この夏、最も注目を集めているミュージカルのひとつが、ブロードウェイミュージカル『ピピン』日本語版だ。6/10(月)の初日開幕を前に、稽古は着々と進行中。そのさなかの5月前半某日、来日中の演出家ダイアン・パウルスを囲む、合同取材会が行われた。熱の入る稽古を終えたばかりのダイアンに、ブロードウェイのリバイバル版に続きこの日本語版を今回手がけることについて、そして日本人キャストたちの印象などを語ってもらった。やはりまず気になるのは、この『ピピン』日本語版を手がけることになり彼女がどんな気持ちを抱いたかということ。
ダイアン「日本に来る前は果たしてこの日本語版がどういうものになるのか、全然見当がつかなかったんです。でも、もう到着しましたからね(笑)。日本のキャストの才能に、今はすごく圧倒された気持ちになっています。みなさんの才能は本当に素晴らしくて、最高級レベルの出演者たちです。スキルも演技も、それからユーモアのセンスも。なので、毎日のように私は稽古場を出る時にアメリカのスタッフに電話をして「今回のキャストを見に来ないとダメよ、あなたたち。今までで最高よ!」って言っているくらい。日本語版にするにあたって今は、翻訳をどのようにしていこうかと一語一語検証しながら稽古しているところです。というのも、言葉には複数の意味がありますからね。ひとつのセリフが面白くもあるけど怖くもあり、シリアスだったりもして、それが一瞬にしてスイッチするんです。観客にそういった言葉をしっかりと伝えるために、キャストもその意味をつかもうとしている真っ最中。日本のお客様がそれぞれの瞬間にどう感じていただけるか、それに感度よく反応できるようにがんばっています。この公演は箱の中にきちんとはめこまれたように出来上がったショーではないんですね。舞台上にとどまらず、客席のほうにまで広がってお客様と直接つながることで心を動かすということを目的とした公演なんです。なので日本のお客様の心を動かせるよう、パフォーマーも演者も共に常にエキサイティングしていますから、ものすごく熱度が高い稽古場になっていますね」母親が日本人であるということも含め、彼女にとって今回の日本語版の演出に取り組むことは、自身にとっても特別な思い入れがありそうだ。
ダイアン「私の母は1995年に亡くなっているのですが、もしまだ彼女が生きていて、私が日本の俳優さんたちと日本語版を演出する舞台をここで観られたら、どれだけ大きな贈り物になっただろうかと思いますね。だけど彼女は今、きっと見てくれているんじゃないかな。以前、日本に来たことはありましたが、今回、私にとって日本に来られるということはとても心が動かされることでもありました。今まで、日本で仕事したことはなかったので。ですから自分が日本の俳優さんとご一緒して何かをやるという意味では、私にとってはこれが“日本初演”なんです」
その、日本人の母、アメリカ陸軍兵士だった父は共に芸術、それもとりわけ舞台芸術を愛していたのだとか。その環境はおそらく、演出家ダイアン・パウルスのバックボーンに多大な影響を与えたはず。
ダイアン「母は、いろいろと多岐にわたる芸術が好きでした。子供たちにはたっぷりの愛情を注ぎ、行きたい道に進みなさいと奨励してくれた母でもありました。ですからこうして私が日本に来ていることは、ある意味恩返しにもなりそうですし、またこの日本のキャストを通して観客のみなさんと私がつながれるということは、ひとつのサークルになるようでもあり、母という原点に戻れたような気もするんです。実は、母は宝塚が大好きだったんですよ。彼女はミュージカルも大好きで、そして父も舞台芸術が好きだったので、私や家族の背景として舞台芸術というものは常にありました」父母は国際結婚だったこともあり、当初は本当に苦労していた様子だったという。そういえばこの日の稽古中、“ディスコミュニケーション(dis-communication)”についてキャスト陣に熱く語る、ダイアンの姿も印象的だった。
ダイアン「そう、確かに差別はありましたし、それは母の人生の一環であったとも言えますからね。私は今回、この公演を現在に響くものにしたいんです。なのでキャストにはいつも問いかけています、どういう風にやったらこれが社会問題、それも具体的な問題として取り上げてもらえるか、と」そして、ダイアン・パウルス演出版の『ピピン』といえば、サーカスにインスパイアされたアクロバット満載のステージングが特長のひとつでもある。サーカスを取り入れようというアイデアは、どこから湧いてきたものだったのだろうか。
ダイアン「観客と直接コンタクトがとれる、つながれるということもあり、私は以前からサーカスに興味を持っていました。テントの中に入って、円形状に座る、そういう舞台芸術の様式に興味があったんです。私はそのサーカスの体感というものを劇場に持ってこられないかと思ったんですね。それで『ピピン』のリバイバル版を上演したいという流れになった時に、『ピピン』に出てくる“プレイヤーズ”たちが、サーカス一座のメンバーだったらと考えてみたんです。サーカスが町にやってくる感じってみなさんもわかると思うんですが、あのテントの中には一体何があるんだろう?っていうのがまず気になりますよね。ミステリアスだし、誘惑的だし、ちょっとスリルがあり、ワクワクしたり、危険な感じもある。そしていつもサーカスのテントの外には、必ず呼び込みの人が立っているでしょう? 「カモン!どうぞ、中にお入りください!」って。『ピピン』のオープニング、1曲目はすごく有名な楽曲で『MAGIC TO DO』というんですが、最初「JOIN US!」という歌詞から始まるんですよ。その曲を歌うリーディングプレイヤーが、サーカスのリングマスター的な役割だったらどうだろう、テントの外に立ち「興味ある? じゃ、入りなよ」と誘い込むわけです。「このテントの中で魔法、マジックを巻き起こすから」と。そういう形で始めたらどうかな、と思ったんです。それからもうひとつ言うと、オリジナル版の演出・振付をやっていたボブ・フォッシーもまた、サーカスに魅かれていたという事実もあるんですよ。具体的にサーカスの場面として書かれてはいなかったんですが、でもジャグリングのセクションもあるし、サーカス的なパントマイムや、歌ったり踊ったりという場面はありました。今回の日本語バージョンの振付家であるチェット・ベイカーも「ミスター・フォッシーはクラウンがものすごく好きだったんだよ」って言っていましたね。道化やサーカス、クラウンにものすごく憧憬のあった人だったようです。そんなこともあって、私も今回その点を押してみようと思ったわけなんですよ」そして「素晴らしい才能」と評していた日本人キャストたちの中でも特に、ピピンを演じる城田優と、リーディングプレイヤーを演じるCrystal Kay(クリスタル・ケイ)について、さらに聞いてみた。
ダイアン「優はインクレディブルですね! 本当に素晴らしい。彼が有名な俳優だということは私も聞いていますけれども、彼は私の前ではあくまでも共に仕事をする演者のひとりで、決してそんなスターらしいところを見せることはなく、常に気さくに腕まくりをして「やりましょう!」って言ってくれている感じがあるんです。でもそれは優だけでなく、クリスタルも含め、バーサ役のおふたり、(中尾)ミエさんも(前田)美波里さんも、とにかく全員がそうなんですよね。誰ひとりとしてエゴも虚栄心もなく、全員がこの作品に真摯に目を向けている。中でも優は、既にピピンという役柄をつかんでいますね。ピピンの情熱、面白さ、ユーモアのセンス。それに加えて、素晴らしい歌い手でもありますし。チャーミングで、本当に才能豊かな方だと思います。クリスタルも、スターの素質を十分に持っていて、美しくて、強くて。彼女、ミュージカルをやるのはこれが初めてなんでしょう? 嘘みたいだけれど(笑)。だって彼女、毎日ものすごく変わっていくんですよ。きっと自分ができる範囲の最高のものをやろうと思っているんでしょうね。だから「教えて教えて、何をすればいいの、手助けして」って素直に言っているような、そういう人。すべてを吸収したくてしょうがない方なんです。既に、すべてを持っているのにね、声も美しいし、身体性も素晴らしいし。本当に、今回の日本の俳優さんたちには感動させられてばかりなんですよ。今から、この同じ出演者たちとまた一緒にやれたらな、と思っているくらいです(笑)」ダイアンの導きを得て日本語版『ピピン』がさらにどこまで進化するか、興味津々だ。初日開幕まで、もう間もなく! どうぞ、お楽しみに。
取材・文/田中里津子