じていらっしゃいますし、つかさんに「お前は演出をやれ」と言われて演出家になられた方。逸見さんを通して、つかさんの言葉、想いに触れて、私たちは今回のお芝居をつくることができています。それはまさにつかさんを知る旅です。つかさんと同じように口立てでやっていますし、ちょっと特別な感覚ですね。つかこうへいファンの方にも期待していただきたいです。

宮原 今、生きている人たちの中で、つかこうへいさんを知っている人、感じたことがある人はたくさんいらっしゃると思います。でも僕は、「つかこうへいを知る旅」を通して、つかこうへいさんに、もっともっといろんな人に触れてもらいたいと思いました。まだ触れたことが無い人も、今からでも遅くないので、一緒に旅をしませんか?と言う気持ちですね。観客として見ているだけじゃなく、一緒に旅をすることがひとつのコンセプトでもあります。公式サイトには動画コンテンツの「つかこうへいを語る旅」、読み物の「つかこうへいを読む旅」を公開しているので、ぜひ目を通してから来ていただくと、より楽しめると思います。ぜひ一緒に、旅をしましょう。

取材・文/宮崎新之