『牡丹燈籠』製作発表会見レポート
「芸能の街・赤坂で歌舞伎を!」との想いから、十八代目中村勘三郎が2008年にスタートさせた赤坂大歌舞伎。初心者にもわかりやすく親しみやすい演目を上演するなどで幅広い層に支持されてきたこのシリーズは、勘三郎亡き後も中村勘九郎、中村七之助兄弟が父の遺志を継いで公演を続行。新作歌舞伎の上演に挑むなど、公演ごとに進化を感じさせる場所としても注目を集めてきた。その赤坂大歌舞伎が3年ぶりに帰ってくる。
今回上演する演目は、三遊亭圓朝の長編落語を原作にした『怪談 牡丹燈籠』。これまで何度も公演を重ねている大西信行脚本による歌舞伎版とは一味違う“令和版”として、昨年放送されたテレビドラマ版で脚本・演出を手掛けた源孝志を迎え、新解釈を加えた新作歌舞伎としての上演となる。
1月末、都内にて行われた製作発表会見には、初めての歌舞伎演出に意気込む源と、黒川孝助と萩原新三郎役を演じる勘九郎、お露、お国、お峰という三役に挑む七之助に加え、宮辺源次郎と伴蔵役に扮する中村獅童が登壇。各自が会見で語った主なコメントを、ここでご紹介する。
源孝志「3年前の赤坂大歌舞伎で、蓬莱(竜太)くんが作・演出した作品(『夢幻恋双紙 赤目の転生』)を拝見した時、歌舞伎でもここまで新しいトライができるんだ、それを既にやっているんだと思ったんです。だから今回のお話をいただいて僕も、ある意味挑戦的な演出も試してみようかなと思っているところです。とはいえ、昨年11月にこちらのお三方とどういう『牡丹燈籠』にしようかという話をしたんですが、やはり伝統的な歌舞伎のカッコよさは壊したくないなと。世話物の細かい愛情表現なども、きちんと含まれている『牡丹燈籠』にしたいとも思っております。歌舞伎ファンの方はもちろん、若い演劇ファンの方にもぜひ観ていただけるように、ちょっとビジュアル的な舞台を作っていきたいですね。
昨年、七之助くんに出てもらったドラマ版の脚本ともまた違うものにしたいのですが、でもやはりみなさんが観たいところは略さずに、今までちょっと埋もれていた部分には少しエッヂを立ててみたいし、お客さんが思わずギクッとするようなセリフを書いていきたいなと思います。そして七之助くんが演じるお露は焦がれ死にをするわけですが……。焦がれ死にって、誰も見たことがないと思うんですよ、だって好きで好きで死んじゃうんですから。今回はちょっと面白い焦がれ死にをさせようかと思っていますので、そこも楽しみにしていてください。」
中村獅童「僕は赤坂大歌舞伎には七年ぶりの出演となりますが、久しぶりにこの気心知れた仲間と芝居を作れることに、今から胸が膨らんでおります。また源監督とは去年、『スローな武士にしてくれ』というドラマでご一緒させていただいておりまして。今回、歌舞伎の演出をしていただけることは非常にうれしく思います、ありがとうございます。『牡丹燈籠』は歌舞伎ファンの方たちの間でも人気の高い演目ですが、今の時代に合った新たな『牡丹燈籠』になるのではないかと思っております。その中で僕が演じる役は、放蕩野郎と小悪党です(笑)。人間の欲が描かれる物語なので、みなさんも共感できる部分が多々あるのではないでしょうか。放蕩者の源次郎は手を出しちゃいけない奥さんに手を出しちゃったりしますし、小悪党の伴蔵も人間臭く演じたい。今はまだ何もわからないです、台本が出来上がって稽古場に立ってみてから、果たしてどうなるか。稽古でお二人と交わった時に、生まれることもいっぱいありますからね。
本当に、新しいものを作る時は稽古場が楽しいんですよ。稽古の流れによって、みなさんがこれまで観てきたキャラクターが変わることだってありますし。ですから今はあまり決めつけないで、台本をいただいて読んでから、自分なりに工夫して作っていきたいなと思っています。」
中村勘九郎「3年ぶりにTBS赤坂ACTシアターで、また芝居ができるということを本当にうれしく思います。実を言うと父が亡くなってしまった際には、もう赤坂大歌舞伎はできないのではないかと思っていたんですが、その翌年の赤坂大歌舞伎は獅童さんと七之助と私の三人でやらせていただき、これが次につながるのかというのもすごく心配だったんですけれども、そののち二回もやらせていただいて。今回は源監督に加わっていただきます。この『牡丹燈籠』は今までの赤坂大歌舞伎ともちょっと違った、ドロドロした愛憎劇の中に美しさがある舞台になると思います。
私が演じるのは、まず萩原新三郎、この人は今だったら引きこもりのニートみたいなもので、親の遺産で暮らしている。だけど絶世の美女と出会ったがために、運命の歯車が狂ってしまうんです。そのお露という女性が心惹かれてしまう魅力というものを少しでも表現できたらいいなと思います。映像版では七之助が演じていた役ですので、彼の新三郎を参考にやりたいですね(笑)。もうひとりは黒川孝助です。これは、実は僕が『志の輔らくご』の『怪談 牡丹燈籠』を観に行った時に最初にパネルで志の輔さんが作品を紹介してくださるんですけど、そこにこの孝助という人物が出て来て。「ああ、こういう話もあったんだ、これは面白いな」と思っていたんです。ドラマ版も観させていただきましたが、源監督の書かれる『牡丹燈籠』は怪談としてだけではなく、男女の因果因縁、そこに敵討ちだったり、親との関係、師弟の関係というものも含まれてくるんですね。今回はそれがどう膨らんでいくかはまだわかりませんけれども。これまでの『怪談 牡丹燈籠』に新しい解釈を加え、歌舞伎を好きでご覧になっていたお客様にもきっと目新しい『牡丹燈籠』になるかと思います。出演者スタッフ一同、力を合わせていい舞台を作っていきたいなと思っています。」
中村七之助「源監督脚本・監督のドラマ版『怪談牡丹燈籠 Beauty&Fear』の台本に目を通した時、「これは面白い!」と思いました。それまで歌舞伎版の脚本しか知らなかったので、源監督の書かれた脚本がとても新鮮だったんです。深いところまで突っ込んで書いている、素晴らしい作品だと感じました。すぐ源監督に「これ、歌舞伎にしたら面白いですよ、歌舞伎にしましょうよ」とは言いましたが、でもそれは“いつか”というレベルの話で。まさか、こんなスピーディーに実現するなんて思わなかったです。特に新作で、こんなに早く決まること、ほとんどないですよ。ぜひ、このスピーディーさを力に変えて、勢いのある作品をみんなで作り上げていきたいです。
ドラマ版では特にお国に焦点が当たっていて、そのお国と源次郎を中心にした脚本がすごく面白かったんです。これまでも重要な役には変わりないんですが、源次郎はただの臆病者でそれほど深く描かれていない人物だったのに。お国も悪女は悪女なんですが、ただ生きるために一生懸命なだけでね。お露が新三郎と出会ってしまったのと同じく、源次郎と出会ってしまったがために心が揺れていくところが、お国については見どころなんじゃないかなと思います。お露はお露で、父親に反発したり、お国に嫌悪を感じたりしていて、潔癖な女性なんです。それが新三郎に出会ったことによって、人生を賭けることになる。そして焦がれ死にをしてしまい、幽霊にまでなって新三郎に会いに行くという愛の力がすごいですよね。そしてお峰は二人とはまた別次元で一生懸命生きているんですが、欲とか勢いがあってちょっと可愛らしい、ファニーな感じの女性です。三者三様ですべて見事なほどにキャラクターが違うので、これは演じがいがありますね。おそらく早替りになるはずですから、そういった歌舞伎の手法的なところ、ビジュアル的なところも楽しんでいただけると思います。」
スタート当初からこの赤坂大歌舞伎を、街をあげて応援しているという赤坂の人々。その赤坂を代表するスペシャルゲストとして、会場には艶やかな着物姿の赤坂芸妓も登場し、4人へそれぞれ花束を贈った。言うまでもなく、華やかさは倍増。
さらに会見終了後には、数社が出席する合同取材会も行われた。そこでは「今回の舞台を現代人が観たとして、どんなことが胸に響くと思いますか」という質問に、まず「パワーじゃないですかね」と即答する勘九郎。「この『牡丹燈籠』の世界の人間たちはみんな生きること、生活することに対してパワーがあるんですよね。どうしても今、現代社会に生きる人間たちはすぐにパワーがなくなりがちなので、この舞台を観ることで彼らのパワーを得られるんじゃないかなと思います。」
獅童は歌舞伎の魅力のひとつでもある“アナログ”だということについて、語った。「今に共通することもあるけれど、やはり焦がれ死ぬという死に方は現代には絶対ないでしょうからね。メールやLINEで連絡できる今の時代だからこそ感じる、歌舞伎の魅力ってアナログだということだと思うんです。だって定式幕を開けるのだって、いまだに人力の世界ですから。どんどんデジタル化していったとしても、ここだけはアナログ。よく勘三郎のお兄さんも、役者というのは心はアナログでないとダメだとおっしゃっていました。この作品に出てくる人間模様も、まさにアナログ的なもので。そこが魅力的なんだと思いますね。」
七之助は、もし自分が何も知らずにこの舞台を観たら「こういう『牡丹燈籠』もあったんだ!」と驚くと思う、とコメント。「脚本ができてこないと具体的にはまだわかりませんが、よりドロッとした人間臭さであるとか、自由があまりない時代に一生懸命生きている人間の選択ミスであるとか。そこはわかるなーとか、自分だったらこっちを取るかなとか、現代の人だったら平穏にすませるようにするだろうな、とか。そんなことを思いながら観るんじゃないかと思います。」
さらに歌舞伎初心者に向けてのヒントもそれぞれ、次のように答えた。
勘九郎「今回の『牡丹燈籠』には三組のカップルが出てまいります。それぞれ、夫婦、恋人同士、恋人になれない同士という立場ですが、結婚している方ならお峰・伴蔵夫婦の姿を見て、だんなを大事に、奥さんを大事にしなければいけないなとか、お金というのは怖いなということを考えるでしょうし。そうやって恋愛のことなど自分の身に置き換えてときめいたり、共感できる部分がたくさんあると思います。」
獅童「歌舞伎を観に行くこと自体が、イベントになると思うんですよね。若い方だと、今は花火大会の時くらいしか浴衣を着る機会はないと思うけど、でも意外と着物をもっと着てみたい女の子って多いじゃないですか。浴衣で歌舞伎座だとちょっと気が引けるかもしれないけど、赤坂ならもう少し気軽に着物に挑戦できそうだなと思うんです。そういうファッションとしての楽しみも、歌舞伎を観に行くことで感じてほしいですね。」
七之助「すべてにおいて、素晴らしい舞台になると思います。ビジュアル的にも美しいし、脚本的にはとてもわかりやすく、昔から不変のものを描いていますし、いろいろなキャラクターに感情移入してもらってもよければ、別に感情移入しなくても構いませんし。客観してこういう世界なんだと思うだけでもいいので、本当に好きに、ただ肩の力を抜いて観ていただけたらと思っています。」
また今回は特に、映像では味わえないナマの舞台だからこその怖さもありそうだし、人間の業を目の当たりにして、ついクスクス笑いながらも背筋がゾッとするような体験ができそうだ。粋で大人の街・赤坂にて、人間味あふれるドラマティックな新作歌舞伎をぜひ、この機会に味わってみては。
取材・文/田中里津子
ヘアメイク/masato at B.I.G.S. (marr) [獅童]、宮藤誠(Feliz Hair) Makoto Miyafuji (Feliz Hair) [勘九郎][七之助]
スタイリスト/長瀬哲朗(UM)[獅童]、寺田邦子[勘九郎][七之助]
衣裳/ジャケット 5万3千円/パンツ 2万3千円/タイ 1万3千円/シャツ、チーフ共に参考商品[勘九郎]
スーツ 7万9千円/タイ 9千円/チーフ、シャツ共に参考商品[七之助]
全てNEWYORKER(ダイドーフォワード)
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