ミュージカル界のプリンス・井上芳雄が、劇作家・演出家の蓬莱竜太と6年ぶりにタッグを組んだ大人のダークファンタジー「首切り王子と愚かな女」。欲望渦巻く王室を舞台に、癇癪もちで自分勝手、傍若無人な“首切り王子”と、死を恐れない姿に興味を持たれ王子の召使となる“愚かな女”の物語を織りなしていく。現代の寓話とも呼ぶべき本作に挑む井上に話を聞いた。
――久しぶりの蓬莱竜太さんとのタッグですが、蓬莱さんの印象は?
蓬莱さんとの出会いは、PARCO劇場で上演された「Triangle ~ルームシェアのススメ~」(蓬莱は脚本を担当、演出は宮田慶子)。ミュージカル仕立てでやったんですけど、それがすごく面白くて。そこでご一緒したのを機に、蓬莱さんの作品を観に行くようになりました。人間関係の、些細な、緻密な、張り付くような……みんな感じてはいるけど、見て見ぬふりをして言葉にするのをためらっていたことを、物語の中で提示してくれる。それが、ちょっと痛かったり、ビックリしたりするのが魅力ですよね。そこが魅力ではあるんですが、作風は一作一作で全然違う。少なくとも、僕が一緒にやらせてもらった作品はそうです。常にチャレンジしていて、ひとところに収まらない感じなんですよね。最近も劇団で人形劇をやってみたり、常に新しくなり続けている。そういうところが、カッコいいですよね。ご一緒するのは6年ぶりですが、すべてではないものの、いくつか作品を観に行かせていただいていましたし、ずっとまた一緒にやりたいとは思っていました。なので、今回の話が決まって、一緒に新しいものを作りたいって言う気持ちにすぐになりましたね。同世代ということもあって、たまにではありますが、連絡を取り合い続けていましたから。
――前回タッグは「正しい教室」で、ストレートプレイでしたね。
「正しい教室」は、それまでの2作は「Triangle」シリーズで、音楽が入っている中にドラマがある、というような作りでした。それが、歌も無いストレートプレイだったので、そういう部分のエンターテインメント性はなくて、本当に会話劇でした。しかもワンシチュエーション。逃げ場がないというか、ひと時も気を抜けない感じでした。ちょっとしたやり取りを積み重ねていく感じで、僕にとっては本当にやったことのないジャンルだったから、難しい役でしたね。自分はほとんど出来ていないんじゃないか、と思いながら稽古していたのを覚えています。ミュージカル俳優としての大味な演技になってしまって、繊細な演技ができていないんじゃないか、と考えていましたね。でも、蓬莱さんは、優しいというか、自然に導いてくれましたし、座組もすごく団結力があって、面白かった。僕にとって、強く印象に残っている作品ですね。
――ミュージカルを主にやってこられた井上さんにとって、ストレートプレイの難しさややりにくさなどは感じていた?
お芝居、演劇という意味では同じだと思うんですけど、やっぱりそういう部分はありました。お芝居だけをしているのと、歌ったり踊ったりすることが加味されるのってぜんぜん違うし、雰囲気が違う。ストレートプレイをやって初めて、役者の本当の凄さや大変さに驚いて、自分もお芝居をちゃんとできるようになりたいと思ったんです。こんなに緻密に、終わってから飲みながら話してまで、どうしようって考えているのか、とか。だからストレートプレイの現場に行く時は、すごく緊張しますね。幻滅されていないかな、ミュージカルやっているヤツはこれだから、って思われていないかな、と毎回思います。いまだにそう思いますけど、少しずつお芝居の面白さを感じるようにもなっています。現場で僕の年齢も上がってきて、以前は若いわ、芝居の経験少ないわで本当にいたたまれなかったんですけど(笑)、最近はちょっと先輩風も吹かせながら、内心ビクビクしながらやっています(笑)
――稽古以外の場でも、稽古と同じくらいの熱量でお芝居のことを考えている感じでしょうか。
蓬莱さんって、めっちゃ飲むんですよ。今回はコロナ禍で飲めないでしょうけど……。稽古が終わったら、いや本番中も、いつも飲みに出ていました。本番中はさすがに毎日は付き合えませんでした(笑)。なんかもう、稽古の延長みたいな感じで、飲みの席ですごく重要な役の話とかをし始めるんです。なんで稽古場でその話をしなかったんだ、みたいな。だから、行かざるを得ない(笑)。でも、そうやって飲んでいるうちに、みんなお互いのことを知って『正しい劇団、作って第2回をやりましょう!』とか言ってたなぁ。そういう意味では、蓬莱さんってほとんど共演したことが無い人をキャスティングしてくれるんですよ。敢えて。今回も、高橋努さんとか吉田萌美ちゃんとかご一緒した人が少しいますけど、ほとんどが初めましての方ばかり。そういう緊張感はあるので、こういう状況下ではありますけど、(関係性を)積み上げていければいいですね。
――伊藤沙莉さんとも初共演になります。どのようなご印象をお持ちですか
いっぱいCMとか出てますよね。ドラマとかナレーションとか、いろいろなところでお見掛けするので「あ、沙莉ちゃんだ」って、よく思います(笑)。ずっと子役からやってらっしゃっての今なんでしょうけど、今が旬というか勢いのある女優さんで、実力もある。ご一緒するのが楽しみなような……ちょっとドキドキするような。見た目と声のギャップとかもね。先日、蓬莱さんとラジオに出られていたのを聞いたんですが、自分でも物を書かれていたり、ご兄弟がお笑いの方だったり、いろいろな分野で関心や才能を感じました。でも、若い。そういうギャップがいろいろ出てくるのが、楽しみですね。現役が長い大女優みたいな部分と、若い女性としての部分、どっちも魅力的だな、と思います。
――今回の役どころは傍若無人な“首切り王子”ということですが、役柄についてはいかがですか
自分はもう20年ほどプリンスをやらせていただいているんですけど(笑)、実際のところは、もう王子役なんてあんまり来ない。だから久しぶりに来た王子役が“首切り王子”です。逆に嬉しいですね。ネタとしては極まったな、と(笑)。去年くらいに蓬莱さんと、どんな話にしようか、なんて話をしていたんです。その時には、今年になればもっと状況は落ち着いているはずだと思って話をしていたんですけど……。やっぱり、今までとは違う話を書かなければいけないだろうし、きっと楽しいものを観たいんじゃないかな、と言っていたんです。けれど、ふたを開けてみたら、おとぎ話風ではあるけど決して楽しいだけの話ではないな、と。やっぱり蓬莱さんだな、と思っていますね。蓬莱さんとしても、こういうファンタジーというかおとぎ話っぽいものを書くのは初めてだそう。はじめてならではの苦しさはあるんでしょうけど、プロットを読んでいると人間模様の部分では痛いところを突くんだな、と感じています。これまではそれをリアルな設定の中でやっていたけれど、そうじゃない世界で繰り広げられたときに、どういう気持ちになって、どうお芝居したらいいのかな、というのは楽しみです。
――蓬莱さんはどういうアプローチで役を持ってきていると思いますか?
今となってはね、この間「日本人のへそ」観たよ、とか言ってくれて、いろいろな作品を観てくれていると思うんですけど。蓬莱さんだけじゃなくて、KERAさんとかもそうなんだけど、僕に話をくれる割には、僕のミュージカルを観てなかった人が多くて(笑)。なんでコイツはプリンスとか呼ばれているんだろう?っていう所から入ったと思うんですよ。自分で言うのもなんですが、普段の僕は、会って“うわ~プリンス”って思うようなタイプではない(笑)。役が入るとまた別ですが。蓬莱さんは、一緒にやってからミュージカルを観に来て「うわ、なんかスゲーキラキラしてんじゃん!」って言ってたし、KERAさんは今も観たことが無いんじゃないかな(笑)。でも、それを僕はありがたいと思っていて、そういう方が当ててくれる役って、本当に素朴な人だったり、生活感があふれる男だったりするんです。いっぱい一緒に飲んだりしているので、そういうところから汲み取ってくれているんじゃないかと思います。でも、ただ首を斬りまくる役だったら怒ろうかな(笑)。でもプロットの手ごたえからも、何かがあると思います。
――今回も、これまで演じたことの無い感じの役どころになりそうです。
僕はどうしても、正義の人というか、正しい人を演じることが多いんです。まぁ、プリンスって基本的にはそうでしょうし。蓬莱さんは、毎回そうじゃない役をくれるんです。細かいところはまだ分からないんですけど、今回の役は、上にみんなから慕われている兄弟が居るんだけれども、その兄弟が体調を崩したことで代わりに表舞台に立つことになった王子なんです。残虐なことをしてでも、なんとか王子として、王として君臨しようとしているんだけども、母親からも愛されていないし……もう、そのプロットだけで悲しいじゃないですか。沙莉ちゃんの役も、姉と確執があった上で死のうとしているところから始まって、その2人が出逢ってお互いの事情をわかっていく――全然ファンタジーじゃないじゃん、って(笑)。ただのファンタジーよりもより胸をえぐる。今、蓬莱さんは苦しみながら書いているでしょうけど、すでに面白いですよね。一筋縄ではいかない役を演じられることは、役者としても嬉しいです。
――そのプロットだけでも、結末がどのようになるのか楽しみになりますね。
きっと絶望だけを残して終わる作風じゃないはず。僕が蓬莱さんの好きなところに、結末をはっきり提示しないんですけど、考え続けよう、という部分ですね。すべての作品がそうかどうかまでは分かりませんが、考え続けることをやめない、っていうのは昔から言っていましたね。白黒つけないんだけど、僕らの世代はあんまりこう白黒つけられるような世の中に育っていないし、誰が悪いわけでもないけど、どうなんだ、みたいな。今回がどうなるかは分からないですが、きっと蓬莱さんが持っているものは変わらないと思います。
――公演を楽しみにしています。本日はありがとうございました。
取材・文/宮崎新之
ヘアメイク/川端富生
スタイリスト/吉田ナオキ
衣装協力/ジャケット45,000円、パンツ35,000円/wjk nagoya (052-262-4050)、その他/スタイリスト私物