荒井敦史インタビュー|新装紀伊國屋ホールこけら落とし公演「新・熱海殺人事件」

「新・熱海殺人事件」が6月10日から21日まで、“新装紀伊國屋ホールのこけら落とし公演”として上演されます。

紀伊國屋ホールは、今年1月末に「熱海殺人事件 ラストレジェンド ~旋律のダブルスタンバイ~」を最後に耐震補強工事と内装一新のため改修に入っており、そのこけら落とし公演として、同劇場で最も上演回数の多いつかこうへいの「熱海殺人事件」が上演されます。演出は、フジテレビのゼネラルディレクター・中江功。テレビドラマ「Dr.コトー診療所」「プライド」「教場」等を手掛けてきた演出家です。

その本作で、「改竄・熱海殺人事件 ザ・ロンゲストスプリング」(’20年/演出・中屋敷法仁)、「熱海殺人事件 ラストレジェンド~旋律のダブルスタンバイ~」(’21年/演出・岡村俊一)に続き、3度目の木村伝兵衛部長刑事を演じる荒井敦史さんにお話をうかがいました。

 

──お稽古に入って5~6日目ですが、どんな感じですか?
「まだみんなスタートラインに立てていないというか、台詞を覚えている段階です。それでももうそれぞれのよさが見え隠れしていますね。なんだかこれに乗ったらすごそうだな、と感じるところがあるので。これから面白くなるだろうなと感じます」

 

──中江さんの演出はいかがですか?
「まだ始まったばかりなので、中江さんもさぐりさぐりでこれからって感じです。もともとは映像をやられている方ですが、『この作品の“古典”のような部分をわかったうえで、なるべく変えずに勝負する』ということをおっしゃっていたので、どうなるか僕も楽しみにしています」

 

──キャストそれぞれの印象もうかがいたいです。熊田留吉刑事役の多和田任益さんはいかがですか?
「たわちゃんは『熱海殺人事件』に関しては先輩ですからね。今回の熊田役も『熱海殺人事件 NEW GENERATION』(’17年)でやっていますし、木村伝兵衛も『改竄・熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン』(’20年)をやっていますし。役者としても、つい最近まで別の舞台(FICTIONAL STAGE「亡国のワルツ」)でも共演していて、空気感も普段の会話のテンポも知っているので、初めて台詞を合わせた時も初めてという感じはしませんでした。『亡国のワルツ』は役的にガッツリのシーンがなかったので、今回が初のガッツリですけどね」

 

──一緒に演じてどうですか?
「いろんな方向から曲げてくるので、面白いですよ。というか、たわちゃんが毎日楽しそう(笑)。本人も『楽しい』と言っていました。たわちゃんが最初に熊田を演じたときは、彼にとって初の『熱海殺人事件』で。僕もそうですが、初めて『熱海殺人事件』をやる時ってどうしても『がんばらなきゃ』になるんですよね。もちろんそれがエネルギーになって、観ている人の心を掴むんですけど。今回、そこに『楽しむ』が乗ってくることで、“うねり”も変わると思うから。また違う熊田になるんだろうなと思っています」

 

──婦人警官水野朋子役の能條愛未さんと向井地美音さん(AKB48)はいかがですか?
「まだお芝居は固まっていないと思うので、今のご本人の印象ですが、能條さんはなんだかずっとケロッとしています(笑)。肝が据わってる感じがしますね。向井地さんは多分、人見知りだと思う。真面目な人見知り。だからもう少し仲良くなったらまた別の部分が出てくるのかなと思っています」

 

──だいぶ違うふたりなんですね。
「違いはすごく感じています。水野を通しても違いを感じるし。演出の中江さんもそこの違いを活かそうとしていらっしゃると思います。そこはWキャストの面白さを感じるところですね」

 

──犯人大山金太郎役の三浦海里さんと松村龍之介さんはいかがですか?
「龍ちゃんは相変わらず猪突猛進って感じ。普段は物腰柔らかな人だけど、芝居となると情熱がすごいです。前回の『熱海殺人事件 ラストレジェンド』を経て、『前回やれなかった部分を今回やりたい』とも言っているし、前回公演中に気付いたことがあるという話もしていたし。そういう感じは稽古初日から感じています。海里くんは初めましてでまだわからない部分も多いですけど、お芝居を掴んだら強そうだなと感じています。あれこれ真面目に聞いているところも見ますし、感覚も鋭そうな気がする。今はまだ猫かぶってるんじゃないかな(笑)。なんかもっとある感じがする。そこが表に出てきたときが面白そうです」

 

──荒井さんご自身は、3度目の『熱海殺人事件』はどうですか?
「余裕があるかないかで言われたら“ない”寄りではあるかもしれないですが、視界が広がったなというのはあります。視野が広くなったというか。前回は『こうやらなきゃ』っていう固定概念に囚われていた部分もありましたが、そこも考えなくなりました。楽しいです」

 

──『熱海殺人事件』は、掘っても掘っても終わりがないといいますか、さまざまなものが込められた作品だと思うのですが、そういう部分が理解できてきたから固定概念に囚われなくなった、という感じですか?
「そこは“最初よりは”くらいだと思います。まだ全然。ずーーーっと味がしますから、この作品は。一個見つけたらまた違うのが出てくるし、ずっと追いかけっこ状態です。それを“楽しい”と思えたら、ゆとりができるのかなって。だから最初に比べたら楽しむ余力が出てきたよって感じですかね」

 

──目標みたいなものはありますか?
「初めて伝兵衛を演じたときに、『この人は、いろんなものを全部すくってすくってすくいあげたうえでいろんなことをやっているんだな』と思いました。愛がある人だなって。だから今回は、すくいあげられる数を増やしたいと思っています。伝兵衛の見えている景色はすごく広いし、その中でどのくらい見えているんだ自分はという状態ではありますけどね」

 

──観てる側もそうです。自分はどのくらいこの作品を観ることができているんだろうと毎回思います。
「そうですよね。だからこそ、伝兵衛を演じる僕は全部すくって理解して、そのうえで嘘をつき続けたいと思うので。今はその旅路ですね」

 

──「紀伊國屋ホール改装前最終公演」と「新装紀伊國屋ホールのこけら落とし公演」を担うことにはどう思われていますか?
「そこはもう、死んでもいいと思ってますよ(笑)。本当にありがたいです。狙ってできることじゃないですしね。これから上演される作品に対して、恥ずかしくないものにしなければいけないなという責任とプレッシャーは感じています」

 

──そうですよね。
「このこと、あんまり考えないようにしてたのに、今考えちゃったな」

 

──(笑)。すみません。
「僕は最近、『どう見られるか』みたいなことを考えないようになったんです。それを考えるのも大事なことなんですけど、僕はそれよりも、内面的なものについて考えなければいけないんじゃないかと思って。『こう見られるから、こうやろう』じゃなくて、自分が向き合ったものがバーンと前にでた時こそ、感じてもらえるものがあるんじゃないかと思うようになりました」

 

──どうしてそう思ったのですか?
「僕ね、基本の性格がずぼらなんですよ。この夏は同じ白Tシャツを8枚買って、これだけでいこうと思ってるくらい(笑)。でもその性格のせいで今までは諦めちゃうこともあったけど、それじゃダメだと思って。こういう変化が必要だと思いました」

 

──それは荒井さんにとってお芝居の存在が大きくなった、というようなことなのでしょうか。
「そういうことだと思います。僕はそもそもお芝居がやりたくてこの世界に入ったわけじゃなくて、なんかわかんないままこの世界に入って、なんかわかんないまま舞台に出て、なんかわかんないけどめちゃくちゃ怒られて、なんでこんなに怒られてるんだろうと思いながらも舞台をやってきたような人間なので。それがだんだんと変化して。今やっと、30手前にして、かたまってきたんだと思います。内面は開けましたけどね」

 

──そこで内面が開けたんですね。
「この間僕は下北沢の小劇場で上演される公演に出させてもらって、本当にお芝居が好きでやりたくて、劇団を立ち上げて、という方たちとご一緒したときに、『勝てないな』と思ったんですよ。でもじゃあ真似してみようじゃないけど、皆さんすごく考えているなと思ったから、自分もそうしました。それで、すごくいろんなことを考えるようになったなと思います」

 

──そのタイミングで『熱海殺人事件』で木村伝兵衛を演じるって。
「そうなんです。本当にずっと『やりたい、やりたい』って7年くらい言い続けた役ですしね。初めて馬場徹さんの伝兵衛を観た時に、『カッコいい。これやったらすごいだろうな』と思った時から」

 

──たまらないですね。
「だからほんとはね、もっとやりたいです。コロナ禍じゃなければ、もっと公演回数を増やしてもらって、限界まで。公演数が10回しかないからそれに合わせたパワーでやるよってことでもないんですけど、毎日全力でやって限界を越えた先にまた何か見つけられそうな気がする作品ですからね。それを体験してみたい。まあ、だからコロナが憎いですよね」

 

──はい。
「僕の『熱海殺人事件』はコロナと共に始まったようなものなので。常に不安と隣り合わせで、どうなるかわからないような気持ちでやっています。ただだからこそ、一公演一公演に懸ける想いも強くなってますけどね」

 

──今回も本番を楽しみにしています!

 

ライタークレジット:中川實穗