2016年12月に日本初演を果たし、その年の第51回紀伊國屋演劇賞団体賞の対象作品に選ばれた『Take Me Out』が、3月30日(金)より再び上演される。3月某日、都内の稽古場にお邪魔してきた。
この物語は、アメリカメジャーリーグの架空の球団「エンパイアーズ」の黒人プレイヤーがある日突然「ゲイ」であると告白することから始まる。それは社会の中で大きなスキャンダルとなり、批判され、一部差別を受け、チーム内は混乱を極め、次第にチームは負けが込んでいく。そこへ天才的だがどこか影のある投手、シェーン・マンギットが現れ、エンパイアーズに希望の光をもたらすが…。ロッカールーム、シャワールーム、そしてスタジアムという閉鎖的空間で繰り広げられる人種問題、LGBTなどの社会的マイノリティへの向き合い方を描いた作品である。
初演に引き続き、本作の演出を手掛ける藤田俊太郎に話を聞いた。
――2016年の初演では、観客からの反響はいかがでしたか。
藤田「面白かったというご意見はたくさんいただきましたが、反応が様々で、同じような反応がなかったのが面白かったです。中でも“流されずに生きようと思った”という意見が一番印象的でした」
――“流されずに生きる”ですか。
藤田「今の時代はある同一な価値観になりがちな雰囲気があるかと思います。この作品は、人種、格差とか様々な価値観が渦巻いている中で登場人物が自分の価値観を発見し、成長していくという作品ですが、そういった意味で、偏った考え方に流されるのではなく、自分の価値観を持たなければいけないと、その方は思ったのではないでしょうか」
――この作品の内容は、LGBTや格差、差別など繊細な部分を描いていますが、演出するにあたってどのような部分を意識していますか。
藤田「2016年初演はとにかく分かりやすくしようと思いました。この作品の舞台は、大リーグのメジャーリーガーたちのロッカールームや球場です。LGBTをはじめ、差別されている人たちを描くという要素があります。2016年の時点では、カミングアウトしているメジャーリーガーもいました。その状況は日本において、近い事例があるかと言われるとないと思います。ゲイであることを告白したスタープレーヤーがいて、それに対してチームはどのように感じたか、それを取り巻くメディアであったり、社会的な状況というものをきちんと伝えたいと思いました」
――2018年は初演から大きく変わったとお聞きしましたが、どのような点が変わりましたか。
藤田「“言葉の演劇”をやりたいと思います。前回可動式のセットでやっていたシーンチェンジや状況説明をできるだけへらして、俳優の言葉・演技だけで伝えられるようにしました。そして作品の時代設定をブロードウェイ版が上演された2003年にしました。まずはいつの時代の話なのかを明確にすること。そして、2001年同時多発テロ以降の時代の空気感。時代を2003年に設定することで、台本の細かいニュアンスやディティールに一本芯が通りました」
――その当時の時代背景を知っておくことによって見え方が変わり、それぞれの発言や行動の意味が見えてくる面白さが生まれそうですね。今回は新たに3人のメンバーが加わっていますが、いかがですか。
藤田「今回、玉置玲央さん、浜中文一さん、陳内将さんという3名の新しいキャストを迎え、スタッフも何人か変わっています。このサイズ感のカンパニーでは、ひとり人が変わるだけで雰囲気が大きく変わります。新しく参加してくださっている方は台本の読み解きも含めて新しい観点から作品と向かい合って稽古に来てくださっているので、その方々が、2016年から参加している僕らを“Take Me Out(私を連れ出して)”してくれています。そうすると僕らも変わっていかなければいけないし、変わっていくことやあらゆる価値観の中で、自分自身のことを見つめるというこの台本の大きなテーマが稽古場でより明確になりました」
藤田「この作品には、8人のチームメイトと敵チームのデイビー、観客のようにこの舞台を観ているメイソン、そして監督という11人の登場人物が出てくるので、それぞれの立場になって作品を観ることもできるかと思います。そのため、何度来ていただいても面白く、11回観て丁度いいですね(笑)。また、チームの中における語り部のキッピ―を通して観る世界であったり、チームを外側から見ている語り部、会計士のメイソンを通して観る世界であったり、掛け合わせていくことによって30回…いや、40回公演全て観ても良いのではないでしょうか(笑)」
――最後にお客様に向けてメッセージをお願いします。
藤田「この作品は、お客様に問いかけながら、お客様と一緒に答えを見つけていく作品です。誰かが“Take Me Out”してくれるのだろうか。それとも自分は誰かを“Take Me Out”できるのだろうか。今作で描かれている“本当の愛”は、演劇に置き換えても良いし、日常の中における誰かに置き換えても良い。お客様が日常を見つめながら、“本当の愛”とは何だろうという問いを問い続ける作品です。しかし、全く難しくはなく、とても楽しいシーンに溢れているので是非劇場にお越しください。ただ、刺激は強いです(笑)」
そしてインタビューの最後に藤田は「作家のリチャード・グリーンバーグは本当の愛を語る時に、本当の愛の言葉を使いません。差別や格差を描く時に、差別や格差をダイレクトに描くのではなく、それを美しい言葉のように置き換えて描いていきます。そのため、お客様自身が本当の差別や格差を見つけ出す、そして本当の美しさを見つけていくというストーリーになっています」と付け加えた。
インタビュー後に熱気溢れる稽古場を見学することができた。男性キャストのみで構成されるこのカンパニーは部活動のような雰囲気を感じさせ、稽古が始まる前は談笑を交えながらセリフの確認などを行っており、和気あいあいとした様子が伺えた。
この日の稽古には、栗原類、味方良介、小柳心、陳内将、章平、吉田健悟、竪山隼太の7名が参加し、負けが続いていた『エンパイアーズ』に突如現れ、勝利をもたらしたシェーン・マンギット(栗原類)にチームメイトが話しかけるシーンが行われた。
稽古開始早々に、ジェイソン・シェニア―を演じる小柳から、章平演じるダレン・レミングへの“距離感”について質問が投げかけられた。ダレンは自分が「ゲイ」であることを告白した黒人の母と白人の父を持つメジャーリーグのスター選手であり、この物語において重要な役割を担っている。演出家の藤田はそれに対し、すぐに答えを提示するのではなく、みんなに問いかけながら時系列を整理し、時に具体例を交えつつイメージを伝えていく。全員が共通認識を持てるよう答えを導き出していくことが大事なのだ。
ワンシーンを終えると、藤田は栗原にセリフの言い回しや他の選手との距離感についてじっくりと解説を始めた。その横では小柳と陣内が今のシーンを振り返りながら、動きに関して互いにアイディアをぶつけている。章平、吉田、竪山の3人もまた、それぞれがこのシーンにおいてどのように関わっていくかを確認しているようだった。一方で、今作の語り部でもあるキッピ―を演じる味方は、数日前に大きな舞台を終え休む間もなく稽古に参加したこともあり、合間の時間ができるとすかさず台本を手に取り、身振り手振りを加えながらセリフを繰り返し、膨大なセリフ量と格闘していた。
そして、藤田と栗原が話し終えると全員が自然と集まり、2人で話をしていた内容を全員で共有し始めた。様々な人種や価値観を持った人物が登場する今作において非常に重要視されるのが“他者との関係性”である。「事前に自分と他者との距離感を考えておくことが、特にこの舞台では非常に重要。形式的な演劇であればそれが正解であるけれども、それぞれの距離感を決めすぎてしまうことによって固定化されてしまう。他者との関係はもっと生々しいものだから、心情や台本の読み解きによって変化する関係性を魅せていきたい」と藤田は語る。
まさにこれこそが、“生もの”と言われる演劇の面白さの根幹をなすものではないだろうか。台本通りのセリフであっても、その時の心情によって役者の表現の仕方が日々変わるのだ。
つまり、大げさに言えば、同じ台本であっても昨日観たものと今日観るものとでは全く違うといってもいいだろう。だから演劇は面白いのだ。
そして稽古再開、返し稽古が始まった。先ほどの話し合いを受けて行われたシーンは、同じセリフであっても立ち位置や言い回し一つで全体の印象がガラリと変わっていた。新たに生まれた疑問に全員で向き合い、1人1人の考えを共有することで答えを導き出し、さらによいものを目指そうとしている姿が印象的であった。「2016年には勢いでやり通すことができたが、2018年は勢いだけでは表現しきれない部分を論理と関係性でつくっていかなければならない」という藤田の言葉にあるように、今回の作品は、藤田が自身が持つイメージを1つ1つ丁寧に解説しつつ、役者自身に問いかけ、それぞれが台本から読み解き、全体で共有していくことで、非常に論理的に作品が創り上げられていた。
同シーンを3回終えるとすでに約1時間半が経過していた。この物語において重要な役割を果たすシーンであることから、このシーンでそれぞれの登場人物の関係性をどう見せるか、しっかりとそこに時間を割いて丁寧に創り上げる藤田のこだわりの強さが伺えた。ここで一度休憩を挟むことになったが、休憩の合図がかかってからも各所で動きやセリフの確認が続いており、この作品に対する役者1人1人の熱量がひしひしと伝わってくる一幕だった。
今回稽古にお邪魔させていただき、稽古の様子や藤田へのインタビューを通して、2018年版『Take Me Out』への期待がより一層高まった。
対面式の舞台セットだからこそ、まるで自分がその場所にいてロッカールームで巻き起こっている出来事を目の前で目撃しているような感覚を得ることができる。そして、観る場所によって見え方が変わるというのもこの舞台の特徴の一つである。
また、メジャーリーガーのロッカールームというのは、一見すると遠い世界の話のように感じるが、差別や価値観の相違というものは私たちの身の回りでも起こっていることであり、自分が所属する身近なコミュニティに置き換えることでよりリアルに感じることができるだろう。役者によって紡ぎ出される数々の言葉やそれに伴って変化する表情によって、胸の内から様々な感情が湧き上がってくる感覚をぜひ劇場で体感していただきたい。この作品は、きっとあなたを日常から“Take Me Out”してくれるだろう。
本作は、3月30日(金)から5月1日(火)まで東京・DDD青山クロスシアターにて上演される。
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撮影/岡千里
取材・文/ローソンチケット